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第十三話 乾坤・前編

 人智を超えたフレイサイズの跳躍によって、新堂とフレイサイズは警察の包囲を簡単に突破することができる。残されたのは命を失った二人の戦士の遺体だ。残していくには忍びなかったが、どうしようもない。サイズウルフも同じ気持ちだったに違いなかった。

 フレイアックスは自分のものをほとんど持っていなかったので、遺品は武器である手斧になった。新堂はフレイスピアの槍、フレイアックスの手斧、スピアエルダーの携帯電話を持っている。その全てが遺品だ。それらを抱えた新堂を簡単に抱え上げたフレイサイズが、警察の囲みを突破した。彼らを超えてしまえば、あとは走って逃げるだけだ。

 フレイサイズに下ろしてもらい、新堂は二人でただ走って逃げた。どこか近くに、フレイアックスとフレイソードが用意してきた車があるはずだった。あのときフレイアックスが示した方向は確かこちらだったと、頭の中で方位を確認しながら進む。

 フレイソードの乗った車は、すぐに見つかった。レンタカーとは思えなかったので、恐らくどこかで盗んできたのだろう。

 新堂たちはその車の後部座席にすぐに乗り込んだが、すぐにフレイソードは一人足りないことを問う。新堂は無言で首を振った。フレイソードはそれで全てを察して、アクセルを踏み込んだ。エンジンが唸り、新堂たちを運んでいく。


「彼の最期は、どのようなものでしたか」


 運転しながら話すフレイソードの声は、押し殺したようなものだった。新堂は黙っていようと思ったが、車の速度が異常にあがるのをみて、話さざるをえないと感じた。

 やむなく、フレイアックスの最期を語って聞かせる。脱走以来、ずっと一緒にいた仲間を失った気持ちは、いかなるものかと思う。だが、フレイソードは全て聞き終わった後に一言だけ「そうですか」と言っただけだった。

 その後は車の速度も正常に戻り、落ち着いた運転となる。

 新堂は息を吐き、ポケットから携帯電話を取り出した。これは、スピアエルダーが持っていたものである。新堂はこれをすぐに捨てるつもりでいる。持っているだけで居場所が感知される可能性があるからだ。


「すまないフレイソード。電話を使う」

「お好きに」


 どこで手に入れた、とも聞かずに彼はただ車を飛ばす。今はとにかく、現場から離れる必要があった。と言って、折角突き止めた敵の本拠から離れすぎてもいけない。一先ずは北へ向かう。

 新堂は先ほどしつこく着信し続けていた番号へとかける。恐らく、着信していたのはサイズウルフか、そうでなければアックスツヴァイだろうという読みがあった。新堂の知らない、施設内部の人間である可能性も十分あったが、それでも新堂にとっては重要な情報が入手できるかもしれないのだ。

 直前まで着信していた番号は、二種類あるようだ。二つの番号から、ほとんど互い違いに着信し続けている。それら全てをスピアエルダーは拒否し、施設に殉じた。

 これは決して自殺ではない、と彼女が言っていたのは全てを諦めて逃避するのではないと言いたかったのだろうか。最後の瞬間まで新堂を倒すべく槍を投げつけようとした。その結果死ぬことになったとしても、彼女としては最後まで施設からの命令にしたがおうとした、ということなのだろうか。

 そのような彼女に、最後になって連絡をとろうとしていた人物とは一体、誰なのか。新堂は最後の着信履歴から番号を呼び出し、そこへかけた。

 やや緊張するが、とにかく呼び出し音は始まった。耳に押し当てる。

 ほんの数秒で、相手は電話をとった。


『生きてるのかい、スピアエルダー』


 電話での声は、聞き分けづらかった。しかし、この声はサイズウルフではなさそうだ。

 新堂は黙って、様子をみることにした。


『生きてるなら、返事をしてくれ。怪我をしているんだろう? 歩けないなら迎えに行くから、そう言ってくれ。それとも、この電話をしてるのはわんこちゃんかい』


 そこまで聞いて、この通話先はどうやらアックスツヴァイだと思えた。新堂はようやく、声を発した。


「残念ながらどちらでもない。俺は新堂だ。お前、アックスツヴァイだな」


 相手は、こちらの言葉にしばらく反応しなかった。無言が続く。

 このまま通話が切れてもおかしくはないなと思ったとき、ようやく相手が返事をよこした。


『そうさ、こっちはfr-04アックスツヴァイだ。新堂、あんたがこの電話をもってるってことは、あの子はやられたんだね』


 電話の向こう側で、顔を手でおおっているのがわかるような声だった。沈痛な思いは新堂も同じだが、それを言ってしまっていいものかどうか。しかし、新堂はアックスツヴァイを敵ながら信用していた。

 ここは言っておいていいだろう。


「傷を負わせたのは俺たちだが、とどめをさしたのは警察官たちの銃撃だ。あいつはそうすれば撃たれるってことがわかりきっている状況で、俺に槍を投げつけようとした。ほとんど自殺だ」

『自殺ね、そんなわけないでしょう。あの子は自殺なんかしないよ』

「ほとんど、だ。槍を振り上げてから彼女は言ったよ、これは決して自殺じゃないって。ああ、そうだ。今思い出したんだがスピアエルダーからお前とサイズウルフに言伝がある」

『言伝?』


 アックスツヴァイは、疑わしいと言わんばかりの声でそう短く言う。しかし言伝があるのは事実だった。


「これは本当だ。会うことがあったら伝えてくれと言っていた」

『何て』

「すみません、だそうだ」

『あの子らしい、確かにあの子からの言伝のようだね。受け取るよ。他に何か言うことは』

「フレイアックスが亡くなった。大きな損失だ。死に際のことを聞きたいかよ」


 新堂は、無意識のうちに左目を閉じていた。残った右目で、目の前の夜景を強く見つめる。フレイソードが運転する車は何事もなく、ただ夜の道路を駆けていた。


『fs-04が? わんこちゃんが殺したっていうわけ』

「大怪我させたのはサイズウルフだ。だがこっちも最後に止めを刺したのは銃弾なんだ。スピアエルダーが銃を構えた瞬間、彼女の前に立ちふさがった。当然警察が撃った銃弾は背中に食い込んだだろうし、スピアエルダーがもし引き金を引いていたとしたら腹の方にも弾丸が食い込んだだろう。その直後に、彼は息を引き取っている」

『何故彼はそんなことをしたのか、説明できる?』

「できん」


 新堂は即答した。本人にも訊いたが、そのときすでに彼は返答する力を残していなかった。


「アックスツヴァイ、もう何度も訊いたことをもう一度訊く。お前は、俺の敵なんだな?」

『何度訊かれても、答えは変わらないと思うけどね。私はフレイ・リベンジ。あんたたちの敵だよ』

「似たようなことをスピアエルダーも言ってた。自分はフレイ・リベンジだとな。施設について、最後まで彼らに尽くすだけの存在なんだと自嘲したようなことを言って、結局その通りにした。お前はどうなんだ。その通りで、スピアエルダーのやったことは完全に正しいと思っているのか」


 執拗に、新堂は訊ねた。スピアエルダーは、最後まで施設を裏切らなかった。フレイスピアと同じように、最後まで『裏切らなかった』のだ。アックスツヴァイも同じように、何か板ばさみにあいながら施設を裏切れずに自滅するようなことにならないかと新堂は心配していたのである。

 しかし、当人自身はそのことに気付いていたと言い難い。


『フレイ・リベンジは施設を疑わないし、疑えない。新堂、あなたは考えが甘すぎる』


 アックスツヴァイからの返答は、そのようなものだった。

 似たようなことをスピアエルダーからも聞いたような気がする。新堂はそのフレーズに違和感を抱く。


「待て、そうだ。その言葉。フレイ・リベンジは施設を疑えないって、どういうことだ。そんな規則を頭の中まで刷り込まれて、俺のように過去を探ろうとすると頭痛がするとか、そういうわけなのか」

『ねえ新堂、そんなに私のことを気にかけてくださるのはありがたいんだけど、私はフレイ・リベンジなんだって。絶対に施設を裏切れない。ただ、確信はあるけどね。こんなやり方は、間違ってるって。フレイ・リベンジに限らず言えば大体ここ、施設の中にいる連中はそう思ってるよ。それでもね、裏切れないんだ』

「なぜ裏切れない、頭の中に爆弾でも仕掛けられてるとかそういう物理的なことなのか。それとももっと」

『ごめん、新堂。また電話する。その電話には発信機の類はついてないから安心して』


 アックスツヴァイは、困ったように、しかし優しくそう言って通話を切ってしまった。

 少々強引に言い過ぎたかと新堂が反省するが、そのようなやりとりを一切聞かず、ただ黙々と運転してきていたフレイソードは一つの宿泊施設の前に車を止めた。安宿に違いなかったが、屋根があるだけで十分である。財布の中身も寂しくなってきていたところであるし、文句などいえようはずもない。


「新堂、先に行って部屋へ行っててください。私は駐車場を探してきますから」

「わかった、すまない」


 フレイソードの好意に甘えて、新堂は先に車を降りた。フレイサイズも連れて、彼女にフードをかぶせて耳と顔をできるだけ隠しておく。まるで指名手配の犯人だと思いながら、実際顔を隠さねばならないので仕方がない。

 部屋はとれた。新堂たちは一部屋に三人泊まることになり、実際部屋に行ってみると和室でそこそこ居心地がよさそうだった。テレビがついていたので、フレイサイズに教育テレビでもつけてやろうかと思ったが、彼女は部屋の隅に座り、うつむいている。自分の武器についた血を見つめて、うなだれていた。

 新堂は黙ってテレビの電源を落とし、お茶を入れるしかなくなる。

 この日、どれほど待ってもフレイソードは戻ってこなかった。



「おかえり、わんこちゃん」


 玄関口で壁に背をもたせていたアックスツヴァイがひどく冷たい声でそう言った。サイズウルフは答えもしない。どこで調達してきたのか、太い木の枝を杖にして、さっさと施設の中に戻ろうとする。

 今やっとここへ戻ってきたところなのだ。左足は切断されているし、満足に治療もしていない。早々に負傷の手当てをしたかった。


「ずいぶんやられたみたいだね。あんたにスピアエルダーから伝言があるけど、聞くかい」


 その問いに、苛立たしげにサイズウルフが振り返る。彼女はアックスツヴァイを強く睨みつけ、それから何かを投げつけた。黒っぽい布地のようにしか見えないが、それはどうやらマフラーのようだった。


「これは?」

「ヤツの遺品、それだけ持って帰るので精一杯だった。悪いけどな。伝言ってのはなんだ、大体なんでお前が伝言を受け取ってる」

「電話で聞いたんだけどね。すみません、だそうだよ」

「かっ、なんだ、それは。お人よしめ」


 残念がるような口調でそう言って、サイズウルフは施設の奥へと引っ込んでいった。受け取ったマフラーを広げてみると、ところどころボロボロになってはいるが、なかなか厚い布地である。黒く見えるが、どうやら何か液体に濡れたらしい。まだ湿っている。


「なんだ、私があげたストールじゃないか。これが遺品になるとはね」


 アックスツヴァイは黒くなったストールをできるだけ丁寧にたたんだ。それから、すでに奥へ去っていこうとしていたサイズウルフに声をかける。


「それから、わんこ。fr-05が完成して、もうここにやってきてたよ」

「なんだと、何を言っている」


 サイズウルフが振り返る。ついこの間、プロジェクトがスタートしたばかりだっていうfr-05がもう完成した。そのようなことを、どの口が言うのだ。戯言だと思いたかった。

 しかしながらアックスツヴァイは否定しなかった。


「疑うのも無理ないけどね。これはマジだよ。今までのノウハウと作成機構と施設を流用して、突貫で仕上げたんだとさ。もう奥の食堂で座り込んで、のんびりしたもんよ。あんたもご挨拶なさってきたら」

「本気か。この期に及んで、私をかつごうっていうんじゃないだろうな」

「冗談じゃない、そんなことしたって何の得にもなりゃしないでしょうに。さっさと、いってきな」


 そういいながら、アックスツヴァイはその場に腰を下ろした。目はすでに、黒いストールに向いている。それを見て、サイズウルフは何か言ってやりたくなったがプライドが邪魔をした。スピアエルダーを護れなかった責任が自分に全くないとは思っていないのだが、今さら何を言っても言い訳に過ぎない。

 それに、相手はあのアックスツヴァイである。今さら謝罪などできないし、したくない。そもそも謝ってどうこうできるものではなかった。

 サイズウルフは結局何も言わず、食堂に向かった。傷の手当ては後回しだ。

 杖をついているとはいえ階段を上がるのが面倒だった。残った片足を蹴って一気に全段を飛び越えて二階に到着。少し歩いて食堂のドアを開ける。

 そこにいたのは、華奢な感じのする背丈の低い男だった。彼は作業服を着込み、その上にくすんだ感じの古いレザーコートを重ねていた。両手には皮のグローブをしている。

 どうやら食事の真っ最中らしいが、どこで作ってきたのか、天ぷらそばをすすっているようだ。


「よう、新顔さん」


 サイズウルフは彼がfr-05に違いないと判断して、声をかける。

 振り返った男の顔は、非常に若々しいものだった。中学生といわれても信じてしまいそうなほど幼さを残した顔だ。髪はやや長いが、綺麗に梳かれていて、鬱陶しさを感じない。


「随分若いな。あんたがfr-05なのかい、さっきアックスツヴァイに聞いて来たんだが」


 サイズウルフの呼びかけに、男はふっとわらって応じた。


「そうだよ、ぼくがfr-05フレイマーだ。フレイ・リベンジ最後の一人。君のことは聞いてるよ」


 男性の声だが、かなり高い。声変わりしていないのではないかと疑うほどの声だった。しかし、サイズウルフはそのような瑣末なことは気にしない。


「私のことを聞いてるだって。どんな風にさ」

「とても強力な戦力だってね。それから、意外に優しい面もあるとかね」

「後半はどこの誰から聞いたかしらないけど、戯言だ」

「そんなことないと思うよ」


 フレイマーはニコリと笑った。癪に障る笑い方だと思ったが、サイズウルフはそれ以上何も言わない。足の傷をどうにかしなければならない。杖を戻して、立ち去ろうとする。


「ああ、少し待ってくれませんかfr-01。その足の傷を、治療します」

「お前に出来るものか」

「出来ます」


 フレイマーの強い言葉に、サイズウルフは振り返った。彼は残り少なくなった食事に一味唐辛子を振りかけているところだった。


「ぼくの身体を生み出した余りがまだ地下にあると思いますから。多分その足を直せると思います」

「余り? 何を言っている。お前は一体、何を言っているんだ?」


 しかし彼はその問いに答えない。黙々と食事を続けて、すっかり平らげてしまうとようやく立ち上がった。


「さ、行きましょう」


 フレイマーはサイズウルフよりも先に食堂を出た。さっさとエレベーターに向かってしまう。しばし逡巡したが、サイズウルフはフレイマーを追うことにした。

 階段を使うよりも遅いので、サイズウルフ自身はあまりエレベーターを使わない。だが、地下へいくにはエレベーターしかなかった。フレイマーがさっさと地下一階のボタンを押す。ドアが閉まった。

 しばらくして、エレベーターのドアが開く。地下一階はやや薄暗い。


「どっちだ」

「こちらへどうぞ、サイズウルフ。呼び捨てで構いませんね?」


 フレイマーはこちらを振り返ってそう訊ねてきたが、サイズウルフは顔をしかめただけで返答しない。それを否定とうけとったのか、彼は苦笑して言い直す。


「じゃ、サイズウルフさん。ラボはこちらですから、どうぞ」


 しかし、敬称をつけられるほうがかえってむずがゆいということにサイズウルフはすぐに気付く。先ほどの沈黙は否定ではなく、好きにしろという意味だったのだが、どうも勘違いされたようだ。


「呼び捨てでいい、それよりお前は強いのか?」

「ぼくが強いかって? 冗談じゃありません。どうしてぼくがフレイ・リベンジの最終ナンバーなのか少し考えてみればわかるでしょう。フレイシリーズも、フレイ・リベンジも全てぼくを生み出すためのプロジェクトだった。このぼくが最終目的、最初っからね。弱いなんてことあると思いますか」


 サイズウルフは思わず足を止めた。目の前の男を見る。いや、男というよりも少年だ。そこらにいるチンピラなんかよりも、ずっと若い。幼い。そのような外見を持つというのに、自分は強いとはっきり言っている。

 いやそのようなことよりも、最初からこの少年を生み出すためのプロジェクトだったという言葉はあまりだ。自分という存在も、スピアエルダーも、この少年のための踏み台に過ぎなかったというのだろうか。本当なのか。


「ま、今はそんなこといいじゃありませんか。早くその傷を治しましょう。切り口が腐ってしまう前にね」

「ああ、そうだな」


 自分の鼻のあたりに手をやって、歪む口元を隠す。サイズウルフはフレイマーの後を大人しく追いかけた。


「プロジェクトは大分長いことかかったと言っていました。開始から、ぼくを生み出すまで二年半もかかったということです。気の長い話でしょう、そんなこと」

「二年半なら短い方じゃないのか、よく知らないが」


 適当ない相槌をうちながらフレイマーの雑談に応じる。サイズウルフは周囲から漂ってくる鉄のにおいに顔をしかめていた。


「そんなことはないよ、二年半は長いさ。と言っても、その間に生み出した戦士はぼくを含めて十一人。これでサッカーチームでも組んだらとんでもないだろうけれど、うち半分は失敗前提の問題作。残り半分は」

「おい、fr-05」


 杖を乱暴に床につき、サイズウルフが立ち止まる。

 音に驚いて、フレイマーが振り返った。サイズウルフは嘘を許さない目でフレイマーを見据えていた。


「どうかしましたか」

「お前、なんでそこまで知ってる。ついさっきここに来たばっかりの、新米じゃないのか」

「知ってちゃ不思議ですか」

「不思議も何もあるか、お前、目覚める前から知っていたな? その情報を!」


 語気を強めて、サイズウルフが杖を振り上げた。


「お前は何者なんだ、その若さでそれほど知っているなんてことは、おかしい」

「アハハ、ぼくがこの外見どおりの年齢だって判断なら、そいつは間違いですよサイズウルフ。それならあなたは犬なんだから一体何歳なんですか。五歳か六歳かってところになるでしょう。この頭の中身と」


 フレイマーが自分のこめかみを指差した。指鉄砲で自殺するような格好になっている。そのあと、指鉄砲を胸元に向けなおして言葉をつなぐ。


「この身体の元が同じだなんて、それこそ固定観念ってヤツです。まぁ、ぼくの場合頭も身体も、元なんていませんがね」

「元がない、ってのはどういうことだ?」

「そう質問攻めにされたら困るなあ。いずれ追々説明しますよ。とにかく来てください。手遅れになっても知りませんよ」


 困ったように頭を掻き毟り、フレイマーが再び歩き出す。そうして彼は、一つの部屋へ入っていった。サイズウルフも追いかけてそこへ入ったのであるが、彼女はそこで驚いた。

 予想外に部屋が広かったからだ。二十畳はある。その広い部屋の中に、風呂釜くらいの大きさの貯水槽がいくつかあり、いずれも濁った水で満たされていた。中央部分には比較的大き目の貯水槽があり、こちらは比較的澄んだ水で満たされているようだった。水槽の隣には怪しげで仰々しい機械類がくっついており、いくつかのコードが水槽の中に無造作に放り込まれている。

 フレイマーの中央の水槽に歩み寄って、何やら機械類をいじくりだした。


「扱い方がわかるのか」

「もちろん、こいつでその足を直すわけだからね」


 明るい声でそう言い放ってくれるフレイマーだが、サイズウルフとしては不安が広がる。こんなものでどうやって切断されたこの右足を治療するというのか。


「そうかよ、それでこの水槽は何だ。熱帯魚でも飼ってるのか」

「冗談はうまくないね、サイズウルフ。早く服を脱いで、この水槽に入ってもらえないかな」

「やっぱりそれか。この水槽は何なんだ、それくらい教えてもらおうじゃないか」

「これはぼくの身体を生み出した溶液だよ。あっちにあるのは廃棄溶液。あの中に入っちゃダメだよ」


 ほがらかに笑ってフレイマーが注意を促す。サイズウルフは舌打ちをして、作業服を脱いだ。その下には毛皮があるので、彼女は下着をつけていない。すぐさま全裸になると、ひょいと軽い調子で水槽の中に入る。

 風呂にでも入っているようだと思いながら彼女は訊ねる。


「これでいいのか」

「そう、それでいいよ。そのまま二時間ほどつかっててね。寝ててもいいから」

「何? そんなにかかるのか」


 フレイマーが頷くと、サイズウルフはげんなりしたようにため息を吐いた。やれやれという気分になる。


「それじゃ、まぁ寝てるから。起こすなよ」

「沈んだら引き上げてあげますから」

「そんなヘマしない」


 髪や体毛を濡らしたまま、天井を見上げた。何もない天井は、全く面白みがない。あきらめて、サイズウルフは眠ってしまおうと目を閉じる。

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