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第六話 スピアエルダー・前編

 ソードバイスを抱えたサイズウルフは、夜の街を駆け抜けた。

 腕の中にいるソードバイスは重傷を負っている。いかに肉体改造を受けた戦士であろうとも、手当てをしなければ命を落とす。ゆえに、彼を治療できる施設へ戻らなければならない。病院でも一応の手当てはできる。だが、できるなら人前に出ることは避けたかった。なぜならサイズウルフは毛皮を纏った半分獣のような姿をしているからだ。いくら服やフードで毛皮や耳を隠しているとしても、近くで見ればすぐに人間ではないということがわかってしまう。そうなれば余計な騒動が起こるだろう。

 結局施設へ戻らなければならないのだ。サイズウルフは車の運転には長けない。走るしかなかった。武器である大きな鎌を背中に、両腕にソードバイスを抱えて夜の闇を抜けていく。銀色の髪が風に揺れ、着込んだコートの裾がたなびく。。

 サイズウルフは自分の足で駆け抜ける。ソードバイスは腕の中で血を流している。彼は意識を失っていた。だがまだ生きている。それを確かに自分の腕で感じながら、身体能力を生かし、人目につかぬ場所を駆けていく。時間はかかる。少なくともあと一時間。それほどの間彼の傷を放置していいものか。サイズウルフは少し迷った。だが足は緩めない。駆けながら考える。

 走る速度を上げ、一気に裏通りから大通りへと飛び出した。人目にはつくが、ほんの一瞬だと思ったからだ。

 だが、その一瞬をとらえた者があった。


「ウルフ」


 声が落ちてきた。発見されたのだ。

 一体誰が自分を呼んだのか、声で察しはついた。だが、その相手はこのようなところにいるはずがない。

 サイズウルフは夜空を見上げた。どこから飛んできたのか、空から人影が舞い降りてくる。闇に浮かぶシルエットは華奢な女性のもので、背中には槍を負っている。刃には布を巻いているが、重量もそれなりにある凶器だ。

 やがてシルエットは人の姿に変わった。髪の長い女性である。ストレートに伸ばされた髪はまとめられず、そのまま胸の辺りまで落ちている。白い長袖のカッターシャツにくるぶしまである黒く長いスカートを着ていた。


「お前か、迎えに来てくれたのか」


 サイズウルフはこの女性を知っている。fr-03スピアエルダー。フレイスピアを基に作られた戦士だった。やや丸い瞳の、人好きのしそうな顔立ちである。

 目の前に着地し、軽く手を挙げて挨拶をした。


「ウルフ、怪我をしましたか? ソードバイスも。送りましょうか、あちらに車があります」

「ああ頼もうか」


 サイズウルフはスピアエルダーの言葉に頷いた。が、すぐに視線を戻した。腕の中にはソードバイスがいる。思いなおして、ソードバイスの身体を相手に押し付ける。


「いや、やはり私はいい。こいつだけ、施設へ送ってくれ」

「ひどい怪我ですね。施設まで届ければよろしいでしょうか」


 少し顔をしかめて、スピアエルダーはソードバイスの身体を受け取った。身体が動いたので傷が痛むのか、ソードバイスの顔が少し歪んだ。しかし、彼の体はしっかりとスピアエルダーの両腕に包まれる。


「彼をこれほど傷つけるとは、誰が?」


 問われて、サイズウルフは淡白に答えた。


「fs-02フレイサイズだ。では、頼んだ」


 立ち去ろうとするサイズウルフ。

 しかし、それをスピアエルダーは引き止めた。「待ってください。お渡しするものがあります」

 スピアエルダーはソードバイスの身体を膝で支え、片腕をポケットの中にいれた。すぐに小さな携帯電話を取り出し、それをサイズウルフへと手渡す。


「それを持っているように、とのお言葉です。本部との連絡はとれませんが、私たちとの連絡には役立ちます」


 そう言いながら、ソードバイスの身体を両手で抱えなおす。サイズウルフは受け取った携帯電話を開き、それをいじくりながら訊ねた。


「わかった。fr-04もこれを持ってるのか?」

「はい」


 頷くと、サイズウルフは露骨に嫌そうな顔をした。しかし、電話を返すということはしなかった。そのまま自分のポケットに押し込む。


「あまり気が進まないが、持っているとしよう。お前の番号は?」

「fr-01~04までの番号はすでにその携帯電話の中に登録されていますよ。私も持っていますから。怪我が治ったらソードバイスにも渡すようにおおせつかっています」

「わかった」


 サイズウルフはため息を吐く。それからすぐに踵を返し、闇夜の中に消えていった。別れの挨拶もない。

 その姿を見送り、スピアエルダーは振り返った。道の反対側には車がある。スピアエルダーは四車線の大通りの、反対側の端からここまで飛んできたのだ。跳躍、一階のジャンプで二十メートル以上は確実に飛んだことになる。それだけの身体能力を彼女はもっているのだ。

 しかしソードバイスを抱えているので、帰りは飛ばずに歩いた。

 乗ってきた車に近づいていく。この車は、とうに排気量制限にかかって生産中止になっているものだ。それだけのパワーがあり、スピードがでるということだが、運転者はスピアエルダーではない。運転席には既に誰かが座っている。スピアエルダーが車に近づくと後部座席のドアが開いた。運転者が腕を伸ばして開いたのだ。車の中に居るのでわかりにくいが、暗い紫に染められたショートボブの髪をしている。

 スピアエルダーは後部座席のドアを開いて、そこへソードバイスを寝かせた。自分は助手席に座り込む。


「悪いけれど、すぐに出してくれないかな」


 助手席に座り込んだスピアエルダーはそう言った。


「なんだ、随分派手にやられたんだね」


 そう言い放つ運転者。ルームミラーに目をやり、具合を見る。包帯は巻かれているようだが、すでに血に塗れている。

 運転者は紅色のルージュと、同じ色のアイシャドウをしていた。しかし化粧を決め込みながらも服装はパーカーにジーンズというラフなものである。とはいえ、その美貌を阻害するものではない。スピアエルダーも十分に男性をひきつける顔立ちをしているが、妖艶さという点においてはこの運転者が圧倒的に勝る。


「彼をこんなにしたのは、fs-02だってさ。ウルフはそう言っていたよ」


 スピアエルダーは運転者に対しては敬語を使っていない。だが、ぞんざいな言葉遣いと言うものではない。親しみある口調だった。


「はぁん、02って言ったらフレイサイズじゃないか。あの戦闘バカの元になったヤツなんだろ? そりゃまあバイスくんじゃ無理なわけだ」


 運転者も似たような言い方で応える。この二人は親密な関係にあることがうかがえた。


「うん、まあ。いざってときには彼の二の舞にならないように気をつけないといけないね。彼も出血がひどいから、斧子、とりあえず施設へやってもらえるかな」

「その呼び名なんとかならんかね」


 斧子、と呼ばれた運転者は苦い顔をした。アイシャドウをした目で助手席にいるスピアエルダーを睨んだが、彼女は動じていない。


「fr-04アックスツヴァイ、としっかり呼んだほうがよろしい?」


 そう訊ね返す始末である。運転者は何も言い返せなかった。何を言っても無駄な気がしたのだ。彼女はサイドブレーキを落とし、アクセルを踏み込んだ。

 何も言わずに車を走らせて、二十分ほどで施設へ到着した。土地勘がなく混乱したサイズウルフたちと違い、アックスツヴァイはこのあたりの地理を把握していた。とくにさしたる混乱もなく到着し、すぐさまソードバイスを研究施設に放り込む。研究員達は彼の治療のために叩き起こされ、すぐに集中治療が始まった。

 その間アックスツヴァイとスピアエルダーはすることがない。負傷の手当てに関して、専門的な知識を持っているわけではないからだ。素人が手を出していいところではなかった。ソードバイスの身体を預けると、彼女達は手持ち無沙汰になり、ぶらぶらと廊下を歩き出した。


「一応、上層部へ連絡しておかないといけないよね」

「そんなの私たちの仕事じゃないんじゃないか? あのわんこに任せときゃいいじゃないか」


 スピアエルダーの言葉に、アックスツヴァイは軽く反対する。治療に関しては彼女達の出る幕はない。施設の廊下を歩き、休憩室に入る。


「そうはいっても、ウルフは用事があるって飛び出していっちゃったんだから。それにソードバイスの怪我だって三日はかかるんでしょう? それを上層部に言わなければ」

「放っておきなって。余計なことしてなんか言われるのはあほらしいよ」


 休憩室に設置された自販機にコインを放り込み、アックスツヴァイはコーヒーとオレンジジュースを買った。自分はホットコーヒーを手に持ち、オレンジジュースはスピアエルダーに渡す。


「ありがとう」

「あんたはさ、なんでも真面目にやりすぎるんだよ」


 そう言いながら、コーヒーに口をつけた。熱く苦い液体が舌を暖める。


「それって、私が馬鹿正直ってこと? 斧子」

「そうじゃないよ。もう少し、楽にしたって罰は当たんないんじゃないかって言ってんの」


 スピアエルダーとしては十分、楽にやっているつもりである。しかしそれをアックスツヴァイに言うのはやめておいた。紙パックのオレンジジュースにストローを刺して口をつける。


「楽にやるとかの問題じゃなくてさ、意識の問題だと思うんだけど」

「だったらあいつの傷の具合を、わんこに教えてやんなよ。それを上に報告するかどうかはあいつに任しとけばいいさ」

「あ、なるほど。それいいね、そうするよ」


 名案だとばかり、アックスツヴァイの提案にのる。指を鳴らし、スピアエルダーが携帯電話を取り出した。電話帳一覧からサイズウルフを呼ぶ。二回コールするだけで相手は呼び出しに答えた。


「ウルフ、大丈夫ですか? ソードバイスは完治まで三日ほどかかるそうです。上への連絡はまだしていませんよ」


 サイズウルフは受話器の向こうで、やや間を置いてから答えた。


「わかった、こっちから上へは連絡する」


 それだけ言って、通話を終えようとするサイズウルフ。だが、スピアエルダーはそれを押しとどめる。


「待ってください。フレイダガーたちはどうなったんです? 接触したのでしょう」

「あっちの損害はfs-02が負傷しただけだ。手を出すなよ」


 尚もスピアエルダーは質問を重ねようとしたが、通話は切られた。


「なんだって?」


 アックスツヴァイはコーヒーを置いて訊ねた。


「フレイサイズが傷を負っているんだって。たぶん、それでウルフは彼らを追跡しようとしているんじゃないかな。今がチャンスだと思って」

「ああ、fs-01とfs-02以外は大したことないって話だからね」

「そうだとしたら、うまくいくといいけど。ソードバイスみたいに怪我する人が増えたらかなわないし」


 あれほどの出血、あれほどの傷。さぞ痛かったことだろう。スピアエルダーはそう思う。

 戦闘訓練でもっとひどい傷を受けたこともあるが、それでも痛いことには違いない。自分の痛みは我慢できるが、他人が痛みをこらえているさまは耐え難い。


「ふん、じゃああんたはあのわんこがフレイダガーたちを皆殺しにしちまえばいいって思ってるんだ」

「そうは言ってないよ。誰も死んで欲しくないけど、でも」

「上からの命令がなんだったかしんないけど、彼らはそれに対して反抗して脱走したんだから、仕方がないんじゃない? そう割り切れないの」


 アックスツヴァイは頬杖をついて、横目でスピアエルダーを見る。彼女は黙って、下を向いてしまった。同じ施設で研究対象とされた戦士。そう考えれば数少ない仲間であるはずなのだ。その仲間が同じ仲間に殺されようというのに、仕方がないと割り切ることが、どうもできそうにない。考えると、胸の辺りがしくしくと傷むような気さえするのだ。

 結局、スピアエルダーは思考を続けることができない。ちらりとアックスツヴァイを見て、こう言った。


「斧子。私、シャワー浴びて寝るよ」


 少し青ざめた彼女の表情を見て、さすがのアックスツヴァイも少しからかい過ぎたと感じたが、もう遅い。少々彼女は繊細すぎる。


「そうだね、そろそろ休もうか」


 ジュースの紙パックとコーヒーのカップを片付け、少しだけ後悔しながら立ち上がる。スピアエルダーは、戦士に向かない。優しいという性格が強調されすぎている。彼女と共にいることの多いアックスツヴァイにはそれがよくわかっているが、それを矯正するような力はなかった。

 アックスツヴァイには、それを理由としてfr-03が廃棄処分にならないように祈ることしかできない。



 携帯電話を仕舞いこむと足を止めた。逃げ足の速い奴ら、もう見つからない。

 おまけに、自分は堂々と街中を走り回ることができない。人目をできるだけ避ける必要がある。人に聞き込むということができない上に、車もつかえないのでは奴らに遅れをとるばかり。

 サイズウルフは小さく息を吐いた。どうにかしてfs-02にとどめを刺さねばならない。だが無理だ。彼らを探し出すだけでも相当な手間がかかる。自分だけでは。協力者が必要だ。ソードバイスが大怪我をしたのはある程度自分の責任でもあるが、他の人材を求めなければならない。適任はスピアエルダーだろう。アックスツヴァイも能力だけを見れば十分だが、彼女は性格に問題がありすぎる。それに自分とはウマが合わない。はっきり言ってしまえば、嫌いだった。

 ひとまず、施設へ戻ろう。サイズウルフはそう思った。夜の闇に姿を隠し、再び施設へと急いだ。

 こんなことならスピアエルダーと一緒に戻っていればよかった、と思う。

 急いで戻ったが、かなり時間がかかった。

 施設へ到着すると、内部はかなりあわただしかった。深夜であるにもかかわらず電灯のついた部屋が多く、あちこちを走り回っている研究員さえ見える。多分、fr-02の手当てでもしているのだろう。それらの喧騒を尻目に、すぐにサイズウルフは通信室へ向かう。まずは経過報告をしなければならない。

 通信室に入るなり、ドアを叩きつけるように閉めて通信回線を開いた。

 真夜中だが、いつでも上層部は誰かが待機している。と、教えられている。遠慮はいらない。


「失敗です、fs-04、05ともにフレイダガーらと合流しました。戦闘となるも、ソードバイスが重傷を負ったために追跡困難となり、退却しました。詳細は報告書にまとめる予定でいます」

「報告書はいらぬ。引き続きfs-01、02、03、04、05の追跡をせよ」

「発見後はいかがいたしましょう」

「抹殺するか、捕獲せよ。殺した場合も死体は持ち帰れ」


 上層部は淡々と答えた。いつもこの上層部からの声は声色が変わらない。機械を通しているからだろうか。何人か交代でいるはずなのに、いつ繋いでも同じ声にしか聞こえない。

 その疑問を常々不思議には思うが、解決しようとは思わなかった。サイズウルフは話を続ける。


「了解。ソードバイス負傷のため、運転役がいなくなりましたが、補充はありますか」

「fr-03、04を使うがいい」


 fr-03はスピアエルダーであり、fr-04はアックスツヴァイである。予想通りの答えだったが、サイズウルフは顔をしかめた。スピアエルダーはともかく、アックスツヴァイはまともに自分の命令を聞くとは思えない。


「欠員は一名なので、補充も一名で十分です」

「fr-04と行動するのは嫌か」


 理由をつけて、アックスツヴァイに手伝わせるのを避けようとするが、上層部は自分と彼女の不仲を知っているらしい。知っているのなら同行させようとしないでもらいたいものだ。そう思いながらサイズウルフは返答する。


「彼女を嫌っているわけではありません。ただ命令が遂行されなければ連れていても意味がありませんので」

「だがいつまでもそうやっているわけにもいくまい。それにfr-04のほうでもお前を嫌っているつもりはないらしい」

「いいえ、そんなことはありません。彼女は私を『わんこ』と侮蔑しています」


 少々意地になって、そう言った。自分でも少し子供臭いことを言ったとは思ったが、言ってしまった言葉は引っ込められない。

 訂正しようと思ったが、それより早く上層部が返答した。


「それほどいうならfr-03だけを連れて行くがいい。だがこちらとしてはfr-04に待機命令は出さない。彼女のがどのような行動をとろうとも、お前はそれを止められぬ」


 現在、スピアエルダーとアックスツヴァイは自由行動を認められている。彼女らは人間とほぼ見分けのつかない容貌であるし、特に今、彼女らをかりたててすることもなかったからである。調査や研究は無論続けられるべきだが、新堂たちのように監禁してまでも行うような必要はない。つまり、スピアエルダーだけを連れて行こうとしても、それにアックスツヴァイが同行するのは自由ということである。二人の仲のよさから、恐らく二人とも連れて行くことにはなるだろう。また、勝手にスピアエルダーを連れ去っても、強引にくっついてくるに違いなかった。

 待機命令が上層部から出れば事情は違うだろうが、それはしないという。そこをなんとか、とお願いするだけの図々しさはサイズウルフにはない。


「それは彼女の勝手です」


 このあたりで妥協すべきだ、と考える。サイズウルフは頷いた。


「では好きにせよ。状況の変化があればまた連絡したまえ」


 通信は終った。回線を閉じ、サイズウルフは部屋を出る。不満な点はあるものの、命令は下された。引き続き、フレイダガーたちを追わなければならない。あてはないが、とにかく探し回る必要がある。

 それにあたって、スピアエルダーの力を借りることができる。彼女はどこにいるのか。

 休憩室に行ったが、姿が見えない。舌打ちをしたが、そこで携帯電話の存在を思い出した。

 すぐにスピアエルダーの番号を検索し、コールする。五回ほどコールした後、繋がった。


「はい、はい。何の、御用でしょう」


 ひどくのんびりとした、眠そうな声である。どうやら仮眠していたらしい。好都合だ、とサイズウルフは思う。当然、アックスツヴァイも眠っているはずだからだ。


「命令が出た。怪我をしたソードバイスの代わりに、私と一緒に来てもらいたい」

「ええ、今からですか? 今やっと眠ったところですごく、疲れているのですが」

「しかし命令だ」


 そう言うと、諦めたようなため息が聞こえてきた。かわいそうだな、とは思わなかった。これは命令なのだから。


「仕方がありません。行きましょう、ただその、運転までに少し時間をもらっても構いませんか。即座に出発すると、恐らく居眠り運転をしてしまうでしょう」

「ああ、こっちは休憩室にいる。来てくれるか」

「はい、ではまた後で」


 そこでふと思い立って、サイズウルフは念を押した。


「アックスツヴァイは起こさないでいいぞ」

「待機命令ですか?」

「待機命令は出てないが、あまり会いたくない」


 スピアエルダーに隠しても意味がないので正直に言う。すると、少し笑ったような声が聞けた。


「仕方がないですね、仲がいいのもほどほどにしてください」


 通話は切れ、サイズウルフは携帯電話を仕舞いこんだ。ほどなくして、休憩室へスピアエルダーがやってくる。寝巻きのままだ。ピンク色のパジャマ上下に、うさぎの形をしたスリッパを履いている。いずれも少しサイズが大きいらしく、服に着られているような印象を受けた。


「おはようございます、ウルフ。コーヒーを飲む間、少し待ってくださいね」


 本来、コーヒーの苦味が大嫌いだというスピアエルダーだが、あまりの眠気にカフェインをとらざるを得ないらしい。が、そのくらいのことで心を痛めるようなサイズウルフではない。


「先に着替えてきたらどうだ」


 緊張感のない服装なので、気が殺がれる思いがする。サイズウルフがそう言うのも当然のことだった。


「着替えの途中で寝てしまうかもしれません。それに、アックスツヴァイにさとられるとまずいのでしょう」


 スピアエルダーはのんびりとそう言い放ち、小銭でカップのコーヒーを買い、できてくるのを待つ。それを彼女は時間をかけて飲み、一旦着替えに引っ込み、ようやく準備を整えて姿を見せた。ゆったりとした印象があるが、それでも十五分とかかっていない。そこはさすがに戦士なのだろう。


「行きましょう、車のキーはありますか」


 今度は黒いブラウスに白いスカートだった。一時間前に外で見た姿と、服の上下の色が変わっただけだ。

 キーを渡して促す。スピアエルダーは長い髪とスカートを揺らして歩き出した。その服で車の運転をするのか、とサイズウルフはやや不安になるが、ソードバイスは寝ているし、アックスツヴァイとは会いたくない。彼女しかいなかった。


「しかし、少しの間はいいですが、休憩をくれるのでしょうね。コーヒーもあまり好きではないですし、睡眠時間が足りないと集中力は落ちます」

「わかっている」

「本当ですか?」


 念を押してくるスピアエルダーに、サイズウルフは頷いた。当然である。事故でも起こされてはサイズウルフも困る。

 ソードバイスが乗ってきた車は、かなり遠くに乗り捨てたままだ。それの回収は施設の研究員にでも任せればいい。スピアエルダーが持っているキーは、この研究施設支部の所有する車のキーだ。燃料も十分に入っている。

 サイズウルフはこのキーをスピアエルダーが準備をしている間に施設から借り受けていたが、どこに停めてあるのかまでは知らなかった。そのためにスピアエルダーに先頭を歩かせている。

 歩き続けるスピアエルダーは建物を出た後も歩き続けた。敷地を出てしまう。施設内の駐車場ではないらしい。

 外部の駐車場に停めてあるのだという。五分ほど歩いて、ようやく車が見つかった。

 その車の隣に誰かが立っているのが見えて、サイズウルフは顔をしかめた。誰なのかがわかったからである。


「内緒でお出かけ? 私もついていっていいかしら」


 アイシャドウとルージュもそのまま、メイクまできめたアックスツヴァイがいる。手には車のキーを握っていた。

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