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靄のかかった森の娘  作者: 史月ナオ
第一章 アムラン公国編
3/8

出会い2

 ジュスティーヌが村に着いたころには、夜も深くなっていた。

 村人たちは、今朝方発ったはずのジュスティーヌが戻ってきたことに驚いていた。

 ジュスティーヌは村長を訪ね、土砂崩れが起きたこと、それに巻き込まれた人がいることを語った。

 村長は話を聞き終えると、すぐにでも人そろえて、他に土砂崩れに巻き込まれた人がいないか捜索させようと申し出てくれた。

 また、村長は馬を持っている村人にジュスティーヌの金品を渡して、ジュスティーヌの代わりに医者を呼んできてもらえるように頼んでくれた。

 村長をはじめ、この村の人たちは皆、ジュスティーヌが幼いころからの顔見知りだ。

 素朴で温かい彼らは、ジュスティーヌを家族のように可愛がってくれ、ジュスティーヌも心から彼らを信頼していた。

 だから、自分の全財産に近い金品を託すことができるし、困った時には頼れる仲間だった。


 ジュスティーヌは話がつくと、再び森の小屋へ戻ろうとした。

 それを村人たちが慌てて引き留めた。こんな夜更けに一人で夜道を歩かなければならないのは危険だったからだ。

 しかし、意識の戻らない青年を一人にしておくことはできない。

 ジュスティーヌは、心配してくれることを有難く思いつつも、結局ランタンを借りて帰ることにした。

 ジュスティーヌが挨拶もそこそこに足早に村を出ると、すぐさま後を追ってくる者がいた。柔らかそうな茶色の猫毛に、そばかすが少し浮いた顔は、ジュスティーヌがよく知る人物だ。

「ジュスティーヌ、夜道は一人じゃ危険だ。僕が送っていくよ」

 そう言って、ジュスティーヌの手からランタンを取り上げたのは、村長の孫のエリクだ。

「ありがとう。でも、良かったの?」

 ジュスティーヌが訊ねれば、エリクは人の良さそうな笑みを浮かべた。ジュスティーヌより三つ年上の彼は、頼りになる兄のような存在だ。

「うん。恐らく明日は一日、捜索と土砂の撤去になるだろうから、今夜のうちに現場に着いておけば、皆が来たときにすぐに指示を出して捜索を始められるだろう?」

 だから一緒に行こうと言ってくれたエリクの言葉に、ジュスティーヌはありがたく頷き、二人は先を急いだ。



 ジュスティーヌの山小屋に到着したのは、まだ夜が明けるには随分と早い時間だった。

 エリクは夜通し歩いたにも関わらず、ランタンを持ったまま、現場をよく見てくると言って土砂崩れの場所で一旦別れた。ジュスティーヌは、投げ捨ててあった麻袋を拾い、一人先に山小屋に戻った。

 家の中に入ると、ほとんど灰になっていた暖炉に新たに薪を足し、再び火を熾す。その暖炉の火で蝋燭(ろうそく)に灯りを点し、素早く青年のもとに歩み寄った。

 青年は静かに寝息を立てていた。

 蝋燭の明かりの中で見るその顔は、童話の中の王子様のように、とても凛々しく美しかった。

 すっと通った鼻梁も、長い金の睫毛も、少し薄めの蠱惑的(こわくてき)な唇も、完璧な形で配置され、まるで神が造形に力を入れて生まれたかのようだった。

 蟀谷(こめかみ)の辺りに真新しい傷ができていたが、それさえも彼の美貌を損ねることは無い。

 青年の身元を判別するのに役立ちそうな持ち物は、彼の左手の中指に嵌った銀の指輪くらいだが、これだけの容姿だ。その辺の旅人や村人ではないだろう。

 いずれにしろ彼が目覚めれば、すぐにわかることだ。

 ジュスティーヌは青年の腕などにできた傷が化膿していないか確かめると、青年の体温に合わせて、毛布を掛けなおした。

 再び青年の顔色を見てから、ジュスティーヌは彼のそばを離れ、少しだけ窓を開けて、部屋を換気する。

 そして、山小屋に戻る途中で拾ってきた麻袋から食料を取り出し、台所に持って行って整理を始めた。

 

 そうこうするうちに、エリクが小屋に入ってきた。

 村からずっと歩きづめだった上に、土砂崩れの現場確認までしてきた彼は、疲労が顔に浮かんでいた。

 喉が渇いているだろうエリクのため、ジュスティーヌはとりあえずお茶を淹れることにした。気分を落ち着かせるハーブティーが丁度良いだろう。

 ジュスティーヌがお茶の準備をしていると、エリクは未だ意識を取り戻さない青年を見に行った。

 暫くして、エリクが「すごい美男子だな」とジュスティーヌを茶化すように言いながら戻ってきた。

 二人はお茶を飲むためにダイニングテーブルに着き、土砂崩れの状況を話し合った。

 エリクは先ほどとは打って変わって深刻な表情になり、他に巻き込まれた者がいなければいいのだが、と呟いた。

 お茶を一杯だけ飲むと、二人は夜明けまで仮眠をとることにした。

 エリクには居間のソファーで眠ってもらうことにして、ジュスティーヌは青年がいつ目覚めてもいいように、或は、いつ容体が急変しても対応できるように、寝室の寝台のそばの床で眠ることにした。

 

 長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。

 ジュスティーヌは眠りにつく前、どうか青年が意識を取り戻しますようにと祈ったのだった。  


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