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第三章 銀月の夜

「はあ~」

エレイドは何度目かの大きな溜息をついた。

「そこ!」

途端にフラムの声が飛んでくる。

「一体、何回溜息つけば気が済むのよ。いやなら帰って頂戴」

かと言って、『はい、帰ります』なんて言える訳も無かった。エレイドは不機嫌なまま口を閉ざす。

「まったく・・・、あんたって人は」

フラムは振り返り、彼の様子を見ながら溜息交じりに呟いた。彼女が作業中、手持ち無沙汰で近くに座り込むその姿は、少年の頃そのままだ。近くでは彼の猫、ダットも丸くなっている。肩をすくめ、彼女は再び月明かりの下の作業へと戻る。


二人と一匹が今どこにいるのか説明する必要があるだろう。話は昨日、ギルドに戻る。


「で、どうするんだ」


『キャプテン・ヘルドック』が復活したという冗談としか思えない事実を聞かされ、しばしの放心状態から復活したエレイドが最初にした質問だった。

「う~ん、そうね。マスター、この辺りの地図ある?」

その言葉にダンはカウンターをガサゴソと探ると地図を出してきた。端々は黄ばみ、使い込まれた感があったが、普段見慣れた地図よりも細かく表記されている。

「封印をどうにかしなくちゃね。まずはそれの下準備。せっかくだから、あんたにも手伝ってもらおうかしら」

彼は気が進まない様子だったが、引き受けると言った以上引けない。

「具体的にどうするんだ。俺は何をすればいい?」

「私の身辺警護」

「はぁ?」

澄まし顔で答えるフラムに、エレイドは気が抜けた声を上げた。

「なあに、その反応は?失礼ね。か弱い女性の守るのそんなに嫌なの?」

「か弱い女性?どの口が言う!警護なんて必要ないだろ?」

エレイドは首を振りながら、そう言い返した。目の前にいるこの女性、フラム・リックフィールド。彼女は決して『か弱い』と言える女性ではなかった。剣の腕はエレイドの方が上だったが、同じ師匠の下、共に修行した身。一般人よりも腕が立つのは間違いなかった。そして何よりも、色んな面でトップと言われる王国魔術師の一員。弱いはずなかった。


「いつもなら、そうなんだけどね・・・」

「うん?お前にしては歯切れが悪いな」

面白がるような表情は崩さないまま声のトーンが変わった。彼女の視線はエレイドから側に丸くなっているダットの移った。昔からこうだ。こんな時は、詳しいことは教えてはくれないだろう。

「まあ、保険ってことよ」

「保険ね・・・・」

その言葉に気乗りはしなかった、俺は言葉を続ける。

「それで?」

「ああ、封印の事だったわね」

彼女の視線は今度はダンの方へと向かう。その事に気づいた彼は立ち上がる。

「この事はあなた達に任せて良さそうみたいね。私は奥にいるわ。終わったら一言かけてくれる?」

俺たちが了承したと頷くと、彼は奥へと引っ込んだ。彼はギルドマスター。本来なら依頼の内容を伝えるのは彼の役目のだが、王国魔術師がいるとなっては出番はない。

「それで?」

もう一度その問いを繰り返すと、彼女は言葉を選ぶように口を開いた。

「エレイド、『魔術式』の事についてどれぐらい知っている?」

「『魔術式』・・・か・・・」

腕を組み、少し考える。


『エレイドさん、術式はこのように、『頭』、『胴体』、『脚』、と人間の身体のように見立てます。そして術式を安定させるため属性を一つ選び、それを元に術式を組んでいくのが一般的なやり方です』


視線は自然と傍らにおいてある剣へと移る。

「確か、人間に見立てるとかだっけ?『頭』とか『胴体』とか」

あいつが言っていた言葉を必死で、記憶の引き出しからかき集める。

「へえ、あんたにしてはよく知っているわね。ジェシカのお陰かしら?何やら一騒動あったらしいじゃないの」

「うるせえ。今は関係ないだろ」

「まあ、それもそうね。私が言いたいのは、あなたの魔術武器の術式も、キャプテン・ヘルドックの封印も基本は同じって事。『頭』、『手』の二箇所、『脚』の二箇所、の五つの点の上に出来上がった術式が封印が役割を果たしているの。封印を掛けなおすって事は、その五つを廻って術式を組み立てなおすって事。地図上ではこの五つね」

そう言って、さっき広げた地図を指差していく。黒猫のダットも興味をもったのか、起き上がり、無言でその様子を見つめている。

「『頭』はここ」

彼女の細く長い指が止まったのは、港から少し離れた小島だった。

「『手』はこことここ」

次は小島を中心とし、半円を書くように、一点、そしてもう一点と移動する。

「『脚』はこっちとこっち」

すっと今度は少し離れた場所を指差す。両方とも町外れだ。ここからそう遠くはないだろう。

「『中心』はどうした?」

今まで黙っていたダットが訝しげに顔をあげる。

「中心?」

ダットの言葉に観念したようにフラムは溜息をつく。

「まったく、あなたが居るとやりにくいわね。もちろんここに来る前に確認してきたわ。見事にバラバラ。ちなみにそれはここの教会にあった石版だったんだけど・・・バラバラになってしまった今、意味はないわね」

「俺にもわかるように説明してくれないか?」

この黒猫、猫の癖して言葉は喋るは魔術は王国魔術師並、といろいろとぶっ飛んだ経歴の持ち主である。まあこいつについて詳しい話は省くとし、こいつの豊富な知識のため、話においていかれることは少なくはなかった。

「封印は五つの点で出来ている。それはさっきも言ったとおりよ。『中心』は・・・そうね、『要』って所かしら」

いまいち、よくわからない。きっとフラムも表情にそれを読み取ったのか、言葉を続ける。

「そうね、エレイド。何かを紐で縛るとき、中心には結び目ができる。それと同じことよ」

「五つの点の力をまとめあげ、封印を完成させるのが『中心』の役目だ」

ダットがつけ加える。わかったような、わからないような。

「その事について、あなたが頭を悩ませる必要はないわ。その辺は私に任せて。あなたは、もし『何か』あったら、私を守って欲しいの。術式を組みなおす時は、私でも無防備になるわ。なんだったら、『依頼』としてみてもらっても構わない。室長に話せば、それなりの報酬はでるはずよ」

俺は軽く息をついた。

「報酬は最初に言った五・五。王国魔術師にたかる気はねえーよ」

「あら、珍しいわね」

「カイルさんにたかるなんて、考えただけで怖い」

「まあ」

フラムはくすくすと笑う。

「で、どこから行くんだ?」

「そうね~。まずは『脚』から片付けてしまいましょう。『頭』にはボートが必要ね。ダンに言って手配してもらいましょう」



そうして今にいたるのだった。昨日のうちに『脚』の二箇所を廻り、そして今日、『手』の二箇所を終えた頃には日は傾き、ここ、『頭』の場所に着いた頃にはすっかりとあたりは暗くなってしまっていた。けれど、『もし何かあったら』と含みを持たしていたフラムの言葉のわりに、ここまで至って平和だった。順調、平和。その場所については、フラムが作業を終わるまで待ちぼうけ。それを今日一日、四回ほど繰り返した結果、序盤のエレイドの不機嫌へと繋がっていた。

何度目かのあくびをした時だった。今まで丸くなっていたダットがスッと立ち上がる。彼の黄色い瞳は海の方を見つめ、微動だにしない。

「ダット?」

「来るぞ」

その言葉にエレイドの眠気は吹き飛んだ。立ち上がり、目を凝らしてみる。彼は目は良い方だったが、所詮は人間。今夜は満月。それも銀月の夜だった。この季節になると月はもやに包まれ、銀色に光ることから、『銀月の夜』と呼ばれていた。月に照らされ、あたりはそこまで暗くはなかったものの、夜目は猫にはかなわない。聞こえてくるのは打ち寄せては引いていく波の音。風が運んでくる潮の香り。けれど、変わった様子は感じられなかった。でも、何かが引っかかる。エレイドはそっと剣を柄から引き抜いた。鏡のように磨かれた刃がキラリと月夜に反射する。

「フラム、あとどれぐらい掛かる?」

「15分。それだけ時間を稼いで」

「わかった」



「エレイド」



ダットの声が合図になったかのように、辺りの空気がひんやりと涼しくなった。小さな青白い炎が点々と浮かび上がる。

『オマエタチカ!』

深く、腹に響くその声は、エレイドの背中に冷たいものを走らせた。ダットは『フー!』とうなり、毛を逆立てる。小さな炎は一つにまとまる。そしてそこには青白く光る骸骨が立っていた。一昔前の服に、腰にはサーベルを下げている。『キャプテン・ヘルドック』、その名に恥じない風貌ではあった。

「けど、無様だな」

かつては悪逆非道だったかもしれないが、それでも人を引きつけたはずの人物だったはずなのだ。それが今はただの怪物でしかない。そんなエレイドの声が聞こえたかどうかは定かではなかったが、骸骨はカタカタと白い歯をならし、腰のサーベルを抜いた。


『封印ハカケサセン!』


「ダット、お前はフラムのところに!」

それだけ叫び、エレイドは地面を蹴る。カキーン!次の瞬間、金属的な音が辺りに響き渡った。

「なっ・・・!」

嫌な汗がエレイドの額を伝う。切っ先が交わった瞬間、一気に身体が重くなったのだった。まるで肩に重しが圧し掛かったかのようだった。

「なん、だっていうだよ・・・」

もちろん、ヘルドックは待ってはくれない。切っ先は鋭さを失わず、襲い掛かってくる。そんな怪物の剣を受けるたび、身体はどんどんと重くなっていく。完全に受けきれず、ふらつくまでそう長く掛からなかった。

「エレイド!」

よけ、きれない。そう思った瞬間だった。来るべき痛みはやっては来なかった。顔を微かにあげると、ヘルドックの右腕に光の鎖が絡みついているのが見えた。ダットの魔法・・・。そんな考えが頭の片隅に浮かぶ。気が抜け、倒れこみそうになるのを、誰かに肩を支えられた。

「エレイド、大丈夫?」

「フ、ラム・・・」

「しょうがない。引くわよ、ダット!」

彼女がそう叫んだのを最後に、エレイドは意識を手放したのだった。


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