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第四話 フレイソード・後編

 つまり、彼らは自分達の過去を知ることに積極的でないのだ。しかし、研究施設に害をなすことについては消極的ではない。まとめるとそういうことだろう。理由はどうあれ、今の彼らはそう思っている。

 新堂は肝要な部分だけを訊いた。


「フレイソードとフレイアックス。君たちは俺とともに来る気があるか?」

「あります」


 フレイソードは即座に答えた。新堂はその理由を問う。

「何故だ」


「私よりも、フレイアックスが貴方とともに行くことについて、積極的です」

「信用するのか?」


 新堂はフレイアックスを見やる。少し離れたところに立っているフレイアックスは、目深に被りなおしたフードの端を少し上げて新堂と目を合わせた。そして深く頷く。

 肩が叩かれる。ふと見ると、フレイサイズが寄ってきていた。今にも眠ってしまいそうに、鎌を杖にしている。仕方がないので、新堂は座っていいと言った。許可がでたので、フレイサイズはフレイソードたちへの刃を向けていた鎌を横にして、ベンチに座り込み、新堂にもたれかかる。完全に寝るつもりだ。

 いったいこいつは一日に何時間寝れば気が済むのかと新堂は思ったが、今はどうでもいいことだった。背中からフレイサイズの体温が伝わってくる。

 好きなだけ寝るがいい。必要なときは起こせばいい。それよりも今は、目の前の二人のことを考えなければならない。

 新堂はフレイアックスの目を見る。その灰色の目は、真っ直ぐにこちらを見つめている。


「お前たちは、このまま逃亡して平和な暮らしをしたいとは思っていないのか」


 そう質問してみた。この質問にはフレイソードはこう答えた。


「そう思っています。しかし、施設の力を考えるとそういつまでも逃げ切れるわけもない、とも思えます」

「だから仕方なく俺たちに協力するのか?」

「ではなく、つまるところ、生き延びるためには施設の情報が不可欠であり」


 そこまで言ったところで、フレイアックスが口を開き、後を引き継ぐ。


「彼らを壊滅させることも視野に入れる必要があるということ」

「それは少し極端では?」


 フレイスピアはそんなことを言った。フレイアックスは頷く。


「確かに、だがいざとなればやるしかないな。可能かどうかは別にして」

「そのようにするつもりなら最大の問題となるのは、フレイリベンジでしょう」


 フレイスピアは何の気なしにそう言ったが、フレイアックスはその言葉に反応する。


「フレイリベンジ?」


 サイズウルフをシリーズの01とするフレイ・リベンジシリーズがあるということを、フレイアックスは知らないようだった。新堂の顔を一度見てから、フレイスピアはその存在を説明した。すぐにフレイソードがこう応じた。


「馬鹿な、あれは今すぐに脅威となるほど研究が進んでいないはずです」

「しかし、現実にサイズウルフというfr-01が我々の前に現れて圧倒的な力を見せていきました」

「そうするとわからないことが増えてしまいます」


 フレイソードは渋い顔をして、顔に手をやった。



 話題に出された当のサイズウルフはフレイサイズとの戦闘後、研究施設の車に乗せられた。新堂たちが施設を去ってから二十分と経たず、彼女もそこを去っていたのである。

 フレイ・リベンジシリーズのファーストナンバーを与えられたサイズウルフだが、フレイサイズを基にして生み出されただけあって、フレイ・リベンジシリーズの中でも傑出した戦闘能力をもっている。そして当然、その能力はフレイサイズを凌駕していた。実戦によってそれを確認した彼女は、無理にフレイサイズらを追い込まなかった。今ここで彼らを無理やりに殺すことに意味を見出せなかったのだ。フレイサイズやフレイダガーはいつだって殺すことができる。他のフレイ・リベンジシリーズの登場を待ち、彼らの能力の検定材料とすることもできる。

 そうした彼女の考えは、研究施設上層部の判断と一致していた。サイズウルフはそうだろうと思っていたし、戦闘から離脱した後に研究施設の通信室を使って実際に上層部と通信を行い、それを確かめた。とはいえ新堂たちは探知機のついたタグを捨てており、一度逃がしてしまえばもうその所在は知れない。それをわかっている上層部はサイズウルフに次なる指令を下す。即ち、新堂たちの追跡である。当然の命令といえた。

 指示を受けたサイズウルフは、すぐに行動を開始すると答える。それに対し、上層部はさらに言葉を重ねた。


「結果がでなくても構わぬ、全力を尽くせ。失敗したと考えられるときはどこの支部からでも本部からでも構わぬので、連絡をよこすように。以上」


 サイズウルフが返答する間もなく、通信は切れた。接続を切断し、通信室を後にする。

 これは困難だった。いかに戦闘能力にすぐれたサイズウルフであっても、尾行能力とは別の問題だ。そういう指令を下すのであれば最初から言ってくれればフレイサイズに渡した鎌に発信機を仕込むなどの細工ができたものを。

 サイズウルフはそう思ったが、施設に逆らうという思考が彼女にはない。舌打ちだけをしてとにかく追跡を開始することにした。車を運転するのは彼女ではない。その名の通り、狼に近い顔、毛皮をもつサイズウルフが運転席に座ることは難しい。あまりにも目立つし、必要のない諍いを起こす可能性があるからだ。運転席にいるのは若い男の容姿をもった戦士だった。この施設にやってくるときにも、彼が運転をしてきたのだ。

 銃で武装した兵士達を引き連れてやってきたのは、彼らをぶつけて新堂の力を探るためであった。だが、結果的には乱入したフレイサイズの助力もあって兵士達は全滅した。このためにサイズウルフは自ら戦うことになったわけである。だが目的は果たされている。

 フレイサイズの乱入については、それほど不自然を感じない。新堂が彼女を懐柔し、どこかへ伏兵として置いていたのだと考えられる。新堂によって施設から連れ出されたのだから、彼に懐いてもおかしくはなかった。

 自分の武器である鎌を持ち、サイズウルフは駐車場に戻ってきた。彼女の乗ってきた車の中に座っているのはソードバイスである。邪悪な気配を感じさせる、どす黒い瞳の男だ。端正な顔立ちの奥に、狂気を秘めている。彼はfr-02、ソードバイス。運転手として働かされてはいるが、それなりに戦闘能力もあるはずだった。もっとも、サイズウルフは彼が戦っているところをまだ見たことがないが。


「お前には敵の居所がわかるのか?」


 後部座席に乗り込み、そう言い放ってみるとすぐに答えが返ってきた。


「わかりますとも」


 妙に自信に満ちた声である。サイズウルフは何も答えない。それが本当であるかどうかは、すぐにわかると思ったからだ。

 それから約三時間にわたってソードバイスは運転を続けた。だが、新堂たちの姿はまるで見えない。

 少し怪しいとは思ったが、サイズウルフはまだ何も言わなかった。ほぼ一本道であるし、新堂たちも急いでここから離れたのだ。すぐに追いつけなくとも無理からぬことである。やがて乗り捨てられた一台の車が見えた。あれは新堂たちが乗っていった車だ。


「奴ら、ここで車を捨てたな。検問を察したか」

「そのようですね」


 そう言いながら施設の検問を通過し、サイズウルフたちは道路を走りぬける。車を見つけたので、確かに彼らに接近を果たしているとサイズウルフは思った。この時点でそれは間違いのないことであったが、この後時間の経過と共に目的から遠ざかることになるなどとは思ってもいない。

 いくら進んでも新堂たちの姿はまるで見えない。検問の前で新堂たちが乗り捨てた車はすぐに見つかったのだから彼らは徒歩で移動していると考えられたのに、まるで追いつけなかったのだ。実際には追いつけないのではなく、追い抜いてしまっているのだが、ソードバイスはそう考えていないらしい。


「間もなく追いつけるのだろう?」


 サイズウルフは後部座席からそう言った。運転席の男は答えた。


「そう簡単にはいきませんよ」


 すぐにも追いつくものと思っていたサイズウルフは不満だったが、この段階ではまだ敵の居所がわかるというソードバイスの言葉を信じているために何も言い返せない。長時間車の中に座っていてそろそろ尻が痛いとも思ってはいる。運転をしているソードバイスは一度も休憩していないが、我慢できずにサイズウルフは後部座席をベッド代わりにして、横になった。ソードバイスも文句を言ったりはしない。あまりに退屈な彼女は、目を閉じた。

 暗くなり、すっかり真夜中になってもソードバイスは車をただ走らせていく。目を覚まして、時計を見たサイズウルフは驚く。ここはどこで、どうしてまだこんなところを走っているのか。

 のんきに運転し続けている運転席の男に声をかけた。


「おい、どうなっている。まだ追いつけないのか? 奴らの居場所はわかると言っていたではないか」

「あれは嘘でした」


 悪びれる調子もなくそう言い放つソードバイス。サイズウルフは呆れることもできなかった。馬鹿馬鹿しい話だ。考えてみればわかることだった。信じた自分が愚かであったのだ。


「そうか、わかった。もういいから施設へ行け。この先の街中にある支部だ」

「わかりました」


 すぐさまハンドルを切って、ターンする。追跡が失敗したので、サイズウルフは上層部に連絡をとらなければならなかったのである。しかし、失敗の原因を追及されると非常に困るだろう。やれやれと思いながら、座席に座りなおす。支部へは三十分もかからずに到着した。三階建ての、市立図書館とも見間違うほどの規模の建物である。

 サイズウルフたちは上層部との連絡をとろうとした。正面玄関に向かう。ほぼ真夜中といえる時刻だが、研究施設には入ることができる。サイズウルフたちの身体に埋め込まれた認識タグの情報を読み取り、自動ドアが開く。中に入って勝手に通信室を目指すが、施設の中は異常にあわただしかった。人間の数が多く、しかもそれぞれがばたばたと動き回ったり、額をつき合わせて会議をしていたりする。何があったのだろうか。

 さすがにこれを無視しておくほど無関心ではいられない。サイズウルフは今しも自分の隣を走りぬけようとした男を左手で捕まえた。狼の目で彼を睨み、何があったのかと問う。


「実は、廃棄予定だったfs-04とfs-05が脱走しました。追跡調査と回収に全力をあげています」


 サイズウルフにつかまえられた若い研究員はそう言った。ここはfs-04とfs-05が運ばれてきていた施設だったらしい。ここで処分されるはずだったが、逃げられた。間抜けな話だとサイズウルフは思う。なぜすぐにでも薬殺しなかったのか、とも思ったが、施設には何かそれなりの事情があるのだろうと思いなおす。彼女は施設を疑わない。


「どうせ廃棄するところだったのですから、逃がしても問題などないのでは?」


 後ろで聞いていたソードバイスはそう言ってのける。この男は面倒ごとが嫌いなだけなのではないだろうか、とサイズウルフは思う。もちろん、サイズウルフ自身は逃がしても問題がないなどとは思っていない。彼らには処分命令が出ているのだから、処分されなければならない。逃がしてはならないのだ。


「問題がないなんてことはない。処分命令が出ている。処分するということは、野に放つということではない」

「不法投棄だから問題なのですか」


 ずれたことを言うソードバイスに、サイズウルフは返答の必要性を感じなかった。すぐに歩き出し、通信室を目指す。通信室は二階の端だった。ソードバイスを外に待たせておいて、その小さな部屋に入る。ヘッドフォンがあるが、サイズウルフの耳には合わない。そのせいか、この部屋は完全防音となっており、スピーカーを使って会話をしても部屋の外に声が漏れることはない。

 回線を開いた。


「失敗したか?」


 上層部に繋いだ途端、こういった返答があった。すぐさま追跡を開始したとはいえ、任務の失敗は上層部も予想していたのだろう。サイズウルフは淡々と、「未だ新堂ことフレイダガーを発見できない」と伝える。すると上層部はすぐさま次の指令を下してきた。


「fs-04フレイソード、fs-05フレイアックスの両名を確保せよ。生死は問わぬ」

「了解しました。ソードバイスについては如何しましょう」

「好きに使え」


 あっけない返答だった。引き続き運転手として使っても、囮にしても構わないということらしい。彼とて苦労して生み出された研究施設の戦闘要員であるはずなのだが、大事なのではないのだろうか。サイズウルフは不思議に思った。ソードバイスに同情したわけではないが、簡単に彼の命を自分に預けてしまうのはどうかと思う。

 しかし、それで彼女の忠誠が揺らぐわけでもない。そもそも『上層部』とは何なのか、サイズウルフは知らなかった。ただ自分に命令をするだけの存在だ。そして自分にとっては絶対服従しなければならない相手である。正体が何であろうとも。

 命令を確認し、サイズウルフは通信を終えた。部屋を出る。


「ソードバイス」


 部屋の外にいるはずのソードバイスの姿がない。どこに行ったのか。

 探してみると支部の休憩室でごろ寝をしている彼が見つかった。無駄な時間をとらせおって、と愚痴の一つも言いたかったが、そんなことをしても彼はへこまないだろうし、大した反応もなさそうである。ひとまず彼の背中を蹴り飛ばし、用件を告げた。


「すぐに車を出してくれ、次の命令が入った」


 今度は彼の無駄なカンに頼らなくていい。fs-04とfs-05は情報によると探知用タグを廃棄していないらしいのだ。発信機により、完全に居場所を把握することが出来る。運転さえしてくれればそれでいい。

 だがソードバイスは面倒くさがった。蹴られた背中をさすりながら、手元に置いていた週刊誌を開いて言う。


「命令を受けたのは貴方でしょう、サイズウルフ。俺は運転しっぱなしで眠いんです。寝かせてくださいよ。フレイシリーズの奴らだって今頃休憩しているでしょう。フレイスピアといちゃついているフレイダガーの姿が見えるようです」

「そんなことを考えているのはお前だけだ」

「犬のあんたにゃわかりませんよ」


 そう言われて、サイズウルフは自分の鼻先を撫でた。確かに自分は犬といわれても仕方のない容貌だが、そんなことは関係がない。とにかくサイズウルフとしてはソードバイスに動いてもらわなければ困るのである。眠ければカフェインを頭からぶっかけてでも覚醒してもらわなければならない。

 どうせfr-02とはいえ使い捨てなのだから、興奮剤の類を大量注射してでも。そう思ったが、上層部から好きにしていいと言われているとはいえそれは最後の手段にしておこうと思い直し、とにかくサイズウルフは力任せにソードバイスを引きずり出した。ソードバイスとてある程度の覚悟はしていたのだろう、本気で抵抗するわけもなく、あっさりと運転席に座った。


「まったくお人使いの荒い犬さまだ」

「黙って運転していろ、さっさと出すんだ」


 後部座席に座ったサイズウルフが指示を出す。手に持ったレーダーにはfs-04とfs-05の居所がはっきりと知らされてきている。これならまるで問題ない、すぐに彼らを捕らえることができるだろう。

 エンジンキーをひねり、ソードバイスが欠伸をしながら車を発進させる。あわただしい研究施設を無視し、発信タグレーダーを無断で持ち出して出発する。

 しかし、場所がわかっても、土地勘のないサイズウルフとソードバイスは車をあちこちに走らせては行き止まりに入ったり、一方通行に悩まされたりした。


「おい、行き止まりだぞ」

「見ればわかりますよ。引き返すしかなさそうですね」


 その度にこのようなやり取りを繰り返し、サイズウルフは不機嫌になっていく。彼女の怒りが溜まると言葉遣いも乱雑になるのでそれにつれてソードバイスも苛立ってくる。

 うまくいかない。何度となくサイズウルフは毒づき、結局車を捨てて徒歩でfs-04らを探そうと決めたのは何時間か経ってからのことだった。


「もういい! 貴様に運転させていたのではラチがあかん。歩いて探しに行くぞ」

「お犬さま、その姿で外を歩かれるのですか」

「奴らを逃がすことのほうが問題だ」


 そう言い捨てて、サイズウルフは車を降りる。仕方がないのでソードバイスもそれに従う。

 それから彼らは検問の近くへたどり着き、そしてタグは車に貼り付いているのを発見した。ニヤリとサイズウルフが笑う。


「フレイサイズのにおいがする。この近くにいるな」



 そこへやってきた敵意に、真っ先に気付いたのはフレイスピアであった。


「新堂、何かがやってきます。この感じは恐らく、サイズウルフです!」

「噂をすれば何とやら、か」


 タイミングの悪い、と思いながら新堂は寝ているフレイサイズを小突いた。びくりと震えたフレイサイズはすぐに跳ね起きて武器を手に取る。


「今度もうまく撃退できると思うか?」

「相手は二人います。新たなフレイ・リベンジかもしれません」


 少し厳しいでしょう、と言外に答えるフレイスピア。


「では逃げられないのか」

「すでにこちらを捕捉されています。無理です」


 新堂は立ち上がり、周囲を見回した。まだどこにも何の気配も感じられない。

 フレイソードが言った。


「敵ですね? 我々も力を貸します」

「無論だ。ここは協力しなければ間違いなくまずい」


 新堂もそう答える。フレイサイズを前に立たせて、自分はフレイスピアとともに後ろに下がった。いざとなれば左手首の短剣を抜かねばならないが、まずは後ろにいて敵の様子を探ることにしたのだ。フレイサイズの隣に、フレイソードが進み出る。さらにその二人の背後にフレイアックスが控えた。

 敵は、すぐに姿を見せた。あのときのまま姿の狼、サイズウルフ。そしてもう一人、新堂の知らない戦士。

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