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第十一話 襲撃・前編

閲覧注意

 次の駅で降りた新堂たちは、再びフレイサイズに指差しをさせたがやはり結果は変わらなかった。西に向けられた彼女の指を見て、フレイソードは再び地図に目を落とした。

 彼は目を伏せて言う。


「この次の駅となると、まさしく山奥になるでしょう」


 新堂もそれは知っている。しかしフレイサイズが指差す方向は、ただ西だった。山が見えている方向を指している。それがどの程度遠いのか、わからない。距離がわからない以上仕方がないのだが、行き過ぎてしまうと時間が無駄になる。


「ならそろそろ降りて、歩くのか」

「その方が賢明に見えますが、ここはまだ乗り続けるべきだと考えます」


 フレイソードは行き過ぎが判明するまで電車に乗り続けることを提案した。彼は確実性を重んじたのである。新堂はそれに反対したりはしなかった。それでいいと考えている。


「よし、ならもう一度乗ろう」


 乗ってきた列車は、既に出発してしまっている。ホームに残っているのは、新堂ら四人だけである。小さな駅だった。

 線路は複線であるが、駅員も見当たらない。駅舎にいるのかもしれないが、ここからでは姿が見えなかった。木造の古めかしい屋根、ベンチが見えている。壁にかかっているポスターは新しいが、その掲示板は古く、画鋲も錆が目立っていた。

 時刻表を探すが、見当たらない。次の列車の到着を知らせる電光表示板などあるわけもない。いつ、次の列車が来るのかはわからなかった。


「改札の近くにはかかっているでしょう。ちょっと見てきます」


 フレイソードはため息を吐いて、歩いていった。新堂はそれを見送り、ベンチに腰掛ける。古いベンチは新堂が腰掛けただけで軋み、音をたてた。フレイサイズが隣に座ると、みしり、とさらに大きな音をたてる。


「壊れやしないだろうか」


 そう言いながら足を組む。とりたててしなければならないということは、今なかった。

 隣を見ると大きな猫がリラックスしている。相変わらずの無表情ながら、目を閉じて半分新堂によりかかっていた。本物の猫でももう少し表情を見せるものだが、と新堂は思う。なんとなく頭を撫でてやろうと思ったが、フレイスピアにあまり甘やかすなといわれたことを思い出して、手を引っ込めた。

 新堂が腰掛けたベンチの隣にフレイアックスが立つ。他に人の気配がしないことを確認して、彼は顔を隠しているフードを取り払った。耳が立ち上がる。久しぶりに直接外気に触れた自分の顔を撫で、彼は軽く息を吐いた。それから、彼は口を開く。


「新堂、先ほどのアックスツヴァイの言ったことを信じるなら」

「うん」

「あなたの家族は、あなた自身とその妻子、姉夫婦ということになる。計五名」

「そうだな」

「今のところ存在が判明しているフレイシリーズとフレイ・リベンジは九名。これで全てだとするならば」

「いや、十人いる。fs-00と名乗った奴がいた。本人はフレイシリーズに含まれないと主張していたが」


 新堂は脱走直後、フレイソウルと戦ったことを思い出しながら、軽く目を閉じた。


「では十名」

「ああ」

「もし新堂の家族が全て改造されて戦士にされているのだとしたら、現在判明している戦士の半数を占めることになるが」

「そうだな。しかし、家族かもしれないからといって、フレイ・リベンジをなんとか助けようとするのはちょっと厳しいと思う。あいつらには手加減も手心も何もない」


 右目だけを開き、新堂はフレイアックスの顔を見上げた。しかし、フレイアックスは動じない。


「そういうことを言っているのではない。もう少し、考えを進めてみれば。誘拐された者が全て、改造戦士とされているという話を聞いた時期は少し前のこと。その段階ではフレイ・リベンジのことなど企画段階に過ぎない」

「となると、フレイ・リベンジとなっている可能性は低いということか」

「そう。となれば、誰が?」


 フレイアックスは横目で新堂を見る。その視線を受けて、新堂は思い当たる。

 改造戦士など、フレイシリーズとフレイ・リベンジ以外には考えられない。フレイ・リベンジでないと仮定するならば、フレイシリーズであるとしか思えないのである。


「じゃあ、フレイサイズもお前も、フレイソードも俺の家族だと?」


 そう言った新堂だが、フレイアックスは首を振る。


「恐らくそうではない。男女の数も合わない」

「なら、お前は何が言いたいんだ」

「可能性はゼロではないということを。それと、すでに我々は家族のようなものだと」


 フレイアックスは気負いなくそう言ってのけた。彼は腕を組み、大したことでもないというように、さらっとそう言ったのだ。

 だが、新堂はその言葉を聞いて、少し嬉しく思っていた。いや、少しではない。彼は嬉しかった。

 仲間がいるということが、心強く思えた。姉であったフレイスピアは失ったものの、まだ自分には仲間と呼べる存在がいる。彼らは家族かもしれないし、そうでなくとも家族になりえる。


「そうだな、フレイアックス。血の繋がりがあるかもしれないし、もしそうでなくとも俺たちは一蓮托生の家族、仲間だ」

「俺は、あんたを信頼している。信じて頼っている」


 こちらを振り返り、フレイアックスは新堂の顔を正面からのぞきこんだ。彼の瞳は優しげだったが、強い意思が感じられる。


「俺たちは死を嫌悪して逃げ出したが、そのあとのアテはなかった。こうして正面から施設と敵対することも考えなかった」

「つまり、俺に出会わなければどうなっていたかわからないというのか」

「いや、逆に思う。あなたと出会ったからこそ、こうしていられるのだと」

「禅問答じゃないんだ、フレイアックス」


 新堂は肩をすくめた。回りくどい言い方は、やめてもらいたいと思ったのである。


「お前が何を思っているのか、言ってくれ」

「俺は、あなたのために死ぬことをなんとも思わない。むしろ歓迎する。その必要があったなら、いつでも言ってくれ」

「なんだと?」


 驚くようなことを口にしたフレイアックス。だが、彼の表情は変わっていない。優しい目をしたままである。しかし、ふざけているような色はない。彼は本気なのである。


「どうしてそんなことを言うんだ。俺がお前やフレイサイズの容貌を理由にして、突き放すと思っているのか」

「必要があれば、の話だ。それほどあなたを信頼している。あなたの行くべき道を支えたいと考えている。必要なら捨石にも、人柱にもなる。俺はこの世界に順応すべき生命ではないからな」


 彼はそう言い、再びフードをかぶった。

 新堂は捨て置けなかった。すぐにこう言い返した。


「全てが明らかになって、施設が破壊された後。俺はお前の居場所を探してやるぞ。お前を必要とする者が必ずいる」

「新堂」


 フレイアックスは腕を組んだ。彼はもう、新堂を見ていない。


「俺は理不尽に死を迎えるのは嫌だと思う。だが信じた人間のために命を投げ出すのは、構わない」

「俺だってそうだ。多分、口がきけたらこの猫だってそう言うだろう。フレイソードもだ」

「新堂、あなたはしたいことをするために、俺たちを使ってくれていい」


 この言葉に、新堂は首を傾げた。今さら何を言っているのか、とも思った。先ほどの言葉だけでフレイアックスの決意の程は知れている。この上何を言うのだろうか。自分をどうして欲しいのか。自殺願望があるわけではないだろう。

 忠誠という言葉は、合わない。友情という言葉でも説明がつかない。愛というのも、少し気持ちが悪いと感じる。

 同じ運命を背負ってきたものにだけ通用する固く強い絆のようなもの。深く太い繋がり、結束。

 出会ってからまだわずかに三日かそこらしか経過していないにもかかわらず、フレイアックスは新堂に対してそのような強い信頼を置いている。あるいは献身的ともいえるが、そのような言い方を彼は好まないだろう。


「無闇にお前たちを死に追いやることはしない。俺は、お前もフレイソードも、この猫も失いたくない。家族かどうかは関係なく、お前たちを大切に思う。まだ出会ってからわずかしか経たないが、心の底から抱擁し合える友だ。同じところを目指した仲間だ。それと別れることを苦しく思わないわけがない」

「愛別離苦だ、新堂」

「そうだな。フレイスピアのようなことは二度とないように願ってる」


 新堂がそう言った。フレイアックスは鷹揚に頷いた。

 そこにフレイソードが戻ってくる。何かメモを持っているが、どうやら列車の時刻を書き付けてきたらしい。


「時刻表が見づらくて困りました。次の列車が来るまでまだ五十分以上も時間がありますね」


 彼は困ったなという表情を見せ、それから駅のホームをぐるりと見回す。


「小さな駅ですからね。通過列車は多くとも、停車するのはわずかなのでしょう」


 その言葉どおり、駅舎は古く、小さい。ホームも狭いものだった。端の方に灰皿が置いてあるが、使用された形跡がない。変わりにポイ捨てされた吸殻が新堂の足元に幾つか見られた。


「駅員もいないようです。この駅を必要としている人は少ないことでしょうね」


 フレイソードはため息をつくようにそう言った。疲れたと言わんばかりに、フレイサイズの隣に腰を下ろす。ぎしぎしと木製の古いベンチが鳴った。

 変わりに新堂が立ち上がる。彼によりかかっていたフレイサイズが目を開いたが、新堂は構わずにベンチから離れる。


「少数でも、必要としている人がいるならこの駅はなくなるまい。フレイソード、駅の周辺に何かなかったか」

「何か、というと。何ですか新堂」

「いや、昼飯を買えるところが」


 フレイソードは苦笑いを浮かべた。



 サイズウルフの前にソードバイスが現れたのは午後三時頃だった。

 すっかり引越しの作業が終わり、休憩室で自分の武器を手入れしていたところへ、不意に彼がやってきたのである。ソードバイスは何か晴れやかな表情であった。


「サイズウルフ、お早いお着きでしたね」


 彼の挨拶はそのようなものである。サイズウルフは鎌の刃を磨く作業を中断し、顔を上げた。


「お前、大怪我をしていただろう。それなのにスピアエルダーについていったらしいな、治ったのか」

「まだ完治したとは言いませんがね、とりあえず動き回っても、軽い戦闘をこなしても問題はないようです。まぁ左手は折れてしまいましたがね、ちょいとfs-02と揉みあったせいで」


 確かに、左手には包帯を巻いているようであった。だが、そのようなことよりも追及することがある。


「お前の行動には色々と問題がある。しかし今それを言うのはやめる。今、お前に訊きたいことは一つだけだ。フレイスピアをどうしたかということだがな」


 サイズウルフも、ソードバイスがフレイスピアの体を持ち去ったことは知っていた。スピアエルダーからの連絡があったからである。


「ここにあります」


 彼はテーブルの上に紙袋を置いた。その紙袋の中からまるでハンドバッグでも取り出すかのような気軽さで、何かを取り出そうとする。

 サイズウルフは特に気にせず、それを見た。

 テーブルの上に現れたのは、フレイスピアだった。正確に言うならば彼女の生首である。首から上だけの姿になっているが、防腐処理がされているのか、生前の姿をほぼ残したままだ。さすがに血の流れが止まっているためか血色はひたすら悪いが、顔は間違いなくフレイスピアのものである。


「首から下はどうした」

「なくなりました」


 問いに、あっけらかんと答える。しかしそのような返答で許されるものではない。


「どこにだ」


 サイズウルフは追及する。死体の回収まで含めて、フレイ・リベンジには命令として下されている。勝手に埋葬したり損壊したりすることは許されない。しかし嘘を吐くつもりはないのか、ソードバイスはあっけなく答えた。


「俺の、腹の中に」

「何? 食ったというのか」

「ええ、そのおかげで到着が遅れました」


 どうやら本気らしい。サイズウルフは少し考えてから言った。


「お前、フレイスピアのことを気に入ったとか思っていたんだろう。それがなぜそういう行為に繋がるんだ」

「気に入ったからこそでしょう。もちろん死んでしまった彼女を解体する前に、賢明に愛した。さすがに死んだ人間と交わるのは初めてのことでしたが、悪くはなかった。とことんまで征服してしまえた。しかし肉体だけでは仕方がないと気付いたとき、ふと考え付いたわけです」

「ちょっと待て」


 頭痛がしてきた。サイズウルフは特に正義感などを持っているわけではないが、嫌な気分になってきたのである。


「本気でそうしたのか。しかも、愛しているからこそのことだと?」

「そう言ったでしょう。ちゃんと死体を持って帰るべきだと知っていましたから顔は残したではありませんか」

「何かお前の中で、その行為を咎める部分はなかったのか。屍姦の段階からだ」

「ありましたよ。しかし、誰も咎める人間がいなかった」

「で、お前は満足しているのか」

「無論です」


 ソードバイスはにっこり笑った。サイズウルフは思わず手入れをしていた鎌を握り締めたが、それを振り上げようとしたところで何とか自分を押さえ込んだ。


「なんです、サイズウルフ。怒っているのですか。まぁ確かに禁忌だといわれることかもしれませんが、俺は愛をもって彼女を食べたんです。愛とは尊ばれるものなのでしょう?」

「うるさい、黙れ」


 サイズウルフは自分を抑制することに集中しなければならなくなった。しかし、ソードバイスはさらにこう言い放った。


「ご心配なさらなくとも、ちゃんと俺は調理をしてからいただきました」

「聞きたくない」


 具体的な調理方法に触れられる前に、この場から逃げるのが賢明だと判断したサイズウルフは、武器を掴んだまま立ち上がり、すぐさま休憩室を後にした。

 幸いにもソードバイスは彼女を追ってはこない。

 ため息を我慢し早足で部屋をでたところで、サイズウルフはすぐに別の人物を発見する。そこにいたのはスピアエルダーであった。ようやく視力が戻り始めたらしく、細く目を開いている。


「もう着いたのか、スピアエルダー」


 サイズウルフは、フレイ・リベンジの中でもこのスピアエルダーを最も気に入っていた。ソードバイスの話を聞いて嫌な気分であったので、すぐに話しかける。


「ええ、今着いたところです。何か飲み物が欲しくてここに来たのですが、今は入らない方がよさそうですね」


 そう言って肩をすくめる。スピアエルダーは苦笑いしていた。サイズウルフは頷く。


「そうだろうな。スピアエルダー、少し話さないか」

「望むところです」


 スピアエルダーも頷いた。二人は揃って、歩き出す。

 空いていた仮眠室へ入り込み、ベッドに腰掛けた。以前に酒宴を行った仮眠室とそう変わらないつくりである。ポットと湯飲みも用意されているようだ。


「ティーセットがある。飲み物を買わなくてすんだな」


 自分で用意するのが面倒らしく、サイズウルフはそれらをスピアエルダーに押し付けた。押し付けられたスピアエルダーは困ったような顔をしながらも、手際よくお茶を淹れた。


「ウルフ、少しはこういうのを覚えたらどうですか」

「覚えているし、できるが、面倒なんだ」


 スピアエルダーから湯飲みを受け取る。お茶は少し熱い。


「インスタントコーヒーでさえ、面倒に感じるくらいだ」

「コーヒーは苦手です」


 少し目を伏せて、スピアエルダーはそう言った。実際、眠気を覚ますために飲むことはあるが、あの苦味が好きになれない。


「そうか。それより、ソードバイスはなんとかならないのか」


 先ほどのことを思い出したのか、辟易した顔でサイズウルフが言う。こうしたことはかなり珍しい。


「そうですね、彼のしたことを咎める権利は私たちにはなさそうです。おそらく自分のしたことに興奮していて、誰かに話さずにはいられないのでしょう。落ち着くまでしばらく彼には近寄らないようにした方がいいかもしれません」

「冷静なもんだな」

「そうですね。ウルフ、ひょっとしてお腹がすいているのではないですか。よければ何か作ってきましょう。たくさん食べてお腹一杯になったら少し眠るといいですよ」


 スピアエルダーはそう提案をした。時間を潰してしまえと言っているのだろう。しかし、サイズウルフが空腹であることは間違いなく真実だった。ここへ来てから何もまだ食べていない。

 とはいえ、あの酒宴からまだ丸一日もたってはいない。空腹ではあるが、我慢できる段階にある。


「じゃあ、軽く何か作ってきてくれ。昨日たっぷり食ったところだから少しでいい」


 だが食えるときに食っておこうという主義なのか、サイズウルフは今食事をすることにした。スピアエルダーのつくる食事が好きだということもある。


「わかりました。では軽く用意しましょう。くれぐれも、軽く」


 笑って立ち上がり、スピアエルダーは仮眠室から出て行った。

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