第19話 マネージャー
「つか、お前は自分が有名人だっていう自覚をもう少し持った方がいいと思うぞ。今日みたいに、日常に無い行動1つ取るだけで波乱を呼び込むんだから」
「それに関してもマジですまん……。後でマネージャーにも謝っとくわ」
「今すぐ謝れよ」
普段、冬夜を学校まで送り迎えしているのは事務所のマネージャーさんで、俺も何度か顔を合わせたことがあるが優しそうで、真面目な女性という好印象を抱いている。
そしてなにより、学生である冬夜へ負担をなるべく掛けないようにと上手いことスケジュールを調整するために、日々手帳と睨めっこしていることも知っている。
表向きに本名や素性こそ開示していないが、冬夜が大企業である大槻グループのご子息というのも勿論認知済み。本人から関連した話を聞かないから実際どうなのかは知らないが、実家と半分縁切り状態の冬夜のタレント活動というのは、きっと俺が想像する以上に大変なのかもしれない。立場とか諸々。
「――あ、臼井さんですか? オレです、冬夜です」
『っ、ちょ、冬夜君!? 全然連絡つかないし、チャイム鳴らしても応答無しだしで、滅茶苦茶心配したんだよ!? 今どこ!? 危険なことに巻き込まれてたりしないよね!?』
俺に指摘されたためか、冬夜はズボンからスマホを取り出して電話をかけていた。
その相手は冬夜のマネージャーである――『臼井美弥子』さん。電話越しでなくても聞こえてくる臼井さんの声に俺も身体がビクッと跳ねたが、周りへの配慮など意識できないほど心配していた証でもある。ほんとこいつは……。
「だ、大丈夫ですから! すいません、心配かけてしまって……」
『ほんとですっ! 今日は大事な撮影があるんですから、余計に心臓がバクバクしましたよ。朝から変な心配させないでください! ……どうせ君のことだから、今朝は私に連絡するのを忘れて電車通学でもしたんでしょ。まったく、これで何度目ですか! 君はもう少し自分が有名人だっていう自覚を持ってください!』
今すっごいシンパシーを感じた気がした。通話中の彼を置いて、俺は先に校舎へ入る。
すると、冬夜を俺のことを横目に見ながら頬を搔く。
「……なんか似たような台詞をさっき、隣にいる友人にも言われました」
『誰だって同じこと言うわよもう! っあれ。その友人っていうのは、この間冬夜君を駅まで迎えに行ったときに紹介してくれた、同級生の男の子?』
「あ、はい。そうですけど」
『……冬夜君。そこにいる子と少しだけお話ししたいのだけど、今代わることってできる?』
「え、蒼真にですか?」
「……ん?」
先に昇降口で靴を履き替えていた俺は、後ろから冬夜に名を呼ばれて振り返る。
振り返った直後、昇降口へと入って来た冬夜が自分のスマホを俺に差し出す。画面は未だ通話中のままだ。
「臼井さん……あぁー。オレのマネージャーが、お前と話がしたいらしいんだ」
「俺と?」
「あぁ。そんな時間はかからないと思うから、応じてくれないか?」
「……わかった」
渋々、彼からスマホを受け取り通話に応じた。
「もしもし、お電話代わりました。水無月蒼真です」
『あ。こうしてお話しするのは初めましてですよね! 冬夜君のマネージャーの臼井です。こんな朝早い時間から手間をかけさせちゃったみたいで……本当にごめんなさいね』
「い、いえ。俺としては、彼にはもう少し慎重になってほしいと言いますか、タレントとしての自覚を持ってもらいたいだけなので。……それに、特段手間がかかるわけじゃありません。確かに、少しは反省してほしい部分もあって叱りましたけど、彼の『友達』として当然のことをしただけです」
『…………っそ、っか。友達、か――』
向こう側で、言葉を詰まらせながら呟く臼井さんの声。
彼――『大槻冬夜』と出会ってから早4年。読書モデルとしてかつてない程の知名度を得た冬夜だが、未だファンと友達との境界線が厚く、俺以外の『友達』がいるような気配は無い。
タレントとはいえ、世間的には立派な有名人。
ファンからの好奇な目を浴び続け、枠から外れた友人を作ることも彼には想像以上に困難なことなのだと、最近になり、思い知る場面が増えてきた。
どこにいっても、ファンション誌『BLOOM』の売れっ子読書モデル『ヨル』としての眼差しが付き纏う。――本名『大槻冬夜』。彼自身を見る目ではなく、肩書きを背負った彼自身を皆は見てくるのだという。
決して自分のファンを毛嫌いしているわけではない。ただ、冬夜が望む友人としての在り方は、読書モデルの『ヨル』としてではなく、月ノ宮学院高等部に在籍している1人の学生として、真っ直ぐに『大槻冬夜』として接してくれた方が居心地がいいと、話してくれたことがあった。
故に友人と呼べる人間は数知れず。
俺が知る限り、彼の幼馴染と俺の幼馴染、そして俺を入れた計3人程だ。
『……いつもありがとう。ずっと、お礼を言いたかったの』
「お礼、ですか?」
『えぇ。冬夜君から貴方の話をされたときには正直ビックリしたんです。彼は、特別孤独性を確立させてるわけじゃないけど、それでも――自分がタレントである以上、どうしても同級生の子達との壁はあったみたいで。スカウトさせてもらったこちらとしても、まさかこうなるとは思ってもみなくてね。……マネージャーとしても、大人の立場からしても、彼から本来〝あるはずだった〟ものを奪ってしまったことに、ずっと責任を感じていたの』
「………………」
覚えがあるからこそ沈黙を貫く。
今となってはもう後には引き返せないこと。確定してしまった過去は過ぎ去った道。二度目は無い。――冬夜が人気読書モデルである過去は変えられない。
『だから、4年ぐらい前――急に彼が笑顔になる日が増えたときには、とても嬉しかったの。冬夜君の本当のご両親には敵わないけれど、私としても、冬夜君のことを年の離れた弟のように感じることも少なくないから。だからこそ、余計に嬉しかったの。きっかけを与えてくれた君に』
「……俺はなにもしてませんよ。ただ偶然出会っただけで、そこからなんとなく一緒になる時間が増えて。くだらない話をして盛り上がって。ごく普通の……学生として、当たり前の生活をさせようと思っただけです。全部俺の自己中ですから、お礼は不要ですよ」
『……っ、なるほど。冬夜君から話はちらっと聞いてたけど、想像以上の曲者だね君』
余計なこと話してないだろうなこいつ。
側で臼井さんとの会話を見守る冬夜へと鋭い目線を送るが、当の本人には俺の考えなど届いているはずもなく、コクンと首を傾げるのみだった。
『――あ、そうだ! 今日、来月号の写真を撮る仕事が入ってるんだけど、良かったら見学しに来ない? いつも冬夜君がお世話になってるのになにもしないっていうのは、こちらとしてはどうにも納得できないし』
「……それって、撮影の見学に来ないかって意味ですか?」
『勿論! むしろそれ以外の意味に聞こえる?』
画面の向こう側でウキウキと提案している臼井さんが容易く想像できてしまう。
関係者以外立ち入りが禁止されている空間への興味があるのは、好奇心に抗えない人間の性だ。正直な話、友人が普段どんな環境で仕事をしているのか気になりはする。
SNS等でも、偶々有名人の撮影現場に居合わせたという報告が流れてくることもあるが、近くで見られる機会など滅多に無い。イベントごとに胸を躍らせるファンの気持ちが少しだけわかったような気がした。
『……もしかしなくとも、今日じゃ都合悪いかな?』
「あ、いや。そんなことはないんですけど」
「なになに。臼井さんとなに話してるわけ?」
と、真隣から冬夜の声が響く。
臼井さんからの提案を俺から伝言しようとも思ったが、二度手間は性に合わず、耳に当てていた彼のスマホを離し、画面のスピーカーモードをオンにする。
そしてそのまま冬夜の腕を掴み、昇降口から離れた人気が少ない渡り廊下へと移動する。
「んだよ、急に」
「あのまま電話の内容を聞かれるのはマズいと思ったから移動したんだよ。もうそろそろHRも始まるし、朝練終わりの生徒も入って来てたしな」
『え、もうそんな時間? ごめんね、長話にはしないつもりだったんだけど……』
「いえ、大丈夫です。それで冬夜、今日の放課後って仕事入ってるんだろ?」
「急だな。んまぁ入ってるけど、静華とのロケ撮」
「その撮影の見学に来ないかって、さっき臼井さんに誘われたんだ」
「え、マジ?」
『冬夜君が普段からお世話になってるお礼としてね! 社長や現地のスタッフさんとかには私から説明しておくし、なんだったら、蒼真君もモデルデビューとかしてみちゃう?』
「「――えっ!?」」




