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第七話 接近・前編

 アイシャドウとルージュをひいた女は、ウェイトレスに注文を告げたあと目の前に座る女の顔を凝視した。どこかで見たことがあるような気がしたのだ。

 駅前で財布を探していたフレイスピアを助けたのは、アックスツヴァイである。スピアエルダーやサイズウルフの後を追いかけていたはずの人物だが、なぜか今は単独で行動をしているらしい。

 だが、彼女と向かい合うフレイスピアはフレイ・リベンジの顔を全て知っているわけではない。直接会ったことがあるのはサイズウルフとソードバイスだけなのだ。しかも、たとえ写真を見る機会があったとしても、彼女の視力では見分けなどつかない。フレイスピアにとっては気配と声が、個人を見分けるための最大要因であった。つまりフレイスピアは目の前の女が敵であるということなど、全くわからなかったのである。

 対するアックスツヴァイは、とくに目が悪いわけではない。だからこそフレイスピアの財布を拾うことも出来たのである。しかし、すぐさまfs-03の顔を思い出せるほど記憶力がいいわけでもない。アックスツヴァイは少しの間考えていたが、結局フレイスピアの顔を思い出せなかった。どこかの映画のエキストラにでも似ていたか、などと結論付けて、それ以上の追究をやめる。今はこの、目の前に入る新しい友人とのひとときを楽しみたいと思った。

 サイズウルフとスピアエルダーは休みもせずにあちこちをウロウロしているが、それを追いかけるのはもう面倒くさい。当初彼女らを追っていたアックスツヴァイではあったが、適当に楽しんだら施設に戻ろうと考えていた。

 目の前の女は、落ち着かないのかどこかそわそわしている。アックスツヴァイは声をかけた。使い終わったメニューを再び開く。


「ここのデザートはね、何度か雑誌でもテレビでもとりあげられたくらい有名らしいよ。まぁどっちもマイナーな特集だったから、そんなに人は集まっていないんだけど、ね」


 メニューを指差し、楽しみだろうということを言ってみる。


「それは、味がですか」


 女はおずおずと訊いてくる。それほどのものなら値段も一流なのだろうと思っているのかもしれない。それを察して、アックスツヴァイはこたえる。


「まあ味もそうだねえ。お値段もそれなりにお安くなってるってことも大きいけどさ。ところであんたは、完全に目が見えないのかい」

「目が悪いだけです。ひどく」

「あー? コンタクトでも落っことしたの?」


 目が悪いと聞いたアックスツヴァイはそう訊ねたが、相手は曖昧に笑って、誤魔化した。白内障か何かなのだろうか、と思いながらもため息をついて、こう言ってやる。


「そんなに目が悪いんだったら白杖くらい持ち歩きなよ。お金だってさ、千円札か五千円札かもわからないんじゃないの」

「お金は手で触ればなんとかわかります。それに、ここからみてあなたのアイシャドウの色くらいはわかるのですよ」

「ああこれね。きつい色でしょ、原色のアカって感じのさ。インパクトあるから気に入ってるの。そういえばあんた、名前は?」


 背もたれによりかかって、アックスツヴァイはにっこり笑ってみせる。


「あ、そうでした。すみません。私、し、新堂、澄子と申します」


 あわてたように相手はそう言ってくる。適当な偽名だというのは態度からすぐに知れた。


「いい名前ね、澄子さん。私は小野津実子っていうんだけどね」


 相手の嘘に気付きながらも、それを言及するようなことはしない。自分も適当に嘘をつきながら、アックスツヴァイは目の前の女の目を見た。彼女は焦りと、怯えをそこに見出す。嘘をついていることは明白だが、その理由は知れない。少なくとも新堂澄子の名は偽名である。

 新堂。

 ふと思い出した。fs-01の名乗っていた名が確かそれだった。彼はfs-01と呼ばれることを嫌って、新堂と名乗っているのだとか。

 それとこの女が無関係とは言い切れない。もしや、とアックスツヴァイは疑いだす。ひとたびそれを疑い、フレイシリーズのことと目の前の女のことが結びついてしまえば、その顔をどこで見たのかもすぐさま思い出してしまう。


「あっ」


 思わず声をもらしてしまうほどに、あっけない。確かにこの顔を見た。写真でだが、確かに。

 この女は、fs-03だ。フレイスピア。間違いない。

 アックスツヴァイは、確信した。fs-03は視力の低下を理由に廃棄されようとしていたはずだ。この女も目が悪いと言っている。何もかもが一致していた。疑うところはまるでない。「あんたは、fs-03なんじゃないか」と口にしようとして、すんでのところでやめた。それを言ってどうなるというのだろうか。今この楽しい時間をぶち壊すだけだ、とアックスツヴァイは思う。

 どうせ私にはフレイシリーズの追跡命令は出ていないし。

 頭の中でだけそんな言い訳を呟いて、彼女は気付かないふりを決めた。何もしないでいいと思った。ただ、自分は目の見えない女の子と出会って、お茶をしただけだ。何も咎められることはない。

 そこでやっと注文をとったデザートが運ばれてきた。少し小さいが、それだけ味のほうに自信があるに違いない。二つ運ばれてきたので、片方をフレイスピアへと押しやる。


「これはあなたのものね。食べられるかな? 見えるのかな?」


 遠慮なくアックスツヴァイはそう訊ねる。フレイスピアは苦い笑みを浮かべつつも頷いた。手元も見えないほど視力の低下は進んでいるが、さすがに食事に困ることはあまりない。ただ、きれいに盛り付けがされているのだろうと想像すると、それを味わえないのが少し残念にはなる。

 そうしたことを目の前の女は言った。ゆるく笑って、アックスツヴァイは自分もフォークをとった。


「そう、それじゃあ、いただきますか」

「はい」


 二人は少し時間をかけてデザートを味わった。アックスツヴァイは幾度かフレイスピアに話しかけ、フレイスピアはそれに応えた。内容は他愛無いもので、アックスツヴァイは彼女が返答するのに困らない質問を選んでいると思われる。ただこの楽しいひとときを壊さないためにそうしているのだ。

 その行動は利己的ではあるが、フレイスピアにとってはありがたいものである。

 あえて連絡先は訊かなかった。これ一回きりのお付き合い、ということにした。アックスツヴァイは、それが自分のためであることを知っているが、反省はしない。多分後悔もしないだろう。


「それじゃ、またどこかで会うことがあれば」


 そう言って手を挙げて、フレイスピアを見送った。目の悪い戦士は、手を挙げて応える。そして去っていった。

 アックスツヴァイは黙って彼女が雑踏に消えていくのを見届ける。二度と彼女と会うことがなければいいのに、とわずかに心のどこかでそう思った。

 しかし物思いにふける暇もなかった。

 背後に誰かがいる。その気配に彼女は既に気付いてはいた。誰だ。そこまではわからない。

 多分いいことにはならないだろうなと思いながらゆっくりと振り返る。ぴくりとその目が見開かれた。


「姐さん、いいご趣味で」


 ぽん、とアックスツヴァイの肩を叩くその男は、ソードバイスに間違いなかった。大怪我をしていたはずの男だ。あちこちに巻いた包帯の上から着込んでいるのだろう、羽織った防弾コートの下には作業服が見えている。


「あんた、怪我は?」


 軽い驚きと共にそう訊ねるが、ソードバイスは肩をすくめる。


「治りました」

「馬鹿なことを、あれほどの傷が数時間で完治するわけないだろうが」


 あきれる。何故この男はすぐそういう冗談を言うのだろうか。


「まぁ、本当のところは縫合と止血、それに内蔵の損傷を軽く塞いでもらっただけです。絶対安静とは言われましたがただ寝ているだけというのも面白くないものですし」

「すぐに帰って寝りゃあいいじゃないか、失血死してもいいのかい」


 アックスツヴァイはため息をつきかけた。こいつは何をしにここへ来たのだろうか。いや、どこから見ていたのだろうか。


「そうしたいのはやまやまですがね、姐さんが敵と密会をしていたものですから。さすがの俺も捨ててはおけません」

「知ってて密会したわけじゃないさ。たまたま敵だっただけ」


 言い訳臭いが、事実でもある。


「いいですよ。俺だって姐さんが敵と内通してるとは思えません。これは上層部には黙っておきます」

「別に言ってもいい、隠すつもりもないから」


 それで自分の立場が悪くなったとしても、大して構わないと思っている。私は、別にフレイダガーたちの捕獲を命令されたわけではないのだから。アックスツヴァイはそう思っている。しかしソードバイスにはそれが強がりに見えたらしい。


「大丈夫ですよ、俺は口の堅さで有名なんですから。それに告げ口なんてしたらまた面倒くさい騒動がありそうでしょう。そうしたら俺が寝る時間が減っちまいそうです」


 彼はアックスツヴァイを安心させようとしてそう言ったのかもしれない。だが睡眠時間を確保したいのは本心であろう。


「で、密会のお相手はfs-03でしたか」

「ああ、多分fs-03フレイスピアだと思う。彼女は目が悪いんだね」

「そのようですね」


 ソードバイスは目を細めて、フレイスピアが去っていった方向を見つめている。その目線に不穏なものを感じたが、あえてそこには触れずに、アックスツヴァイは問いを投げた。


「大体あんたは何しに外へ出てウロウロしてたのさ」

「フレイダガーたちを探していたのです。そういう風に命令を受けているものですから」


 彼は淡々とこたえた。


「じゃあなんでfs-03を見逃したわけ?」

「こんなところで武器を振り回して追いかけたりできません。それに姐さんがいましたし、俺は重傷を負っています」


 なるほどその言葉はもっともだ。だが、今から彼は何をしようというのだろうか。


「尾行するつもり」

「それは無理です。フレイスピアは索敵能力にすぐれているはずですから。すぐに見つかってしまうでしょう」

「じゃ、これからどうするのさ」

「あなたの車に乗せてもらって、施設に戻って寝ます。あ、その前に酒とつまみを買ってもらっていいですか」


 アックスツヴァイはその返答を理解しかねた。

 少し考えて、やっと意味を把握することに成功する。ソードバイスは最初から酒とつまみを買うために外出したに違いなかったのだ。安静といわれている間、暇をつぶすために。

 そこへ自分は見つかってしまって、これから体よく財布代わりに使われてしまおうというわけだ。

 アックスツヴァイは目を閉じて大きく息を吸う。それから左目だけを開いてソードバイスを見て、吸った息を全てため息に変えた。

 どうしようもない。


「酒って、あんた怪我人なのに」

「別にいいじゃありませんか。娯楽は必要でしょう。サラミとかチーズがあるといいですね、酒は強いヤツがいいです。スピリタスとか」

「私が金を出すこと前提になってるじゃない、そいつはないな」


 眉を寄せながら、アックスツヴァイは車に向かって歩き出した。その後ろをソードバイスがついてくる。疫病神め、と思ったが急いで逃げても振り切れそうにはない。



 運転席のシートを倒し、寝息をたてているスピアエルダーを見ながら、サイズウルフは小さな音で流れるラジオを聴いていた。ヒットソングが流れている。柔らかな曲調のバラードであったが、サイズウルフには気に入らなかった。

 何が悲恋だ! 恋人が死んだのがそんなに悲しいのか!

 五分近くもかけて死別の悲しみを語る歌は、理解できなかったらしい。悲しいなどと思うのは惰弱だ、という考え方が彼女にはあるのかもしれない。

 ラジオを乱暴に切り、窓の外に広がる駅前の大通りを見やった。平日の昼間にもかかわらず、多くの人間がそこを歩いている。

 もしあの中に飛び込んでいって、鎌を振り回したら何人の首が飛ぶだろう。

 そんな想像をしてみる。少しだけ愉快になった。

 血がとんで、赤く地面が染まるだろう。胴体を斬られたやつは内臓をどろりと吐いて、異臭を放つだろう。突然、そんな光景をつくりだしたら、周囲は一体どういう反応をするのだろうか。一目散に逃げるのか? それとも立ち向かってくるのだろうか。試してみたくはある。

 もし仮に、そうした結果警察がやってきたとしても自分なら切り抜ける自信がある。鉄砲なんて、私を殺すには不十分だ。マシンガンくらいは持ってこないと、傷もつけられない。威力が高いものでなければ、死体を盾にしてしまえばいい。何人くらい殺せるのだろうか。飛び込んでいって軽く十人は殺せるだろう。追いかけていって追い回して、多分三十人はいける。後からやってくる警察部隊を含めて百人は考えられる数字である。


「一人殺せば犯罪者、十人殺せば殺人鬼、千人殺せば英雄……だったかな?」


 英雄まであと十倍か、と一人ごちる。つまらない妄想をしてしまった。

 昨夜から無理をさせすぎたのか、運転役をしていたスピアエルダーは完全に眠ってしまっている。少ししたら休ませて欲しいとは言っていたが、本人が休ませてくれと言い出さないものだから放置してしまった。結果、先ほどから完全に寝入ってしまっている。暇なので何度かその身体を揺すってみたが、ううんと唸るだけで、起きそうにない。

 少しだけ窓を開けて、外のニオイを嗅いでみる。だが、このあたりは排気ガスのにおいとタバコのにおいが濃い。その中にも確かに人間のニオイはするが、フレイダガーたちのニオイだけを嗅ぎ分けることはできなかった。外に出て地面にはいつくばって嗅ぎまわればどうか、というのも考えたがあまりにもそれは目立つ。それに『わんこ』と言われることもいい加減で癪である。そのようなところをスピアエルダーはともかく、アックスツヴァイやソードバイスに見られたら最悪だ。

 仕方がない。少し、自分も休もう。

 窓を閉じて、横になる。最近は、施設の中で休んでいないなと思いながらもそうした。休めるときには休んでおこう。いざというとき、眠気が襲ってきてはたまらないから。

 サイズウルフは車の中に目を閉じた。

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