第十三話 乾坤・後編
突然の侵入者一人、フレイソード。彼に相対するのは、ソードバイス。
fs-04フレイソードは、憎悪の目でソードバイスを見つめる。激しい憎しみをもって、気合は十分すぎるほど満ちていた。
今彼が思うことは、フレイスピアのこと。目の前で倒れ、助けられなかった人のこと。そればかりでなく、眠った彼女を鞭打ち、辱めた恥知らず。
許せない。
フレイソードの目は燃えていた。闘志、気迫、それらが十分に高まる。高まりすぎていたといっても差し支えない。
あの小屋の中を見たときから、既にこうすることを決めていた。鮮血に染まったあの部屋は、地獄と言ってさえよかった。フレイソードにとって、ソードバイスが行ったことは許しがたい悪行だ。そしてそれを行ったソードバイスは、大したことではないという認識。それが尚、怒りをかきたてる。
fr-02ソードバイスはフレイスピアの遺体を損壊し、その一部を食用にしたと思われる。現場は、紛れもなくフレイソードが中を見たあの小屋だ。あの場所で、フレイスピアは切り刻まれて食われた。そればかりでなく、命を失った彼女に対して暴行を行った気配さえある。もはや、どのような申し開きがあったとしても、犯人を許してはおけない。
ソードバイスは、死なねばならない存在。極悪人。
フレイソードはそのように怒りにふるえているが、相対しているソードバイスは冷静だった。
余裕をもって、剣を構えている。もともと地力が違いすぎるということもあるが、油断もある。しかしその彼の油断をもっても、二人の実力の差はどこまで埋まるか疑問である。
「ひとつだけ訊いておきたい」
フレイソードは剣を構えたまま、そう言った。問われたソードバイスは余裕をみせて、その質問に応じた。
「なんでも訊け。どうせ今からやられちまうんだ、先に逝った仲間に土産話が必要だろう」
その回答は、フレイソードを刺激した。彼はその先に逝った仲間のために怒っているのだ。ぶつけるべき質問も忘れて、フレイソードが一気に踏み込んでソードバイスに襲いかかった。
だが、ソードバイスも緩みきっているわけではない。素早く剣を持ちかえて、その一撃を防御する。剣の腹で、フレイソードの剣をがっちり受け止めた。
そこで少し後ろに足を引いて、剣を戻す。敵が剣を振るうより、自分が剣を振るうほうが速い。そうしたことを当然と思っているからこそ出来る動きだ。
かち合った剣を戻し、敵を一気に刺し貫く。そうした二動作が、敵の剣を突きこむというただの一動作よりも速い。上回っている。
ソードバイスはそう信じていた。だが、それも無理がないほどに彼は素早い。当然にして、次の瞬間にもフレイソードは自分の剣に貫かれ、息絶えていなければならなかった。
しかし、敵の胸を貫くはずの彼の剣は、予想外の抵抗にあって止められる。同時に響く金属音。
敵の防御が間に合った、と考えられる。ソードバイスは高い視力でもって自分の剣先を見た。確かにそこには、敵の剣がある。間に合うはずのなかった敵の剣がそこにある。そんなはずはないが、と思いながら一歩下がる。
少々気を抜きすぎたかと反省する。今度はもう少し気を込めて対応しなければ。
だが、その反省を生かす間もなくフレイソードがソードバイスに襲い掛かってくる。がむしゃらな攻撃だ。ソードバイスは舌打ちをしながら剣を引き戻す。突きこまれてくる剣を避けるか、防ぐかしなければ。
今度もまた、剣を引いて防ぐという二動作。敵はただ突きこむという一動作。しかし、少し気を入れてやれば速度で敵を上回るはずである。
今度は成功した。ソードバイスの戻した剣が、フレイソードの剣を弾く。
これが当然なのだ。相手が格下だからといって手を抜いてはならないということだ。ソードバイスはそう思った。やはり、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという通り、手抜きはいけないのだ。
ソードバイスはすぐさま敵に向けて剣を突きこむ。手加減なしの力である。今度こそ、決まりのはずだ。
この一撃は、確かに敵の剣によっては防がれなかった。だが、敵の命を砕くこともなかった。フレイソードは足でこの剣を防御していた。単に、突き出しただけの足でこの剣を防いだ。
「小癪な真似を」
ソードバイスが呻くが、フレイソードの足は貫かれている。
フレイソードからしてみれば、それでよかった。左足にソードバイスの剣は深々と食い込んでおり、まさしく盾にしたという表現がぴたりと合う。足の裏から入って貫通し、ふくらはぎのあたりまで、完全に剣が食い込み、鮮血を吹いていた。
しかし、フレイソードからしてみればこのようなことは瑣末なことだった。自分の命でさえもこの勝負の後にはどうでもよいと考えている彼にとって、自分の手足の一本や二本を犠牲にすることなど当然の選択肢として存在する。永久に欠損することになったとしても、それで何も困らない。今、この目の前にいる男を殺すことができるのであれば、全く構わない。困らない。
この足から伝わる鮮烈な痛覚さえも、彼の考えを変えるに至らない。剣を振りかぶり、彼は自分の脚を貫く剣を見つめた。その剣の先には、当然ながらソードバイスの両腕が存在する。
そこにある憎い両腕を切断するべく、不安定な体勢ながらもフレイソードは剣を振り下ろした。
慌てたソードバイスは剣を抜こうとするが、フレイソードが足の筋肉を引き締めており、そうさせてくれない。完全に引き抜くには時間がかかる。そこへ振り下ろされてくる敵の剣、このまま剣を引き抜こうとしていると、両腕が切断される。しかし、今手を離せば剣を奪われてしまうだろう。
となれば、剣は後で奪い返せるが腕は取り戻せない。ソードバイスは剣から手を離して、距離をとる。フレイソードの振り下ろした剣はソードバイスの右腕をかすめたが、切断するほどのものではなかった。
「浅はかな考えじゃないか。俺から剣を奪ったのはいいが、そのために足を殺されてちゃ」
ソードバイスがそう言った。右腕の傷など意に介するほどのものではない。剣を奪われたが、彼にはまだ腕も足も残っている。
フレイソードは歯を食いしばり、血走った目で敵を見つめる。左足は剣に貫かれて、自由が利かない。無理やりに膝を曲げて、右足に体重をかけることでなんとか倒れこんでしまうことを避けているが、機動力はほとんどなくなった。両腕で支える剣も、これでは上手く扱えない。
だが、フレイソードは片足を蹴って背後に飛んだ。最後の悪あがきかと思われたが、彼は空中で自分の脚に刺さっている剣を引き抜く。抜いた剣を右手に、自分の剣は左手に握りこむ。二刀流となり、大きくソードバイスから距離を開けている。
着地と同時に彼は駆け出した。ソードバイスに向けて突進をかけている。傷ついた脚を無理にも踏んで。
足の傷などまるで気にせず、地を踏み、蹴り、全力の突進である。ソードバイスはこれを防御しなければならない。しかし、防御側であるソードバイスにも自信がある。スピードならば、負けるはずがない。
ソードバイスも正面からこの突進に挑む。駆け出し、二本の剣を持つフレイソードにぶつかっていく。
しかし、フレイソードはここで意外な動作に出た。右手に持っていたソードバイスの剣を振りかぶったのだ。まだ間合いは遠い。踏み込んで斬りつけても届かない。にもかかわらず、なぜそのようなことをするのかと考え、ソードバイスは思い当たった。投擲だ。
果たしてその予想通り、彼は武器を投げつける。一直線、すっ飛ぶような速度でソードバイスの心臓に向けて飛んでくる。
かわさなければならない!
しかし敵はもう一本剣を持っている。つまり、これを避けようと体勢を崩したところを、彼は狙ってくるだろう。
フレイソードは雄叫びを上げた。
怒りと絶望の雄叫びだ。彼の心は怒りに支配されてはいたが、深い悲しみがその底にある。希望を失った絶望感が底に眠っている。
生きている実感のないがらんどうのような施設の生活から抜け出したその夜に、彼はフレイスピアと出会っている。同じ境遇にある女性。それも、少なくともフレイソードの目から見て美人であったし、優しく驕らなかった。施設の呪縛から解かれた後はこの人と生きていきたいと本気で思えたのである。さらにいえば、彼の中の何かがそれを当然だと認識していた。フレイスピアは自分とともにあって当然だという声が彼の中にあった。自分の伴侶であると信じていた。
実際にはフレイスピアは新堂こそを主と見ており、彼に尽くしていたと思われた。依存さえしていたとフレイソードは思っている。妬ましいほどだった。それを我慢してきたというのに、横から全てを破壊されたのだ。
あとに残された自分の悲しみ、死んでからも汚されたフレイスピア、それらは自制心を消し飛ばすには十分すぎた。
ここまで来れば、最後のわずかな理性も必要ない。あとは、憎いその仇敵を斬り飛ばすだけだ。
ゆえに、自分に残された力全てを振り絞る雄叫び。咆哮。
対するソードバイスは、直感的に行動を決める。投げつけられたのは自分の剣だ。
ならば難しいが、それを掴み取るのだ。幸いにも回転せず、切っ先をこちらに向けて飛んできているそれの柄を空中で掴み取り、そのまま振り出して敵の命を断ち切る。その二動作が、敵の一動作の動きを上回るか。
飛んできた剣など意にも介さず、殴るという選択肢もあるだろうか。当然、それはある。あのような虚弱な投擲などただの殴打でおそらく打ち抜ける。
だが、それではこちらにも傷が残ろう。それではダメだ。
できる!
俺には可能だ、できる。彼は結局そう信じた。走る速度を上げ、投げつけられた自分の剣へと目を向ける、強化された視力をもって、確かに自分の剣であることを確認。柄は後ろにある。振り回して敵を倒すには角度にして百八十度、半回転分振らねばならない。
難しいが、fr-02である俺には可能だ。負けるはずがない。
飛んでくる剣を正確に見極めて、両手で一気に掴んだ。最早、掴んだ体制がそのまま剣の振りかぶりになる。
あとはこれを、振り回すだけだ。
しかし、敵は速度を上げていた。予定よりも近い。
ソードバイスが作戦を立てた瞬間から、わずかな間、わずかに加速したらしい。意図してか、意図せずしてか。結果的にわずかな幻惑効果を生んだ。
ほんのわずかな連鎖。わずかな加速から生じたわずかな幻惑。
それを実力で粉砕する気で、ソードバイスは歯を食いしばった。何もかもを打ち砕く、全身全霊の一撃だ。これさえ決まれば、狡い作戦も小細工も無為に消える。
野獣のように吼えながらやってくるフレイソードを、無言の気合で迎えうった。
二人の戦士はすれ違い、その瞬間に互いの全てを相手に叩き込んだ、かに見えた。肉を切り裂くわずかな音が聞こえる。
「おや」
観戦していたフレイマーが、そのような声をたてたときには、アックスツヴァイにも決着が見えていた。
剣を突きこんだはずのフレイソードが崩れ落ちていく。雄叫びを上げていた口元もそのまま、見開かれた目もそのままに、前のめりに落ちてしまう。上半身だけが、走る下半身と分かたれたように崩れ落ちる。
ソードバイスは振り返った。そしてすぐさま刀を返して、もう一撃を見舞う。
すでに崩れ落ちていたフレイソードの上半身から、さらに頭部が分断された。首を斬られ、支えを失った首は地面に落下する。鮮血が噴き出し、周囲を汚す。
やがて、フレイソードの身体は地面に崩れ落ちる。首、上半身、下半身に分けられた体。分割面から流れる血が地面を汚しているようだが、この闇の中ではそこまで確認できない。視力に優れるソードバイスやフレイマーには見えているのかもしれないが。
アックスツヴァイはまだ腰を下ろしていた。フレイソードの血が彼女の頬にも飛んでいたが、気にならない。
地面にごろりと転がったフレイソードの首は、未だに目を見開き、仇敵を見据える戦士の顔だった。ソードバイスはそれを見つけるなり、力任せに蹴りつける。サッカーボールのように蹴られた首は吹き飛び、茂みの中に消えていった。
ソードバイスはかなり苛立っているようだった。そんな彼に、フレイマーが声をかける。
「いけないよ、フレイシリーズの死体は持ち帰るように言われているんじゃなかったかな」
「まだ大半、そこに残ってるじゃないですか、センセイ。くそ、それにしてもなんだってこんな」
息を荒げて、ソードバイスは地面を踏み鳴らす。
フレイマーはその様子が可笑しいらしく、うすく笑いを浮かべた。
「ふふ、怒ってもしょうがないじゃないか。しょうがない。作戦って奴なんじゃないかな。その賢明な判断は大いに見習うべきだよ」
「それは次に生かせれば、の話です。畜生、畜生、ちっくしょう!」
言いながら、ソードバイスは足から力を抜いた。膝を突いて、ばったりと地面に倒れこむ。
彼の腹部には、フレイソードの剣が突き刺さっていた。完全に大動脈を直撃する形で貫かれている。もはや、彼を助けることはできそうになかった。
そこは、急所だった。フレイ・リベンジとなった彼らにとっても破壊されればたちどころに致命傷となる、急所だった。
フレイマーも、アックスツヴァイもそれを知っていた。ゆえに、救命措置など行わない。彼がそれを望んでいないこともわかっていたからでもあるが、アックスツヴァイは彼が倒れたのを見てやっと腰を上げ、近寄っていった。
「酒ばかりのんでるから、そうなったのさ。最後にいつもの減らず口でも叩いてみちゃどうだい」
まさしく自業自得に等しい最期となったソードバイスに向けて、アックスツヴァイはそう言った。ソードバイスはうつぶせに倒れたまま目を彼女に向けて、こう言った。
「畜生、やっぱり俺を迎えに来たのは姐さんか。俺はもっとおっとりした優しい人が好みなんだ」
「ご不満があるようだね。わんこのほうがよかったのかい」
「いや、あれだけやったんだ。迎えの天使は姐さんでもいいさ」
自嘲気味に彼の口元が釣りあがる。馬鹿で、欲望に素直な男だ。アックスツヴァイは、苦笑に近い形で顔をゆがめ、ソードバイスの肩を抱いてやった。
「少し疲れたろ、先に行ってな。おやすみ」
そう耳元でささやいてやるとソードバイスは何か小さく呟いた。しかし、あまりに声が小さく、発音も明瞭でないためよく聞き取れなかい。もう一度言うように促したが、そのときには彼の身体は、命を失っていた。
「なんて言ってたのかな、彼は」
まだ座り込んでいたフレイマーがそんなことを言った。仲間が死んだことにはあまりショックを受けていないらしい。
「さあね、よく聞こえなかった」
身を起こし、肩をすくめてアックスツヴァイが答える。ふうん、とフレイマーは関心なく言い、腰を上げながら剣を抜いた。
「それじゃ、構えてもらおうかなアックスツヴァイ」
「何、何を言ってるんだい。私が何か粗相をしたって?」
レザーコートの中から取り出したらしい剣を向けられて、アックスツヴァイはたじろぐ。どういうことなのか、わけがわからない。
「それともあんたは、味方を殺す存在だっていうのかい。今戦力を減らしていいことなんて一つもないよ」
「それは、信用のおける味方に限られるよ。アックスツヴァイ、君がフレイダガーたちとコンタクトをとってることを知らないとでも思っていたのかい」
「だったらなんだって、私が裏切るとでも思ってるわけ。おかしなことを、フレイ・リベンジは裏切らない。そうなんだろう、そう決まってるんじゃないのかい」
アックスツヴァイの武器である斧は、まだ地面に落ちたままだ。拾いにもいかず、彼女はそう言った。
「そう、確かに。フレイ・リベンジは裏切らないはずだね」
「なら、いいでしょう」
「でもフレイシリーズは裏切っているよ。現に、そこに転がっているのがそうじゃないかな。それに君は幾つかの重要な情報を彼らにリークしたね」
アックスツヴァイはフレイマーを見た。そのようなことまで知っているとは、かなり念を入れた調査をしたらしい。だが、いつ行ったのだろうか。
フレイマーは生み出されてから一日経ったかどうかくらいのはずなのだ。
「fr-05フレイマー。あなたは」
「ちょっと声や口調が違うだけで、わからなくなるんだね」
鼻で笑って、フレイマーは侮蔑の目でアックスツヴァイを見た。
「君たちがいつも話していた相手じゃないか、ぼくはね。もっとも君とはあまり話してはいなかったかもしれないけれども。ともかく、上司のことをわからないようじゃ、ダメだね」
「上司? まさか、あなたは『上層部』の」
「今頃わかっても遅いよ、アックスツヴァイ。いい身体ができたからね、今後はこれを大いに活用していくよ。今までの身体も悪くなかったんだけど、あんまり自由に動けなかったから。さてまあ、そういうわけなんだけど君を殺していいかな」
邪気のない笑顔で、剣を向ける。フレイマーはアックスツヴァイを殺すつもりだ。
こうも明るい少年の笑顔だというのに、殺気が伝わってくる。アックスツヴァイは自分の斧を取りに行かず、ソードバイスの腹に刺さっているフレイソードの剣をとった。
「いいのかな、抵抗するのに自分の剣じゃなくて」
「背中は見せたくなくてね」
剣を構えて、アックスツヴァイは周囲に視線を走らせた。命の危険だ。逃げなくてはならない。
だが、施設は自分を殺そうとしている。それに抵抗するということは、これがすでに施設への裏切りなのではないか。そのような声が、アックスツヴァイの内側から聞こえてくる。
だが頭を一つ振って、その考えを追い払う。とにかく、そんなことより自分の命が奪われようという危機なのだ。変な理屈は、命が助かってから後でゆっくり考えればいい。罪の意識に耐えかねて自殺することも後でできる。だが、やはり生き延びればよかった、などという後悔は地獄でしても仕方がない。
「なんでこんなことになったんだか」
舌打ちをして、アックスツヴァイは剣を握り締める。フレイマーはうすく笑ったまま、こちらに剣を向けている。
「もういいかな。まぁ背中を見せたって、別にすぐ殺しはしないけどね。君が準備できるまで待つつもりだったよ。この身体の性能はすごくいいし、運動もしやすい。気色がよろしいことこの上ないね。そんなわけでちょっと本番前に運動する機会が欲しいもんだから」
「私はあんたのスパーリングパートナーってわけ?」
「使い捨てのね。まぁ君もぼくを殺すつもりでおいでよ。もしこの身体が壊されても、そんな機能の低い身体はいらないからね。また新しい身体をつくるだけだし」
あくまでも、笑いを浮かべたままのフレイマー。アックスツヴァイは、剣を構えたまま背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。自分もついに年貢の納め時か、と思ってしまう。
しかし、それでも抵抗しないわけにはいかない。片手を頭にやって、スピアエルダーの形見であるストールの切れ端に触れる。まだ死にたくはない。
「ねえ、もしかしたら窮鼠猫を噛むって言葉のとおりになるかもしれないよ」
少し前にフレイマーが言ったことをそのまま口にしてみる。
しかし実際、アックスツヴァイにはそのようになると全く思えなかった。知らず知らずのうちに、わずかに身体が震えている。しかし、そのような震えにも構わず、アックスツヴァイは精一杯の虚勢を張った。
この勝負は、相手を打ち負かせば勝ちではない。自分が生き延びれば勝利だ。
アックスツヴァイはフレイマーの動きをよく見る。スキをついて逃げなければならない。恐らくソードバイスに匹敵するだけの速度をもっているだろうが、それでも逃げなければならないのだ。電撃は無効化できる。だが、気をつけなければならない能力は多い。敵はフレイ・リベンジの能力もフレイシリーズの能力ももっている。
この場合一番気をつけるべきは恐るべき戦闘能力だが、次にマーキング能力に気をつけるべきである。これを受ければどこにいても絶対に見つかってしまう。
相手をマーキングするときに使うのは、彼ら自身の血液だ。どんなに微量であっても有効なので、目や口に食らえば終わりといえる。
フレイマーはまだ、打ちかかってはこない。