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第三話 フレイスピア・中編

 フレイサイズは車の屋根に立ち、歩いてくるサイズウルフを見つめている。

 両手に持った鎌を突き出し、構える。こちらが強いということは先ほどのやり取りで十分にわかっているはずである。恐らく一撃必殺の技で決めにくるだろう。

 サイズウルフは誘いにのるように、歩いて接近する。先ほどと同じように車を一撃で破壊し、その上に立つフレイサイズの体勢を崩そうとする。そういう攻撃を相手は予想しているはずだ。何しろ、あのインパクトは強烈だったはずだ。車を一撃で切断してみせるという芸当は、自分以外にはできないと断言できる。サイズウルフは邪悪な笑みを浮かべた。相手の反撃も予想できるからだ。

 奴はこちらが車に対して攻撃を仕掛けた瞬間に飛び上がるつもりだろう。一撃をかわし、上から叩きつけるような一撃を見舞う。車を切断するのに一生懸命なこちらを、頭から鎌で真っ二つにしようというに違いない。


 その予想にはまってやるわけにはいくものか。

 サイズウルフは車に攻撃を仕掛けることはせず、正面からフレイサイズに挑むことにする。

 彼女は飛んだ。地面を蹴って跳躍し、楽に二メートルは浮き上がった。その高さから、車の上に立つフレイサイズに飛び込み攻撃をかけるつもりだ。こうすれば奴も迎撃のしようがあるまい、と考えた結果だった。だが、すぐにフレイサイズもこの攻撃に応対した。鎌を持ち直し、サイズウルフの斬撃に耐えるべく、防御の姿勢をとる。


 再び鎌と鎌がぶつかり合った。

 押し込まれたフレイサイズはブーツを踏みしめて衝撃に耐えようとしたが、車の屋根の上は滑りやすかった。ずるりと滑った彼女のブーツはその体重を支えきれない。

 サイズウルフは好機と見て一気に鎌を振りぬく。フレイサイズを押し飛ばし、車の屋根に降り立つ。

 屋根の上から追い出されたフレイサイズも、そのまま吹き飛ばされて地面に激突したりはしない。猫のように空中で一回転し、膝を折って足から地面に下りる。しゃがみこんで着地した彼女の頭の上を、鎌の刃が通り過ぎる。サイズウルフが車の上から鎌を伸ばしたに違いない。あと少し膝が伸びていたら、耳が切り飛ばされるところだった。

 さらなる追撃を予想し、それに対応するべくフレイサイズは後ろに下がる。が、それを追うようにサイズウルフは車の上から跳ぶ。再び上からの振り下ろしだ。


 フレイサイズはこれに攻撃をぶつける。下から切り上げるような一撃だ。今度、彼女は防御ではなく、攻撃を選んだのである。二つの斬撃がぶつかりあって、金属音が鳴り響く。

 先ほどはサイズウルフがフレイサイズを押し飛ばした。だが、今度の地面は車の屋根ではない。摩擦係数の高いアスファルトであり、しっかりとサイズウルフの斬撃に対応が出来ている。自重と落下速度を頼りに攻撃を仕掛けてきたサイズウルフの振り下ろしと、地面に支えられている強みを生かしたフレイサイズの振り上げがぶつかったのだ。

 インパクトの瞬間こそ、フレイサイズは押し飛ばされかけたが、ブーツを踏みしめてそれに耐える。その一瞬が過ぎれば、地面を味方につけているフレイサイズが有利となる。全身を伸ばし、鎌を振り上げた。押し戻されたのは、サイズウルフのほうだった。振り上げられた鎌に押された勢いのままに、先ほどまで屋根に立っていた車に背中からぶつかる。さすがのサイズウルフの顔も歪む。

 そこへ、すかさずフレイサイズは追撃をかける。鎌を突きこむ。


「くそ! 調子に乗るなよ」


 半分車にめり込みながらも、サイズウルフは自分の鎌を構えてフレイサイズの突きを防御する。だがその瞬間、フレイサイズの鎌は振り上げられる。すぐさまそれを振り下ろし、防御に回された鎌の刃をすり抜け、サイズウルフを殺してしまうつもりだ。

 これはただ防御をしようとしただけでは防げない。今、突きを防いだばかりの鎌は痺れ、持ち上げて振り下ろしを防ごうとしても間に合わない。そう悟ったサイズウルフは手ではなく、足を使って防御をとることにした。車から無理やりに身体を引きはがし、地面を蹴ってフレイサイズに接近したのだ。

 間合いが狂うと鎌という武器は威力を十分に発揮しない。フレイサイズもそれは戦闘訓練で知っている。さらにサイズウルフは鎌を振るわず、直接手で敵を打とうとする。攻撃速度を追求した結果だ。

 サイズウルフも鎌がなくとも、拳だけで十分な威力が生み出せる。やむなくフレイサイズは振り下ろしの一撃を中止し、バックステップを踏んだ。その拳を避けるためだ。


 しかしその一瞬でサイズウルフは回転する。拳での攻撃はフェイントだったのだ。鎌を振り、遠心力をのせた横薙ぎの一撃を振るう。

 この一撃がフレイサイズをとらえる。彼女はさらに速度を上げ、背後に退いて刃をかわそうとしたが、腹部を切り裂かれた。

 鮮血が飛ぶ。傷は深い。


 だがフレイサイズは呻きもしない。顔もゆがめず、手に持っていた鎌を振るった。攻撃直後のサイズウルフを狙った一撃だったが、これは回避される。

 手傷を負わせたとはいえ、咄嗟に反撃を仕掛けてくるほどに敵は体力を残している。そう考えたサイズウルフは無理に追撃をかけずに構えを戻した。それにならい、フレイサイズも構えを戻すが、脚がたたない。思ったよりも傷が深い。右の脇腹が裂かれて、メイド服を赤く染めていく。出血もひどい。ひざをついた。

 それでも表情を変えず、鎌を持ってサイズウルフを見る。

 このため、サイズウルフは傷が深いフリをして攻撃を誘っているのかと疑ってしまう。迂闊に攻撃をかけられない。無論、事実は違う。本当に膝がふるえてしまって、立てないでいるのだ。

 サイズウルフはしばらく黙って膝をついたフレイサイズを見ていた。そこへゆっくりと歩んでくる者がいる。フレイスピアだ。そちらに目をやるが、槍を構えたまま少しずつ近づいてくる。柄で突いた傷がきいているのか、それとも慎重に接近しているだけか。


 そこでサイズウルフはフレイサイズを始末しようとした。仲間が援護にこようとしているということは、この怪我は本物だろうと見たのだ。フレイスピアはその動きを察知して飛び込んできたが、間に合わない。振り下ろされる大きな鎌がフレイサイズの身体を頭から真っ二つにしようと唸りをあげる。

 フレイサイズは右手だけで鎌を振り上げた。膝をついたままだが、精一杯の抵抗だ。がつ、とフレイサイズの鎌にぶつかったサイズウルフの鎌は進行方向をわずかに変えたが、勢いは大して殺されない。結局、その刃はわずかにそれただけだった。フレイサイズの左肩が血を吐く。

 膝を伸ばし、背後に下がる。


 右手に持った鎌はだらりと下がり、構えられもしない。杖の役割を求めるように、先端が地についている。左腕も下がったまま、持ち上げられない。無理をしているのか、脇腹の傷が血を噴く。

 フレイサイズは右耳をぴくぴくと動かし、尻尾を一度だけ振った。表情に変化はない。傷ついていることは明白だが、それでも表情は元のままだ。

 サイズウルフはそれを見るたびに不快になる。あのような無機的な顔、非常に気に入らない。戦闘能力だけをやたらに高めた結果だ。まるで、ただの殺戮機械。すぐにでも殺してやる。傷ついたフレイサイズを殺そうと、再び鎌を振る。だがその攻撃がフレイサイズの命を奪う前に、フレイスピアの攻撃が飛んできた。それを回避せねばならず、彼女の攻撃は中断された。


「ちっ」


 反撃に鎌を振る。さすがにこれを食らうようなフレイスピアではない。するりとそれを避け、再び槍を突いてくる。

 鎌を回し、それを受ける。こちらの攻撃のリズムを崩すような攻撃だが、サイズウルフの身体能力はフレイスピアを凌駕している。簡単にやられはしないし、むしろ圧倒することが可能だ。そのはずだ。

 素早く踏み込み、サイズウルフは攻撃を仕掛けた。鎌での一撃を、槍で受けられる。直後、右足を振り上げた。蹴りを見舞った。さすがにこれは反応できなかったらしくフレイスピアの身体は簡単に吹き飛ぶ。追撃に入ろうとしたが、邪魔が入る。

 背後から迫っていたフレイサイズの攻撃に鎌を合わせる。武器がかち合い、澄んだ音を立てるがその衝撃に耐えられない。振り払うつもりで繰り出した一撃だけで、フレイサイズはブーツを滑らせて倒れこむ。メイド服は血に染まっていた。倒れた彼女に鎌を振り下ろすが、地面に血を撒きちらしながらも転がってかわされる。ならばと横薙ぎに鎌を振ると必死になって鎌を掴み、防御に使う。金属がぶつかり、軌道がそらされる。

 しぶとい、とサイズウルフは舌打ちをする。足で踏みつけようとするが、フレイサイズはそれからも必死になって逃げる。そうこうしているうちにフレイスピアが戻ってきて槍を突いてくる。それをかわし、槍を鎌で弾き返す。

 さらに、もう一人。

 黒いコートを着込んだ作業服の男がそこに歩いてきていた。足を引き摺っているが、それさえも演技ではないかと思える。その手に握られているのは、追撃兵が持っていた銃ではないか。


「仕方がないな」


 大きくバックステップを踏む。すでにサイズウルフは戦闘の続行を諦めていた。さしものの彼女でも、三人を同時に相手にするのは面倒らしい。

 黒コートの男、新堂は銃を向けるが、狙いを定めるよりも速く、サイズウルフが飛び回るために撃てない。


 こいつ銃よりも強い、この間合いで!


 銃を持っているにもかかわらず、こちらが相手の動きに翻弄されているのだ。

 驚いたが、しかし負けるわけにはいかない。新堂は気合を入れなおす。サイズウルフは新堂の銃の狙いから逃げつつ、研究施設へと近づいていく。そしてそのまま建物の中へ逃げ込んだ。呆気にとられる。

 逃げていった。そう考えて間違いなさそうだ。

 あれほど優位に立ってフレイサイズをも圧倒していたような奴が、なぜ今さら逃げを打つ?

 当然新堂の頭を支配したその疑問は、どうやら解決しそうになかった。しかし相手が逃げたということは、生き延びたということだ。

 新堂は拾ってきた防弾コートの内ポケットに銃を直接押し込み、傷を負ったフレイサイズを見た。表情もなく、傷を気にする様子もなく立ち上がろうとするフレイサイズを何とか押しとどめる。右脇腹と左肩が血に染まっている。とくに脇腹の傷は深く、まだ出血が止まっていない。無理に動き回ったせいで傷が広がったのだということはよくわかる。


「フレイスピア、この子を抱えてくれ」

「はい」


 フレイサイズは押さえつけられるのが気に入らないらしく、暴れた。だが、新堂がたしなめるようにその顔に手を近づけると、しばらくその手を見つめた後、彼から目をそらし、身体の力を抜いてくれる。そこを、フレイスピアは軽々と持ち上げる。


「軽いですね、六十キロか、そこらしかなさそうです」

「軽くはないだろう。背丈は低いのに。何が詰まってるんだろうな」


 フレイサイズの背丈は百五十五センチ程度だ。それで六十キロは少し重いといえる。筋肉もそれほどついているわけではないというのに、何が原因なのだろうか。

 骨が重いのかもしれない。あれほどの無茶苦茶な動きを可能とするのだ。人間の骨と同一ではあっというまに全身骨折で倒れてしまう。強化された内骨格になっていても不思議でない。その強化された骨が人間の骨に比べて重いのかもしれない。

 そんなどうでもいいことを考えながら、新堂は車のドアを開けた。その車は彼がここへ乗ってきた車だ。つまり、フレイソウルが乗っていた車である。キーはこれのものしか持っていないし、燃料も十分にある。

 後部座席のドアを開けて女二人を乗り込ませてから、自分も運転席に乗り込んだ。


「新堂さん、足はいいのですか」


 エンジンキーを差し込んでいると、フレイスピアが後ろから声をかけてくる。


「縛り上げて止血しているだけだ。だが、運転できるのは俺しかいないだろう。それに、時間もない。すぐにフレイソードたちのところへ行かなくては」

「その前に治療が必要です。フレイサイズもそうですが、新堂さんも」


 少し強い口調だった。だが、新堂は考えをあらためない。


「俺なら大丈夫だ。君は後ろでフレイサイズの傷の手当てをしていてくれ。道具も何もないが。それと俺のことは呼び捨てでいい」

「わかりました。では新堂、ハンカチか何かもっていませんか」

「水道水とボロきれくらいしかない。なんとか出血を止められないか」


 言いながらエンジンをかける。いつ、サイズウルフが追いかけてくるかもしれないのだ。出発は急ぐべきだった。

 すぐにアクセルを踏み込み、車を発進させた。


「無茶苦茶を言わないで下さい。とりあえず傷口は洗って、縫合しておきます」

「できるのか?」

「ソーイングセットくらいなら持ち歩いていますので、それと止血パックも」

「用意がいいな」

「研究員さんたちのおかげです」


 フレイスピアは視力が悪いので手間取っていたようだが、それでも研究所の敷地から出る頃にはもう傷口を縫合しようとしていた。針に糸が通せるのかと思ったが、それは何かうまい器具があるらしく、問題なかった。最初から通してあったのかもしれない。

 彼女の治療は手探りだ。傷口に触って、患部を確かめながらの縫合になる。相当な痛みがあるはずだが、フレイサイズは悲鳴を上げることもない。それどころか口元をゆがめることさえもしなかった。


「痛くないのですか?」


 声を全くあげないフレイサイズを不思議に思ったフレイスピアはそう声をあげた。それでもフレイサイズは何も言わない。考えてみれば、新堂の前で廃棄溶液の中から姿を見せて以来、まったく声をあげていない気がする。フレイサイズは呻き声一つたてていない。ひょっとすると、声を出せないのかもしれなかった。

 新堂はバックミラーをのぞいた。フレイサイズの耳は垂れ下がり、尻尾は力なく萎えている。これは相当に痛いらしい。それでも手足を振り乱して痛いからさわるのをやめろと訴えてはこないところを見ると、自分の身体に何をされているのかは承知しているようだ。それとも先ほど新堂が手をかざしてたしなめたので、我慢してくれているのだろうか。


 助手席には読みかけたレポートが置いてある。フレイシリーズについて書かれた報告書のコピーだ。あとでじっくりと目を通す必要があるだろう。新堂はそれを助手席に仕舞った。後ろの二人は、それぞれの理由でこれを読むことができない。いや、もしかするとフレイサイズは読むことができるかもしれないが、その内容を新堂に教えたり、内容に基づいて戦略を立てたりすることはできないだろう。やはり新堂自身が読むしかないのである。

 アクセルを踏む新堂の足は痛む。盲貫銃創だ。まだ、弾丸が足の中に埋まっているのである。確かに違和感があった。しかし一刻も早くここを離れて、今にも廃棄されようとしているフレイソードとフレイアックスを救わなければ。


「新堂、焦る気持ちはわかります。しかし、準備をしていかなくては返り討ちに遭います」


 後ろからフレイスピアの声が聞こえる。


「そうだな」

「まずは医療具を買い込みましょう。とにかくあなたの傷も無視できません。それから、少し休んだほうがいいでしょう」

「休む? 時間がないのはわかっているだろう」


 新堂はそう答えた。確かに彼は疲れているといえる。施設を脱走してから全く休んでいない。その間フレイソウルと戦い、車を運転し、兵士達と戦った。冷静に考えれば休息が必要だ。

 だが、今はとにかく時間がない。すぐにでも、飛ぶように急いで敵地へ行く必要があった。当然、救出するべき戦士のためだ。

 しかしフレイスピアはそれを認めなかった。


「だめです」


 鋭い一言だ。文字通り、刺さるような声でそう言ったのだ。新堂は少しひるむ。それを感じ取ったフレイスピアは強く言い放った。


「自殺行為です。新戦力を加えることも大事ですが、現在の戦力を無駄に目減りさせないことのほうが大事でしょう」

「しかしフレイシリーズ以外に戦力となってくれそうな存在があるかな」

「もちろん、フレイシリーズの奪取をあきらめるわけではありません。万全を期すために休むだけです私が見るに、新堂には八時間程度は休息が必要です。車を安全な位置まで進めたら、即座に休憩してください。その間は私が護衛につきますから」

「だが」

「だがもだってもありません!」


 突然、耳を貫くような声をフレイスピアがあげた。怖い、と思ってしまうほどの声だ。フレイサイズまで驚いたらしく、珍しくも両目を見開いて、耳をぴくぴくと動かしている。


「本来ならすぐさま車を停めて、その足から銃弾を抜かねばならないところを、事情を汲んで我慢しているんです。これ以上の譲歩はありません! 新堂、あなたは休みなさい、その間に傷の処置はしてあげますから。無理をなさるのは必要があるときだけにすべきです。今は命をかけてまでそうするときではありません」


 迫力ある、低い声でそう続けるフレイスピアに逆らうことは、もはやできそうにない。先ほどほんのわずかな間、無意識の海に飲まれていたことは言わないほうがよさそうだった。余計にフレイスピアの心配が増え、ひいては小言につながる。もはやこれ以上耳をいじめないでもらいたいと考えた新堂は、素直に頷く。


「わかったよ」

「それでいいんです」


 満足そうにそう言ったフレイスピアはフレイサイズの治療を再開する。先ほどの声に驚いたフレイサイズは、縫合の痛みなども忘れて、自分を治療する女性の顔を見つめていた。

 やがて、フレイサイズへの治療は終る。応急処置に近いが、脇腹と肩の傷は縫合した。傷薬を塗っておいたが、体毛が邪魔でなかなかうまくいかない。剃ってしまおうかと思ったが、フレイサイズが暴れるとそれこそ危ないのでやめておいた。身体に塗られた薬を舐めようとする彼女を押しとどめつつ、包帯を巻いてしまう。

 そこで新堂は車を停める。


「何かありましたか、新堂」

「ちょっと下りてくれ」


 小さな橋の上だった。下を見下ろせば、川が流れている。かなり流れが速い。運転席から外へ出た新堂を追って、後部座席の二人も車から下りる。それぞれに武器を持っている。フレイスピアは抱えるように槍を持ち、フレイサイズは右手で刃を下に向けて鎌を持ち出していた。

 フレイサイズが武器を構えていないことから、近くに敵が迫っているというわけではないらしい。フレイスピアも周囲に敵の気配を感じてはいない。

 新堂は車に手をつき、右足をかばいながら立っていた。


「こっちへ来てくれ、目の前に」


 呼ばれて彼の前へ立つ。フレイスピアは、手を伸ばせば届く距離にいる。何をするつもりだろうか、と思っていると頬に何かが触れた。新堂の手だ。


「何をなさるのです」


 振り払いはしないが、何をしようと言うのかという問いを発する。新堂が確かめたかったのは彼女の耳だった。髪の長いフレイスピアの耳は見えなかった。手を伸ばして、それに触れる。


「んっ、くすぐったいですよ。どうかしましたか?」

「いや、ちょっとな」


 新堂はすぐに目的のものを見つけ出した。引っ張るとはずれる。

 取り出したのは、小さなタグだった。見てみると「fs-03」と書いてある。それを確かめてから、新堂は橋の下を流れる川へ投げ捨てた。

 小さくて軽いタグは風に踊り、持ち主に別れを告げるように陽光を反射した。その輝きはフレイスピアにも見える。何かが光って、そして消えていく。

 音もなく川の流れの中へ消えたタグは、もう見えはしない。

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