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第四話 フレイソード・中編

 無言で車を走らせる新堂に、フレイスピアが声をかけた。


「新堂、また検問です」

「またか?」


 振り返らずにそう答え、車を脇に寄せようとする。

 しかし、フレイスピアはそれを止めた。


「停止する必要はないかもしれません、検問は対向車線で行われています」


 対向車線で行われている、ということは特に影響がなさそうだ。このまま通過もしてもいいだろう。しかし、気になることではある。念のため、迂回することもできる。

 だが、検問の様子を見てみるのもいいだろう。こんな深夜に何の検問だろうか、それを確かめてみたくもある。


「なら直進しよう、何の検問かは知らないがな」

「いいのですか」

「問題ない」


 そう言いながら新堂はバックミラーを見た。後部座席に座るフレイサイズは外を眺めている。

 その耳と、毛皮だけが唯一の問題だといえるが、フードのついた上着を着ていれば隠せないものではない。察したフレイスピアが上着をとり、彼女に着せる。

 しばらく走ると、確かに検問が見えてきた。詰まっている対向車線と違い、進行方向では検問はされていない。

 警備員のような服を着込んだ男たちがいる。警察か、あるいは施設の派遣した検問か。判断不能だ。

 たちどころに、検問の行われている一帯を通り過ぎた。

 何も情報はない。だが、あの検問は恐らく、警察ではないだろうと新堂には思える。見ただけではまるで判断できないのだが、新堂の心はあれが国家組織によるものではないと言っていた。本能的なカンというやつかもしれないな、と新堂は自分でそう思った。

 だがそうすると、なぜということになる。警察によるものでないとすると、十中八九は研究施設による検問だろう。ならばなぜこのようなところを封鎖する必要があるのだろうか。


「考えられる可能性は、なんだと思う?」

「私たちと同じように、何かが脱走したのではありませんか? 希望的なところを言えば、フレイソードとフレイアックスが施設から逃亡し、それを捕まえるために検問をしているのだと」


 新堂の質問にフレイスピアが答える。よどみなく答えるその顔は、平然としたものだった。


「ではその希望的観測に基づくなら、この検問の内側のどこかにフレイソードたちがいるということになるな」


 そう言いながら新堂は車を寄せて、近くに見えるコンビニの駐車場に停めた。エンジンを切り、ルームランプをつけて後ろにいるフレイスピアの顔を見る。

 フレイスピアは答えた。「可能性に過ぎません」

 新堂も応じた。「だが、考えられないことではない」

 とはいえ、もし仮に本当にフレイソードたちが研究施設から脱走を果たしていて、この検問の内側のどこかに潜んでいるとしても、彼らを無事に見つけ出せるだろうか。彼らに呼びかける方法も、彼らがこちらへコンタクトをとる方法も皆無なのである。

 現在時刻は午前三時、外は完全な闇だ。何かを見つけ出そうとすることは不可能とさえいえる。


「新堂、まずは研究施設まで行ってみるべきではありませんか? フレイソードたちはまだそこにるかもしれませんし、もう処分されてしまったかもしれません。私たちが確実にわかっていることは、研究施設が検問を行っている、ということだけです。それだけで推論に推論を重ねてしまうのは危険だと言わざるを得ません」


 フレイスピアの論は、正しい。新堂もそう思う。

 だが、施設に行っても無駄な気がしていた。フレイソードたちはすでにそこにはいないだろう、と彼は感じていた。では彼らはどこにいるのだろうか。検問の内側という可能性は高いが、すでに突破した後かもしれない。

 推論を重ねる新堂は、フレイスピアの言葉を聞いていなかったわけではない。しかし、今はとにかく、失敗が許されない。フレイソードたちの命は、それぞれ一つしかないのだ。最も可能性の高いところに、賭けたい。フレイソードたちを、見つけ出したい。救い出したい。

 どうしたものか、と考えていると不意に運転席の窓が叩かれた。

 窓を見ると、髪の短い、柔和そうな顔の若い男が立っている。


「すみません、車からおりていただけますか」


 彼はそう言い、何かを新堂に向けた。拳銃だ。今、新堂がコートのポケットに詰めているものと同じ銃だと思われる。

 この銃は研究施設の兵士達が使っているものだ。口径も大きく、威力も高い。窓ガラスなどカーテンにもならないと思われる。これを窓の外にいる男が使っているということは、彼は施設側の人間ということになる。

 もう自分達がここにいるのがバレたのか、と新堂は思った。彼は背後を見やる。フレイスピアは自分の槍を握り、ドアに手をかけている。いつでも外に飛び出せる体勢だ。では、フレイサイズはどうだろうと彼女に目を向けた瞬間、後部座席のドアが勢いよく開いた。

 彼女は命令を待たずに外へ飛び出したのだ。それを見て、フレイスピアも外へ飛び出す。

 突然開いたドアに、窓の外に立っていた男は狼狽する。反撃を仕掛けてくるとは思っていなかったのかもしれない。新堂は咄嗟にシートを倒した。彼の身体はたちまちにしてのけぞるような格好になり、窓の外にいる男の銃の射線から外れた。


「待て、フレイサイズ。殺すな」


 そう言いながら自分も後部座席のドアから外に出たが、その懸念も無用だったらしい。窓の外にいた髪の短い男は、すでにフレイサイズによって打ち倒されていた。追撃に掛かろうとしたところを、フレイスピアになだめられている。


「騒ぎを起こすとまずいですよ、フレイサイズ。検問からいくらも離れていないのです、ここは」


 一瞬の出来事だったのか、コンビニの中にいる客も、誰一人この事態に注意を払っていない。男は駐車場に座り込んだ格好だが、意識を失ってはいない。銃はフレイスピアに取り上げられている。


「それより急いでここから逃げないといけない」


 新堂は周囲に注意を払いながらそう言った。この男一人だけで自分たちを捕らえられると敵が考えるとは思えなかったからだ。恐らく増援がやってくるか、すでに周囲は取り囲まれているかのどちらかだろう。


「待ってください、どうやら誤解があるようです」


 座っていた男が、手の平をこちらに向けた。何か言いたいことがあるらしい。しかし、新堂はここから逃げ出さなければならないと考えていた。


「すぐに逃げる。お前はそこで寝ていろ」

「いいえ、その必要はないのです」


 男は新堂を引き止める。


「私たちは、研究施設の手のものではないからです」

「なんだと」


 私『たち』と言ったことも気になるが、研究施設のことを知っていて、彼らの手のものではないというのはどういうことだろうか。そのような可能性はきわめて低い。


「どういうことだ、お前は誰なんだ」

「はい、私はfs-04フレイソード」


 男はそう答えた。

 彼がフレイソードなのか! 新堂は信じたわけではない。しかし、すぐに彼はその男の耳を確認した。何か小さな金属がぶら下がっているのが見えた。まるでピアス。


「動くな」


 新堂は拳銃を取り出した。弾丸が残っているのか少し心配だが、それをフレイソードに突きつける。言われたとおり、フレイソードは動かなかった。新堂は手を伸ばし、彼の耳からタグを引き剥がす。これをいつまでも持っていては、探知機で簡単に居場所を探られてしまう。壊すか、捨てる必要があった。


「それは、一体」


 フレイソードが訊ねてくるが、答えない。新堂はコンビニの駐車場に停車していたワゴンの底にフレイソードのタグを接着した。少しは時間稼ぎになってくれるだろう。


「さて」


 新堂は周囲を警戒し、フレイスピアに訊ねた。


「敵は周辺にいるか?」

「見当たりません。その陰に一人だけこちらを窺うものがおりますが、敵意と呼べるほどのものではないでしょう」


 フレイスピアの指差す方向に目をやると、大柄な人影が見えた。


「あれは誰だ」


 フレイソードに訊ねると、彼はすぐに答える。


「あれはfs-05フレイアックス。ともに研究施設を脱出してきました」

「呼べ」

「はい」


 素直に彼は従う。フレイアックスはすぐに新堂の眼前に現れたが、即座に新堂は車を捨てる決心を固めた。フレイアックスは大柄すぎたのだ。一九〇センチは確実にあるだろう。言わずもがな目立つ。その姿にフードつきの外套を着込んで顔を隠しているものだから余計だ。新堂は元の位置に隠れるように促し、フレイサイズとフレイスピアに彼らを見張るように言うと自分はコンビニに入って食糧などを購入した。


 数十分後、新堂たちは住宅街の一角にある公園のベンチに腰掛けていた。

 ベンチに座っているのは新堂とフレイスピアだけで、フレイソードとフレイアックスは裁きを受ける罪人のようにベンチの前に立っている。フレイサイズは鎌を持ち、彼らが逃げ出せばすぐさま攻撃を仕掛けられるように控えていた。

 これではまるで尋問だ、という気がした。だが、無条件にフレイソードたちを信用することもできない。新堂は買ってきたスポーツドリンクに口をつけながら質問を開始する。


「フレイソード、フレイアックスのフードをとることはできるのか」

「できます。フレイサイズさんと同じような外見です。目立つのでできるだけ、あの格好をしてもらっています」


 フードをとってもらうと、灰色の狼のような頭部が見えた。口吻が長く、灰色の目をしている。なかなか迫力があった。ただし、フレイサイズのような髪は見受けられない。狼そのままの頭部だった。口を閉じ、落ち着いた様子である。尚、タグはすでにフレイソードによって回収、廃棄されている。


「彼は話すことができるのか」

「それも可能です。しかし、彼自身が寡黙ですので、あまり期待はしないでください。力は強いですが、温厚です」

「話せるのか、フレイサイズはこれまで一度も話したことはない。あれも寡黙なだけか?」


 思わず、新堂はそう訊ねた。しかし、フレイソードも唸る。


「それはわかりません。アックス、わかるかい?」

「いや、わからない」


 フレイアックスは抜けるような声でそう言い、すぐにまた口を閉じた。必要以外のことには答えない、という態度である。

 新堂はフレイサイズを見た。今さらフレイソードたちが逃げ出すとも思えなかったが、一応武器を持って控えているはずのフレイサイズは、すっかりリラックスしてしまっている。命令なのでそこに立っているだけ、という按配だ。どうやらフレイソードとフレイアックスに敵意がないことを見て、安心しきっているらしい。


「それで、お前たちは研究施設から脱走したんだな」

「そうです」

「何故、そしてどうやって」

「処分されるということがわかったからです。フレイアックスと共に、私たちは研究施設に所属してはいますが、命までも捧げようとは思いませんでした。ですので、二人で脱走をはかりました。処分されるということにも平然とした振りをしておいて、警備の目がゆるんだところを一気に飛び出してきただけです。先ほどまで車で逃走してきましたが、ガス欠を起こしたのであのコンビニから少し離れたところに放置してあります。施設の駐車場から盗んだものなので、どの道いつまでも乗っているわけにはいかなかった。それで、申し訳ないがコンビニに停車していた車を少し拝借しようかと。犯罪ではありますが、私たちが生き延びるにはそれしかなかった」


 フレイソードはよどみなく喋った。

 新堂は質問を重ねる。


「君は何ができる?」


 問われたフレイソードは答えて言った。


「剣を扱えます。視力、そして敏捷性に重点を置いた肉体強化を受けています」


 彼はフレイスピアのように索敵能力に優れているわけではない。ただ、戦闘能力の向上をはかられていた。しかし、それでも恐らくフレイサイズに匹敵するほどの能力ではないのだろう。新堂を追ってきた研究員が言っていたことが本当ならば、「fs-01とfs-02は突出した能力を持つ」のだから。


「では、フレイアックスは何が出来る」

「彼は発電器官を持っています。彼が戦闘訓練用に与えられた武器は名前の通り斧ですが、その斧に電撃を付加させることも可能です。また、微弱な電撃で生物を気絶させることもできます。その体格に見合うだけの怪力もありますが、彼は私ほど敏捷性に優れません」


 フレイソードがそう言い、フレイアックスはわずかに頷いた。


「それでお前たちは何を望む?」


 新堂は問う。今、二人に自己紹介を求めたのは嘘を吐かないか確かめただけである。この程度の情報は研究員が車に残していたレポートによって、すでに知っている。本題はこちらであった。


「我々は急いで脱出してきたまでのこと。ただ、こちらにfs-02フレイサイズ、fs-03フレイスピアがいらっしゃった。つまり処分命令が下されたはずの彼らが生きているということは、私たちと同じように施設を脱出されたのだろうと考えられます。追われるもの同士である程度は協力し合えないかと思いますが」

「それが罠でないと誰が言い切れるか。互いに信用してもいい、と思えるのか」

「確かに、車を借りようと思った相手がフレイシリーズだった。こんな偶然はちょっとありませんから疑いたくもなります。しかし、今は疑っていても始まりません。それに、fs-02フレイサイズは私たちをすでに信用してくださっているようですし」

「あれは人を疑えないだけだ」


 フレイサイズは右手で武器をまだ握ってはいるが、しきりに目をこすっている。眠いらしい。猫は夜行性のはずではなかったのかと新堂は思う。


「新堂、彼らは協力者を求めています。こちらの目的も話したほうが」


 隣に座っているフレイスピアがそう言った。新堂は頷く。確かに色々と疑わしいところはあるが、信用してもいいだろうと思える。何よりフレイサイズが眠そうなのは、彼らが害意がまるでない証拠だ。

 新堂は言った。


「フレイソード、俺は新堂。フレイサイズやフレイスピアとともに研究施設で様々な実験をされていた。俺たちもお前と同じ動機で研究施設を脱走し、協力者を求めていた。お前たちが俺たちの目的に賛同してくれるのであれば、是非一緒に来てもらいたい」

「そうですか。その目的とはどのようなものでしょうか」


 フレイソードは訊ねる。当然の質問だ。

 軽く新堂は答えた。


「それは簡単だ、あの研究施設に剣を向ける」

「反逆ですか」


 驚いた様子もなかったが、フレイソードが訊き返してくる。これは当然だろう。研究施設から逃げ出したのだから、このまま遠くへ逃げて、平穏を手に入れようと考えるのが普通だからだ。折角逃げ出したのに、わざわざ舞い戻って戦うというのは自殺に等しいともいえる。


「そうだ」

「何故ですか?」


 フレイソードはゆっくりと新堂に訊ねた。その目は真っ直ぐに新堂の目を見ている。新堂もゆっくりと答えた。


「まず、第一の目的は調査だ。奴らの壊滅ではない。俺たちは、と言ってもお前たちはどうかわからないが、俺にはこの研究施設へ連れてこられてから、記憶が抹消されたらしい。俺の出自はどこなのか。家族はどうなったのか。極論としては『どうして俺はあそこにいたのか』というところを調べたいのだ。その調査のために、何度か研究施設と戦闘をした。だが奴らは強い。フレイシリーズが廃棄されると聞いたので、廃棄されたfs-02から05までのフレイシリーズを味方につけることも可能と考えた。そこで俺たちはお前たちを救出するべく、お前たちのいた研究施設へ向かっていた」

「そうでしたか」


 フレイソードが頷く。


「確かに自分がどこから来たのか、記憶にありません。しかし、それを考えようとも思えません。恐らくそういう風に調整されたのだと思われます」

「しかし『研究施設に害をなすな』という思考は植え付けられなかったらしいな。何故だろう」

「まさか離反するとは思わなかったからでしょう。それに、一人で反逆したところで大したことができるとも思えなかったと考えられます」


 フレイソードの理論は、新堂にもよく理解ができた。

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