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第十四話 過去・中編

 フレイマーが立ち去ってからしばらくの間、山の中に生息している小動物達が騒ぐ鳴き声や音によって、気配は隠されていた。少なくともアックスツヴァイはそう思っていたし、実際にそうだった。

 身を潜めている。できるだけ思考を鈍らせて敵に自分の思考が届かないように気をつけながら、身動きしないようにしていた。このまま、できれば朝までこうしているのがいいだろうと思える。運のいい事にマーキングは食らわなかった。索敵能力とテレパシーにさえ気をつければ、彼をやり過ごすことが出来そうだ。

 谷の底に落下したアックスツヴァイは、極めて運良く生き延びていた。落下したのは肩からで、左肩は完全に砕けているが、命にかかわるほどのものではなかった。剣で刺し貫かれた胸の傷も、間一髪で心臓をはずれていた。あばらを切断する一撃だったが、出血は止まりつつある。外傷部分は電気で焼き付けて止血し、それからはずっと動かなかった。じっとして、回復を待つ賢明な努力だった。

 とはいえ、重傷である。朝までこうしてフレイマーをやりすごすというよりも、朝まで動けないといった方がよい。回復するまで息をひそめつづける必要があった。

 出来るだけ何も考えずに、ただ回復を待つ。闇の中に倒れこんだまま眠るように目を閉じたアックスツヴァイは、まるで死体のように見える。同時に、死体のように何の考えも周囲に読ませずに、死体のように熱を失っていきつつあった。何事もなければこのまま朝まで眠ることができそうであったが、そのような安息は彼女に訪れなかった。

 静寂の中を、足音がやってきている。

 アックスツヴァイはそれに気付いたが、目を開くことも思考を回復させることもしなかった。フレイマーが死体の確認にやってきたか、と思うことさえも押さえ込んだ。死を演じてはいない。思考を閉じて、そこに転がっているだけだ。


「そこにいたか」


 声が落ちてきたが、聞いただけ。何も思わない。ぐったりしたままだ。

 誰がやってきたのかと、期待することも絶望することも、詮索することもない。死をもって、そこに倒れているだけのアックスツヴァイ。

 来訪者は死体であるはずのアックスツヴァイに近寄ってくる。彼女を探していたことは明白だ。彼女に触れて、その生死を確認しようとする。呼吸や脈はかなり低下しているはずだった。体温の低下とともに、それらも相当に落ち込んでいるはずだった。死んでいると思われても仕方がないほど、呼吸は浅く、脈も遅い。

 にもかかわらず、来訪者はアックスツヴァイが生きていると断じた。


「返事をしろ、アックスツヴァイ。あんたが生きてることはわかってる」


 首元に刃の感触。脅しではなさそうだ。やむなく、アックスツヴァイは目を開けた。来訪者に目を向けると、少しずつ意識が覚醒してくる。鈍らせていた思考を戻す。

 視界は明瞭になっていく。立ち上がった耳が見えた。


「あんた、サイズウルフ」


 細い声でそう言った。


「そうだ」


 来訪者はため息をついた。作業服の上からジャケットを羽織った姿。犬のような獣の顔。そこにいるのはサイズウルフだった。フレイマーではない。

 切断されたはずの左足も再生し、服も新品になっているが、確かに彼女だった。


「どうしてここがわかったんだい」


 起き上がろうとしながらそう声をしぼった。だが、無理に力を込めても、立ち上がるどころか上体を起こすことさえできなかった。どうやら、傷はほとんど癒えていないようだ。


「お前は、私よりバカなんじゃないか。その頭に巻いてるの、誰の血がついたものかね」


 そう言われて、額に手をやった。そこにあるのは、スピアエルダーの遺品であるストールの切れ端。彼女の血で汚れたものだ。


「ああ、そうか。わんこちゃんたら、これを探し出してくれたわけなんだねえ。忘れてたよ、あの子もマーキング能力をもってたんだね、そしてあんたがそれを探し出す。理にかなってるけど、こんな死にかけのを一人見つけ出して、どうするつもりだい。今さらあんたの武器の錆にする価値なんか、ありゃしないよ」

「そうかもしれないね。しかしあんた、裏切り者なんだろう。見逃すのはまずいんじゃないかい」


 サイズウルフの鎌の刃が、首の皮膚をわずかに裂いた。


「やっぱり、殺すわけね」


 当然の帰結だった。曖昧なアックスツヴァイと違って、サイズウルフはfr-01である。フレイ・リベンジの01なのだ。その彼女が施設の意志に逆らうはずもない。


「ああ、殺すとも。その前に少しばかり話をしてもいいか」

「別に構わないけど、早くしなよ。動けるようになったら、一応あんたからでも逃げるつもりでいるから」


 無駄だろうけどね、とアックスツヴァイは力ない笑みを浮かべた。サイズウルフは鎌を引いて、その場に腰を下ろした。口ではそう言っているが、実際にアックスツヴァイが逃げることはないと踏んだのだろう。


「お前は、色々と探っていたな。施設が私たちにも隠していることを」


 鎌の柄で肩を叩き、サイズウルフはわずかに遠くを見た。明かりなどない、闇に包まれた山の中、谷の底。アックスツヴァイの流した血に誘われたのか、周囲にはスカベンジャーたちのにおいが近づいている。聞き慣れない獣の声。

 欠けた月と星の明かりもこの夜の底までは届かない。月の光では、この谷の底を照らせないようだ。


「聞かせろよ。何かいいことがわかったんだろう?」

「期待するほどのものはなかったよ、わんこちゃん。私たちの過去を知りたいってんなら、データベースに残ってなかった。あきらめなよ。要するに施設側としては実験用の素体なんてのの生まれ育ちなんかどうだってよかったのさ。そんなこといちいち記録しちゃいられなかった、てことなんでしょうよ。記録が残ってた新堂たちのほうが異常さ」


 サイズウルフはそうか、とだけ呟いた。しかし自分の過去を知りたいとは特に思っていなかったらしい。


「過去はいい。他には何かわからなかったのか」

「大体、あんたも知っていることくらいしかわからなかったよ。疑問は解決しないものだもの。fr-05がフレイシリーズとフレイ・リベンジの開発をとおしてやってきた一連のプロジェクトの最終目的だったってくらいかな」

「それは本人の口から聞いた。しかし、それはハッタリじゃなかったのか。本当らしいな」

「これはプロジェクトの初期段階から書類に書かれていたよ。fs-00フレイソウルの開発段階からね。最終目標はフレイマーを生み出すコトだってね。だから、それぞれに違った能力をもたせた戦士を五人生み出させた。それがフレイシリーズの五人。そして、そのフレイシリーズに起きた欠陥を直し、克服するようにして誕生させたのがフレイ・リベンジ。フレイ・リベンジ最後の一人が最終目標。それまでの全ての技術を投入して、最強の戦士を作り出すこと。プロジェクト・フレイマーなんて書いてある書類もあったくらいさ」


 アックスツヴァイが笑ったが、サイズウルフは聞いているだけだった。彼女は頷くが、視線はそのままである。他には何かないのかと続きを促す。


「特に目立った欠陥のなかったfs-01やfs-04、fs-05も廃棄されることになった理由は、フレイシリーズ自体が最初から失敗作品になることを前提にして施設が動いていたから。つまりどういう結果になろうとも、データをとるだけとれば廃棄されることがはじめから決まっていたってこと。二年間データをとって、戦闘訓練もさせておいて。フレイ・リベンジのプロジェクトが始まったら即、廃棄処分てわけよ。用済みになったらポイなんて、まるで紙おむつかなんかみたいに使い捨てだね。あまりいい印象は受けないでしょう、ねえわんこちゃん。フレイマーも完成したことだし、あんたも廃棄処分が決まるかもしれないね」

「憶測だ。お前の感想なんかどうだっていい。お前が調べたことだけ、話してればいい」

「ああ、そう。ところであんた、その左足は」

「フレイマーが怪しげな水槽で治療してくれたが」


 問われて答える。サイズウルフは生えてきたばかりの左足を軽く叩く。


「生成溶液の水槽に漬かってきたわけね。その隣に、廃棄溶液の入った水槽があったはずだけど」

「ああ、そっちには入るなと言われた。入るつもりもないのにな」

「実際のところ『廃棄溶液』は別に酸でもないわけだし、ちょっと触ったくらいじゃどうってことないらしいよ。あれは薬品を配合しただけの生成溶液でね。漬かってみても、例え眠った状態で中に沈んだとしてもそれが直接的な原因で死ぬことはないんだよ。肺に液体が入ってしまっても、入ってしまわなくても、酸素をとりこむことが可能らしい、理屈がどうなってるんだか私は知らないけど。そのかわりその酸素と同時にある種の薬物が入ってね、頭の中の働きを強烈に鈍らせてしまうんだって。要するに頭の中を真っ白にしちゃう、そして思考能力を減退させる。丸二日も漬かっていたら、それだけで廃人だそうだよ。真っ白けになるんだって」

「そんな薬品を何に使うつもりなんだ」

「わかりやすい名前がついているじゃない。『廃棄』溶液だよ」


 薄く笑った。もし生け捕りにされるようなことになれば、恐らく自分もそこへ漬からなければならなくなるだろう。アックスツヴァイは自嘲気味な笑みを浮かべていた。


「戦士たちを捨てるときに使うというのか。廃棄溶液に漬け込んでしまえば、そうそう暴れたりすることはないって寸法か。理にかなったことだが、殺してしまえばいいようなものを」

「どんなに強い戦士であっても死体は腐敗するからね。長距離を運ぶときに便利なんでしょうよ。最終的には着いた先で解体されて、生成溶液の溶質になるわけね」

「再利用にもほどがある」

「それだけ、フレイシリーズやフレイ・リベンジをつくるのにお金がかかるってことでしょう。本来、フレイシリーズが廃棄されることになってたのも、フレイ・リベンジの材料にするためだったらしいから。結局それは実行されなかったけれども」

「それは何故だ。フレイダガーが脱走したから、というのは理由にならない。それ以前から私は目覚めていたんだからな」


 サイズウルフがそう訊ねる。予算だけを考えるのならば、確かにフレイダガーやフレイサイズを殺して、再利用した方がいいはずだった。戦士を一人作り出すのに多額の予算が必要ならば、余計である。にもかかわらず、フレイダガーこと新堂の脱走前からすでにサイズウルフは目覚めている。つまり、フレイシリーズの廃棄よりも前にフレイ・リベンジの作成が始まっていたということになってしまう。

 予算よりも、フレイ・リベンジの開発を急ぐ理由が存在したということになるが、その理由とは何なのか。


「フレイシリーズのデータ採集にかけた期間は二年間もあったわけだし、その間に予算を削減する方法が見つかったのかもしれない。あるいは、ニューフレイ製薬の企業活動によって多くの利潤が得られたのでフレイシリーズの身体が破棄されるのを待つ必要性もなくなったとかね。憶測だけど」

「では、なぜそれほどにプロジェクトを急ぐ必要があったんだ」


 サイズウルフの質問は続く。

 確かに、いかに予算の削減が見込まれたり、潤沢な資金の確保がなされたりしたからといって、あらかじめ決まっていたプロジェクトの期間を繰り上げていく必要はほとんどない。他社との競合がある企業活動ならまだしも、少なくとも今現在、このような技術を持っている社は他にない。当初の企画どおりすすめても何も問題ないはずだった。


「これも、私の個人的な意見なんだけどね、サイズウルフ。『上層部』だったあの男、フレイマーは何かをひどく恐れているんじゃないかと思うね」

「あれだけの無敵ぶりを見せつけておきながら、恐れるものがあるというのか」

「そりゃああるでしょうね。少なくとも警察じゃない、軍隊でもない、何か。なんというか、彼は余裕ぶっているように見えて、実のところ心理的には追い詰められている。そういう風に感じてしまうかな。きっと彼は、破滅ってやつを味わったことがあるんじゃないかと思うんだけどねえ? 身の破滅ってやつを一度か、もしかしたら二度は味わったんじゃないかな。だからそれを恐れている。もう破滅したくないから、その脅威から逃げようとしている」

「逃げるってのは、どういうことだ。逃げなくっても、あいつは強いし私もいる。何があっても大抵の事はなんとかする自信がある」

「いや、逃げてるんだよ。本来ならフレイシリーズの廃棄を待ってからフレイ・リベンジを作り出すはずだった。フレイダガーたちにだってそう伝わっていたはずだから、私たちの姿を見て彼らは驚いていたってわけ。そこまで時期を繰り上げてまでフレイ・リベンジという兵隊を作り出した理由は、自分の身の破滅から護るため。そう考えられる。うまくいえないんだけど、彼は多分、どこかからやってくる何かに怯えている。そして、多分それによって過去に破滅を味わっているって思える。だからその何かに対抗するために、フレイ・リベンジの開発を急いだ、自分自身の身体になるフレイマーの作成を急いだ」


 アックスツヴァイはそう言い終わると、深くため息をついた。身体に力を入れようとする。あばらはまだ痛むが、何とか上体を起こせそうだ。歯を食いしばり、顔を起こして起き上がる。立ち上がることはまだできないが、座っているくらいならなんとかなる。


「それじゃあ何か、お前はフレイマーに天敵がいるって言いたいのか」

「私はそう見るってだけよ。彼だって無敵じゃない。それより、私を殺すなら早くしたほうがいいんじゃない。もう身体を起こせるようになってしまったけど」


 その声に、横目でサイズウルフがアックスツヴァイを見た。確かにもうしばらくすれば動けるようになるだろう。今のうちに殺しておく必要が生じたようだ。大儀そうに立ち上がり、サイズウルフは鎌を向けた。

 ふわりと尻尾が垂れ下がったのが見えた。それが少しかわいいと思えたので、アックスツヴァイは微笑んでしまう。


「死ぬ間際だっていうのに何を笑ってやがる」

「なんでもないよ。ああ、そう、まだ話してないことがあったね。まだあんたには、ね」

「言ってみなよ。それを聞いたらこれを振り下ろす。覚悟ができたら言いな」


 鎌を振り上げて、サイズウルフが狙いを定める。アックスツヴァイはその一撃が間違いなく自分の首を切断するだろうと見た。ふう、とため息に似たものを吐き出した。一週間もなかったが、目覚めてから過ごした時間は退屈しないものだったと思う。ここまでやれれば、十分だろう。悔いるということはあまりない。

 私を殺すのが、このわんこちゃんだってところも含めて、悔いはなかったね。

 そう思えるのだ。

 アックスツヴァイは、息を吸い、少し長い話をした。サイズウルフはその話を聞き届けてから、鎌を振り下ろす。



 鎌をかついだサイズウルフが施設に戻ってきたときには、朝日が昇ろうとしていた。

 ほぼ眠らなかったわけであるが、彼女は疲れていない。この程度で疲労するほど彼女はやわでなかった。

 彼女は、すぐに異常に気付いた。人間の気配がほとんどしない。少なくとも、昨日の段階では研究員が数十名単位でここにやってきていたはずである。各部屋に散って、事務作業なり片付けなりに精を出していたはずなのに、それがほとんど残っていなかった。

 これを異常事態ととらえたサイズウルフは、片端から部屋の扉を開けてまわった。しかし、生きている人間を発見するに至らない。一階、二階は全て扉を開けたが、誰もいなかった。

 そこでさらなる探索をするべく、エレベーターで地下一階に降りた。やはりそこにも、人の気配がない。

 鎌を持ったまま、サイズウルフはあちこちの部屋を開けて回った。あれほどいた研究員達はどこに消えてしまったのだろうか。やがて彼女は、自分が治療を受けた部屋に戻っていた。

 アックスツヴァイが生成溶液と呼んでいたものが満たされた水槽が見える。端に目をやると、廃棄溶液に満たされた水槽がいくつかある。水槽がいくつか増えているような気がするが、また運び込まれたのだろうか。

 部屋の中央には、フレイマーがいた。睡眠をとるようすもなく、水槽の周囲にある機械類をいじくっている。

 フレイマーの他には誰もいないようだ。


「おかえり、サイズウルフ。アックスツヴァイにとどめを刺してきてくれたんだね」


 彼は何もかもを見通したような目で、サイズウルフを見た。その目は気に入らなかったが、質問にはこたえなければならない。サイズウルフは無言で頷いて、水槽の淵に腰掛けた。


「研究員達はどこへ行ったんだ」

「役に立たない連中はいらないからね、捨てたよ」

「捨てた?」


 サイズウルフはぴくりと動きを止めた。驚きに値することだ。研究員達はそれなりに働き、しっかりと施設の役に立っていたはずだ。少なくとも世間全てを敵に回してでもここにやってきたということは、施設に対しての忠誠心もあるということだ。それを捨てるというのは非道であるように思えた。


「そんな必要があったのか」

「無駄なものはいらないのさ。身体なら、いくらでも作ることが出来るからね。今後彼らの手が必要になることがあるなら、そのときにまた作り出せばいいだけのことだから。命令に従う忠実な人形なのほうが、半端な忠誠心に支えられている人間どもよりきっと役に立つよ」

「フレイマー、あんたが一人でこの施設の中のことを全部やるっていうのか」

「そうさ、ぼくにはそれができる。サイズウルフ、君は黙ってみてるといい。ぼく一人の力で、世間、世界、その全ての武力に勝つところをね」


 サイズウルフは黙った。アックスツヴァイの言うような、脅威から逃れようと必死になっているような印象は、受けない。フレイマーは少なくとも今のところ、自信に満ちた行動をとっている。

 それから研究員達がいなくなってしまったことを、少しも寂しく思っていない自分に気がついた。彼らのことを仲間だとは認識していなかったが、いつも視界に入っていた彼らが消えてしまっては、寂寥感に見舞われるのが普通なのではないだろうかと思う。

 少しだけ、アメリカン・パトロールが聞きたくなった。

 これは寂寥といえるのだろうかと思いながら、話し相手がフレイマーしかいないという現実に冷たいものを感じる。


「そういえば、左足が本当に治癒した。礼を言う」

「ああ、いいよ。君は役に立つからね。それに実戦の経験も何度かある。貴重な人材さ。まだ失うわけにもいかなかったからね」

「フレイ・リベンジの、他の連中は貴重な人材じゃないのか」

「それなりにはね」


 フレイマーは顔を上げずに返答している。彼の言葉は冷淡で、熱の入っていないものだ。どこまでも冷静で、落ち着いた態度である。


「私の左脚を直したこの装置なら、もっと、大きなところも直せるんじゃないか」

「そりゃそうだよ。遺伝子情報さえあるなら作り出せる。髪の毛一本から体全部、作り直すことも不可能ではないね。そっくり元のままってわけにはいかないだろうけれども」

「なら、率直に訊くけど、スピアエルダーを復活させることはできないのか」


 目を細めて、そんなことを訊ねてしまう。

 わずかな期待はあった。可能性は低くとも、そう考えてしまうほどにサイズウルフにとってスピアエルダーの存在が大きいものだったこともある。

 しかし返ってきた答えは予想通りのものであった。


「無理だね。身体はいくらでも作り出せるけど、それはもう彼女じゃない。霊魂を保存するだけの装置があったなら別だけど、生憎今現在、それを作り出せるだけのものはないね、技術的にさえ。諦めてもらっていいかい、サイズウルフ。死者は復活させられない」

「そうかい、残念だ」


 サイズウルフは目を閉じて、自分の胸に手をやった。心臓の拍動する音だけが自分を安心させるような気がしたが、かえって恐怖が生み出された。

 心臓がひとつ鐘を打つたびに、自分の命が削られているような気がした。

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