第三話 フレイスピア・後編
新堂の運転する車は、それからも走り続けた。施設を出てから数時間が経つ。もう少しで街に出るはずだ。
長く続いた山道もやっと終わり、少し休憩をしなければならない。そう新堂が思っていると、フレイスピアが不意にこう言った。
「検問です、新堂。回避する必要をみとめます」
「検問?」
思わず後部座席に問い返す新堂だが、すぐに予想はついた。施設からフレイスピアを奪って逃走していることはもう知れ渡っている。ゆえに、検問が行われているのは当然だろう。ほかならぬ、この自分を見つけ出すためのものだ。ただ免許証のチェックをするだけでも、もうこちらは対処のしようがない。
場合によっては、車での逃走を諦めなければならないだろう。しかし、そうなるとフレイソードたちのところへ行くのがさらに遅れてしまう。
脱走から数時間が経過しているため、ひょっとしたら自分達を見つけ出すためのものではないかもしれない。今さら検問などしても遅すぎる。とはいえ、新堂は免許を持っていない。それだけで十分危険だった。後部座席で寝ているフレイサイズのこともある。
「この先、警戒を行っている空気があります。恐らく検問でしょう」
「さすがに断定はできないか、そうだろうな」
「しかし回避できるならする必要があります」
「無理だ、脇道はない」
一本道だった。検問を避けることはできない。ハザードをつけて路肩に車を寄せてみるが、ここで車を捨てるには惜しい。
左右を見てみるが、森が広がるだけである。新堂は舌打ちをして、後部座席を見た。
行儀よく座席に座っているフレイスピアに、その太ももを枕にして寝ているフレイサイズ。足元には大きな槍と鎌が置いてある。どうも、誤魔化せそうにない。特に問題なのはフレイサイズだ。どこから見ても人間ではない。
どうしたものかと思案する新堂に、フレイスピアが言う。
「では、突っ切りますか」
新堂はぎょっとした。そのような力技はできない。
「無理やりに突破したって、追ってくるぞ。フレイサイズに撃退させるのか?」
「さすがに国家権力と敵対するのは危険でしょう」
「そうだな、それはやめよう。どうする?」
「警戒が解除されるのを待つか、とにかく行ってみるか、もしくは車を捨てて森に入るかの三択です」
「行ってみる、というのはどういうことだ。国家権力を敵に回すのは嫌だが、警察に拘留されて時間を無駄にするのもまずいぞ」
新堂は問う。フレイスピアは答えた。
「検問をしているのが警察であればそうでしょう。しかし、いかに我々が強行突破をして施設を出てきたとはいえ、あの兵士達は法律に違反しています。銃器を持っていましたし、明らかに過剰な武装をしています。彼らの死体をもって、警察に頼ることはかえって研究施設の不利となりますから、おそらく施設は警察への通報はしていないでしょう。この先で行われている検問も、警察によるものではない可能性があります。つまり、研究施設が勝手にやっているという」
「それなら強行突破しても問題はないわけか。施設側にこちらの位置は把握されるが」
「そうです。しかし今の段階でそれは断言できません。通常の業務として警察が行っている可能性もあります」
「では無意味だ。といって、警戒が解除されるのを待つほど時間に余裕はない。恐らく丸一日、二十四時間は解除されないだろう」
「となれば、車を捨てるのですか?」
「それもしたくないな。フレイソードたちのいる研究施設へは遠い。どうしても車が必要だ」
新堂はダッシュボードを開けてレポートを取り出した。フレイソードたちの移送された研究施設に行くにはまだかなりの距離を移動しなければならない。かなり走ってきたが、それでもまだ四十キロ近く離れているはずだ。自分達のいた施設のように、人里から遠くはなれた山奥にあるというわけではないのがまだ救いだった。
「ここで一度車を捨てて、どこかで盗むという手もあります」
「君の口から盗むという言葉が出たのは驚きだ」
新堂は少し笑った。しかし、現実的な提案でもある。
「それも嫌なら、どこかに車を置いておいて、検問が本当に警察によるものかどうか確かめてみることもできます」
「ああ、そうすることもできるな。だがその必要はない。多分警察がやっているに違いない。研究施設がやっているならそれこそ警察に目をつけられるからな。なんやかやと理由をつけたり、死体を隠蔽したりして不法侵入としてだけ俺たちのことを訴え出たのかもしれない。とにかく、車から下りよう。君が検問を察知してくれたおかげで車を捨てて検問から逃げることができる」
ドアを開けて、新堂が車から降りた。日は暮れようとしている。今から山に入るのは危険だったが、検問に引っかかるよりはマシだ。
「そうですね、仕方がありません。が、快適な旅というわけにはいかないことは重々承知していましたが、こうも早く車を捨てなくてはいけなくなるとは思いませんでした」
フレイスピアは鎌と槍をとって、右手に持った。後部座席のドアを開けた新堂が、眠っているフレイサイズを抱える。脇腹と肩の出血は止まっているようだが、それでもあまり動かしてはいけないだろう。
「確かに六十キロぐらいありそうだ」
少し重い、と感じながらもフレイサイズの身体を抱えて、森へ入る。
「背中におぶってしまったほうが楽ですよ。新堂、しゃがんでみてください」
そう言われて背中におぶる。フレイサイズはそれでも目を覚まさず、なされるがままだ。目を閉じて寝息をたてる姿は愛らしいものがあるが、そのメイド服は血に染まっている。恐らく彼女は、体力の回復に全力を注いでいるのだろう。しばらく戦力としては期待できそうにない。
山の中に入った新堂とフレイスピアだったが、視力のないフレイスピアは新堂の足音を頼りにして彼を追うだけだ。そのために新堂は身体に当たるような枝を払ったり、できるだけ歩くのが楽なところを通ったりと気を払う必要があった。彼の負担は大きい。しかしこれは仕方がない。フレイスピアを仲間にすると決めたときからこのくらいのことは覚悟しておくべきであったのだ。
検問を越えるためには山を登らなくてはならない。かなり距離があるが、仕方がなかった。フレイスピアの索敵能力の範囲はそれほど広いわけではない。彼女に検問の位置を訊きつつ、山の中の道なき道を、新堂たちは歩いていく。山の中はすぐに暗くなるだろう。新堂は片目を閉じて、舌打ちをした。
「暗くなってきたな」
「そうですか」
フレイスピアの素っ気無い返答にもわずかに苛立った。彼女が悪いわけではないのだが。
山の中まで入り込んでしまった頃、新堂たちの目の前に何かが現れた。無機物だ。
周囲は落葉樹ばかりで、落ち葉が地面を覆っていた。その中でも割りと木々が少なく、開けた空間に大きな無機物が居座っているのである。それも人工物だ。プレハブ。家だ。住居がそこにあった。
二階建ての住居がそこに出現したのである。木製であり、すでに廃墟となっているようだ。中は荒れているが、人の気配はない。二階へ続く階段はあるようだが、腐り落ちているようだ。とても二階にはあがれそうにないし、仮に地震があれば震度が低くとも崩落してしまうだろう。ここで休んでいくということはできそうにない。フレイスピアが警戒するように言わないので、ここに人がいるということもないだろう。
「なんだこれは」
しかし、何か役に立つものがあるのかもしれない。
新堂はその住居を観察した。完全に闇におおわれる前に、これを探索しておくべきかもしれなかった。
「新堂、何かめぼしいものでもありましたか?」
「ああ。廃屋だな、二階建ての。使えそうなものがあるかもしれない」
「廃屋ですか。このような位置に?」
フレイスピアは、目をこらして廃屋を確かめた。何か大きいものがあるということはわかっていたが、それが何なのか彼女にはわからなかったのである。
「確かに、家の形をしている。できればビニールに入ったままの毛布とか、寝袋とかがあればいいが」
「新堂、そのくらいは買えばいいと思います。少しですが現金なら持ち出してきましたので」
軽く息を吐いて、フレイスピアがそう言った。どうやら冗談ではないようだ。新堂は振り返り、いくら持っているのか訊ねる。すぐにフレイスピアは答えた。
「十七万六千二十五円です、新堂。しばらくどこかへ隠れ住むには十分な額だと思います」
「十七万も持っているのか?」
「はい」
平然と答えたが、一体どうやってそれだけの金銭を手にしてきたのかはわからなかった。新堂はフレイスピアの財布を借りて自分の目で中身を確認したが確かに十七枚の一万円札が入っている。
「だが手に入るときに見逃すこともあるまい。無限に金の出てくる財布でも持っていない限りはな」
「そうですか。では私は外を見ています。フレイサイズも預かりましょう」
どうやら、何か無機物を探すときには自分が役に立たないことをわかっているらしい。新堂はフレイサイズを背中から下ろし、フレイスピアに預けた。それから廃墟の中を覗く。中は暗い。
風雨が入ってかなり荒れていた。使えそうなものは壁際にある数冊の成年向け雑誌、その傍に放置されている注射器くらいのものだろう。毛布などの生活用品はなさそうである。残念ながらゴミしかない。舌打ちをして立ち去ろうとした新堂だったが、小さな機械が目に入った。手を伸ばしてそれをとる。彼は少し前から閉じていた左目を開いた。
よく知っている機械だ。使い方もわかる。持っていて損をすることはないだろう。壊れていないことを確かめて、その機械をポケットに押しこんだ。
「新堂、目的のものはありそうですか」
「期待したものはなかった」
新堂はフレイスピアの声に応じる。フレイスピアはそうですか、と言って少し残念そうにするが、新堂は収穫があったことを告げる。
「だがラジオが手に入った」
「ラジオ?」
「ああ、カード型の小さな奴だ。これで十分、あって損をすることはないだろう」
新堂はそう言うと再びフレイサイズを背負った。徐々に暗くなっていく山を越えなければならない。
「なら、ニュースを聴いてみましょう。車にはラジオもなかったですしね。我々のことが報道されているかもしれません。可能性は低いですが」
フレイスピアの提案に頷きながら、彼は再び山を登り始めた。
結局、検問を潜り抜けるために彼らは大きく疲労することになったのである。逃亡生活というものの意味を、新堂は身をもって知ることになる。
暗くなり、夜の闇にあたり一面が覆われた山道の中に新堂たちはようやく下りてきた。山へ入ってから三時間近くが経過している。闇の中の山を登って下りて、怪我もない。
それだけですでに奇跡的だが、感動している暇もなかった。次にすべきことは、車を手に入れてフレイソードたちの救出に向かうことだ。
フレイスピアは持っていた鎌と槍の刃にボロ布を巻きつけた。さすがに凶器を晒して持ち歩くのはまずいという判断からである。処置を終えたところで新堂の方を向いた。
「フレイソードらの救出より先に、休息が必要です。どこか休める場所はありませんか」
「そうだな、今のところ見当たらない。歩いてみよう」
山道を下りて、さらに歩き始める。ひとまず目的地の方向へ歩いているが、新堂の疲労の色は濃い。加えてフレイサイズもすっかり眠りこけている。当分目覚めそうにない。休む場所が必要だ。
「車を手に入れるのは休んだ後でいいでしょう。盗むのなら、その後のんきに休んでいられないでしょう」
「わかっている」
市街地に入って、歩き続ける。深夜といえるような時間になりつつあるので、すでにシャッターを下ろしている商店も多々ある。夜だからこそ堂々とフレイサイズを背負って歩けるということもあるが、いい加減で疲れている。が、新堂は実のところ三日ほど睡眠時間がゼロでも平気なほどの体力を持っている。強化ユニットの働きに耐えるために彼自身、短剣を抜かずともそれなりに身体能力は高いのだ。しかしフレイソードたちの救出があるとはいえ、ほぼ丸一日不眠の状態で出撃することは危険であるに違いない。負傷しているということもある。やはり休息が必要だと思われた。
どうやらこのまま歩き続けると駅にぶつかるようだ。迷わないように大きな通りを選んで歩いていたが、駅からのびる幹線道路に直結している。そこは深夜であるにもかかわらず人が多かった。新堂たちは道を一つはずれて裏道に入る。
どうやら居酒屋や風俗店が立ち並ぶところらしい。そういう箇所のお約束に漏れなく、宿泊施設が存在している。
「新堂、お金なら十分にあります。休んでいきましょう」
フレイスピアの提案に、新堂は唸る。確かにそうしたいのだが、あまり入りたい場所ではない。
「この際、外聞やその他のことを気にしている場合ではありません。すでに我々は何人もの兵士を殺害して逃亡しているのです、目的のためです。多少のことは我慢しましょう」
「わかった」
反論は無駄らしい。それに、休みたいのは新堂も同じだ。
新堂とフレイスピアはまるで城のように飾り立てられた建物の中に入った。受付は無人で、新堂はすぐに部屋へ向かう。フレイスピアも後ろからついてくる。エレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。
明るい廊下を抜け、ドアを開け、部屋に入った。最上階の部屋の中は広い。できるだけ広い部屋がいいというフレイスピアの希望を汲んだ結果だ。部屋の隅にダブルベッドがある。布団はやわらかそうで、今すぐにも飛び込みたい。反対側には冷蔵庫、テーブルと椅子がある。
ベッドに飛び込みたい衝動を抑えて、新堂はまず背中で寝ているフレイサイズをベッドに寝かせてやった。血に染まったメイド服に身を包み、彼女は小さく寝息をたてている。体温が少し高いように感じられるが、これは犬だったか猫だったか。こうしてみると大きな猫のように見えて少しかわいげもあるな、と思いながらフレイサイズの白い髪を撫でる。
しばらくそうしていると、後ろから声がかかった。
「新堂」
フレイスピアが入り口付近に立っている。椅子に座ればいいのにと思ったが、彼女はこう言った。
「あなたの傷も一応処置しましょう」
「自分でやる」
フレイサイズがたいそう痛がっていたのを覚えていた新堂はフレイスピアの申し出を断る。だが、断ったところで無駄だった。
「自分ではできませんよ。麻酔は残念ながらありませんが処置には自信があります。すぐに終わりますから椅子に腰掛けて、足を出してください」
「大丈夫、自分でやれるから。君はシャワーでも浴びているといい」
「できませんよ」
フレイスピアは食い下がる。諦める気がなさそうだ。結局、新堂はフレイスピアの治療を受けることになる。
予想通り、とても痛い。だが、フレイサイズが寝ているので悲鳴を上げるのはなんとかこらえる。痛くないですか、とフレイスピアが途中で訊いてきたときはこの女を殴り殺してやりたい気持ちになったが、痛いから早く終ってくれと言うだけにとどめられた。
「新堂も我慢強いですね」
「誰かさんのおかげでな。それよりベッドが一つしかないぞ、下の安い部屋を二つとればよかったのに」
この宿泊施設は、部屋によって値段が異なる仕組みであった。最上階であるこの部屋は料金が少し高い。
「問題ありません。ベッドには二人寝られるのでしょう、負傷している新堂とフレイサイズが寝てください。私はまだ起きていても平気ですから。それに、誰かが起きていないと危険でしょう、我々は追われる身なのですし」
「しかし、気が引ける」
すでにベッドには大きな猫が寝ている。背を丸めて横向きになっているメイド服の猫が。そこへ入っていって眠りにつくというのはさすがに新堂も気が引ける。いかにフレイサイズといえどもだ。
「新堂はフレイサイズを女性として見れるのですか? そういう趣味があるのですね」
フレイスピアは辛辣な科白を吐いた。新堂は一瞬座っていた椅子から転げ落ちそうになり、それから頭痛を感じて頭に手をやった。もちろん左目は閉じられている。
「それはどういう意味かな、フレイスピア」
もう一つの椅子に座っている彼女に目を向けたが、返ってきた答えは簡単なものだった。
「大きな猫にしか見えません。新堂は動物に欲情できる趣味を持っているのか、ということです。別にそれが悪いこととは言いませんが一般的な嗜好ではないですね、ということを感じます」
「では君は犬や猫と同じベッドで寝るというのは、極普通のありふれたことだと言うのか」
「ありふれたこととは言いませんが、特段禁忌とされることでもないでしょう。それを気が引けるというのは、すでにフレイサイズを異性として新堂が見ているからではありませんか?」
フレイスピアは、ありのままに思ったことを語っている。その中に新堂を非難したり、軽蔑したりする色はない。冷静に話をしているのだろう。新堂はそれを見て、怒っているのも馬鹿馬鹿しく感じてしまう。ため息を一つ吐いて、こう言った。
「いくら猫でも、いや犬かもしれないが、この際それはどっちでもいい。フレイサイズを女性として見ているかどうかは別にして、ただ気が引ける。今のところ彼女の裸体をみても興奮はしない」
「そうですか。ではおそらく、新堂は私以上にフレイスピアを尊重していらっしゃるのですね。だからそう思うのでしょう」
「多分そうだな」
新堂は肩をすくめた。こんな問答で疲れてしまう自分を呪う。
「しかし新堂、実際問題としてベッドはダブルサイズですから二人で休んでも何も問題ありません。フレイサイズにしても恐らく新堂と一緒に寝ることを嫌とは思わないでしょう。これまでの経緯から考えても、むしろ喜ぶと思われます」
「まぁそうだろうな、しかし」
なおも食い下がろうとしてみるが、フレイスピアはそれを制して言った。
「無理強いはしませんよ。いくつか毛布があるようですから椅子なり床なりで休んでくださっても結構です。フレイサイズとの同衾があなたにとって苦痛というのならそのほうがいいでしょう。私は身体の汚れを落としたいのでシャワーを借りますね」
彼女は立ち上がり、若干手探りながらもシャワールームを見つけ出して、そこへ消えていった。
新堂はため息をつき、椅子の背もたれにかけてあった毛布を広げ、それにくるまる。研究施設を脱出してから、今ようやく人心地がついた気分だ。まだフレイソードとフレイアックスの救出という急ぐべき目的はあるが、疲労をとるためにも休憩しなければならない。
シャワーの音が遠くから聞こえてくる。
時折苛立つことも言うが、フレイスピアは美しい容姿を誇っている。その美女とホテルに入りながら、大きな猫との同衾をさせられようとする自分。これも運命というやつかもしれない、と新堂は勝手に結論付け、両目を閉じた。
そういえば彼女はラジオでニュースを聞いていたんだったか。結局俺たちのことは報道されていたんだろうか、いなかったのだろうか。
そんな新堂の思考も、すぐに闇の中へと落ちていった。
しばらく後、シャワーを浴びて終ったフレイスピアは、新堂が完全に寝ていることを確認すると、彼の体をベッドへと運んでフレイサイズの隣に並べた。フレイスピアは、半分は新堂の身体を気遣ったために、もう半分は悪戯心のためにこれを行った。薄く笑いながら新堂たちに毛布をかけなおし、その場を離れる。視力の悪いフレイスピアは気付かなかったが、深い眠りに落ちた二人の顔立ちは、毛皮に騙されずによく見れば少し似ている。フレイサイズと新堂は向かい合わせになり、寝息をたてていた。
フレイスピアは満足そうに笑い、それから目元を右手で押さえた。目の奥が痛む。
右目を強く押さえると涙がにじんだ。その涙をぬぐって、自分の両手を見る。指先を見ても、指紋など見えない。ややもすると、指の数も数えられなくなるだろう。指のくびれなど今でもすでに見えず、ただの肌色の棒にしか見えない。
どんどん視力が落ちていく。多分、この先一ヶ月もしないうちに、両目とも失明するだろう。フレイスピアはそれを確信していた。メガネをかけても、水晶体を取り替えても、まるで意味がない。視神経から死んでいるのだから、この視力を矯正することはもはや不可能だ。
何とかしようとはもう、思えない。諦念とともに深いため息を吐いて、フレイスピアは椅子に深く腰掛けた。