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第十二話 自害・後編

 正面玄関の扉を慎重に開く。先頭は新堂。彼はゆっくりと外に出た。

 眩しいほど、こちらを照らされているのがわかった。警察はたくさんの強力なライトで正面玄関を照らしていたのである。新堂は彼らの前に自分の姿を晒した。続いて、婦警と臆病な警察官が建物から出る。そして、それに続いてフレイアックスが姿を見せた。彼の異様な姿に、緊張が走る。しかし新堂が念を押したためか、警察は攻撃をかけてはこなかった。新堂は一安心し、フレイサイズを呼んだ。血に染まったメイド服を着た大きな猫は周囲を警戒し、ライトの光に目を細めながらも外に出てくる。

 彼女が手に持っている鎌は、明らかに実戦で使われたものだった。血が染み付いた凶器であることは明白だった。

 しかし、約束をした。警察は新堂たちに対して攻撃をかけない。その約束がなければ、警察は恐らく即座にフレイアックス、フレイサイズに対して攻撃を仕掛けていただろう。

 約束があって尚、これほどの緊張があるのだから。

 空気が、張り詰めていた。時がゆっくりと過ぎていく。新堂は、救出した二人を送り出そうとした。

 しかし、その瞬間に時は砕かれる。

 何かが砕ける音が上から落ちてくる。誰かが、迫ってくる。

 ガラス窓が砕けた音だった。

 新堂は夜空を見上げる。何か重いものが、まっすぐにここに迫っているようだった。もちろん、自然に何かが落下してくるようなことはありえない。隕石でも落ちてきたというのでなければ、だ。

 その落下物の正体に、無論気付かない新堂ではない。


「サイズウルフ!」


 鎌を振り上げたサイズウルフが、落ちてきている。着地と同時に切り伏せるつもりでいるのだ。これをまともに食らえば、少なくとも立っていられない。かわさなければ、だが自分はともかく、ここにいる二人の警察官はどうする。

 考えている暇などない。新堂は二人の警察官を突き飛ばそうとした。警察署を包囲している警察隊の方向へ飛ばせば、大怪我をすることはないだろうとふんだからだ。しかし、彼のその行動はすぐに妨害されることになる。それもフレイ・リベンジによってではなく、味方によって。

 落下してきたサイズウルフはこの一撃で、フレイサイズを破壊するつもりであった。彼女にとって、現段階で最も脅威なのはやはりfs-02フレイサイズなのである。彼女を奇襲にも等しいこの一撃で完全に戦闘不能に追い込んでしまえば、新堂やフレイアックスなど取るに足らない。フレイアックスは言うに及ばず、新堂も短剣を抜きさえしなければすぐに追い込める。そのスキを与えずに殺してしまうことも可能なはずなのだ。

 フレイサイズは自分に近づいてくる殺意を察知すると、すぐにその狙いが自分であることに気がついた。迎撃するべく体勢を整えたかったが、周囲にはまだ人間が二人いる。彼らは巻き添えになる可能性がある。動けない。そう考えている間に、サイズウルフが落ちてくる。

 着地の寸前になって、サイズウルフは鎌を振り下ろした。その刃を受け止めたのは、新堂ではない。

 フレイアックスであった。

 サイズウルフは、着地するよりも早くそれに気付いた。自分の前に素早く立ちふさがった男の身体に、振り下ろした鎌の刃が食い込んでいく。体重と勢いをのせた刃は、らくらくと皮膚、筋肉、骨を寸断していく。当然である。本気で鎌を振るえば、車一台くらいは両断できるほどの膂力があるのだ。そのような強力極まりない一撃を生身で受けては、フレイシリーズといえども無事ですまない。

 しかし、フレイアックスはサイズウルフの前に立ちふさがった。身体を切り裂かれながらも、彼は腕を伸ばす。

 新堂の指示がなくとも、彼はすでに帯電していた。触れるだけでよかったのだ。敵のほうから向かってきたこの瞬間こそ、好機であった。フレイアックスは、サイズウルフに触れるだけで彼女を倒すことができるはずである。電撃を見舞われたサイズウルフは昏倒するだろう。だがそれはサイズウルフも承知していることだ。彼女は、電撃を浴びせられるよりも早く、フレイアックスの生命を絶つことに全力を注ぐ。無論フレイアックスとしてはそれを許すわけにはいかなかった。身体に食い込み、血管を引き裂き、骨を断つその一撃に、自分の命が奪われるよりも早く、彼女に電撃を叩き込みたい。そのために腕を必死に伸ばしていく。

 同時に、その行為の意味をフレイサイズが理解していた。フレイアックスの目論見が成功したなら、強烈な電撃がこの場に落ちる。失敗したならすぐさまサイズウルフは自分たちに襲い掛かってくるだろう。どちらにしても、彼らから離れる必要があるということだ。そのため、フレイサイズは委細構わず、新堂たちを退避させることにした。手段を選んでいる余裕はない。最も単純で効率的な、力で押し込むという方法をとるしかなかった。

 これにより、新堂は二人の警察官を突き飛ばすような余裕がなくなる。彼はフレイサイズに押し込まれ、後ろに倒れこんだからである。

 吹き飛ばされた新堂が顔をあげて何が起きたのかを確認すると同時に、雷光がきらめいた。

 フレイアックスの電撃がサイズウルフを直撃する。

 サイズウルフは間に合わないことを悟った瞬間に鎌から手を離していた。しかし武器を伝った電撃は、空中に放電してサイズウルフを襲う。

 左手に走る激痛に唸りながら、サイズウルフは武器を残して退避した。フレイアックスの放った電撃はサイズウルフの左腕を麻痺させたが、黒焦げにするほどのものにはならない。とはいえ、武器を握りなおす力はなくなったらしく、敵の武器はフレイアックスの身体に半分突き刺さったまま、残されている。

 しかし、退避したはずのサイズウルフはそこから稲妻のような動きを見せた。すぐさま、再び踏み込みをかけてきたのである。強力なバネで跳ね返ったように、一歩下がってまた踏み込んだ彼女は、飛び蹴りを繰り出す。フレイアックスは、その凄まじいまでの速度にまるで追随できない。結果、半分突き刺さったままの鎌を、蹴りで押し込まれることになる。

 身体に埋め込まれていた鎌に蹴りを打ち込まれ、フレイアックスは血反吐を吐きながら吹っ飛ぶ。鎌は背中側に突き出し、貫通していた。

 蹴りを打ち込んだサイズウルフはその衝撃に自ら跳ね返り、空中で一回転して綺麗に着地を決める。そこへフレイサイズが飛びかかるが、素早いステップで回避される。追撃を見舞うがこれも簡単には決まらない。フレイサイズの鎌を、サイズウルフはいとも容易く回避している。

 新堂はすぐに膝を立てて起き上がる。サイズウルフをフレイサイズがおさえている今のうちに、二人の警察官を逃がさなければならないからだ。警察署を包囲している警察官達は、この事態に対応できずにいる。誰が味方で、誰が敵なのか判断できていないのだろう。彼らを頼る暇はない。新堂は警察官二人を突き飛ばした。

 婦警と臆病な警察官の二名は、包囲している警察官たちに向かって押し込まれ、保護される。

 フレイアックスは気丈にも起き上がろうとしている。自分の身体に突き刺さり貫通した鎌を引き抜こうとしながらだ。普通ならこの一撃で死に至っているはずなのだが、フレイアックスは生きていた。激痛などお構いなしに、鎌を無理やりに抜いた。鮮血が彼の体から漏れ出す。しかしその吐き出される血液にも気を取られず、鎌をその場に放り捨てて手斧をとり、咆哮をあげてサイズウルフに向けて突進をかけていく。

 これにはサイズウルフも衝撃を受ける。フレイアックスは確かに先ほどの一撃で、戦闘不能に追い込んだはずなのに叫び声を上げながらこちらにやってきている。フレイサイズの鎌をかわし、回避しながらフレイアックスの突進に備える。

 凄まじい気迫でフレイアックスが突進する。手斧を振り上げ、一撃を見舞おうというのだろう。この攻撃は恐らく、フレイアックスの全身全霊がこめられている。当たればサイズウルフといえども、真っ二つだ。素手で防ぐことはできない。サイズウルフは大きく後ろに下がり、フレイサイズやフレイアックスとの距離を広げた。

 フレイサイズはそれを追うように踏み込み、横から薙ぎ払うような一撃を繰り出す。フレイアックスはその逆側から手斧を強く振り下ろす。

 しかし、サイズウルフはそれをかわそうとしないで身構えたままだ。

 フレイサイズの振り出した鎌のほうがわずかに速い。横から迫る鎌を、サイズウルフは紙一重というところで回避。さらに、回避し終えた鎌の背を、右足で強く蹴りこんだ。

 蹴りこまれた鎌はサイズウルフから見て正面に飛んだ。その方向にいるのは、無論、今まさに彼女に迫っていたフレイアックスである。鋭い鎌の先端が、フレイアックスに向かっていた。それでなくとも、フレイサイズが全力で振り回した鎌の勢いは強い。そこにサイズウルフの蹴りが加わっている。もはや鎌を握るフレイサイズ本人でさえも、引き戻せる状況ではなかった。

 フレイアックスは、足を止めなかった。彼の目には、サイズウルフしかうつっていない。彼女を倒すということだけが、念頭にあった。自分のことなどどうでもいいというのだろうか。自分に向かって飛んでくる刃にも気を取られず、ただ彼は手斧を振り下ろす。

 この事態は、サイズウルフにとっても予想外である。彼女は、動けなかった。それほどに全力でフレイサイズの鎌を蹴り飛ばしていた。生半可な力ではフレイサイズは鎌を引き戻してしまっていただろう。サイズウルフは全力で踏み込み、蹴り飛ばさざるを得なかったのだ。鎌は、まっすぐにフレイアックスに向かって飛ぶ。既にサイズウルフの鎌によって傷ついているフレイアックスの身体に、刃は吸い込まれていく。

 そして彼の体に鎌が突き刺さった。フレイサイズは思わず鎌から手を離す。それ以上しようがなかった。下手に横から引き抜けばフレイアックスの傷が深くなるからである。しかしそのようなことは意にも介さず、フレイアックスは手斧を振り下ろす。アスファルトで舗装された地面を砕き、土煙を巻き上げるほどの一撃だった。サイズウルフに直撃していれば、間違いなく彼女を両断しているに違いない。

 しかし、フレイアックスが叩いた地面に、彼女の死体はなかった。その代わりに、夥しい量の血液と切断された彼女の左足が落ちている。

 重傷を負わせた。それも、機動力を奪う足の傷である。

 うむ、とフレイアックスは満足したように息を漏らした。それからすぐに膝をついて、口元をおさえた。すでに傷口からは血が噴出している。


「フレイアックス!」


 新堂はすぐさま、彼に駆け寄ろうとした。しかし、フレイアックスはそれを手で制する。近づくな、ということらしい。だが、身体を切り裂かれている彼が心配である。

 彼は荒く息を吐き、深く長い呼吸をしながら周囲に目を配っていた。サイズウルフがどこに消えたのか、彼はわからなかったのである。

 その場から消えていたのはサイズウルフだけではない。フレイサイズもどこかへ消えていた。二人とも武器を残し、その場から忽然と姿を消してしまっている。恐らく重傷を負ったサイズウルフが逃げ出し、フレイサイズがそれを追ったものだと考えられる。だが一体、どこへ逃げたのだろうか。フレイアックスは彼女たちを見つけ出そうとしていた。自分の怪我のことなど、まるで考えていない。

 新堂は呻き、フレイアックスに近づいた。彼に叩き込まれた刃は、完全に貫通していた。根元まで深く体の中に突き刺さっている。引き抜けば、それだけで大量に出血するだろう。今これを抜くことはフレイアックスの死を意味する。フレイアックスはかなり頑健なようだが、それでもこれほどの傷が致命傷でないはずはなかった。よく生きているものだと思いながら、新堂は彼と共に周囲を探った。

 その彼らを囲む警察は、まるで動けないでいる。新堂たちを保護しようと動くものもいない。呆気にとられているのか、それともあまりにもサイズウルフの動きが速くて追随できていないのか。

 ぴくりとフレイアックスの身体が動いた。同時に、新堂も反応する。

 自分たちが建物から出てきたところ、正面玄関に誰かが立っているのだ。

 長い髪を揺らした、女一人。くるぶしまであるロングスカートを返り血で汚した、スピアエルダーだった。

 新堂たちは彼女に目をやった。スピアエルダーは、右のアキレス腱を切られていて、動けないはずである。だが、彼女は自分の槍を杖代わりにつき、そこに立っていた。さすがはフレイ・リベンジといったところか、と新堂は思う。

 スピアエルダーはほぼ無表情で新堂とフレイアックスを見ていた。それから周囲を囲む警察官達を見回し、突然、何かをポケットから引っ張り出して、それを警察官達に突きつける。

 それが拳銃だということはすぐにわかった。焦った新堂はスピアエルダーに飛び掛って、拳銃を叩き落そうとした。今自分しか動けるものはいないという判断からである。だが、彼よりも早く動いたものがいる。

 スピアエルダーの持っていた拳銃が火を吹くよりも早く、待ち受けていた警察の特殊部隊が発砲した。犯人が銃を持って飛び出してきたのだから、当然彼らは自分の仕事をしたのである。

 何人もの警察隊が銃をスピアエルダーに向けて銃を撃ち込む。

 だが、銃弾はスピアエルダーまで届かなかった。フレイアックスが彼女の前に立ちふさがったからである。

 最後の力を振り絞った行動であることは明白だった。誰の目にも明らかだった。彼はスピアエルダーのほうを向いて、両手を伸ばして彼女の前に立ちふさがっていた。背中に特殊部隊の銃弾をいくつも受け、切り裂かれた自分の身体も、流れ落ちる鮮血も、突き刺された鎌もそのままに、そこに立っていた。

 この行動に最も驚いたのはスピアエルダーである。なぜ動けたのか、そういった思いがある。自分の前に立ちふさがったことについては、自分の銃弾から警察官達を護ろうとしたのだろうと解釈できたが、この男の精神力は凄まじいと思った。畏怖さえ抱く。

 目の前に立ちふさがった狼面の男は、逆光を受けて尚わかる閻魔のような形相だった。荒い息をつきながら、背中に銃撃を受けて倒れない。


「フ、フレイアックス」


 その名を呼んでも、彼はこたえない。彼はスピアエルダーから目をそらし、大きく伸び上がって狼のような遠吠えをひとつ。

 強烈なライトで照らされたその背が、遠吠えと同時にひときわ強く鮮血を吐く。

 身体を戻したフレイアックスは、倒れこむような動きで左手を振り払う。その一撃が呆然としていたスピアエルダーの右手から拳銃を叩き落す。がしゃりと音を立てて、銃は地面に落ちた。

 銃に少し遅れてフレイアックスの身体も地面に沈み込む。


「……!」


 かける言葉もなく、新堂が駆け寄る。急いで抱き起こしたが、その身体は血でぬめる。彼は言葉を発することさえ出来ずに、わずかに開いた双眸の間から新堂を見ただけだった。


「なんで飛び出した。お前は、死ぬつもりだったのか」


 その新堂の問いに、彼は答える力を残していない。ただ、新堂の顔を見るだけだった。やがて、彼は目を閉じる。

 同時に彼の体から力が抜けていった。わずかに彼の体が軽くなったような錯覚を覚える。新堂の身体は無意識に震えた。フレイアックスの身体が、今決定的に生を失ってしまった。

 彼が、死んだということを理解したくない。だが、今は別れを惜しんでいる場合ではない。割り切るべき時、場所だった。

 新堂は、スピアエルダーを見やる。

 彼女は拳銃を叩き落されて、開いた扉によりかかるようにしてそこに立っていた。その身体からは敵意が見えない。


「フレイダガー」


 スピアエルダーは口を開いた。怪我をしているにもかかわらず、気丈にもよく通る声である。きっと、周囲にいる警察官達にもよく聞こえているに違いなかった。

 右腕、右足に傷を負っているスピアエルダーは、まともに戦えば新堂に敗北するだろう。今襲い掛かって、彼女を捕縛することも新堂には可能なはずだった。しかし、彼はそうしなかった。フレイアックスを地面に下ろし、そのままスピアエルダーの言葉を聞く。


「こうして私のために、多くの人間が亡くなっていき、あなたの大切な仲間まで倒れてしまいました。それでも、あなたは私を殺すことをためらうというのですか」

「殺さなくていいものを、殺すことはない。お前は聡明で、賢明なほうだと思っている。施設のことを、正しいとは思っていないはずだろう」


 新堂はフレイアックスの血で濡れた手を握り締めた。スピアエルダーにはわずかに動揺が見える。

 わかっているはず、わかっているはずだった。fr-03スピアエルダーには、施設の自分たちへの指示が正しいものでないということなどわかっているはずだ。それでもその指示に従うのは、フレイ・リベンジたちへの仲間意識か、忠誠心か。

 そんなものより、自分を信じてほしいのだ。


「フレイスピアを殺したのは、私ですよ。それでも私を殺しませんか、フレイダガー」

「俺は新堂だ。フレイスピアを殺したのはお前だったのか。それがお前の意志でされたことなら許せそうにないが、施設の指示だったのだろう」

「別に彼女が憎くてやったわけではありません。警察官たちもそうです。私は、命令どおり行動しただけです」

「その命令にお前がしたがったために、甚大な被害が出ている。警察官たちもそう、その家族もそうだ。お前たちは、本当に正しいことをしているつもりか」


 新堂は立ち上がり、スピアエルダーを見つめた。ライトに照らされている彼女は、両手をだらりと下げて、槍も取り落としそうになっているようだ。不意に、彼女は肩の辺りに手をやって何かを剥ぎ取った。血に染まったストールらしい。


「いいですか、新堂。私はフレイ・リベンジなんです。施設によって生み出されて、最後まで彼らにしたがうだけの存在なんです。例え善悪の判断が私に出来たとしても罪悪感にさいなまれるだけで、施設を疑うということも、できないのです」

「罪悪感があるのなら、罪を償おうと思うこともできるはずだ」

「新堂、これ以上私を追い詰めても何も出ませんよ」


 いつの間にか、自分の呼び名が変わっていることに新堂は気付いた。スピアエルダーは全てを諦めたようにため息を吐く。下げたままだった槍を握りなおし、扉にもたせていた背中を戻した。


「まだ何かするつもりなのか。これ以上何かをしても警察や世間を刺激するだけだ。サイズウルフも負傷したはずだ、お前が今何をしても、無駄だと思えないのか」


 新堂の言葉にも、スピアエルダーは小さな笑いを浮かべるだけだった。


「最後にあなたの知らないことを教えてあげましょう、新堂。フレイアックスが電撃を扱えるように、フレイソードは視力がよい。そしてあなたは自信の肉体を強化することができる。このようにフレイシリーズはそれぞれに個性的な能力を持っていますが、その能力は、それぞれに二つずつ備わっています」

「二つだと」


 これは確かに、知らないことだった。能力は一人に一つずつだと思い込んでいたのだ。だが、そうだとするなら自分に隠されたもう一つの能力とは、一体なんなのだろうか。


「そしてフレイスピアの能力が、私を追い詰めました」

「索敵能力がか、しかし彼女はお前が殺したんだろう」

「そちらではありません。彼女の二つ目の力がです。最後ですから説明しておきましょう、新堂。フレイスピアとフレイサイズは、元々同時に運用されることを前提につくられています。私もたったさっき知ったところですが」


 そこまでスピアエルダーが話したとき、場違いな電子音が鳴り響いた。無線ではない。スピアエルダーの持っている携帯電話が着信しているのだ。

 スピアエルダーは胸元に手をやって、誰からの着信か確認すると、そのまま通話を切ってしまう。緩慢な動作でその携帯電話を、そのまま新堂へ投げた。新堂はそれを受け取らない。投げ出された携帯電話がそのまま地面に落ちて、転がった。


「フレイスピアの二つ目の力はマーキングする能力です。生物に対して、決定的にある種の発信装置を埋め込む力。そしてその発信装置の場所をつきとめる力、これをもっているのがフレイサイズというわけです」

「というと、つまりなんだ。フレイサイズがお前の居場所を指差すことができたのは、その能力のせいだったわけか。フレイスピアは、お前と戦ったときにその発信装置をお前に埋め込んだってことなんだな」

「そういうことです」


 スピアエルダーの持っていた携帯電話は、また着信した。いくら待っても、その着信は切れなかった。


「つまり私は、生きている限りフレイサイズによってその居場所を発見される存在であるということです。足輪をつけられた鳥のように」


 新堂は気がついた。つまり、スピアエルダーは施設にとって邪魔な存在になっているということだ。どこに隠れようとも、スピアエルダーがいる限り、フレイサイズによって絶対に発見されてしまうのだから。


「待て、スピアエルダー。待て!」


 彼女が何をしているのかわかった新堂は、制止するべく手を伸ばした。ライトで照らされた彼の手は赤くぬめっている。

 だが、スピアエルダーは待たなかった。どうあっても、自分は消えるしかないと思っていたのだ。


「もしまた会うことがあるなら、斧子、いやアックスツヴァイとサイズウルフに言っておいてください。すみませんと」

「お前が死んでどうなる。何も変わらないぞ。施設と縁を切りさえすれば、お前がいなくなる必要性なんかどこにもない」

「施設から生み出された私は、彼らを裏切ろうなんて思えないのです」


 スピアエルダーは足を一歩踏み出し、アキレス腱が切れているはずの右足を踏んでしっかりと立った。下げていた槍を振り上げて、右手に持ち構える。


「私は最後まで、彼らに殉じなければならないでしょう。新堂、これは決して自殺ではありません」


 彼女が槍を構えたことで、再び警察官達に緊張が走った。銃は地面に落ちているが、武器を持ったことにかわりはない。

 だが、新堂は走り出してスピアエルダーの槍を叩き落す気にはならなかった。そうするだけの闘志がまるで感じられない。殺気がない。彼女から感じられるのは、ただ深い諦念だ。

 スピアエルダーの携帯電話の着信音が鳴り響いている。

 空しく鳴る自分の携帯電話にちらりと目をやって、スピアエルダーは槍を振りかぶった。そのまま新堂に投げつけるような格好になる。


「やめろっ!」


 新堂は警察官たちの方を向いて叫んだ。

 しかし、すぐに何発か銃声が鳴る。槍はスピアエルダーから投げ放たれなかった。その前にスピアエルダーが撃たれたからである。

 スピアエルダーは足をもつれさせて、不器用に回転しながらその場に倒れこんだ。すでに血塗れだったので、どこを撃たれたのかはまるでわからなかった。

 新堂は彼女に駆け寄ろうとしたが、何者かが横から飛んでくる。サイズウルフだった。

 片足を失ったはずのサイズウルフだが、左足だけで飛び回り、捨てられていた自分の鎌を回収する。


「サイズウルフ!」

「新堂!」


 呼ばれて、彼女は一瞬新堂に目をやった。だが、すぐに目をそらしてスピアエルダーの身体に触れる。しかしすぐに何かを諦めてしまい、足元に落ちていたストールだけを回収するとすぐさま跳躍し、目にも止まらない速さで夜の闇の中へ消えていった。

 彼女が闇の中に消えてからすぐにフレイサイズが戻ってきた。怪我らしい怪我はしていなかったが、フレイアックスの死を知ると彼の身体のそばから動こうとしなくなる。

 しかし、新堂はこの周囲を囲んでいる警察から逃れなければならない。無表情ながら哀しんでいるであろうフレイサイズを引っ張って立たせて、武器といまだに鳴っているスピアエルダーの携帯電話を回収した。

 すぐに逃げ出す必要があった。警察に拘束されれば一日や二日は間違いなく無為に過ごさねばならなくなる。フレイソードが車を用意してくれているはずだった。


「フレイサイズ、すまないがすぐにここを離れる必要がある」


 そう言って、名残惜しそうにフレイアックスの身体を見下ろしているフレイサイズの手をとる。彼女はゆっくりと頷いて、振り返った。

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