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最終話 欠損剣士・中編

 サイズウルフは、殺気を放っていた。フレイサイズの前に立ちふさがり殺気を放ちながら、言い聞かせるように話を始める。


「フレイサイズ、自分の出自をお前は理解していないだろう。知っていたなら、そうして平然としてはいられないだろうからな」


 フレイサイズは黙って聞いている。聞き流しているのかもしれないが、耳には届いているだろう。目の前にいる存在から放たれる殺気を警戒し、じっと構えたままである。


「そんなに急いで、どこに行こうって言うんだ。新堂のところへ行こうって言うんだな? あいつがそんなに大事なのか、そうだろうな」


 まとまりのない話を、サイズウルフは続けた。


「お前は新堂の娘と、飼い猫をベースにして造られた。そのタビーと猫の頭は飼い猫からきてるんだろう。それだけでも普通に考えれば身の毛のよだつ話だが、お前の頭の中はもっとひどい」


 フレイサイズは視線さえも動かさず、たじろぎもせず、ただ目の前の女に注意を払っていた。サイズウルフは演説をしているような気分になったが、言ってやらなければならない気がして、最後まで言葉をつなぐことにする。


「お前の頭の中には、新堂の娘の大脳が詰まっている。中脳と小脳はヤツの嫁さんのものだ。空っぽになったその頭の中に戦闘情報を詰め込んで、大幅な戦闘能力の向上をはかった。それがお前、フレイサイズ」


 これは、アックスツヴァイが最後に語った情報である。サイズウルフは、フレイサイズの出自などそれまで気にしていなかったが、このようなことは想像外であった。

 まず、おぞましいと感じた。母と娘の脳味噌を融合させて、それを猫に移殖し、戦闘マシンにする。詰め込みすぎ、やりすぎ、背徳にすぎる、いくらでも負の感想は出てくる。だが、無茶苦茶とも思えるこの合体は成功している。言葉の問題を抱えてはいても、フレイサイズは生きて、動いている。命令も理解して、戦闘もこなせる。生物として存在できている。それだけでも驚異的な成功といえたはずだ。しかし、『上層部』はそれに満足せずに彼女を失敗作と断じた。

 これほどの化け物を生み出しておきながら失敗作とは。自らもフレイ・リベンジの一作目でありながら、サイズウルフは怖くなってしまう。彼女が恐らく元来持っていた、恐怖の念を呼び覚まされたようだ。心臓と肺と脳だけで生きている犬の実験を思い出した。臓物がむき出しにされ、電気刺激で無理やりに心臓を動かされ、生かされているだけの犬。あれ以上の禁忌に触れている。

 それほどにサイズウルフにとって、フレイサイズという存在はおぞましいもの。遺伝子の組み換えで生み出された怪物のような、天国にも地獄にもこの世にもあの世にもいてはならない、絶対禁忌だ。誰もが直視したくない、存在してはならない暗部だ。サイズウルフ、fr-01はフレイサイズに対してそうした思いを抱くようになっていた。

 だが、新堂の嫁と呼ばれていた女の、大脳のゆくえはさらにサイズウルフの心をかき乱している。

 精神エネルギーを吸い尽くされて、何も認識できなくなった空っぽの大脳は保存されていた。それが使用されるのは、それがとりだされてから二年も後のことになる。つまり、つい最近だった。今現在もその大脳は生きている。新堂の嫁の大脳は、生存しているのだ。

 今も、こうして語り続けるサイズウルフ。

 その彼女の大脳こそが、二年前に精神エネルギーを奪い尽くされて真っ白になった新堂の嫁の大脳だった。しかもそれは、自分の体の中で唯一出自がはっきりしているパーツである。

 彼女が対峙しているのは、自分の血を分けた娘。さらに言えば、自分自身の中脳と小脳をもっている存在、飼い猫。

 新堂の妻であるその女の大脳をつかっているとはいえ、新堂の妻であった頃の記憶など、残っているわけもない。自分に娘があって、それを自分の乳で育てたという記憶もない。もしあったとしたなら、施設の駐車場で戦ったあのときに娘の顔くらいは思い出しているだろう。しかし、それでも彼女は自分の娘であると思う。その思いは、捨てられそうになかった。どれほど相手を嫌悪しているとしても、どれほど呪われた存在であろうとも、血のつながりは否定できそうにない。

 だが、こうしたことまで話してしまおうとは思わなかった。フレイサイズは、確かに呪われた存在だ。しかし自分はそれ以上におぞましい存在。知らせることはない。これは自分だけの秘密にしてもいいだろうと思える。あれは、自分の、このサイズウルフの娘なのだ。どれほどの矛盾があろうとも、記憶の違いがあろうとも、それは間違いがない。否定のしようがない。

 だから、わずかでも愛情を注ぐ。お前は、今お前が思う新堂の娘なのだと伝えるだけで十分だ。お前の母はこのように呪われてお前を憎む存在となったのだと、痛ましい事実を伝えることはない。また、娘の将来には必要のない、関係のないことでもあるだろう。


 サイズウルフはようやく、鎌を構えた。両手で柄を持ち、刃を相手に向ける。

 殺気を放つ。お互いに睨みあう。

 今ここで、サイズウルフがフレイサイズに戦いを挑む意味は、ないに等しい。命令されたわけでもなく、勝手にここまでやってきて、サイズウルフはフレイサイズに挑んでいた。

 警察署での戦闘の際に彼女の服にかけたスピアエルダーの血のおかげで、サイズウルフにはフレイサイズの居場所がわかっていた。そのために待ち伏せをすることは容易であったといえる。鎌を両腕に構えたサイズウルフは、両脚を踏みしめて娘の目を見つめていた。

 フレイサイズは、話が始まる前から今まで、ぴくりとも動いていない。研ぎ澄まされた眼光で、サイズウルフの隙をうかがっていた。話など聞いていなかったのかもしれない。思考能力の鈍い彼女では、聞いていたが理解できていないということも考えられる。それでも、話して無駄ではなかったはずだとサイズウルフは思う。


 先に動いたのは、サイズウルフであった。フレイサイズは我慢強く動かず、仕掛けてくる彼女を冷静に迎えうつ。

 横から鎌を振り回すサイズウルフの攻撃、それに応じて鎌を振り上げる。刃と刃がぶつかり合い、火花を散らした。反動で両者の武器は弾かれる。二人ともそれで武器を手放してしまうほど気を緩めてはいない。はね飛ばされる武器を無理やりに握り締め、次の一撃のためにまた武器を振るう。再び火花が散り、両者は三度武器を振り回す。四度、五度とそれが続き、サイズウルフはフレイサイズの実力を訂正するべきだと感じた。

 予想よりも、ずっと動きについてくる。鎌を振る速度も向上している。このわずかな期間に修行を積んで強くなった、などということではない。フレイサイズの動きは、最初に戦ったときよりもずっと洗練されたものになっている。

 六度、七度と鎌を振る。サイズウルフは七度目の剣戟から足を引く。ここまでの攻防から、フレイサイズの攻撃パターンをおおよそ掴んだと判断したからである。

 フレイサイズが使う大きな鎌は、その形状の特殊性と巨大さゆえに攻撃パターンは限られてくる。特に、サイズウルフのような強敵に通用するパターンは少ない。その少ないパターンとは、下からの振り上げ、上からの振り下ろし、横からの切りつけ、背での防御、などの単純ゆえに余計な動きの少ないいくつかだけだ。これらを見て、サイズウルフは勝機を得たと感じている。戦いの最中にあって、目の前の猫が娘であるという事実は、瑣末なこととなっていた。ただ全力を絞って戦うという、その一点だけに集中している。それは目の前の猫も同じだろう。

 こうして大きく距離をとったときに、フレイサイズは敵が武器を持っていない方向から鎌を振ってくる。力押しでの突進をかけながらだ。そのパターンしか存在しない。

 ゆえに、そこにタイミングを合わせて本気の一撃を叩き込めば終わる。彼女は回避できない。完全なカウンターで、相手の身体は一刀両断にできるだろう。


 サイズウルフは距離をとってから鎌を構えた。

 予想通り、フレイサイズは鋭い踏み込みとともに、背負うほどに振りかぶった鎌を一気に振り下ろしてくる。ここで鎌を合わせずに、回避と同時に攻撃を叩き込む。この一撃で決まる。

 互いの鎌は、そのままではかち合わない。それぞれの相手に向かって進む。

 フレイサイズは、振り下ろす鎌の軌道に修正をかける。そのまま振りぬけば自分だけが殺されることに気がついたからだ。しかしサイズウルフはその修正を間に合わせまいと全力を注いでいる。

 瞬間、肉を貫くような感触があった。

 フレイサイズの左腕を、サイズウルフの鎌がとらえている。サイズウルフは防がれた、と思った。彼女はこの一撃で完全に相手を殺してしまうつもりだった。

 攻撃を中断して、左腕を防御に回した。サイズウルフの鎌は、フレイサイズの左腕を貫いているが、切断はしていない。

 すぐさま、フレイサイズが反撃に転じる。右手で鎌を振り、伸びきったサイズウルフの両腕を切断しにかかった。

 サイズウルフはそれ以上の攻撃を中断して、鎌を引き戻して後ろに下がる。避けるにはそれしかなかった。再び両者は構えをとって睨みあう。

 最初に戦ったときのフレイサイズなら、今の一撃で決まっていた。あきらかに、彼女は強くなっている。腕力や身体バランスが向上したということではなく、動きが洗練されているということが大きい。何度かの戦闘経験がこれにつながったのだということは、すぐにわかった。この分野に関しては学習能力を存分に発揮している、といえそうだ。失敗していたのは彼女の作成のコンセプトではなく、戦闘情報の詰め込み作業だったのではないかと思えた。

 何が失敗作なものか、とサイズウルフは思う。だが、同時にどこで、少し嬉しく感じている。

 敵が強くなって張り合いがある、ということではない。フレイサイズが成長しているということが嬉しい。嬉しいと感じることは、不自然ではない。


 再びサイズウルフは仕掛けた。策略など捨てた。存分に打ちあって、最後まで両腕を振り回し続けてやると決めた。

 それで先にこちらがへたばって、やられてしまうのならそれでもいい。勝負だ。

 鎌を分割させる。右手に鎌の刃、左手に柄の半分。それぞれを全力で振るう。サイズウルフは、本気だった。これ以上ない戦いをしようと思っていた。フレイサイズはそれに応えた。彼女の鎌は分割されないが、短いながら濃い戦闘経験をもとにして、サイズウルフの攻撃を受ける。

 この勝負の後のことは、何も考えていない。サイズウルフは、死んでも構わないと思っていた。心底そう感じている。友人と呼べたスピアエルダーは死んだ。自分が頼るようなものは、もう現世に残っていない。娘であるはずの、このフレイサイズに殺されるのならば悪くはないとも思える。自分の全力に対抗できるような者は、フレイマーか新堂、そしてこの娘くらいなものだろう。全力、それを振るえる相手がいることの喜びを、今、サイズウルフは感じている。

 娘は、手数で勝るサイズウルフの攻撃を鎌一本でかわす。全身を使った身軽な動きで避け、受け、反撃し、退避し、弾く。

 両腕を振りぬく。互いに、完全に全力。戦いをそれぞれ得意分野とする二人の、頂上決戦ともいえる動きだった。剣戟の音でさえも、彼女らに追随できていない。

 二人は複雑なステップを踏みながら刃物を振っている。わずかでも気を抜けば即、相手の刃が心臓を貫く。この場に誰か他の人間がいたとしても恐らく全く手出しの出来ない極限の戦闘であるが、わずかな外灯の明かりを反射して光る刃と、二人の死の舞踏は美しいものといえる。

 サイズウルフの攻撃はすでに二十回目に入っていた。これも防がれる。左手の柄でその先を狙うが、きわどくかわされる。直後に相手の鎌の先がこちらの咽喉を狙ってくる。退避、この後にすぐさま柄の先で顔を狙う。回避される。

 二十一回、二十二回と攻撃を繰り返す。いまや、両者の実力は拮抗している。片腕に傷を負っているはずのフレイサイズもそれをまるで感じさせない。

 戦いは長く続いた。二人の動きは落ちない。疲れなど忘れたように全身全霊を注いでいる。舞うように戦い続ける両者であるが、決して二人はよそごとを考えてなどいない。ただ相手を殺すことのみを考え、動いている。二人の戦う地面はえぐれ、激しい土煙が舞い上がっていた。


 この因縁深き二人は永遠に戦い続けるかのようにも思えたが、四十回目の攻撃に入った瞬間、先んじて回避したフレイサイズの片足が道の端を踏み抜いて、田へ突っ込んだ。そこは粘性の高い泥の塊。わずかではあるが、足を引き抜くには時間がかかる。勝敗は、この瞬間に決まったと言ってよかった。

 サイズウルフは分割していた鎌を一つに戻し、渾身の一撃をフレイサイズに見舞う。間違いなく、最大にして最高の攻撃であった。

 回避できないと判断したフレイサイズも、それを迎えうつように鎌を振りぬく。

 すれちがい、二人の舞は、中断された。

 フレイサイズは、田に突っ込んだはずであるが、舞が終ったときには道に戻っていた。田には、ブーツだけが残されている。泥からブーツを抜くのではなく、ブーツから足を抜いたのだ。激しい戦闘のためか、ブーツの止め具ははずれてしまっていた。それでも、足を振り出す一瞬が遅れることには違いない。フレイサイズはゆっくりと振り返ったが、左腕が二の腕の辺りから欠損していた。

 腕は切断され、その場に落ちている。夥しい量の鮮血が服や地面を濡らしていた。

 彼女の腕を切断したサイズウルフは、膝をつく。左の脇腹を強く切り裂かれている。致命傷だった。フレイサイズに与えてきたような傷とは違い、深い。内臓に達している。出血もひどい。

 重傷だといえる。サイズウルフは、血を吐いた。地面が赤くなる。

 サイズウルフは満足していた。今自分は全力を尽くしている。ついた膝を、なんとか持ち上げようとした。脇腹が血を噴くが、瑣末な事態だ。気を入れて、立ち上がる。

 空を見上げると、暗い。星も見えなかった。外灯の周囲に集まる虫たちも、見えなくなりつつあった。しかし今ここで勝負を終るわけにはいかない。自分もこのような傷を負ったが、相手は片腕を落とされている。

 ブーツを履きなおしたフレイサイズが武器を構えた。相変わらずの無表情、戦っているときとまるで変わらない瞳で、自分の顔を見ている。まるで心の中が見えない無表情。ポーカーフェイス。タビーの入りこんだその顔を、サイズウルフは何とはなしに見つめた。他に見ておくものもなかった。

 相手だけを見据えて、サイズウルフは武器を握る。

 自分は、死ぬために戦っているのかもしれないと思った。死を恐れずに戦っているのではない。死にたいのだ。自分は、こいつに殺されたいと考えている。

 理性はその考えを何を馬鹿なと一蹴する。だが、自分の中のある部分がその考えを認めていた。いまや、サイズウルフを理解してくれるような存在は世界のどこにも存在しないのであった。誰にも認められずに、ただフレイマーの命令に従う戦闘兵器になるくらいなら、今ここで娘の手にかかって死ぬ方が楽な気がする。死を求める理由はそこにあった。

 ああだからあの程度の攻撃をかわせなかったのかと自嘲する。脇腹の傷が深い理由。それは自分が死ぬことを、心のどこかで望んでいたからだと結論することができた。自ら死を求めるような連中など、心の弱い惰弱な奴らだと思っていたが、いざこうして自分がそうなってみると、何も言えない。思っているよりも自分は惰弱で心の弱い存在だったらしい。


 フレイサイズが唐突に、鎌をおろした。

 なぜそのようなことをするのか、とサイズウルフは憤慨しかかった。だが、自分の今の思考を考えて、理解する。どうやら、自分はすっかり殺気をなくしていたらしい。相手を殺そうと思わなくなっているのだ。フレイサイズが、戦闘の終了を思うのも無理はない。殺されたいと考える相手に対して、鎌を振り上げるなどしないだろう。自分だってそうする、向かってくる相手を殺しはするが、自殺幇助など趣味ではない。私の娘であるなら、思考が似ていて当然だ。

 サイズウルフは、戦意を失いつつあった。しかし、構えは解かない。片腕を失った目の前の猫を見つめる。ここまできて、なおもフレイサイズの顔には表情というものがない。親の死に目に相対しても、ただその光景を見つめるだけだ。暗がりに瞳の開いた目でこちらを見つめる猫は、鎌を下ろしている。


 何も言えない。ついにサイズウルフは鎌を下ろした。脇腹に手をやって、出血の具合を確認する。血は止まりつつあったが、深い傷であることに変わりはない。


「行けよ、お前の勝ちだ」


 目をそらして、サイズウルフは呻くようにそう言った。

 彼女の娘は目を細めて、しばらくしてから頷く。歩いてサイズウルフの脇を抜け、一度振り返ってから走り出した。地面を蹴る音が聞こえてくる。

 しかしサイズウルフは走り去っていく娘の後姿を目で追うこともしない。星も見えない夜空を見上げた。無意味にまばたきを何度もする。やっと見えた月は朧。死ぬこともできなかった自分はこれからどうするべきかと考えて、その場に腰を下ろす。外套に群がる羽虫や蛾が、ひどく目障り。

 そこでようやく彼女はフレイサイズが走り去った方向へ目をやったが、そこには闇が広がるばかりであった。



 新堂の乗ったエレベーターは地下一階に到着した。ドアが開くと、目の前に誰かが立っている。

 恐らく、彼がフレイマーなのだろうと新堂は思う。少し髪の長い、幼げな顔立ちをした男。作業服の上からレザーコートを羽織り、手には革のグローブをしていた。


「おかえり、fs-01フレイダガー」


 ニヤリと笑い、彼は歓迎の意をあらわすように両腕を開いた。余裕たっぷりのその態度は、いつでもお前を殺すことができるという意思表示の裏である。新堂にはそれがわかった。

 新堂は今さら彼の歓迎にこたえるつもりもなかったし、頭を下げるつもりもない。握り締めていた槍を彼に向けて、戦闘の意志を見せるだけだ。


「その槍一本でぼくに立ち向かうつもりなら、その勇気には敬服さえするよ。しかし新堂、君は目の前にいるのがfr-05フレイマーだということは知っているのかな? プロジェクト・フレイマーの最終目標であるこのぼくを、フレイスピアの槍で倒せると思っているのなら、今すぐにここで君を避雷針にしてやってもいい」


 fr-05フレイマーは電気を操ることができる。フレイアックスや、アックスツヴァイから受け継がれた研究の結果が彼の体に埋めこまれていた。つまりこの場で新堂に向けて電撃を放射することも可能である。そうなれば、新堂にはかわす術がまるでない。高圧電流が自分の脳幹を直撃し、殺されるまでの時間を引き延ばすことしかできないと思われる。

 逃げるにはフレイマーが近すぎる。対策は電撃を放たれる前に彼を殺すということしかないが、それも難しい。


「しかし、今ここでそのエレベーターを壊すのは気が引けるんだ。いくらぼくが強くてもエレベーターなしで地上にでるのは苦労することだしね。それにここじゃ狭いだろう。ついておいで、フレイダガー。思いっきり戦える、広い場所へ案内するから」


 フレイマーは両手を広げてそう宣言し、踵を返して歩き出した。どうやら本気で戦う場所へ案内するらしい。新堂としては狭い場所で槍を振るうのは不利であるからついていってもよかった。しかし、エレベーター前を離れるということは相手に電気を使うことを許すということになる。このままここで戦うか、相手について広い場所に出るか二択だ。その広い場所とやらが新堂にとって有利な場所とは限らないが、場所が広ければ電気を避ける手段もあるかもしれない。

 迷ったが、新堂はフレイマーについていくことを決める。

 少し歩いた。フレイマーはレザーコートの裾を揺らしながら、無防備な背中を晒している。そこへ槍を突いてみても、恐らく簡単にかわしてしまうだろう。そうした無駄なことをする意味も感じられない。新堂は大人しく彼の後について歩いていく。ふと前を歩いているフレイマーが立ち止まった。振り返って、彼は新堂を見た。


「アックスツヴァイから聞いたかもしれないが、ぼくはテレパシー能力をもっている。君の考えてることも読めると思っていたんだが、なぜか君の考えは読めないな。君は何か対策を立ててきたのかい」


「それは初耳だ。fs-01からfr-04までの能力を一人で持っているということは聞いたがな。お前も、電話を一度かけてきたのか」


 新堂はさりげなく回数を入れて、フレイマーに問う。


「そうだよ、ぼくは君に電話をかけた。アックスツヴァイの声でね。声帯模写くらいなら、お安い御用だよ」

「なるほどな」


 では、最初にかかってきた電話は間違いなく、アックスツヴァイのものだ。となれば、彼女の居場所が気になる。健在なのか。


「fr-04アックスツヴァイはどうしてる。姿が見えないが」

「君と通じているとわかった者を、捨ておくわけないじゃないか、フレイダガー。ぼくが崖から突き落として、サイズウルフがとどめをさした。残念だけど君が頼りにしていた内通者はもういないってわけだよ。さて、それより君にテレパシーが通じない理由をそろそろ聞かせてもらいたいんだけど」

「俺はそんなことを考える暇なんてなかったな。そもそも、お前がテレパスだということは俺からしてみれば疑わしい」

「なるほど、確かにそうだね。君はなぜかぼくのテレパシーをまるで受け付けない。君からしてみればぼくの能力を疑うのも無理はないけど、それでもこの、両手に装備された強化ユニットと、君の毛穴の数まで数えられそうな視力と、君が上の資料室で何かやっていたことくらいはわかる索敵能力と、君を消し炭にすることくらいたやすい放電能力、それに血液をつけた相手なら地の果てへ逃げても追跡できるマーキング能力は、今さらお見せするまでもないね」


 新堂は確かにそうした能力を見て知っていた。それだけ豪語するのだからこの男がそれら全ての能力を持っているということも嘘ではないのだろう。アックスツヴァイの切羽詰った様子の電話からでもそれはわかる。彼女でさえ逃げ切れなかったというのだから、自分がどこまで食い下がれるものか。


「フレイマー、フレイシリーズとフレイ・リベンジはそれぞれに二つずつ能力を持たせるようにしたのだろう。それなら、俺が持っているはずだった二つ目の能力というのは結局なんだったんだ」

「fs-01の二つ目の、ああ、そういうことか。今の質問で、何故テレパシーが通じないのか納得したよ」

「一人で納得されても困るのだが」


 新堂は質問に答えろとフレイマーを促す。fr-05フレイマーは二度三度と頷いてから説明を始めた。


「つまり、君に与えられるはずだった能力もテレパシーだったんだ。相手の考えが読めるなんてことは戦闘でとても有利になるからな。しかしどうやっても、君のテレパシーは発現が認められなかった。そこで失敗と断じたわけなのだが、半分は成功していたと思える。ぼくのテレパシーを感知しない、自分の考えを探らせない。そうした防御方面においては、テレパシーは成功していたわけだ」

「俺の能力が、テレパシーだと?」

「そうだよ。まぁ実験で何度やっても発現しなかったんだ。今さらそれでぼくに攻撃をかけようなんて思わないようにしたほうがいいとは思うけどね」


 フレイマーはそう言って笑った。彼は足を戻し、先へ進んでいく。

 新堂は、自分の記憶を封印した自分自身と、テレパシーの能力には奇妙な因果関係を感じたが、確かめる術もない。今はただ、全ての元凶であるfr-05フレイマーを倒すことを考えなければならない。自分の考えが読まれないということは、それだけで大きなアドバンテージになる。特に、今まで相手の考えを読んで戦ってきたであろう相手に対しては。

 通路は、大きな回廊になっていた。真ん中の部屋を囲むように、ぐるりと周囲に通路がある。その周囲にもいくつか部屋があるが、それらはさほど大きなものではない。真ん中の部屋だけが飛び切り大きい。やがて、その真ん中の部屋へ繋がる扉をフレイマーが開いた。

 中に案内されて、新堂は息を飲んだ。天井も高い。周囲も広い。

 巨大なロボットの整備工場だと言われても信じられるほどのスペースがあった。高さは十か、十五メートルはあるだろう。天井から吊り下げられた電灯の光は強く、部屋全体を照らしている。ちょっとした体育館ほどのスペース。

 これほどの巨大空間で、一体何をするつもりだというのだろうか。フレイシリーズで培ったテクノロジーを生かして、高さ十メートルや二十メートルもあるような怪物を作り出すのだ、と言われても不思議ではない。むしろ自然に感じられる。


「さてフレイダガー。これだけスペースがあれば十分だろう。存分に槍を振るうといい。ぼくも全ての能力を駆使して、君を葬りにあたるから」


 そう言ったフレイマーの背後に、巨大な水槽が見えた。チョウザメでも飼っているのかと言いたくなるほど大きなものだ。高さも長さも尋常でないが、中には何かが浮いている。水が濁っているために中に何があるのかは見えないが、新種の金魚でないことは間違いない。

 新堂は槍を構えた。フレイスピアの槍だ。

 これが恐らく最後の勝負になるだろう。彼は無言でフレイマーを見据える。

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