『千重の桜』 其の六
放課後。
私達は、『霧島華音』に向かう。
今日も、入口に『本日休業』の札が下がっている。
一応、ノックをしてみたが、返事はなかった。
「やっぱり、留守みたいね。」
まあ、多分留守なんだろうなぁ・・・とは思っていたので、次の目的地に行く事にする。
『桜』に直接行くのは、危険なんじゃないか?という結論になったので、伝承を詳しく調べる為、市立図書館に行く事にしたのだ。
市立図書館は、『ココロード』から一本中に入った道にある。
平日の夕方の図書館はあまり行ったことが無かったのだが・・・予想通りあまり人がいない。
「確か、伝承・・・って言うか、てうしの歴史・・・みたいなのはこの辺にあるんだよ。」
一度調べたって事もあり、双子達は直ぐに目的の場所まで案内してくれる。
私が普段は行かないような、図書館の端の方・・・ちょっと薄暗い場所にそこはあった。
「郷土史のコーナーかぁ・・・」
「兎に角、それっぽいのを探してみよう。」
「「「らじゃ。」」」
双子達が読んでいるのは、恐らく前に調べたという本だと思う。
香織ちゃんは・・・郷土史って書いてある分厚い本と格闘をしている。
私は、何冊か手にとっては、パラパラとページをめくり内容を確認して本棚に戻す・・・という事を繰り返している。
そんな時、一冊の本?が目に留まった。
それは、まるで手作りの様に紐で綴られて、歴史すら感じる。
表紙の文字は擦れて良く見えない。
何とか、読める所を読むと・・・
・・城・・・音姫?
と、書いてあるように見える。
私は手に取り、席に戻ると表紙をめくる。
パリパリ・・・と乾いた音がして、ページが破れそうになる。
文字も擦れ、まともに読むことが出来ない。
何とか数ページ開くと、挿絵らしき物があった。
『音姫』と言う、お姫様の絵が描かれている様だ。
文字を何とか読もうとする。
書道でもやっていれば、辛うじて解読できたのかもしれない。
「あら? 香奈??」
「こんな所で、珍しいわね。」
「あ、こころちゃん?」
進藤こころちゃん。
クラスメートの一人で、双子達と割と仲がいいので私もたまに話したりする。
「へぇ・・・」
「『花の城の音姫』じゃない?」
「え?こころちゃん知ってるの?」
「ええ、私も前に読んだのよ。」
「って言うかね、この本は、図書館の本棚に普通に入っているレベルの本じゃないわよ?」
「本来なら、博物館とか・・・」
「こ、こころちゃん!」
「これ、読めるんですか!?」
「え、ええ・・・読めるわよ?」
「読んでください。お願いします!!」
私は深々と頭を下げる。
「ちょ、ちょっとやめてよ。」
「読むからさ・・・ね?」
「みんな、ちょっと来て!」
私は他の三人も呼び、早速、こころちゃんに読んでもらう。
「この本は『花の城の音姫』って言う、お伽噺みたいな物よ。」
こころちゃんは慎重にページをめくる。
パリパリと乾いた音がして、破れそうだ。
「内容は・・・」
昔、てうしの地に、美しい花が咲き乱れる花の城があり、其処に美しき姫『音姫』がいた。
ある時、山に住むという、物の怪が城に現れ、城の者達に襲いかかって来た。
城の者をあらかた殺した物の怪は、ついに『音姫』の前に現れる。
あまりに美しい『音姫』を見た物の怪は、
「俺の妻になれば、命だけは助けてやろう。」
と、言った。
しかし、『音姫』は気丈にも、
「私を他の者と同様に殺しなさい。」
「でも、いつかあなたも他の誰かに退治される日が来るでしょう。」
「その時に、あなたは自分の犯した罪の深さを知るのです。」
そう言うと、『音姫』は目を閉じました。
物の怪は、『音姫』を殺すと、山に帰っていきました。
「・・・って内容よ。」
「なにそれ!?全然救いが無いじゃない!?」
「そこは、物の怪が改心する所でしょ!?」
「いいえ。きっと物の怪には、そういう感情がなかったのよ。」
「この物の怪を『夜魅』と言うらしいわ。」
『夜魅』・・・先日、桜井さんが言っていた・・・私を襲ったモノの事だ。
こころちゃんは、さらに先のページをめくる。
「まだ、先があるのよ。」
「でも・・・ここから先は読めない。」
めくったページの文字は擦れ、所々に虫食いがあり・・・まったく読める状況ではないのが分かる。
「でも、ここを見て?」
こころちゃんが指差した場所には・・・
『千重乃桜』
と読めない事もない文字があった。
「ここからは、私の想像だけど、この辺の伝承に『千重の桜』って言うのがあって・・・」
「それは知っています。」
「私達も調べたんです。」
「なら、話は早いわ。」
「その『千重の桜』に繋がると思うの。」
「山に帰った物の怪は、巫女に退治され、巫女は『千重の桜』となって、この地を物の怪から守り続けています。ってね。」
「成程ね。」
確かに、そういう感じならお話になっている・・・気がしなくも無い。
ただ・・・『音姫』達は、ただ・・・ただ・・・殺されただけ。
こんな悲しいお伽噺があるのだろうか・・・
『音姫』には幸せな結末はないのだろうか?
不謹慎だと思うけど・・・
私は、『音姫』にある人物を重ねてしまった。
・・・華音さん。
まさか・・・ね。




