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第六話 スピアエルダー・中編

「一体何しにきた」


 サイズウルフはいきなり剣呑につっかかった。目の前に嫌いな人間が立ちふさがっているのである。このくらいの態度は当然というものであろう。

 つっかかられたアックスツヴァイは平然として応える。


「お二人が深夜のデートに及ぼうとしているから、気になって様子を見にきたっていう説明ではご満足いただけない?」


 にっこりと笑ってそんなことを言う。

 そのやりとりを見ていたスピアエルダーは額に手をやって、かぶりを振った。「また始まったか」と思っているに違いない。この二人の仲をどうにかしようと思ったことがないわけではない。だが解決に向けた努力は全て徒労に終った。知り合ってから長い時間が経ったわけではないが、もはやこの問題は解決不可能とも思える。

 サイズウルフは両手を腰にやって、ため息をつきながら言った。


「お生憎だが、命令だ。fs-01たちご一行を追跡するように言われている」

「スピアエルダーも?」

「そうだ」


 頷いてみせると、アックスツヴァイは口元に手をやって、呻いた。自分は何も聞いていないからであろう。大体二人同時に何かを言いつけられることが多かったので、スピアエルダーだけという今回の命令には不自然さを感じる。


「私には何も言ってなかった? 待機命令は?」

「お前には何も言っていない。待機命令は出ていないが、わざわざついてくる意味はない」


 口元に笑みを浮かべて訊ねるアックスツヴァイに対して、サイズウルフはつっけんどんに答える。半ば苛立っているに違いなかった。


「意味はあるんじゃない? あんたたちこのクルマを使うつもりだったんでしょう。こんな軽のポンコツに乗ったってだめだと思うなぁ私は。私が同行するなら、私専用のヤツが使えるんだけど」


 アックスツヴァイは手に持っているキーを目の高さに掲げて見せる。彼女がいつも使っている車のキーである。


「そんなに速いのか?」


 サイズウルフは小声でスピアエルダーに訊ねた。


「かなり速いですよ」


 即答だった。

 スピアエルダーはその車にしょっちゅう乗っているので、よく知っている。


「あっちこっちカスタムしてありますし、元から排気量が段違いです。おまけに彼女の運転技術は私よりも数段上ですし」

「わかった、それじゃfr-04、そのキーだけ貸せ」


 悪びれずに堂々とサイズウルフはそんなことを要求するが、通るはずもない。


「嫌に決まっているじゃない。ギブアンドテイクじゃなきゃ、交渉は成立しないもの。ご存知?」

「連れて行けというのか」

「できることならそう言いたいけれども、でもわんこちゃんは私とは一緒に行きたくないんでしょう」


 大仰に肩をすくめて、アックスツヴァイはかぶりを振った。


「では何だ」

「そっちのキーを、貸してもらいたいだけよ。待機命令が出ていないのなら、あんたたちに勝手にくっついていったって別に構わないのでしょう」


 アックスツヴァイは、勝手に追いかけると言っている。面倒なことになりそうだと思った。ここで施設の車に二人が乗り込んで行ったとしても、性能でも運転手の性能でも勝る車で追跡をされたらどうやっても振り切れない。それよりは性能のよい車を借り受けたほうがいいに決まっている。だが、それはおかしい。

 互いの車を交換するのは、アックスツヴァイにとってはまるで利のない取引だ。なぜこのようなことをするのか。


「だが、なぜわざわざ性能の劣る車と交換をする?」

「悪条件取引ってやつ。まぁ、丁度いいハンデだと思ってね」


 余裕ぶって笑う。アックスツヴァイはルージュを塗った口元に手をやってくすくすと笑ってみせる。それがかなり神経を逆撫でた。あまりにも腹が立って、あと少しでサイズウルフはアックスツヴァイを殴り倒すところだったが、すんでのところで踏みとどまった。挑発に乗るのはよくないと思ったからだ。強引に怒りを静めて、キーの交換に応じる。

 相手にとっては悪条件取引だが、こちらにとってはいいことずくめだ。運転手の性能はそれなりだが、贅沢はいえない。それに、ソードバイスよりもむしろ扱いやすそうである。

 サイズウルフが右手でキーを差し出すと、相手はそれを左手で受けて右手に持ったキーを差し出してきた。それを左手で受ける。無事に交換は終了した。


「話はつきましたか、ウルフ。行きましょう」


 スピアエルダーがそう言いながら頭を掻き毟っている。このどうしようもない口論にあきれ半分なのかもしれない。サイズウルフは特にその態度を気にせず、彼女にキーを渡した。アックスツヴァイのことはもう気にかけず、すぐそばに停めてあった、車の後部座席に乗り込む。この車こそは名車と誉れ高いマニア垂涎のモノである。が、サイズウルフはそこまでの知識があるわけでもなければこだわりもない。単に、早く走ることができる排気量のでかい車だから使うだけだ。そういうわけでありがたみというものは薄かった。


「まずはどこへ行けばいいのですか」


 運転席に座ったスピアエルダーはシートの位置を調節しながらそう訊いてくる。サイズウルフはまず、公園に向かうように指示した。新堂たちと争ったあの公園である。


「わかりました、出しますよ」


 サイドブレーキを落とし、アクセルを踏む。スピアエルダーの運転は優しく、ゆったりとしたものだった。速度はないが、上品な運転といえる。一度大通りに出てしまえば、車の性能もあって十分な速度となるが、後ろからついてくる車が気になる。サイズウルフは振り返ってみた。施設の車がこちらを尾行してくる。運転席には当然、アックスツヴァイ。

 好きにさせてやるか、とサイズウルフが諦めのため息を吐く。



 日が昇る。朝がやってくる。

 ビジネスホテルの一室にいる新堂は窓から差し込む光に気がついた。知らないうちに眠っていたらしい。身体には毛布がかけられている。ずきずきと痛む頭に手をやりながら身体を起こすと、フレイサイズが布団の中で寝ている姿が目に入る。彼女はまだ目覚めていないらしい。布団は並べて二つ敷かれていたがもう一つはすでに誰もおらず、掛け布団がめくられている。フレイスピアはすでに起きだしているようだ。

 そう思っていると部屋の扉が開く音がした。浴衣を着たフレイスピアが部屋の中に入ってくる。タオルを首にかけていて、髪が濡れている。どうやら浴室を使ってきたらしい。


「おはようございます新堂。気分はどうですか」


 微笑を見せてフレイスピアがそう言った。新堂は起きたててで、生返事をするだけだった。しかしフレイスピアはすぐに服を着替えだした。新堂は慌てたが、彼女は意にも介さない。仕方がないので新堂は窓の外を凝視した。


「新堂、私はすぐにも出かけてきます。フレイソードたちと共に、出かけなければなりません」

「逃亡先を探すのか」

「それもありますが、施設の情報をあつめなければならないと思います。それに必要なものの買出しも。まだお金には少し余裕があります。新堂、あなたはここでフレイサイズを安静にさせる役目です。それに、警護も兼ねて」

「ああ」


 不満ではあるが、留守番をさせられるのは仕方がない。新堂はその点については納得していた。


「もうこちらを向いてもいいですよ」


 そう言われて、新堂は視線を戻した。フレイスピアは元のスーツ姿に戻っている。


「ラジオでも聞いていてください。テレビでも構いません。ニュースでも少しは情報が得られるはずです、例えそれが少々歪んでいたとしても、ないよりはましなのですし」

「わかっている」

「それから、十時にはここをでなければなりません。かといってフレイスピアを動かすわけには行きませんから適当な店にでもいてください。彼女の傷が悪化しないように気をつけるのは、新堂の役目ですよ」


 色々と注意事項を告げていくフレイスピアに、いつの間にか立場が逆転しているのではないかと感じながらも、一応返事はする。なんだか遠い昔にこんなことがどこかであったような気がしながら、買い物に行く母親が留守番をする子供に言い聞かすような口調のフレイスピアの話を聞き続けた。新堂はため息を吐きたい気持ちをこらえて、ポットから急須に湯を注ぐ。


「では行って来ます。新堂、くれぐれもその猫を甘やかし過ぎないように」

「そうだな。いってらっしゃい」


 頭を掻き毟りつつ、扉を閉めるフレイスピアを見送った。フレイソードと同行するということなので視力の低い彼女でも安心して行動できるのだろう。フレイアックスは顔を隠す必要があるが、彼もやはり一緒に行くのだろうか。

 現在時刻は午前六時。目を閉じて寝息をたてているフレイサイズがいる他は、平和なものだ。今のところは!

 自分達が追われる身であるということを、忘れてはならない。新堂はハンガーにかかっているメイド服を見た。血で汚れたそれは、非日常のものといえる。破れたところはフレイスピアが繕ったのか見事にふさがっているが、血の汚れは完全に落ちてはいない。ところどころ赤黒く汚れた白い前掛けが目に付く。

 新堂はもう一度眠りたかったが、我慢した。フレイサイズの寝ていない布団をたたみ、自分は作業服に着替える。自分達がここにいるということがわかれば、すぐにでもサイズウルフたちがやってくるだろう。

 フレイサイズの傷はほとんどふさがっているように見える。だが、それで無理をさせてしまった結果が昨夜の重傷だ。血が止まって傷が塞いだからといって、すぐにも無理をさせていいわけではない。やはりフレイソードの言うとおり、三日は安静にさせてやるべきである。たとえ彼女がすさまじい回復力をもっているとしても。新堂は湯飲みにお茶を注いで、飲んだ。

 チェックアウトまで四時間ほどある。とはいえ、朝食もなしでは。何か買いに行こうかと思うが、外出している間にフレイサイズが起きると面倒くさいことになるだろう。お茶請けにバタークッキーが置いてあるが、これだけか。やれやれと思いながらテレビをつけて、新堂はお茶を飲んだ。しかし、テレビを観ていても内容はほとんど頭に入らない。無駄に感じて、新堂はすぐに電源を落としてしまう。考え事をするのに邪魔だ。しかし今何かを考えようとすると、すぐに思考は自分の過去を求める方向に動く。そうするとすぐさま例の頭痛が彼を苦しめるわけであって、思考は中断せざるを得なくなる。結局何も考えられない。

 では何をしていようか、と思ったときにふと思いついた。コートのポケットを探って、書類の束を取り出す。これはフレイシリーズについての報告レポートだ。車のダッシュボードの中に入っていた、研究員のレポート。fs-01から05までの情報が載っている。04、05については内容を見たが、見落としがあるかもしれない。それに自分やフレイサイズのことについては目を通していない。その必要がないと思っていたからだ。今さらだが読んでみることにしよう。今後このような時間はとれないかもしれない。新堂はページをめくった。


『fs-01フレイダガー』


 やはり自分はフレイダガーの名称で通っているのだろう。新堂は詳細を追う。


『生体強化による身体への負担をできるだけ少なくするために、平時の戦闘能力はさほど高くないように調整した。有事には左腕の短剣を抜くことで身体能力の大幅な強化をすることが可能である』


 ここまでは新堂も知っていることだ。


『身体能力の強化については、生体強化ユニットに依存する。これは血液中の白血球を変化させることで生み出され、左腕の先にある貯蔵庫へ保管される。劣化した生体強化ユニットは順次血管中に戻され、貯蔵庫には常に質のよい生体強化ユニットが確保されることになる』


 このあと、生体強化ユニットの筋肉細胞強化についてその詳細が語られている。新堂はそれを流し読みし、自分に特に関係のありそうなところを探した。すると、最後にいくつかの注釈があった。


『ただし生体強化ユニットの働きは永久的なものではなく、二十分程度で効果はなくなる。短剣を抜いていれば効果は最大三時間持続するが、短剣が戻されればユニットの供給が止まるためである。また、動物実験の段階では生体強化を繰り返した個体はユニットの働きが悪くなることもみられている。恐らく免疫効果がはたらき、ユニットの働きを阻害しているものと考えられるが今のところそれがfs-01でどの程度の影響があるのかは不明』


 免疫。この言葉が新堂にやや重いショックを与えた。

 もしこれがfs-01、つまり自分に与えられた生体強化ユニットと変わらないものであれば自分にもこれが起こりうる。短剣を抜いても、強くなれなくなるということだ。これはまずい。自分は昨夜にサイズウルフを圧倒したはずだが、いつまでもその戦闘力は持続しない可能性がある。短剣を抜いての戦闘を繰り返すと、自分が弱体化するかもしれないとは。

 その後は戦闘訓練で想像以上の成果を挙げたとか、武器の短剣のリーチの短さは十分補うほどに素早く動けているので問題ないとかいったことが書かれている。最後まで、新堂の出自に関する記載はない。

 ここまで読んでも、新堂は『免疫』という言葉に衝撃を受けたままだった。すっかり自分に関する記述が終ってしまっても、まだ指がふるえている。かならず自分にも起こるとは限らないが、いつまでも施設側と対立をして戦闘を繰り返していると、弱体化によって不利になっていく可能性がある。ただし、それはあくまでも生体強化ユニットの働きが阻害されているだけのことなので、弱体化とはいっても短剣を抜く前の、今よりも弱くなることはない。新堂はそう思うことで自分の心をわずかでも落ち着けようとした。

 fs-01の記述を終えたレポートは、fs-02に関する記述を開始している。新堂はそれに目を落とした。


『fs-02フレイサイズ』


 写真が載っている。確かにフレイサイズだ。毛皮があるとはいえ裸身で、耳にタグをつけ、両手に鎌を握っていた。


『幾人かの人間と、数種の生物を組み合わせる形で生み出されたもの。容姿に色濃く反映されたものとしては人間、猫が挙げられる。骨格はほとんど人間でありながら、顔は猫に似る。嗅覚はするどく、興味深いものをみつけるとにおいを嗅ごうとする癖がある。新技術の応用で骨格、筋肉、腱に大きな力が与えられているが、知能はそのぶん犠牲となった。生み出されて以後、まともに言葉を発したところを誰も聞いたものがない』


 思わず新堂はフレイサイズの寝顔を見下ろした。朝日が差してくる中に、のんきに寝ている。寝息に合わせて胸が上下しているが、平和そのものといった調子だ。幾人かの人間と、数種の生物を組み合わせる形で生み出されたもの。想像以上におぞましい出自だ。この圧倒的な戦闘力を得るために何人かの人間が犠牲となっているのは間違いないのである。


『戦闘能力はすさまじく、戦闘訓練でも比類ない成績をたたき出した。おおむね命令にも従順だが、複雑な命令は理解できない。混乱した戦地においては投入するにあたり、味方を攻撃しないようによく言い含める必要がある。訓練に使用した大鎌は彼女自身が多くの武器の中から選んだものであり、本人は気に入っている。それ以外の武器は使わせようとしても拒まれる』


 そこまで読んだとき、フレイサイズの両目が開いた。がばりと上体を起こす。新堂は驚いて、寝るように促したが無理だった。フレイサイズはかぶりを振って、寝ようとしない。十分寝た、と言いたいらしい。

 本来なら無理やりにでも寝かしつけるべきなのだが、傷は縫合されているし、一応ふさがってはいる。前回はこの状態で散々歩き回らせた上に暴走族と大立ち回りもさせている。それでも傷は開かなかったのだから、今さら起き上がって部屋の中にいるくらいはどうということもないだろう。新堂は彼女を布団にしばりつけることを諦めた。


「まだ寝ててもいいのにな。茶でも飲むか」


 湯飲みにお茶を淹れて、フレイサイズに差し出す。猫舌だったらどうしよう、と新堂が思ったときにはフレイサイズは既にお茶を飲んでいた。心配はいらなかったらしい。あらためて見ると安全ピンで整えられているとはいえ、寝起きで浴衣は乱れている。しかし無頓着なフレイサイズはそうしたことを意にも介さない。全裸でも多分平気な顔をしているはずだ。しかし新堂はそういうわけにいかない。レポートを読むのは一度中断し、新堂はフレイサイズの着替えをすることになった。

 少しの間悪戦苦闘したが、フレイサイズにメイド服を着せこんだ。考えてみるとこの服装は異常に目立つが、他に服がないので仕方がない。白い前掛けだけでもはずしておけばそれほど不自然ではないかもしれないと思ったが、それをしようとするとフレイサイズが嫌がった。

 気に入ったのか、その服装が。

 新堂は自分が着ていた防弾コートを彼女に与えることを決めた。上から何か着なければならないだろう。

 ため息を吐こうとしてこらえ、新堂は再びレポートを開いた。


『知能の低さは、補いがたい。命令には従うが、その命令が複雑だと理解できない。捨て駒のように戦地に突撃させるには使えるかもしれないが、欲求に素直でもあり、敵に懐柔される可能性も低くないため、実戦投入は危険と思われる。言葉は発しないが、こちらの言うことはある程度理解するため、学習によって語彙を増やすことは可能と思われる。しかし現在の学習状況は遅々として進まず。覚えは悪い』


 散々な言われようである。


『しかし、それでも強力な戦闘能力を持っていることには間違いない。新技術の応用実験的な意味合いとしては成功といえる。知能低下の原因についてはいくつかの仮説が立てられているため、以下に記す』


 そこから後は、やや難しい理論で仮説が書き並べられていた。新堂には理解できない分野だ。

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