出会い3
夜明け前に村を発った村人たちは、現場に到着するやいなや、皆、土砂崩れの惨状に息を飲んでいた。
だが、彼らはすぐにエリクから指示を受け、黙々と作業に取り掛かった。ジュスティーヌの住む森の手前まで流れ込んで堆積した土砂や倒木を、根気よく除いていく。
森の北、山脈の南端を走る街道も、土砂に塞がれて通れなくなっているとのことで、そちらも土砂の撤去作業が行われた。そうしてどうにか道らしき道ができた頃には、すっかり昼を過ぎてしまった。
その間に、村人たちは三人の男の亡骸を見つけていた。三人とも、大怪我をおっていて、即死だっただろうとのことだった。
彼らのそばには馬の亡骸もあり、彼らが嵐の中を馬で移動している際に、土砂崩れに巻き込まれたのだと推測された。
男たちは皆そろいの黒いマントを纏っていたが、これと言った特徴もなく、マント以外の服装も既製のありふれたものだった。そのため、身元を特定するには至らなかった。
その一方で、男たちのものと思われる剣が四本見つかっていた。
三本は亡くなった男達がそれぞれ身につけていたものだったので、残る一本が、あの金髪の青年のものだろう。
どの剣も質の良い鋼が使われていて、彼らがその辺のゴロツキや傭兵とは明らかに一線を画す、それなりの身分であることは間違いなかった。
しかし、わかったのは、ただそれだけだった。
村人たちは、正体不明の青年を一人暮らしのジュスティーヌの元に置いておくのは危険だと考え、とりあえず村で預かることを提案してくれた。
しかし、意識の戻らない青年を迂闊に運ぶのは、彼の体への負担が大きいだろうと、ジュスティーヌは断った。
そのため、ただ一人の生存者である青年は、そのままジュスティーヌが山小屋で看病することになった。
最初は反対していた村人たちも、青年の姿を一目見て考え直したようだ。育ちの良さを窺わせる彼のその姿から、この青年は悪い人間ではないだろうと判断したのだ。
外見だけで人を判断するのは危険だが、人を見る目がある村長も大丈夫だと言うので、さほど心配していなかった。皆、根がお人よしなのだ。
エリクは医者が来るまでは残ると言ってくれたが、ちょうど半月前に娘が生まれたばかりの彼を、何日も山小屋に足止めするのはためらわれた。そのため、ジュスティーヌは今日一日だけ付き添ってもらえれば良いと、せっかくの申し出も断った。
数日もすれば医者が街からくるだろうし、その時にまたエリクが顔を出してくれるという。今後のことは医者の診断を聞いてからでも良いと判断して、話を切り上げた。
村人たちは亡くなった男たちの墓を見晴らしの良い峠に作ってやると、そこに墓標として彼らの剣を立てたという。
墓参りに来る人がいるかもわからず、剣もいずれは錆びて朽ち果ててしまうだろう。それはとても寂しいことに思えて、ジュスティーヌは葬られた男たちの容姿の詳細を村人から聞き出した。もし、青年が目覚めたら、彼にきちんと伝えられるように。一緒にいた仲間のことを、彼が偲ぶことができるように。
そうしてどうにか日暮れギリギリまでに作業を終えた村人たちは、ジュスティーヌに別れを告げて帰って行った。
ジュスティーヌは小屋へ戻ると、青年の容体を確かめ、特に異常がないと見ると、作業用のエプロンを付けて小屋の裏にある菜園に向かった。
おとといの雨で地面が柔らかくなっているうちに、耕しておきたかったのだ。
手が空いているエリクにも手伝ってもらうことにする。エリクは農作業も手慣れたもので、鍬を振るって、ジュスティーヌの何倍もの速さで畑をおこしていく。
この季節の時間は貴重だ。日が暮れても、西の山際にはまだ空の微かな明るさが残っている。
春野菜が青々と育ち始めた畝の隣に、新たに夏用の種をまくための畝を作る。土を耕し盛り上げる作業は、決して楽ではなく、それなりの重労働だ。
それでもエリクのお陰で畑はほとんど土がおこされ、ジュスティーヌが苦心して作り上げた二列の畝の他に、何条か余分に畝ができていた。
そうしてできた畝に、二人は丁寧に夏用の種をまいた。予定よりも多くできた畝には、ジャガイモの種芋と薬草の種をまいた。
作業が終わったのは辺りがすっかり暗くなった頃で、流石に仕事を続けられそうになかったジュスティーヌは、作業を切り上げることにした。
だが、これでやるべきことが終わったわけではない。まだ、ハーブの種まきや収穫もしなければならないし、家畜小屋の掃除もしなければならない。
とは言え、そこは一人暮らしの気ままさで、何がなんでも今日中にと焦ることも無い。
ジュスティーヌはエプロンを脱いで近くの小川に向かうと、顔や手を洗い、布きれを浸して首や足の汚れを拭った。
エリクは農機具を洗ってから、山小屋の裏手の作業小屋にしまっておいてくれるというので、ジュスティーヌは一足先に小川を離れた。
そうして家に戻ってくると、再び金髪の青年の容体を見に行く。
すると、今までと違って、彼が苦しそうに息を吐いているではないか。心なしか顔も赤く、汗をかいている。
ジュスティーヌは慌てて青年の額に手を当て、熱があることを確認すると、すぐさま洗面桶に水を汲んできて、手ぬぐいを絞って青年の額に乗せた。
大きめのタオルをきつく絞り、首の裏にも差し入れる。
冷やりとした手ぬぐいに、僅かに青年が気持ちよさそうに息を吐いた。
それを確認すると、熱さましの薬を作るため、ジュスティーヌは一旦傍を離れた。
台所で小鍋に湯を沸かすと、以前摘んでおいた薬草を入れて煮出す。ぐつぐつと沸騰した湯が、完全に薬草の茶色い色に変わったところで火から下ろし、カップに移すと、少しでも飲みやすくなるように蜂蜜を入れ、冷ました。
それを青年のところへ持って行って、飲むように声をかけるのだが、青年は苦しそうに息をするだけで、反応が無い。
口元にカップを運び、そっと飲ませようとしても、それまで何も口にしていなかったせいか噎せてしまう。蜂蜜を入れたとはいえ、薬草の苦みは強く、やはり飲み難いのだ。
それでも諦めず、ジュスティーヌは青年の肩の下から腕を入れ、自身にもたれかからせるように、少しだけ上半身を起こさせた。それで飲み込みやすくなったのだろう、青年は少しずつ、少しずつ薬を飲み込んだ。
青年が薬を全て飲んだことを確認したジュスティーヌは、青年の身体をそっと横たえると、その傍らの床に、ヘナヘナと座り込んだ。
薬を飲む青年の顔があまりにも近くにあり、とても緊張していたのだ。
眠った状態でもあれほどの美貌だ。目を覚ましたら、直視できるのだろうかとジュスティーヌは思った。