出会い5
ジュスティーヌは竈に薪を足して火力を強めると、鍋を火にかけた。
湯が沸くまでに、玉ねぎやジャガイモ、ニンジンにカブなどを角切りにし、湯が沸騰した鍋にそれを入れる。また、貴重な干し肉を薄く切って入れ、灰汁を取りながら野菜が柔らかくなるまで煮込むと、最後に軽く塩で味を調えれば、簡単な野菜スープの出来上がりだ。
それを深い木製のスープボウルによそって、木の匙と一緒に、青年のもとへ運んだ。
青年は、未だ寝台の上で俯いていた。
「野菜のスープです。熱いので気をつけてくださいね」
ジュスティーヌがそう言いながら手渡そうとすると、青年はそっぽを向いて、要らないと言う。それを宥めるように、ジュスティーヌは声をかける。
「食べなければ、元気が出ませんよ」
青年はフッと鼻で笑った。
「元気?そんなもの、何の役に立つ」
「たっぷり栄養を摂って元気が出れば、頭も働くし、もしかしたら眼だって見えるようになるかもしれません。あなたが視力を失ったのは、身体が弱っているからかもしれないでしょ?もしそうなら、沢山食べて、体力をつける必要があります。だからほら……」
ジュスティーヌはスープボールを青年の手に持たせようとした。
だが、次の瞬間、それを青年に振り払われた。
「いらないと言っているだろう!」
青年が声を荒げてそう言うのと、ジュスティーヌがアッと息を飲んだのは同時だった。こぼれたスープが、ジュスティーヌの左腕にかかっていたのだ。
青年はジュスティーヌの声に異変を感じたのか、ハッとした表情で何か言いたげにこちらを向いた。しかし、すぐに気まずそうに唇を噛んで顔を背けてしまった。
ジュスティーヌは火傷の痛みに耐えながら、それでも彼を心配させまいと笑った。
「すみません。スープを床にこぼしてしまったので、もう一度入れなおして来ますね」
ジュスティーヌはスープボウルを手に寝室を出ると、足早に台所に向かった。
左腕が、疼くように痛い。早く水につけて冷やさなければならなかった。
台所で甕から手桶に水を汲み、すぐに手を浸すと、スッとするように痛みが和らいだ。
(わたしはバカだわ、こんな熱いものを出してしまうなんて。彼が火傷をしていたかもしれないのに……)
普段であれば、もう少し気が回るのだが、無意識のうちに緊張しているのかもしれない。
ジュスティーヌは深呼吸をして、気持ちを切り替える。
わずかの時間ではあるが腕を冷やした後、水から腕を出すと、腕は思い出したように再びヒリヒリと痛んだ。しかし、早く戻らないと、青年が深く気にしてしまうかもしれない。
さっき上げてしまった小さな悲鳴で、彼はジュスティーヌが火傷したことになんとなく気付いたようだったから。
先程の音で目を覚ましたのだろう。エリクが台所に顔を覗かせた。
「ジュスティーヌ、さっきの音は?大丈夫か?」
「起こしてしまってごめんなさい。彼が目を覚ましたから、スープを持っていったのだけど、手を滑らせて落としてしまって」
ジュスティーヌはエリクに答えながらも、手早く新しい椀に再びスープをよそった。
「エリク、悪いのだけど、先に朝食を食べていてくれる?スープはここにあるし、あそこの棚に、昨日村でもらってきたパンがあるから。食器はそこの棚にあるから、適当に使ってね」
エリクに場所を視線で指し示すと、ジュスティーヌは台所を後にした。
青年は決して無神経な人間ではない。それは先ほどスープを零した時の反応を見ればわかることだった。
光も記憶も失って、彼自身がひどく苦しみ、困惑しているからこそ、あのような拒絶するような反応をしてしまったのだろう。
ジュスティーヌは薬草の知識はあるものの、医者ではないし、彼の身体の状況も、心理的状況も正確に計り知ることなどできない。
しかし、こういう時に人を判断することは間違っているということは知っている。
そして、苦しい時ほど、広い心で献身的に接する人が必要だということも。それが例え偽善と言われようが、それでも大切なことなのだとわかっていた。
かつて自分が苦しかった時、自分を引き取ってくれたこの山小屋の夫妻が、そうしてくれたように。
ジュスティーヌは幼いころに実の両親を亡くしている。その際、父親の知人の伝手もあり、もともと医師と薬師をしていた夫婦に引き取られた。養い親となった夫婦は、この森に移り住み、猟や薬草採取を生業とするようになった。
養い親は、心を閉ざすジュスティーヌを温かく受け入れ、決して壊れ物のようには扱わなかった。優しく慈しみ、励まし、時には本当の親のように叱ってくれた。
自分ではどうしようもなく、苦しいとき、ただ寄り添ってくれるだけでどれほど救われるかを、ジュスティーヌは養い親から学んだ。
今、記憶を失った彼の傍にいるのは、ジュスティーヌだ。おせっかいと言われようが、彼が完全に立ち直るまでは、絶対に見放さない。ジュスティーヌはそう心に決めた。
ジュスティーヌが寝室に入ると、青年は驚いたようにこちらを見た。足音などで、ジュスティーヌが入って来たとわかるのだろう。
「少し冷めてしまったかもしれないですが、ぜひ食べてみてください。あっさりしていて、胃にも負担がかからないと思いますよ」
ジュスティーヌは再び青年の手をとり、その手にスープを持たせる。
彼は今度は、拒否せず、黙って受け取った。青年は慎重に匙を動かし、どうにかスープを掬う。そしてゆっくりと口に運んだ。
「……うまいな」
ぼそっと呟くように言われた言葉に、ジュスティーヌは顔を綻ばせた。
「良かった。わたし、料理が好きなんです。だから、誉めてもらえると益々やる気が出ます。
今日はこの野菜のスープで胃を慣らしてもらうしかないですが、明日からは麦を入れて粥にしたり、浸しても食べれる柔らかいパンを付けたりしますね。トマトを入れればまた違った味が楽しめますし、具をもっと大きく切ってガッツリ食べることもできます。胃が慣れてきたら、食べたいものをおっしゃってくださいね」
ジュスティーヌが楽しそうにそう話せば、青年は手元のスープに見えない視線を注いだまま、「すまなかった」と謝った。
その声は真摯な響きで、それを聞いたジュスティーヌは、早く彼に元気になって欲しいと思ったのだった。