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第五話 ソードバイス・後編

 新堂たちは宿を探している。五人という人数は、車の中で寝るにしても辛いということもその理由の一つに挙げられる。フレイサイズも怪我のこともある。野宿や車の中での休息は無理だと考えられた。落ち着ける場所が欲しい。

 街中を急いで歩き回って探した結果、ビジネスホテルを二部屋、それが限界だった。素泊まりで一万円以内に収まる。だが問題は動けないフレイサイズのことだ。丸三日は彼女を休ませなければならない。そして休ませるということが非常に難しかった。

 ホテルにチェックインして、二つの部屋に五人が分かれてからその問題は発覚する。

 フレイスピアとフレイサイズは同じ部屋に入った。視力の悪いフレイスピアはまず抱えているフレイサイズを寝かせた。それから半分手探りながらも風呂やトイレが部屋についていることを確認し、フレイサイズの治療のために彼女の服を脱がせた。血に濡れたブーツも洗わなければならない。

 新堂たちにも手伝ってもらいたいという気がしないわけではないが、女性に任せようという彼らの気持ちもわからないわけではない。フレイスピアは黙って彼女の傷を診た。

 縫合が破れてしまって、出血が激しい。とりあえずのために巻いた包帯はすでに血に濡れていた。アルコールで消毒したくらいでは、不安がある。が、それ以上の手段を思いつかない。多分痛むだろうと思ったが、消毒液を傷口にかけた。あおむけに寝かされているフレイサイズは尻尾を小さくふるわせるが、無言だった。

 もう一度縫合のやり直しだ。熱湯で消毒したタオルを使って血をぬぐいながら、フレイスピアは丁寧に傷を縫っていく。血に染まったメイド服は、どう洗濯しても元の色には戻らない。それと同じように、フレイサイズの毛皮についた痛々しい血の色は、タオルで拭うくらいではおちないだろう。内臓が傷口から飛び出していないのは幸運といえる。ひとまず被害は筋組織まででとどまっている。内蔵を損傷していたり、骨まで斬られていたりしたらもうフレイスピアの手には負えない。

 風呂を沸かしたてて、フレイサイズはメイド服を洗う。熱湯で消毒をすることさえもした。必要があったのかはわからないが、フレイスピアは自分にできることはやっておこうと思っている。自分のことは後回しだった。

 部屋のクローゼットをあけると浴衣があった。清潔そうなそれを引っ張り出して、傷口を包帯で巻いたフレイサイズに着せこむ。脇腹に傷を負っているので帯は緩めに巻き、安全ピンで固定した。

 ひとまずこれでよし。

 フレイスピアは息を吐いて手をやった。

 しかし、治療がようやく終ったと思った途端、フレイサイズは起き上がろうとする。あわててフレイスピアはそれを押しとどめた。今立ち上がられれば、腹部の傷がまた開く。


「大人しくしてください、フレイサイズ。傷が開きます」


 しかし、その言葉もあまり効果がない。何を求めているのか、とフレイスピアは考えた。食べ物? それとも水?

 懸命な彼女はすぐにそのどちらでもなさそうだと気付く。とにかく彼女をなだめなければならないと思う。フレイスピアは新堂がよくそうするようにフレイサイズの頭を撫でてやろうとした。が、伸ばした手は振り払われた。



 二人がいるその隣の部屋には、新堂とフレイアックス、フレイソードがいた。彼らは浴衣に着替えて、テレビを眺めていた。

 しかしテレビの内容など全く頭に入らない。全員が先ほどの戦闘と、フレイ・リベンジについて考えていた。考え出すときりがない、その深みにはまっている。

 それぞれが違うことを考えているが、やがて新堂が立ち上がった。急須に湯を注いで、茶を淹れる。


「新堂、少し」


 フレイソードが声をかける。新堂は振り返って彼を見る。


「どうした」

「サイズウルフとの問答を覚えていますか?」

「問答をしたのか、俺が」


 新堂は短剣を抜いてからの記憶が定かではない。しかし、フレイソードはお構いなく質問を投げた。


「あのとき、施設に対して復讐をすると言っていました。それは本当なのですか。調査ではなく、破壊と復讐を目的に行動されるおつもりだったのでしょうか」


 サイズウルフがトイレの屋根に上ってからの問答だった。新堂は短く、簡単に答えていたが確かに施設に対して攻撃をかけるという回答をしていた。


「俺が? そんなことを言ったのか」

「間違いありません。おそらくフレイスピアも聞いているでしょう」

「そうか。なぜだろう」

「なぜだろう、ですって?」


 フレイソードが顔をしかめる。フレイアックスは表情を変えず、テレビをまだしつこく眺めている。


「新堂、貴方は二重人格なのではありませんか」

「その可能性はある」


 新堂は否定もせずに頷いた。何しろ、どういう改造をされていても不思議でないのだ。記憶を消されているし、頭の中身もいじくられていたとしても何も不思議なところはない。

 記憶が曖昧になっている間は、別の人格がこの身体を使っているのだと解釈すれば、辻褄が合う。


「もしそうだとしたら、今の新堂は最初に出会ったときの人格なのでしょうね」

「それは信用してもらうしかないな」


 ため息を吐きながら新堂はそう言った。フレイソードはしばらく新堂の顔を見ていたが、やがて大きなため息をついて疲れた顔をしてみせた。それから自分にもお茶をくれと言う。新堂は湯飲みに茶を注いで、フレイソードに渡してやった。


「大体、なぜfr-01やfr-02が存在しているのでしょうか。それも、あれほどに確立された存在として、戦力として」


 湯飲みを受け取りながらフレイソードがそう言った。


「ありえない、と言いたいのか」

「そうです。辻褄が合いません」


 言いながら茶に口をつける。ほどよい苦味がフレイソードの咽喉を落ちていく。飲み干して湯飲みを置き、彼は言った。


「今までに得た情報から考えると、試作品の完成にもあと半年はかかりそうなのに」


 新堂はバタークッキーの袋を開けながら答える。


「ではその、『今までに得た情報』のうち、何かが間違っているのだろう。前提にされている情報よりも、俺は自分の目で見たものを信じる」

「あ、いいものがあるんですね」


 お茶請けにバタークッキーが用意されていることを知ったフレイソードも、個別包装されたそれを一枚とって、袋を破った。

 新堂はたまには日本茶も悪くないと思いながら、湯飲みの中のお茶を飲む。好物である缶コーヒーにはない風情がある。隣にいるフレイソードはバタークッキーを口に入れて、話を再開した。


「確かに前提条件よりは、結果として自分の目で見たものを信じるべきでしょう。しかし、frシリーズの進捗状況という情報が間違っていたとして、なぜそんなことになったのですかね」


 新堂は唸った。いくつか理由は考えられる。


「そうだな、例えばただのレポートの誤植か、担当者の錯誤。そういう理由も考えられる。あるいはプロジェクトの途中で新技術が発見されて、それの導入によって大幅に時間が短縮されたとかってこともあるだろう。しかしその理由自体はあまり問題ではないと思う」

「確かに、そうですね。今はその理由よりも、frシリーズが存在しているという事実のほうが重いですし」

「そうだ。そしてこれはつまり、現存するfrシリーズが二体だけにとどまらない可能性を示唆している。フレイシリーズが05までしか存在しない以上、コンセプトとしてそれを基にして作り直しているフレイ・リベンジも05までしか存在し得ないが、すでにfs-05フレイアックスが存在している以上、fr-05も存在していておかしくはない」

「恐ろしい話ですね」


 フレイソードは口元に手をやった。


「最大で五体、すでにフレイ・リベンジが完成しているというわけですからね」


 フレイアックスが視線を戻して、フレイソードを見た。


「それはただの想像に過ぎない」


 新堂はあながち想像ではすまないだろうと思ったが、それは言わずにおいた。フレイソードが反論をする。


「だがソードバイスと名乗ったアレがいる以上、お前のデータを基にしたフレイ・リベンジが既に存在していないとは限らないぞ」

「そうだな、それはあるかもしれん。しかしそうした証拠もない。勝手に想像して騒ぎたて、不安になるさまを疑心暗鬼という」


 フレイアックスは冷静にそう言い放った。決して今の状況を楽観視していいと言っているわけではなさそうである。新堂が彼の言動を考察する。その結果を要約すると、彼はどうやらフレイソードに少し落ち着いて対策をたてよと言いたいらしい。

 しかしフレイソードには通用しなかったのか、彼はため息を吐いて首を振る。


「しかし、フレイアックスのフレイ・リベンジとはね。フレイサイズのリベンジがサイズ『ウルフ』で、私のリベンジがソード『バイス』だった。フレイアックスの場合アックスダークとか、そんな名前になるのでしょうか」


 そんなどうでもいい話をしながら、彼は既に敷かれている布団へともぐりこんでしまった。もう何も話す事はない、というわけであろうか。


「もう寝るのか?」


 新堂はそう訊ねた。


「明日も早いですから、もう寝ます。新堂はゆっくりなさっても結構です」

「眠れなければ、絵本でも読んでやろう」


 からかうような新堂の言葉だったが、ふとその言葉を聞いてフレイソードは顔をあげた。


「新堂、あなたは結婚していた?」

「何」


 怪訝な目を向ける新堂、真面目に問うフレイソード。


「いえ、そういう可能性もあるということです。そもそもその『新堂』という名も、どこからもってきたのですか」

「これは本名だ。そう教えられた」

「教えられた? 施設の研究員にですか。それが真実だとどこに証拠が」

「証拠はない、だが記憶もない。フレイダガーと呼ばれるよりは人間らしい名前で呼ばれたかった、それだけだ」

「そうですか」


 フレイソードは再び布団の中に入った。


「それで、奥さんの名前は?」

「ああ」


 新堂はそう言って、それからすぐに思い出せないことに気がついた。


「うん、思い出せない」

「それは、つまり。結婚していたことは否定しないわけですね」


 フレイソードの声が聞こえる。だが、新堂は返答できなかった。

 確かに、ごく自然に妻の名を口にしようとした自分。習慣づいていたような、その思考。その名こそ記憶にないものの、懐かしいような感触がある。

 俺は、妻子ある身だったのかもしれない。

 そう考えた、側頭部が痛む。ずきりと内部から痛んだ。自分が自分の過去を探ろうとすると、なぜか頭が痛む。新堂は痛む頭に手をやり、顔をしかめてこらえた。

 これは恐らく、俺に過去を知られると困る施設がそういう処置をしたのだろう。では、なぜ俺が過去を知ることを恐れるのだ。実験動物同様の扱いをされていた俺が二心を抱こうとも、別に施設は困らないではないか。

 考えを進めると痛みは激しくなる。新堂は呻き、思考を中断した。

 これ以上考えるのは無理だ。

 


「新堂、やはり貴方でなければならないようです」


 少ししてから、フレイスピアが部屋にやってきてそう言った。

 全くフレイサイズが大人しくしないという。彼女の話では、フレイサイズは新堂のところへ行こうとするらしい。仕方がないので新堂はフレイサイズの部屋に行くことにした。彼女の負傷が治らないのであれば、三日間も彼女を安静にさせる意味がない。


「しかしできれば今日だけにしてもらいたいな」


 すでに眠ってしまっているフレイソードの横を通り、新堂は部屋を出た。フレイアックスは興味なさげにテレビを眺めている。新堂がフレイサイズの様子を見に行くと告げたときも、一瞬だけ彼に目を向けてわかったと言っただけだ。本来、寡黙なのだろうと思っている新堂は深く追求せずにおいた。

 隣の部屋に入ると、すぐにフレイサイズがいた。立ち上がっている。あれほどの重傷だったにもかかわらずだ。

 なんて頑丈な身体なのだろうか、と新堂は思った。しかし、傷が癒えているわけではない。無理をしているだけに過ぎない。

 彼の顔を見て安心したのか、フレイサイズは大人しい。新堂は彼女の頭を撫でた。されるがままに、フレイサイズは髪をくしゃくしゃにされている。新堂に身体を押し付け、彼を独占しようとさえした。

 なぜここまで懐かれるのか、新堂には覚えがない。ビーフジャーキーをあげたことだけが原因ではないだろう。

 しかし悪い気はしなかった。新堂はフレイサイズを布団へ誘導し、そこへ寝るように促した。そうしておいて、自分はその枕元に座る。彼女は完全に落ち着いていた。借りてきた猫のように大人しいが、実体は新堂にべたべたと甘えているだけだ。


「しかし新堂、あまり甘やかさないで下さいね。今回のことも、それが一因だと受け止めてもらえればと思います」


 フレイスピアは小声でそう言い、少しはなれたところに座った。どこで買ってきたのか、新しいイヤホンをとりつけてラジオを聞いている。


「別に甘やかしているつもりはないんだが。猫をいじくりまわすのは誰でもやることだろう」

「その猫は特別なんです」


 フレイスピアの言葉は、確かにいくつか事実だった。フレイサイズは特別な猫だし、新堂は少し彼女に甘い。貴重な戦力なのだから仕方がないといえばそうなのだが、フレイスピアは少しやりすぎだと見ている。

 新堂は時折フレイサイズの頭を撫でて、彼女を落ち着かせている。やがて眠ってくれることを期待しているのだが、なかなか眠りに落ちない。新堂は手持ち無沙汰になりつつあった。目を閉じながらもなかなか眠りにつかないフレイサイズから目を上げれば、フレイスピアの姿がある。

 浴衣を着た美人なのだが、フレイスピアはラジオを聴いている。こちらの視線に気がついたのか、彼女はイヤホンを外してこちらへやってきた。


「助かります、新堂。退屈でしたら、少しお話でもしませんか」


 そういいながらフレイスピアが新堂の隣に腰を下ろした。新堂は小さく頷く。フレイサイズが新堂をとられると思ったのか、手を伸ばして彼の浴衣の裾を掴んだ。大丈夫だと言うかわりに、新堂はフレイサイズの頭を撫でる。こうした態度をとるから、彼女に甘いと言われてしまうのかもしれないと思いながら。

 フレイスピアは浴衣姿である。一度風呂に入ったらしく、石鹸のいいにおいがした。女性のにおいだな、と新堂は思う。化粧水のにおいかもしれない。


「そう見つめないで下さい。それとも私をお求めですか」


 目は見えなくとも見られていると感じるのか、そんなことを言う。新堂はあわてて目をそらし、手で制した。新堂も男であるが、そのように節操のないことはできない。


「自制心がありますね、新堂は。私も安心して休むことができます」

「寝るのか」

「忙しくなるでしょう、明日は。それに備えて早めに休むつもりです」

「明日も、明後日も一日中、こうしてフレイサイズをおさえつけておけというんじゃないだろうな」

「わかっているなら話が早いですね。新堂、私たちは買出しに出たり情報を集めるために外出しなければなりません。あなたはフレイサイズの怪我を治すためにもここにいたほうがいいと考えます」


 そういいながらフレイスピアは何か取り出した。缶コーヒーだった。それを新堂に差し出す。


「どうぞ。お好きなのでしょう」

「よく知っているな」


 新堂は缶を受け取り、開けた。一口飲んで、息を吐いた。甘い。隣を見ると、フレイスピアは缶のカフェオレを飲んでいる。ホテルの自販機で買ったのだろう。


「さっきフレイソードと話をしていたんだが、彼が言うには俺はここに来る以前に結婚をしていたのではないかというんだ」

「ええ、ありえないことではないでしょうね」


 フレイスピアはそう言い、見えない両目に手をやった。新堂は言葉を続ける。


「しかし、それを考えると俺の頭は強く痛む。頭痛がして、考えが進められない」


 ちくちくとやってくる頭痛をこらえながら、そう言った。


「私にそれを考えてくれ、と言うのですか?」

「いや、過去を詮索されるのが嫌でそうした処置を施設がしたのだろうということは、わかる。だが、なぜなんだろう」

「なぜとはどういうことです」


 フレイスピアがカフェオレを飲む。新堂は隣にフレイスピア、足元にフレイサイズがいるということを確かに感じながら、家族があるのならこういう感じだったのだろうかと考えていた。そして彼はそれに近い充足を覚えている。左に妻、右手に手のかかる子供のいる感覚。もっとも、今のところフレイスピアやフレイサイズに抱いている感情は、妻に抱くものとも子供に抱くものともまた違ったものであるが。


「たかが一個人の過去だ。半生。それを封じなければならないというのは、どういうことなんだろうか。そんな処置をして、誰が得をするんだろうか」

「ならば新堂、あなたの過去は施設の存在を揺るがすほど重大な何かに関わっているか、もしくは施設の重要人物の私怨を買っているかのどちらかなのでしょう」


 簡単にフレイスピアが答える。どうにも、簡単に答えを出しすぎると新堂は思った。だが、一応その意味を問う。


「というとつまり、どういうことだ」

「新堂が施設の立ち上げに関わった重要な人物の息子であり、重大な秘密を知っている。しかし新堂は施設の創立当初からその方針に反対していて、煙たがられていた。ゆえに始末されて、記憶を消されて過去を知ろうとすると頭痛が起こる処置をされて実験に使われるようになった。などということが考えられるということです」

「なるほど。そういうことも考えられるな」


 新堂がそう答えると、フレイスピアは飲み終わったカフェオレの缶を置いた。


「いずれにせよ、新堂には時間がありますから。過去を考えると頭痛が起こるのなら、今は考えないほうがいいでしょう。今はフレイ・リベンジのことと施設から情報を得ることを考えなければなりませんから」

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