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靄のかかった森の娘  作者: 史月ナオ
第一章 アムラン公国編
8/8

森の生活1

 ジュスティーヌの生活は日の出前、東の空が明るくなる頃始まる。

 目が覚めると、まずは木桶を担いで真水が湧く小川へ向かう。小川で顔を洗うと、木桶に水を汲み、家へ戻り(かめ)に水を満たす。

 ジュスティーヌの力では一度に一つの木桶しか運べないため、最低でも四度は往復しなければならない。

 水汲みが終わると、(かまど)に薪をいれて火を点け、竈の上のコンロ部分でお湯を沸かす。

 その間に、裏の菜園から生で食べられる野菜を摘んで来て、調理用のエプロンを手早く身に着けると、野菜を洗ってサラダボウルに盛り付ける。

 湯が沸いたらポットに移し、空いたコンロにフライパンをのせる。フライパンでパンの表面を軽く焼いてトーストを作り、次に目玉焼きを焼く。

 村でハムやベーコン、ウィンナーなどが手に入った日は、それらも一緒に焼くので、翌日の朝食がちょっとだけ豪華になる。

 そうして朝食の準備が整うと、パパッと簡単に食事を済ませる。

 そして今度は作業用のエプロンに着替え、家を出る。

 ジュスティーヌの家の隣には、さらに小さな小屋がある。その中にいるのは三羽の雌鶏と一匹の雌の山羊、そしてその雌山羊が生んだ子山羊がさらに一匹。

 ジュスティーヌは彼らに餌を与え、動物たちに声をかけながら、雌鶏が生んだ卵を集め、山羊の乳を搾る。

 特に子山羊には、「あなたのミルクを少し分けてもらうわね」と、きちんと断りをいれ、頭を撫でてやる。

 子山羊はジュスティーヌに頭を撫でられると、ご機嫌な様子でメェと返事をしてくれる。

 動物たちから貰った食材を家のキッチンに置くと、今度は裏の菜園に向かう。

 菜園では雑草を抜き、畑を耕し、季節に応じて種まきをする。今は比較的すぐに育つラディッシュやリーフレタスの種を蒔いている。

 育てている数種類のハーブを刈り取ったり、時にはジャガイモやニンジンなどの野菜につく害虫を、我慢して駆除したりもする。

 虫は、作業手袋越しであれば、どうにか触れるが、森に住んでいてもあまり得意ではない。それでも、葉っぱや、食用部分まで(かじ)られてしまってはいけないので、作物の定期的な手入れが必要だ。

 そうしているうちにあっという間に午前中が終わってしまう。

 急いで家の中に戻ると、手桶に水を汲んで手や顔を洗い、今度は昼食の準備をする。

 手打ちのパスタを茹でながら、山羊のチーズやハーブなどをその日の気分で選んで、お好みのソースを作ると、ざっと搦めて手早く食べる。

 午後は動物小屋の掃除をすることもあれば、森に薪拾いに行き、ついでに野草や季節によってはキノコや木の実を採ることもある。午前中に洗濯をして、午後には家の掃除をすることも多い。

 そうして日暮れが近づくと、小川に行って体を清め、家に帰る。

 野菜スープとチーズをのせて焼いたジャガイモなどで、これまた簡単な夕食をとる。食事が終わると、裁縫をしたり、本を読んだりするが、油代や蝋燭代が勿体ないため、早々に寝てしまう。

 それが、ジュスティーヌの忙しくも変わらない毎日だった。

 


 だが、エドが来てから、その生活も少しずつ変化している。

 ジュスティーヌが何より嬉しかったのは、誰かと一緒に食事ができることだった。

 エドは無口だけれど、料理を残さず食べてくれるし、お世辞かもしれないが、食後にいつも美味しかったと言ってくれる。

 誰かが自分の作った料理を食べてくれることが嬉しかったジュスティーヌは、毎日の献立を考えるのが楽しくなった。そして、充実した食事をエドに食べてもらうために、より仕事に励んだ。

 

 エドは、意識を取り戻してから、少しずつ行動範囲が広くなっていた。

 彼は室内の家具の配置を数日で把握してしまうと、以前のように転ぶことも、体をぶつけることも無くなった。どうやら、歩数を数え、それで距離を測っているようだ。

 ゆっくりではあっても、自分だけで着替え、食事を取り、身体を洗うこともできるようになった。

 正直に言って、彼が一人で色々なことができるのは有難かった。ジュスティーヌも、朝から晩まで彼にくっついているわけにはいかなかったし、もっと言えば、男性の世話に慣れていないジュスティーヌには、着替えさせたり、身体を拭くといったことが恥ずかしすぎたので、彼がそれらを一人でこなしてくれるだけでありがたい。

 

 寝室は、そのままエドの寝室となった。

 寝室のベッドを誰が使うかで、最初はお互いが譲り合って一悶着あった。だが、ジュスティーヌの山小屋には、両親が生きていたときに寝室として使っていた、今は物置と化している、中二階のような、ちょっと変わった造りの部屋があり、そこをジュスティーヌが使うということで落ち着いた。


 エドは、エリクが置いていった剣を手入れすると、毎日剣の素振りをするようになった。

 手入れ道具は、父が狩りに使っていたナイフの手入れに使っていたものでの間に合わせだが、エドはそれもうまく使いこなした。そうした、生活や、言語、彼の生業だったと思われる剣に関することは、ある程度の記憶が残っているようだ。こちらがやり方を教えなくても、できることが多かった。

 エドが、家の外の少し広くなった場所で、汗を流しながら懸命に剣を振るう姿は、素人目にも熟練したものとわかるもので、やはり記憶を無くす前、彼は剣に携わる仕事をしていたのだと、ジュスティーヌは確信を深めた。

 

 素振りのために屋外に出る時は、エドは剣を杖のようにし、前に障害物が無いかを確認して歩く。その姿を見た時、ジュスティーヌは遅ればせながら彼に杖が必要だと気が付いた。

 大切な剣の鞘が痛んでしまわぬよう、杖になりそうな手頃な長さと太さの木の枝を数本拾ってきて、エドに選んでもらった。

 彼の手が傷つかないように、軽くヤスリをかけ、持ち手の部分には握りやすいように厚手の布をきつく巻いた。

 

 杖を持つことで、彼の行動範囲はさらに広がった。そして、以前から考えていたらしく、ジュスティーヌを手伝いたいと申し出てくれた。

 そこでジュスティーヌは、エドに水汲みの手伝いをお願いした。

 最初は二人で小川へ行って、教えながら桶に汲んでいた水も、一月も経たないうちに、エドが一人で汲んで来られるようになった。

 彼は木を渡した二つの桶を片方の肩に軽々と担いで、空いたもう片方の手で杖を付きながら、一人で小川へ行って帰って来るのだ。水汲みはすぐにエドの仕事になった。もはやジュスティーヌが一人で水汲みをしていたときよりも、何倍も早く水が汲めるようになった。

 薪拾いも、彼が荷を持ってくれるため、一度で沢山拾えるようになった。

 だから以前なら頻繁に薪を拾わなければならなかったものが、今では週に一度で十分だ。

 エドは手先も器用で、野菜の皮むきなどのナイフを使う作業だってできるようになった。

 

 エドは本当に努力していて、ジュスティーヌの大きな助けになっている。彼はそれでも、役立たずで済まないと謝る。

 眼が見えないことが負い目になっているのだろう。決してそんなことはないというのに。

 

 エドはたまに夜中に起きて、考え事をしているようだった。そして時折、寝室の方から「クソッ」と彼が憤る声が聞こえてくる。

 そういう時、彼に苦しんで欲しくないと思いつつも、どんな慰めの言葉をかければいいのか、ジュスティーヌには分からなかった。

 だから、ジュスティーヌはエドがしてくれたことに対して、丁寧にお礼を言った。ジュスティーヌが心から彼に助けられていると感じていることが、彼にはっきりと伝わるように。

 礼を言われると、エドは「……いや、その、どういたしまして」と言って、恥ずかしそうに口元を押さえてそっぽを向く。微かに耳が赤くなっているその横顔が、なんと言うか、とても魅力的で、きっと彼はモテていたんだろうなと、ジュスティーヌはどうでもいいことまで考えてしまうのだった。


 そうして二ヶ月が過ぎる頃には、季節は春から初夏へとに移り変わっていた。森には緑が芽吹き、爽やかな風が吹くようになっていた。

 そしてその頃には、ジュスティーヌとエドもさらに打ち解け、ジュスティーヌはエドに敬語を使わなくなっていた。

 ある日、意を決したように、エドが声をかけてきた。

「ジュスティーヌ、連れて行って欲しいところがあるんだ」

 聞けば、エドは自分以外の身元不明の三人が埋められた墓へ行きたいという。

「やっと、彼らに会いに行こうと決心することができた。ちゃんと心にけじめをつけて、前を向きたいから」

 エドはぎゅっと拳を握り、まっすぐ前を向いた。ジュスティーヌはエドの手をとって、わかったと頷いた。


 

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