第五話 ソードバイス・前編
目の前に現れたのは、誰なのだろうか。
新堂は最初、ただの運転手役の研究員かと思った。戦闘にかかわるのはサイズウルフただ一人で、その横に立つ男はただの付き添い。そうだとしても不思議ではないほどサイズウルフは強い。
その彼が、口を開く。
「なんだサイズウルフ、フレイダガーたちまでがここにいるではないですか。先ほど失敗したミッションの穴埋めですか」
新堂たちに聞かれることもはばからない調子で、彼はサイズウルフにそう言ったのである。
「フレイサイズのにおいがしたからここに来たのだ。むしろ、フレイソードたちがここにいることのほうが不思議といえる。私たちにはわからない方法で、彼らは連絡をとりあっていたのかもしれない。が、どちらにしても好都合だ。全員まとめて、相手にできるからな」
「しかし、俺の手まで借りますか」
「私一人でも十分と言いたいが、フレイサイズはあなどれない敵だ。負けはしないが、こうも数がいると邪魔でな」
男は頷き、どこに隠していたのか、剣を取り出して鞘から引き抜いた。幅広で両刃の西洋刀だった。
「俺の名は、fr-02ソードバイス。フレイダガー、それにフレイソード、フレイアックス。貴方達の相手を務めましょう」
彼らは、サイズウルフとフレイサイズに一対一の勝負をさせたいらしい。ゆえに、それ以外の四人の相手を一人で引き受けると彼は言っているのだ。フレイスピアは戦力と看做されていないらしい。
しかしそれ以上に彼がfr-02であるということは、衝撃だった。意味もないハッタリなのではないかと、新堂も一瞬考えてしまったほどである。
存在するはずがないからだ。fr-01サイズウルフが存在していることがすでに異常である。プロジェクトが開始したばかりであるはずのfrシリーズが、なぜもう二体目を作成し終わっているのか。試作型だとしても、あまりにも早すぎる。突貫工事で完成するようなものではないのだ。未来の世界からタイムマシンで連れ去ってきたと言われれば、そのほうがまだ納得が出来そうだ。
それほどに、fr-02ソードバイスの存在は新堂たちにとって衝撃である。
「予想通り、新たなフレイ・リベンジでしたね新堂。撤退も難しくなりました」
フレイスピアが新堂に聞こえる声でささやいた。同じように新堂は応じた。まだ敵は向かってこない。
「そうだな、どうする」
「立ち向かうより他にありません。幸い、敵はこちらを侮っています。彼らのしたいようにフレイサイズをサイズウルフにぶつけておき、その間に我々四人でソードバイスを撃破しましょう。その後、フレイサイズに加勢すれば倒せないまでも撤退に追い込むことはできるはずです」
「わかった」
確かにそうするしかない。ソードバイスの実力がわからない以上、四人でかかるという選択は悪いものと思われなかった。
「フレイサイズ!」
新堂は鎌を持ち、敵をねめつけるフレイサイズを呼び、彼女と似た外見を持つサイズウルフを指差した。かかれ、という指示だった。その指示はすぐにフレイサイズに伝わった。頷きもせず、すぐさま彼女は地面を蹴りつけて飛ぶ。間合いを詰めて、サイズウルフにおどりかかった。
自身の身長ほども柄の長さのある大きな鎌を振り回し、敵を両断しようとする。だが、サイズウルフもすぐに鎌を振ってこれに応じた。二つの鎌がぶつかり合い、火花を散らす。二人の対決は他者を寄せ付けない。
何度となく振り回される武器が、果てしのない攻防を生み出す。エネルギーがぶつかり合い、剣戟の音に変わる。
それらを横目に見つつ、ソードバイスと名乗った男が悠々とこちらに歩いてきた。新堂、フレイスピア、フレイソード、フレイアックスの四人はそれぞれの武器を手にし、彼に挑む。御託など必要がなかった。時間がないからだ。
新堂は銃を持ってやや後方からソードバイスに狙いをつける。
フレイアックスは刃の薄い斧を持ち出し、片手でやすやすとそれを振り上げる。
フレイソードは腰に下げていた剣を抜き、切っ先を自分の足、爪先のあたりに向けるような構えをとる。彼の剣は刃渡りのやや短い、片刃のものだ。
フレイスピアは槍の刃に巻いていた布をとり、両手で構えて穂先を敵に向ける。
四人のその行動が終ったと同時に、無言のままでソードバイスは突進をかけてきた。一番先頭にいたフレイソードに対し横薙ぎに剣を振るう。恐るべき速度、フレイソードは身をよじってその攻撃をかわし、倒れこみながら自分も剣を振るった。だがその攻撃は届かない。ソードバイスはすでにフレイアックスに肉薄していた。
瞬間、新堂は狙いをつけた。フレイスピアは足を引いた。新堂は銃で敵の驚異的な機動力を奪おうとしたのだ。フレイスピアは盲目で、敵意の位置を探って攻撃をしかけるような自分では疾風のように動くこのソードバイスを相手にできないと思ったので、足を引いている。正しいのはフレイスピアだ。
すぐに新堂も自分の過ちに気がついた。ソードバイスという敵は、銃で相手をできるような存在ではない。乱射すれば味方に当たってしまう。そう思っている間にも敵はフレイアックスの身体を強く蹴りつけようとしている。突撃の勢いそのままに、とび蹴りを繰り出した。フレイアックスは斧を下げ、敵の蹴りを刃で受けようとした。あわよくば、敵の足を両断しようというのだ。しかしソードバイスは意に介さず、そのまま斧の刃に蹴りを打ち込んだ。
瞬間、鉄骨にハンマーを振り下ろしたような音が聞こえた。信じがたいことに、斧が押し返されている。フレイアックスが力で押し負けてしまっているのだ。体勢を崩す彼に、ソードバイスは剣を押し込もうとした。だが、その攻撃はすぐに中断された。背後からフレイソードが迫ってきていたからだ。
「ソードバイス!」
しかしソードバイスは答えない。ひょい、と軽くフレイソードの攻撃を避けてみせた。新堂たちに対しては完全に無視を決めている。実際、フレイスピアも手が出せない。敵の動きが速すぎて、捕捉できないのだ。自分よりも、遥かに強い相手である。こうも実力に差があるとはショックであるが、それを嘆いても始まらない。槍を構え、じっと気配を探る。
だが新堂は違う。奥の手があった。彼は銃を仕舞い、左腕の短剣に手をかけた。
ここまでのやりとりだけで、彼はソードバイスの実力を知っていた。彼に対抗できるほどの戦闘能力を持っているのは、フレイサイズだけだ。そのフレイサイズがソードバイスよりも手強いサイズウルフと単独で戦闘中であるからには、全滅必至だ。ならばそれをひっくり返すために、成らなければならない。
銀将は、成れる。短剣を抜きさえすれば。
ただ強くなれるというだけならば、新堂はとうに剣を抜いている。問題なのは、これを抜いたときに起こる一種の記憶障害だ。生体強化ユニットの影響と思われるが、頭がはっきりしなくなるのだ。そして敵を倒した後、自分が何をしていたのかはっきりと思い出せない。何を話し、どう敵を倒したのかさえも。自分ひとりだけでいるのならば、まだいい。だが、今はフレイスピアがいる。フレイアックスも、フレイソードもいる。彼らを巻き添えにするような戦い方を、自分はしてしまうかもしれない。
だが、このままソードバイスに殺されてしまうよりは、数段マシだとも思えた。いや、思考の海に沈んでいる場合ではない!
早くも新堂は短剣を抜いた。ある程度戦って、様子を見てから抜いてもよかったはずであるが、彼は仲間を気遣う。ソードバイスはあまりにも強い敵だった。仲間に怪我をさせないためには、自分が突っ込むしかないと判断した。
「抜いたな」
ソードバイスは新堂の能力を知っている。短剣を抜いた彼が、強化されることも知っていた。
血流に乗って、生体強化ユニットが新堂の身体を駆け巡る。地を蹴る衝撃が、一歩ごとに大きくなる。彼は疾風のようにソードバイスへ切り込んだ。ソードバイスはすぐに背後に下がろうとした。だが、それよりも新堂の踏み込みが勝った。
下から振り上げるような短剣の一撃がソードバイスに迫る。がちりと金属音が鳴る。両手で剣をもって防御したにもかかわらず、ソードバイスの剣は弾き上げられる。瞬間的に彼の顔色が変わった。
「ありえない、なんだこいつ!」
そう思いはしたが、口にする暇もない。
剣が弾かれたので、新堂はがら空きになったソードバイスの胸元に、思い切り短剣を突き込んだ。うまく決まればこれで終わりだ。だがこれで終わりにはならない。ソードバイスは足を振り上げ、かなり体勢を崩しながらも新堂の突きを止めようとする。
新堂の持っている短剣はつくりがよく、武器としても申し分のない性能を持っているが、刃渡りは短い。ソードバイスが放った蹴りは新堂の腕に当たった。新堂の腕の振りの勢いをも利用しながら、それを踏み台にして彼は飛び退く。素早く、彼は背後に飛んでいった。短剣の刃がわずかに彼の膝の辺りを傷つけはしたが、それだけだ。
距離をとられたが、新堂はすぐに追撃をかける。
フレイスピアはこの状況を見て、判断を迫られた。新堂は今やソードバイスを圧倒している。しかし、一方でフレイサイズがサイズウルフに押されている。どちらに加勢をするべきなのか、ということだ。ソードバイスに攻撃を仕掛けるべきか、それとも彼のことは新堂に任せて、フレイサイズを助けるべきか。それを考えようとして、すぐに無駄なことだと気付いた。フレイスピアは、もはやサイズウルフにも、ソードバイスにも太刀打ちできるような存在ではない。たとえわずかな時間でも。
ならばどうする、考えるしかなかった。自分のほかにも、フレイソード、フレイアックスがいる。彼らを使うことで加勢が可能になるのではないだろうか。そうだ、確かフレイアックスは電気を起こすことができる。
「フレイアックス、なんとか電撃をソードバイスかサイズウルフに叩き込めませんか」
これが決まりさえすれば、勝負も決まる。だがフレイアックスはかぶりを振る。敵が速すぎるのだ。
サイズウルフは風のように飛び回り、フレイサイズに攻撃を仕掛けている。フレイサイズの素早さをもってしても、翻弄されているのだ。そこへどうやって乱入しようというのか、彼女に触れられようか。
だが一人ではない。彼らは単独で挑んでいるわけではない。フレイソードがいる、フレイスピアも手を貸すだろう。その上で、尚もできないということはないだろう。
そしてこうした判断を下しているのはフレイスピア一人ではない。
「フレイアックス!」
フレイソードが飛び掛った。フレイアックスもそれに続く。
乱入した先は、サイズウルフだ。不利を救うべく、彼らはフレイサイズとサイズウルフの間に飛び込んだのである。スピードではややソードバイスに劣るものの、サイズウルフの膂力は圧倒的だ。そこへ飛び込んだのだ。
フレイスピアもそれに続いた。
新堂はその様子を見て、満足した。こちらは一人で十分だと彼は感じていたからである。生体強化ユニットは身体に馴染みつつある。短剣を振り回し、ソードバイスの剣を弾く。
ソードバイスは舌打ちをしながら剣を持ち直す。細身の剣であれば、今の一撃で折れていたかもしれない。それほどに新堂の斬撃は強い。短剣というものの利点は、片手で、素早く振り回せることにある。スピードにおいて相手を圧倒していたはずのソードバイスでさえも、今の新堂に劣る。新堂は滅多打ちにするように何度も武器を振り下ろした。ソードバイスは剣をもってその攻撃をしのぐが、強烈な打撃として両腕に伝わってくる。
すぐにソードバイスは勝てないと判断した。新堂は強い、今のままでは勝てない。判断を下し、正面対決を避ける方向に動く。
つまり逃げた。迫って、武器を振るう新堂から逃げる。無様であろうとも構わない。ただ逃げた。新堂は逃がすまいとして、彼を追う。素早さで勝っているので、追いつけないはずがない。しかし、彼は予想外の方向へ逃げる。サイズウルフのいる方向へ走っているのだ。
なぜそこへ行く。助けを求めているのか。互いの相手を入れ替えるつもりか。
少なくとも、今の状況をかき回されることはよくない影響を及ぼす。そう考えた新堂はそれを阻止しようとした。個々の実力は、サイズウルフ、新堂、フレイサイズ、ソードバイス、フレイソード、フレイアックス、フレイスピアの順になっていると新堂は判断している。たとえ一瞬であっても、フレイサイズがソードバイスとサイズウルフの二体を同時に相手するようなことになってはならない。そう考える。フレイソードたちがサイズウルフのところへ行こうとしているが、あの二人にとっては有象無象だと言ってもいい。
新堂はポケットに手を突っ込んでコインを引っ張り出した。左腕で投げ込む。銅のコインは回転しながら飛び、ソードバイスの鼻先をかすめた。それで一瞬彼の動きが止まる。
その瞬間、フレイソードたちがソードバイスの接近に気付いた。コインが地面に跳ね返ったからだ。そして、フレイサイズもそれに気付いた。
フレイサイズとサイズウルフは既に死闘を演じていた。実力的にはサイズウルフが勝っているが、フレイサイズは必死に耐えている。敵の猛攻を防ぎ、致命傷を避け、鎌を振るっていた。ソードバイスの接近に気付いたときには既に身体に傷を増やしていたが、それでも敵が味方を狙っていることを放置しない。素早くサイズウルフの位置を確認し、それからソードバイスに向かって飛び込んだ。
まるで味方を信用していない、といえる。ソードバイスにかかってはフレイソード以下の三名はたやすくやられてしまうだろう、と思っているのだ。それは新堂も同じだが、事実でもある。ただし、それは以下の事実を考慮しない場合だ。フレイスピア、フレイアックスの両名が研究施設から能力を付加されているという事実。
「フレイアックス」
短く、名前だけを呼んだ。呼んだのはフレイソードだ。彼はタイミングを探っていた。その呼びかけにフレイアックスが応じた。体内で作り出した電気を、両腕から放出する。放出された電気は彼の斧へ伝わり、そこから放電が起こる。
彼の体から起こった放電が、ソードバイスを直撃した。ソードバイスはひるみ、電撃によるショックで硬直した。足が身体を支えられなくなり、よろめいていく。
「新堂!」
フレイスピアも短く名前を呼ぶ。新堂が目をやったときには、すでにフレイサイズがソードバイスに挑みかかっていた。となれば、フレイスピアの声は助けを求めるものではない。何をしろと言っているのか、新堂にはわかる。急ぐあまりに地面を蹴って、フレイスピアたちの頭上を飛び越える。そして、彼女らへ迫っていた敵へ切りかかる。
「サイズウルフ!」
「どけ!」
新堂の短剣はサイズウルフの鎌とかち合った。吹き飛ばされそうになる。
なんとか脚を戻して着地し、新堂はサイズウルフと向き合った。新堂の短剣は厚く、重いつくりである。にもかかわらず、サイズウルフの鎌はびくともしていない。
さすがに強い、スピードを補うほどのパワーがあるということかもしれない。新堂は再びサイズウルフに挑んだ。
サイズウルフは鎌をくるりと回転させ、構えなおす。新堂を睨み、彼を迎え撃つ。迫る新堂の短剣に比べて、サイズウルフの鎌は圧倒的なリーチがある。横薙ぎに回転させ、新堂の脇腹を狙ってきた。飛び上がってよけるほどの余裕はない、新堂は瞬間的に停止し、鎌を避ける。
サイズウルフは驚く。あの速度で迫っていながら、急停止。尋常ではない。
攻撃の直後、鎌を戻していないサイズウルフに新堂が突きかかる。それを体勢を崩しながらもかわし、サイズウルフは後ろに下がった。スピードで勝る新堂はそのままサイズウルフを追い詰めようとしたが、嫌な気配を感じて追撃を取りやめた。サイズウルフはまだ、何かを隠している。
新堂と入れ違ったフレイサイズはソードバイスを追い詰めようとしていた。だが負傷の影響か、一瞬で追い詰めて即死させるということができないでいる。電撃のショックから回復したソードバイスの速度は、フレイサイズでも容易にとらえられない。それでも地力の違いで、フレイサイズは敵を追い詰めてはいた。鎌という武器のリーチと圧倒的な力で敵に反撃を許さない。
「やるね、にゃんこちゃん」
ソードバイスはフレイサイズの攻撃をかわしながらもそう言い放ち、ほんの一瞬の隙を突いてフレイソードたちのところへと切り込んだ。
ぴく、とフレイサイズの耳が動いた。彼女にとっても、予想外の動きだったに違いない。反応が遅れた。右の脇腹にじわりと血がにじむ。その痛覚にも動じず、フレイサイズが振り返る。
フレイソードたちも観戦を決め込んでいたわけではない。まだ武器を構えている。だが、ソードバイスの移動は速く、迎え撃つことができない。どうにか武器を向けたものの、すぐに敵の剣によって叩かれてしまう。フレイアックスの放電も間に合わない。狙いが定まらなかったからだ。
結果として、フレイサイズが振り返ったときにはソードバイスの手に、フレイスピアの身体が抱え込まれていた。
「fs-02を生け捕ったり。動くなよ」
すかさず彼は、フレイスピアの咽喉に剣を当てた。人質をとった、といえる。
フレイソードはその光景を見て、備えが足りなかったと後悔する。いつこちらに襲い掛かってきても放電をお見舞いできるように、狙いをつけておくのだったと思う。今フレイスピアを殺されるわけにはいかない。彼は飛び掛りたい気持ちをおさえて、その場に留まった。フレイアックスも同じだ。
「よし、いい子たちだ。お前も」
そう言いながら彼はフレイサイズにも釘を刺しておこうとしたが、その言葉を話すよりも早く彼の目が見開かれる。フレイサイズが委細構わずに突進してきたからだ。武器を振りかぶり、地面を蹴ってこちらに一直線だ。横薙ぎの一撃を見舞われるに違いない。ここに捕まっているフレイスピアごと両断するつもりなのか。
なぜこのようなことになるのか、とソードバイスは思う。そしてすぐに思い出した。
fs-02が知能の低さを理由に廃棄処分となったことを。
メイド服を着た大きな猫は、その大きな目でソードバイスを睨み、鎌を振り回した。