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第五話 ソードバイス・中編

 衝撃にソードバイスは吹き飛ばされる。真横に。彼はぶざまに地面に倒れこんだ。彼に打ち込まれたのは刃ではなく、柄だった。ゆえに、その衝撃はソードバイスのみに留まり、フレイスピアが打ち据えられるということはなかった。これがフレイサイズの計算だったのか、それともただ間違えただけなのか、ソードバイスにはわからない。

 吹き飛ばされたソードバイスに抱えられていたフレイスピア。彼女は剣を当てられていた首に軽い切り傷を負っているが、気管や動脈までは達していない。すぐに敵のそばから脱出し、フレイソードに迎えられた。

 味方ごと吹き飛ばすという荒業を敢行したフレイサイズは、倒れこんだソードバイスにトドメを刺すため、さらに彼に接近した。心臓に鎌を突き刺せばそれで終了だ。しかし、ソードバイスも吹き飛ばされたくらいでいつまでも倒れてはいない。すぐさま身を起こし、振り下ろされようとしている鎌を剣で払いのけ、体勢を整えた。

 フレイサイズは弾かれた鎌を持ち直して振りかぶり、敵の起き上がるさまを見届けきらぬうちから大きく足を踏み込んで鎌を振るった。まるでピッチャーが全力投球をするときのようにすさまじい振りかぶりで、それに見合う速度と破壊力があるものと思われた。ソードバイスはこれを受けざるを得ない。かわす余裕がなかった。

 踏み込んだ左足に力を込めて、腰の回転で鎌を振るう。力強い動きに傷が開き、鮮血がメイド服を染めた。だが、フレイサイズは意にも介さない。大気を切り裂き、鎌の刃がソードバイスを襲った。

 ソードバイスは疾風のような動きで剣を引き戻し、鎌を防ごうとする。だがその剣と鎌がぶつかり合った瞬間、圧倒的な速度と重量により、剣が折られた。剣を砕いた鎌はそのまま突き進み、ソードバイスの胸元を深く裂く。胸骨をも何本か砕いたに違いなかった。


「むぐっ」


 ソードバイスは激しく呻いた。裂かれた胸と口元から血を吐き、よろよろと後退する。折れた剣を手に、彼はふらふらになっていた。フレイサイズの鎌はなんともない。刃は肉厚で頑健なつくりであるし、フレイサイズの無茶苦茶な膂力で振り回されてはいるものの、それによく追随して頑張ってくれている。今だに、刃こぼれらしいものは見受けられない。

 とんだ化け物だな、とソードバイスは思う。少し侮りすぎたかもしれない。新堂も、フレイサイズもだ。他の三人は有象無象の、雑魚だと看做していい。彼はそう考えたが、前々から彼が得ていた情報の通りのことでもあった。フレイシリーズはフレイ・リベンジシリーズに比べて能力的には劣るものがある、そしてfs-01とfs-02はその中でも突出した戦闘能力を持つということである。それにしてもまさか、自分がその二人のどちらにも勝てないとは考えられなかった。

 彼は悔しいと思う。負けず嫌いな性格でもあった。

 そして彼はすぐに気付いた。追撃がこないことに。

 フレイサイズの実力なら、すぐに追撃をかけてこの自分にとどめを刺すことができるはずだ。なのに、それをしないということは、それが不可能な状態にあるということに他ならない。ソードバイスは手足から抜けていく力をなんとか押しとどめ、地面に膝を突きながらも目の前の猫を見つめた。

 フレイサイズは無表情で立っている。脇腹から血を流し、肩から血を流し、あちこちに切り傷をつくり、出血しながらも立っている。尻尾は垂れ下がり、ぴくりとも動かない。

 動かないのではなく、動けないのだ。ソードバイスはそう判断した。だが自分も動けない。この状態でフレイソードたちを相手にすることは、できない。

 ふざけやがって、と言いたいが声がでない。唇の端から血がこぼれて落ちる。彼は膝立ちの姿勢を崩さないように無意識に力を込めながら、折れた剣を構えていた。放さない。

 フレイサイズは動かない。その服の、白い前掛けや紺色のワンピースに赤黒い染みがじわりと広がっていく。出血が止まらない。スカートの端から、地面へと赤いしずくが落ちていくさまさえ、いずれ見ることが出来るだろう。にもかかわらず、彼女は動じていない。ただ、鎌を両腕で支えてソードバイスを見ていた。


「ソードバイス!」


 声を放ったのは、フレイスピアだった。彼女は槍を構え、自分の咽喉にできた傷を少し気にしながらも、しっかりと敵を見据えている。その脇にはもうわずかの油断もないフレイソードとフレイアックスがいる。


「降参なさい、戦力差は圧倒的となりました」


 その声に冗談じゃない、とソードバイスは思う。そうだ、まるで冗談ではない。何故この状況で降参などしなければならないというのだろう。俺はフレイサイズを戦闘不能に追い込んだ。自分も深く傷ついたが、想定の範囲内ではある。彼は一人でない。サイズウルフがいる。そのサイズウルフは、圧倒的な実力の持ち主。

 彼女がいれば、ここからの逆転はある。新堂さえ何とかしてしまえば、ミッションは達成されるのだ。俺の命など別に問題ではない。


「ふっ!」


 ソードバイスは口の中に溜まった血を吐いた。フレイサイズの顔を狙ったものだ。しかし、フレイサイズは足を振り上げて、その血をブーツで受けた。さらに血を受けたブーツをそのまま押し込み、足の裏でソードバイスの顔面を蹴りつける。

 瞬間、ぶちぶちと音がして、フレイサイズの脇腹が変色した。すでに血で染まり黒くなっていたそこに一瞬赤い色が戻り、そしてまた黒く飲まれてしまう。その音と気配で、フレイスピアは何が起こったのか悟った。


「フレイサイズ! サイズ!」


 思わず彼女は駆け寄ろうとさえした。だが、フレイアックスにそれを押しとどめられる。

 あの子は今、無理をしているのだ。フレイスピアにはそれがわかった。平気なふりをしていただけなのだ。怪我は、治ったわけではない! 私の施したいびつな縫合が今、破れて落ちた!

 しかしフレイサイズはまるで動じない。出血がひどくなり、考えることもままならなくなりつつあるはずだ。それでも彼女は銅像のようにそこに立ち、内側も外側も血に濡れたブーツを踏み、赤く染まるメイド服を着て、そこに立っている。両腕でしっかりと武器を支えて。

 顔面を蹴られたソードバイスは完全に昏倒していた。意識を失っている。

 その有様を横目で見たサイズウルフは撤退を決める。自分ひとりで新堂、他三名を相手にするのは無理だ。怪我をしているとはいえフレイサイズもいるのだ。自分はまず、何よりも生きて戻らなければならない。そう厳命されている。命を捨ててまで、任務を達成しようと思っては、ならないのだ。

 サイズウルフとにらみ合っていた新堂は、敵の視線を追った。そこで初めて、ソードバイスとフレイサイズの戦いの顛末を知った。即座に彼は叫んだ。


「フレイアックス!」

「おう!」


 短く答え、フレイアックスが斧を振り上げて狙いをつける。いつでも放電することができる。空中に放たれた電撃は確実に接近するものを叩くだろう。つまり、サイズウルフがフレイサイズにとどめを刺そうとすれば、電撃を食らうことになる。

 これで仲間の安全はひとまず確保された。あとは、自分がやるだけだ。

 新堂はサイズウルフの隠している能力を見破ろうと思う。いつまでもにらみ合っているわけにもいかない。仕掛ける必要がある。だが、迂闊に仕掛けていいものか? 敵はフレイサイズをあしらうほどに強力な戦闘能力を持っているのだ。

 迷いの生じた新堂を前に、サイズウルフは唐突に動いた。後ろに下がり、退却の構えをみせている。新堂は短剣を握りなおした。


「逃がすか!」


 飛び掛り、新堂が突きかかる。踏み込みの深い一撃が、サイズウルフの胸元に迫る。敵は武器をもってその一撃を防ぎ、さらに背後に下がった。

 サイズウルフは無口に、そして確実に動作を行っている。丁寧な動きだ。しかも、決してもたもたしていない。洗練され、修練された動きであることは間違いがない。新堂はがむしゃらに彼女に迫った。短剣を振るい、敵を追い詰めようとする。彼女自身に対して恨みはないが、研究施設の手先として見れば放置しておくわけにはいかない。今後も自分達の脅威となっていくであろうことを考えても、今ここで逃げていこうとするのを見逃すわけにはいかなかった。

 彼女は、邪魔な存在なのだ。

 だが、サイズウルフから見れば新堂たちこそ邪魔な存在だ。彼女は施設の命令を遂行しなければならないし、絶対帰還の厳命も受けている。そしてまだ生きているであろうソードバイスも使い捨てにするには惜しい。その性格は気に入らないが、見捨ててしまうのはためらわれた。


「あの馬鹿め」


 サイズウルフは小さく毒づいた。

 いい加減で、怠惰で、どうしようもないソードバイス。だが、戦闘になって奴はたしかに役目を果たした。短剣を抜いた新堂は抑えられなかったが、他の三人の有象無象は押さえ込んだし、この自分の能力を確かに信用していた。

 それが、サイズウルフにはわかっている。

 わかっているにもかかわらず、知らぬ振りをして彼のしたことに背を向けて、見捨てることができない。サイズウルフはもう少し自分は非情であるべきだと思ったが、考えをあらためることはしなかった。ソードバイスを助けてからここを去るという選択は、曲げない。

 まずそのために迫ってくる新堂をやりすごさなくてはならない。もう一歩、サイズウルフは背後に下がった。その背後には壁がある。公園内に設置されたトイレだ。もう後ろには下がれない。


「しまった」


 追い込まれたか、と思う。新堂の短剣は踊り、鋭く自分の首もとに向かって伸びてくる。仕方がなかった。

 鎌を持っていたはずの両腕が、別々に動く。左手が、新堂の短剣を止める。

 鎌の柄が、中ほどから分断されていた。右手には刃のついた先が、左手には柄の半分だけが、握られている。


「おお」


 新堂は嘆息を吐いた。隠し武器だ。

 サイズウルフは両腕を別々に動かし、棒と鎌の二つを同時に操って新堂を押し返す。柄の長さを武器に強大な一撃を振り回すそれまでの戦闘スタイルから手数で攻めるスタイルに変化している。その変化に、対応を迫られる新堂は、一度背後に下がらざるを得なかった。

 敵が下がったと見るや、サイズウルフが飛び上がる。トイレの屋根の上に乗り、下を見る。新堂は外灯の明かりに照らされるサイズウルフを見上げた。紺色の作業服を着たサイズウルフ、その上に着込んだ茶色のジャケットと彼女の髪が夜風に揺れた。分割した鎌を、悠々とした動きで組み合わせて一つの大鎌に戻す。


「新堂、お前は」


 見下ろすサイズウルフが声をかけた。新堂は短剣を握り、構えを解かないままで彼女を見上げている。その瞳は真摯で、真っ直ぐだ。サイズウルフは、声をかけてから考える。自分は一体、何を訊こうとしたのだろうかと。


「お前は、施設から逃げて何をしようというんだ」


 考えながらサイズウルフは訊いた。これが本当に自分が訊きたかったことなのだろうか、と思いながら。

 すぐに新堂は答えた。


「施設を滅ぼす」

「なぜだ。そのようなことは、不可能だぞ」


 思わず、サイズウルフは次の質問をしていた。その質問にも、新堂は即答した。


「動機は復讐、やってみなければわからぬ。そして俺はやらねばならぬ」

「怨恨?」

「そうだ」


 短い会話だった。サイズウルフは、施設のどのような行為が新堂にここまでの怒りを起こさせるのかと思う。いいように扱われて、挙句廃棄されそうになったというだけでも動機としては十分だが、『やらねばならぬ』という言葉に感じる強い意志は、それだけで引き起こされているとは思えない。

 が、サイズウルフは頭がいいと自分でおもっていない。考えても無駄だろうと思い、もうそのことについては考えないことに決めた。

 新堂が施設に復讐しなければならないように、自分はそれを止めなくてはならない。施設を護らなくてはならない。


「新堂!」


 彼を見下ろし、サイズウルフは敵の名を呼んだ。新堂は何も答えなかった。

 それで十分、サイズウルフは跳躍し、新堂の頭を超えた。新堂は手加減なくその姿を追い、攻撃を仕掛けようとしたが飛び降りた落下速度をほとんど殺さずに移動するサイズウルフは素早く、捉えられない。

 ソードバイスの身体を抱え上げ、逃げ去る。

 新堂はそれを追おうとしたが、自分たちにも怪我人が出ていることを思い出す。フレイサイズは、重要な戦闘要員だ。失うわけにはいかない。

 深追いするか、それとも仲間を気遣ってやめておくか。

 懸命に考えればやめておくべきであろう、それはわかる。だが、新堂は滾っていた。憎しみの心が彼の内側を支配しつつある。自らに与えられた理不尽に対し、怒り狂う大波が抑えられないのだ。今すぐにも施設にかかわった奴らを抹殺し、ありったけの爆薬で粉みじんにせずにはおれない。


「新堂」


 フレイスピアが、声をかけた。振り返ると、フレイサイズが寝ている。いや、寝てはいない。起きている。

 ふらふらになりながらも、地面に倒れ伏しながらも、それでも武器を離さずに新堂を見ている。起き上がろうともがくのでフレイソードに押さえつけられている有様だ。毛皮も、服も、血に染まっていた。


「彼女に、無理をさせないで下さい。フレイサイズは貴方が戦闘を続ける限り、貴方についていこうとするようです」

「それは、彼女の勝手だ」


 フレイスピアは目を見開いた。新堂とは思えない、冷たい科白だったからだ。だが、彼女の前にいるのは間違いなく新堂である。ろくに見えないフレイスピアの目にもそれはわかる。


「冷たいお言葉ですね」


 悲しくなり、そう言ってみる。

 新堂は短剣を左手に戻している。彼女の勝手といいながらも、武器を納めてくれたらしい。


「俺は聖人君子でないからな。憎しみの心で戦って、欲で戦って、自分の心を充足させることしか考えていない」

「フレイサイズはどうなさいます」


 そう訊ねると新堂はフレイサイズに近づいた。フレイソードの手で地面に押さえられていたが、今はそれに抵抗することもなくぐったりとしている。新堂が武器を仕舞ったので、戦闘が終ったものと判断したらしい。接近してきた新堂の顔を見上げる。

 表情のないフレイサイズは、黙ったままだ。

 新堂は手を伸ばし、その頬に触れた。白い体毛がくすぐったい。


「よくやった、少し休め」


 そう言って彼はフレイサイズの頭を何度か撫でる。大きな猫は満足したように目を閉じた。

 それを見届け、新堂はフレイソードに訊ねる。


「傷の具合はどうだ」

「以前の傷が完治していなかったらしく、それが開いています。少なくとも三日は安静にさせてやりたいところです。彼女のすさまじい回復力を考慮しても」


 フレイソードはそう答え、なるべくゆっくりとした動作でフレイサイズを抱え上げた。


「そうだな。その三日間、どうやって過ごすかがまず問題だ」

「情報を、集めましょう」


 フレイスピアがそう言った。何の考えもない顔だった。どうやって集める、と訊ねればそれだけで困窮してしまいそうな顔でそう言ったのである。新堂はあえて何も言わず、フレイソードがフレイアックスに大きな猫を託すのを見ていた。

 現在所持金額は十五万円ほど。三日間程度ならば十分すぎるほど潜伏生活が可能だ。

 期待はできないが、考えられるだけの方法で情報を集めながら三日間、フレイサイズの傷が癒えるのを待つ。それが今、できることであり、せねばならないことらしい。


「宿を、探そう」


 新堂はそう言い、歩き出した。


「敵に悟られないように素早く、そして追尾されないように気配を殺しながらもはぐれずに動かないといけない」

「御意」


 フレイアックスがその声に短くこたえ、彼の後について歩いた。

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