第一話 脱出・中編
新堂が追っ手である二人に気取られないように去っていく。
フレイサイズの持っている発信機を破棄するために、彼女を探し出さなければならない。
「それにしても、フレイサイズを廃棄するというのは少し惜しかったとは思いませんか」
白衣が、もう一人の男にそう言った。目線は持っている機械に落としたままだ。
「あんな化け物が惜しいか」薄着の男は、鼻で笑った。「所詮は畜生だ」
「しかし、あれだけ投薬と研究を続けていたのですし。それに、学習能力がないわけではなかったのでしょう」
「時間がかかりすぎる。何ヶ月かけるつもりだ」
やがて彼らは急斜面に向かった。懐中電灯を使い道なき道を照らす。舗装もされていない、人も分け入っていない急斜面、地面はぼろぼろの土に覆われている。そこに生えている木はまばらだったが、しっかりと鉛直方向に伸びていた。彼らはやわらかい土を踏みしめて、先を行く。
「では、完成したのですか」と白衣。「改良型が?」
「研究室は別だが、お前たちのレポートを元にして作成中だ。間もなく結果がでる」
「ナンバーはfs-06に」
「いや、fr-01だ。シリーズが違う、フレイシリーズはその全てに欠陥が見つかったので一体残らず廃棄される。新たに作り直すそうだ」
薄着の男は、ため息をついた。ワイシャツの胸ポケットからタバコをとりだして、一本口に銜えた。ライターで火をつけ、煙を吐き、あきれたようにこう言う。
「全くお偉方のすることはわからん。俺でさえも十分な戦闘能力は持っているというのに、なぜまたシリーズを再開するんだ。さっさと量産体勢に入ればいいものを。世界でも滅ぼすつもりかな」
「しかし、研究は続けてもらわなければ、私たちが食っていけません」
白衣の男はそう応えたが、薄着の男はその言葉に答えない。
彼らの先を、新堂は歩いている。暗い。夜の闇が、彼の気配を隠してくれる。柔らかな土のおかげで、足音を察知される心配もなかった。だが、フレイサイズはどこまで逃げていったのか。まるで姿を発見できない。
新堂の目は、夜の闇の中に無力だ。無謀なことだったか、と彼は思う。だがフレイサイズを見捨てるわけにはいかない。
「この先ですね、およそ百メートル」
「声を潜めろ」
背後からそんな会話が聞こえた。新堂は微笑んだ。ありがたい情報だ。この先百メートルの地点に、フレイサイズがいるのだな。彼は少し急いだ。
しかし平地の百メートルと、このような斜面の百メートルではわけが違う。しかも、闇の中なのだ。急いだせいか、何度か土に足をとられてしまう。追っ手が持っている懐中電灯の明かりが、どきりとするほど彼の近くに迫った。彼は口の中で悪態をつき、懐中電灯の明かりに照らされないように、しかし気配をさせないように急いだ。
不意に、斜面が終る。尾根に着いたのか、と彼は思った。何か水の流れるような音が聞こえる。沢か、川か。
そこからは下り坂だった。背の低い植物が徐々に茂る。新堂は慎重に降りざるを得なかった。だが、途中で彼の耳に水をはねる音が聞こえたので、そこからは急ぐ。飛ぶように走った。
やはり川があるのだ。そこにフレイサイズがいる。
この音を彼らに聞かれれば、彼らも急いでくる。走る必要があった。焦る新堂は下り坂をかなりの速度で走り下りたが、転げ落ちたりはしない。これは奇跡的なことだった。やがて彼の前に川が広がる。水の音と、靴の濡れる感触からそれがわかった。
闇が、白む。空が色づく。
夜が明けようとしているのか。新堂は白む山を見た、それから目の前の川を見る。闇は、朝日によって薄れていく。
新堂がやってきた方向には、植物がしげっていて、反対方向の岸には小さな石がたくさん転がっている。川原だった。その先にはコンクリートの崖がある。どうやらそれを登れば道路があるらしかった。
川の中にはフレイサイズがいた。箱の中の液体に濡れた身体を洗っていたのかもしれない。彼女は新堂に気付かず、川の中で猫がするように顔を洗っている。
新堂はその耳に、まだタグがついていることを確認した。あれを奪わなければならない。急がなければ。
彼は走って、フレイサイズに近寄った。もはや問答や駆け引きをしている時間がない。フレイサイズは新堂に気がついて逃げようとしたらしいが、同時に夜が明ける。彼女は、山頂から夜を切り裂く太陽を直視してしまった。目がくらむ、その一瞬をついて、新堂は川の中に立つフレイサイズに飛び掛った。その耳にあるタグ、それを引っ張り込む。
幸運なことに、引っ張るだけで簡単にはずれた。新堂はフレイサイズのタグを川の下流へと放り投げる。
しかし無駄なことかもしれない、と彼は思った。夜が明けてしまった。こうなれば、もう追っ手も機械だけを頼りにしたりはしないだろう。隠れなければ、見つかる。
フレイサイズは驚いた様子で、新堂を見た。青い、大きな目だった。何をされたのかわからない、というように何度か首をかしげる。そして彼女は逃げた。川から離れ、川原を走り、コンクリートの崖に飛び乗り、あっという間に新堂の視界から消え去ってしまった。後姿には長い尻尾が見える。
これでよし、と新堂は思う。あとは自分が隠れればよい。車を捨てることにはなったが、仕方のないことだと思う。
新堂は川原側にある茂みに逃げ込んだ。
しばらくして、白衣の男と薄着の男が現れた。何度か転んだらしく、白衣が泥で汚れている。
「無理をするからだ。探知機を落とさなかったのは褒めてやる」
薄着の男は、もう自分一人で探知機を見ながら、川までやってきた。白衣の男は恐々としながら歩み、ただ彼の後ろに従う。
「もう夜が明けてきました」
「都合がいい、あれか」
川の中に落ちているタグを、彼らは見つけたようだ。服が濡れるのも構わず、回収に向かう。舌打ちが聞こえるようだ。新堂は笑う。
「気付いて捨てたのでしょうか」
「くそったれ、直接体の中に埋め込んだ奴はどうなった」
「あれは廃棄処分を決めてから取り出したはずです」
「だが、まだ近くにはいるはずだ。あれはなんだ?」
新堂はどきりとした。何か手がかりを見つけられたのか。だが、今動くわけにはいかない。太陽が昇り、徐々に明るくなってくる。今下手に動けば確実に見つかってしまう。今度は新堂が舌打ちをする番だった。
「くそ」
彼は小さく毒づき、周囲を見回した。味方はいない、隠れる場所もない。
「足跡だ、まだ乾いていない。こっちだな」
川に入ってから、川原を歩いたので足跡が残っていたらしい。単純すぎるミスだった。
「本部へ連絡を入れます」
「ああ」
フレイサイズのものと、自分のものが残っているはずである。彼らはどちらを追ってくるだろうか、と新堂は思う。
「しかし、新堂とフレイサイズが協力して挑んできたなら、どうします。彼らはまだ、その力を失ってはいないと思います」
白衣が機械を操作しながら、訊ねた。探知機の他に、通信機を持ち歩いているらしい。携帯電話らしかった。
「心配ない、そのために俺がいる。知らないのか、fs-00のナンバー」
「承知しております。しかし、フレイサイズと新堂は我々が研究していた中でも突出した能力を持つ二人です。大丈夫なのでしょうね」
「疑うつもりか」薄着の男は、足跡を追ってこちらへやってくる。「ならば証拠を見せようか」
まずい、そう思いながら新堂は動けない。畜生、こんなことなら拳銃の一つでも奪ってくるのだった。そう思っても全ては後の祭りだ。
新堂は左腕を見た。そこには短剣が仕舞ってある。仕舞ってある、というよりも刺さっていた。柄だけを外に出し、刃の部分は完全に新堂の左手首に埋没している。
痛みはない。出血もなかった。これはスイッチなのだ。安全弁だった。こいつを引き抜けば、新堂には変化が訪れる。
研究所で新堂はその変化に耐えられる身体になるように、ひたすらに調整を受けた。
だから、これを引き抜いても死にはしない。
死なないどころか、人間の身には不釣合いなパワーを得ることになる。これが彼の切り札だ。新堂は短剣の柄に手をかけた。
「新堂は、fs-01ですよ」
白衣の言葉に、薄着の男は歩みを止めた。彼は振り返って、肩をすくめる。この隙に、新堂はゆっくりと退避を始める。川の中に戻るつもりだった。泳いで逃げれば、追跡は困難になるだろうという見込みがあるからだ。
「だがこの俺はfs-00、プロトタイプ、には違いないな。しかし試作品であるだけ予算は組まれている」
「フレイサイズがfs-02なので、近くに彼らがいるとすればフレイシリーズが三体揃うことになりますね」
「俺をシリーズに組み込むな。破棄される」薄着の男はげんなりした調子でそう言った。「大体、俺が奴らより弱いのならわざわざ派遣されてはこない」
「道理です。期待してもよろしいのですか」
白衣がそう言った。
新堂は足を止めた。あの薄着の男は、研究施設にいた人間ではない。彼は、新堂が脱走したと報告を受けた機関が送り込んできた人間らしい。さらにあの男は、試作品。プロトタイプだと、そう言った。
逃げる。その必要がなくなるかもしれない。新堂はその場に留まった。彼の目的の一つが、ここにあるのだ。聞き耳を立てる。
「ああ、任せておけ。このフレイソウルに」
「……フレイソウル」
その名を繰り返した。記憶の中に、その名が思い当たる。
記憶、ないはずの空白の部分の中に。
奴は、自分の敵だった。それだけは確実だった。
奴を許すな。絶対に、許すな。
そいつは、お前から大切なものを奪った、敵だ!
何かが彼の中で、叫んでいる。
新堂の思考が怒りに染まり、彼は短剣を引き抜いた。
夜は明けていた。朝の光が川原を照らしている。
白衣の男と薄着の男は、茂みの中に何者かが動いているのを発見する。
「新堂か」
「うあっ、新堂!」
白衣が恐れ、足を引いた。後に下がって、川の中に転ぶ。茂みから立ち上がったのは、新堂だった。短剣を抜いている。
「お前が新堂か。脱走したらしいが、戻ってくる気はないのか」
薄着の男が、新堂に訊ねる。新堂は右手に短剣を持っている以外は、特に変わった姿をしていない。
「恐れることはない、奴もフレイシリーズ。致命的な欠陥を抱えている」
そう言われても、白衣の男は起き上がれない。彼は研究員だ。新堂のことは知り尽くしている。あの短剣は安全弁。あれを抜いているということは、スイッチが入っているということに他ならない。新堂の左腕に溜め込まれた強化ユニットが血液中に溶け、今彼は恐ろしいほどの運動性能をもっている。間違いなく、人間を超越した存在になっているのだ。
fs-01のナンバーを与えられた彼の名は、フレイダガー。
新堂はフレイソウルと名乗った薄着の男に飛び掛った。短剣を振るって、突きかかる。フレイソウルもそれにたやすく命を奪われるような不覚はとらない。素早く背後に下がって、短剣をかわした。
「くそ」
新堂は短剣を振るった。フレイソウルというこの男は、彼にとって憎むべき敵であった。何故か、という問いに答えられるものはこの場には新堂本人以外にいない。
フレイソウルは、新堂とは初対面だと思っている。
思っているだけだ。実際には過去に対面している。そのことを、彼は忘れている。
「新堂!」
白衣の男が叫ぶ。恐怖か、なだめようとしたのか、わからない。
「ふん、新堂。なぜ脱走する。実験が嫌になったのか? それとも、噂を聞いたのか」
フレイソウルはたやすく新堂の攻撃をかわし、白衣の近くへ下がった。かなり距離をとったことになる。新堂は深追いせず、一度攻撃を中断した。
「噂?」
新堂はその言葉に、応じた。全身が熱い。すでに息があがっているが、疲労のためではない。血管の中を流れる、目に見えないほど細かな生体強化ユニットの影響だと考えられた。
「廃棄処分、ということだ。知らないのか」
フレイソウルは鼻で笑った。新堂は動きを止めた。情報をもらえるのならば、いただいておこうと思った。どれほど憎い相手からの情報でも、得られるものは得る。
「fs-01からfs-05までのフレイシリーズは、その全てを廃棄することが決まった。お前が持って逃げたfs-02フレイサイズもその対象で、fs-01であるお前も例外でない。脱走しなければ、廃棄されるところだったんだ。お前は」
新堂は、自分が廃棄処分をされることは知っていた。だから脱走の時期も決めていたのに、今脱出せざるを得なかった。だが、他にも廃棄される者があったとは知らなかった。
だが、そのナンバーが05まであるのは気に掛かる。fs-00がフレイソウルで、fs-01が自分、fs-02がフレイサイズならば03、04、05は一体どこにいるのか。
「そうだ、フレイサイズはどうした」
フレイソウルが訊ねてくる。教えてやるつもりはない。新堂は何も言わず、短剣を持ち直した。
「まあいい、すぐに見つけ出す。このタグの位置はすでに本部へ転送済みだ。すぐにこのあたりを大掛かりに探索することになる。逃げられはせんぞ」
いい気になって話し続けるフレイソウルの胸に、新堂が突きかかる。彼は素早くそれをかわし、足元に座り込んでいる白衣の男の頭を掴みあげた。盾にするつもりか、と新堂は思った。
だが違っていた。彼は白衣の男の頭を掴み、しばらくそのままだった。ただそれだけなのに、白衣の男の顔からは見る見るうちに精気が失われていった。脳髄に直接電極でも刺し込まれたように、彼はうわごとを言った。意味不明な言葉を絞るように咽喉から発し、白目をむいてしまう。
「ふん」
手を離すと、白衣はその場に崩れ落ちた。失禁している。その顔はもう、正気を保った者の顔ではない。新堂は何が起きたのか、と思った。
「精神エネルギー、という概念を知っているか? 人間が何かを考えたり、気合を入れたりという行為に使っているものだ。そいつを抜き出し、破壊エネルギーにするという。そういった武器が存在しうる」
「その男の精神エネルギーを取り出した?」
新堂は訊ねた。フレイソウルは頷く。
「限界まで頂戴した。これが、俺がフレイソウルと名づけられた理由だ。他人の魂を抜き、俺は強くなる。無限に」
彼は自慢する口調でそう言った。今まで何人の精神エネルギーを吸ったのか、訊けば恐らく喜々として語りだすに違いなかった。新堂は寒気がする。そんなことは許されぬ。
同時に、強い怒りが湧いてきた。別に白衣が倒れていることはどうでもよい。
「そういう理屈だったのか」
彼の怒りは古いところから湧いていた。胸の奥に仕舞いこまれた思い出の中から、煮えるような思いがこみ上げてくる。決して、この男は許せない。
新堂の身体は熱くなる。左腕にこめられた生体強化ユニットは順調に彼の体に染みている。
そして、空白の中の記憶の一部を、思い出してさえいたのだ。
思い出していたからこそ、心が怒りに染まる。目の前の男を叩き潰せと、そう心が命じている。
フレイソウルは、反撃に転じた。白衣の身体を掴み上げ、彼の生死などどうでもいいというように、振り回して新堂に叩きつけようとする。新堂は地を蹴り、その一撃をかわす。白衣は川原に叩きつけられて、ぺしゃんこになった。まるでトマトを潰したようになってしまい、血が飛び散る。
「精神エネルギーで俺は強化される。これで七人目だ」
訊いてもいないに、彼は勝手にそう言ってきた。
うんざりだ。その七人の中に。
その七人の中に、あの人が!
新堂はそれ以上考えられなかった。怒りをこらえるために、舌を噛む。
「そもそも脱走をしたところで、お前に明るい未来などあるか。一生、我らに追われるだけの生活がそんなに欲しいか」
「逃げるつもりなどない」
フレイソウルに、新堂は告げた。
「俺は、気に食わないだけだ、お前たちが。お前たちを滅ぼすために俺は研究施設に入った」
「我らの力を分け与えられて、我らを滅ぼす。戯言だ。歩が王将を討てると思っているのか?」
「やってみなくてはわからない」
実際はもっと不利だった。フレイソウルが言ったように将棋で例えるなら、新堂は歩とは言わぬが精々銀将程度の実力しかない。それも左腕の短剣を抜いた状態での話だ。完全に一式がそろって、初期状態になっている敵陣に引き換え、自陣には銀将が一つだけというのが、今の新堂だ。勝ち目という以前に、何手で詰みにされるかというところである。どうにもならない。
新堂は仲間を集めたかった。フレイサイズにしても、コンタクトをとることができるのならば、仲間に引き込むことも考えていた。だが、自分が廃棄されるという事態が迫ってしまったのだ。そのため、彼はほとんど素手で、自分ひとりの力だけで、敵に立ち向かわなくてはならなくなってしまった。
「不幸なる、廃棄されるべき剣士。fs-01フレイダガー、お前の廃棄は俺が引き受けた」
「悪い冗談だ」
フレイダガーと呼ばれて、新堂は小さく息を吐いた。この左腕の短剣のせいだろうか。
彼はこのとき、『なぜ自分が廃棄されることになったのか』について考えなかった。考えたくないことの一つだった。全てを投げ打って、戦いを挑むための力を得るために研究施設に入ったのだ。そこで受けた肉体の改造が、失敗だったなどということは考えたくない。もしそうならば、自分の行動は全て無意味になる。
だがこのプロトタイプ、フレイソウルに勝てば答えは違ってくる。試作品を超えてこそ正規品だ。どんな欠陥があろうとも、結果を出せば評価は変わる。
フレイソウルは、すぐさま新堂に襲い掛かってきた。まともに打ち合うことは避け、新堂は背後に下がりながらその攻撃を回避し、やりすごした。正面からぶつかり合うには、あまりにも重く、速い攻撃だったからだ。確かに白衣の男から精神エネルギーを吸う前と比べて、パワーが上がっている。新堂は下がり続け、ついに川の中に足を踏み入れてしまう。
水に入れば動きが鈍くなるのは必然である。そこを狙い、フレイソウルが掴みかかってきた。掴みあげられれば最後、白衣の男と同じように固い石だらけの川原へ叩きつけられて、跡形もない潰れたトマトになる。新堂は掴みかかる二つの手から逃れる術はないと判断し、逆に自分からその腕を掴みにいった。
腕と腕がぶつかり、組み合う形になる。新堂の右手とフレイソウルの左手が、フレイソウルの右手と新堂の左手が組み合って、互いに相手をひねり潰そうと力をこめあう。新堂は足を開き、渾身の力で押し返している。生体強化ユニットによる強化は、筋力だけでなく彼の骨の強度をもある程度高めているはずだ。だが歯を食いしばり、大地を踏んで相手を押し戻そうとする新堂の力は、全てフレイソウルの膂力によって徒労にされていた。
こいつの力は、なんなんだ。新堂は悪態を吐きたかったが、それどころではない。まるでロードローラーやブルドーザーと押し合いをしているようだ。どれほど力を込めても、相手を押していけない。それどころか想像以上のパワーで押し返されてくる身体がゆがみ、悲鳴を上げている。あちこちの腱が引きちぎられそうだ。
「残念だな、新堂」
余裕を出しているフレイソウルの声が聞こえてくる。悠長なものだ。新堂は苛立つ。
彼の腕に、フレイソウルの指が食い込んできた。握力でも完全に負けている。激痛が走るが、新堂は耐えた。こらえなくてはならない。