第18話 校門前
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優花は朝から委員会の当番があるとのことで、今日は通い慣れた通学路を1人で歩く。
学校が近づくにつれ、同じ制服を着用した生徒たちが徐々に見え始める。中学、高校に通う生徒たちは校内では制服の着用が義務付けられており、中等部と高等部の制服のデザインは若干ながらデザインが異なる。
中等部の制服は、女子が黒と緑がベースのブレザータイプで、男子が黒と灰色がベースのブレザータイプをしていて――高等部では女子が白と青がベースのブレザータイプ、男子が白と青がベースのブレザータイプの制服デザインとなっている。
ちなみに我が家のクローゼットの中には未だ、中等部の頃の制服が仕舞ってある。
母さんと父さんの意向により、処分するという選択肢はどうしても取りにくかったのだ。
やはり自分の親は最強だ。改めて実感する。
「……ん?」
考え事をしつつ学校の門へと近づいていくと、何やら人混みができていた。校門前での出来事なこともあり、同じ学校の生徒は迂闊に門を通れない状況ができてしまっている。
ここらでは見慣れない他校の制服を着た学生達がどうやらこの騒ぎを作り出している原因ようで、そんな女子達の手元をよく見ると、なにやら見慣れた雑誌やら真っ白な状態の色紙やら学校で使用しているであろうノートやら、文字を描けるものを手に持つ子がほとんどだ。
「………………」
条件が当てはまる人物は数少ない。
この学園には様々な著名人達が在籍しているとはいえど、これほどまでに若者から支持を受ける生徒となってくると、俺の知る限り――その人物はただ1人だけ。
軽くため息を吐きつつも、肩に背負う鞄を背負い直し、歩を進める。その中心には他校の女子生徒に囲まれる1人の男子生徒の姿があった。それも俺の予想を裏切らない見知った顔が。
「……ほんとに大変だな、現役売り出し中の人気モデル様は」
こうして大勢の人間に囲まれているところを目の当たりにすると、やはり自分とは住む世界が少し違う人間なのだなと思い知る。
ただそれは、あくまでも現役モデル『ヨル』へ向けた文言であり。
俺の親友である『大槻冬夜』へ向けるものではない。
少なくともあいつは、雑誌に掲載されるようなカッコいい姿を常に振り撒くような男ではない。特殊な人種などでは決してない。――誰しもが持つとされる表と裏、両者を持つ学生だ。
「――なにしてんだよ、冬夜」
「……っ! めっちゃいいところに来てくれた蒼真ぁ! ちょっくら手貸してくれねぇ?」
「一大事なのは見ればすぐにわかる。なんでこんなことになってんだって訊いてんだよ」
「あ、いや……さ。ちょっくら、気分転換でもしようと思って、今日は迎えじゃなくて電車で通学してたんだよ。……んで、偶然乗り合わせた子が俺の雑誌読んでくれてたみたいで声かけられちまって、気づけばこんなことになってた……」
「………………」
「んな他人のことを憐れんだ顔で見てくんじゃねぇ!」
いや、それはさすがに予想もしてなかった。というかバカなのかこいつ。自分がれっきとした有名人だってこと頭の中に入ってんの……? 百歩譲って迎えの車を無視して電車に乗ったことは見逃してやる。ただ交通手段使うんだったらせめて変装ぐらいしろよ。
「はぁああ……」と、今日1番に大きいため息が思わずこぼれる。
「……いや、なんつーか言いたいことはたくさんあるんだが。とりあえず今は、この場を収めることに尽力するぞ」
「オレなんもしてねぇって……」
自分の胸に手当てながら言いやがれ。
後々俺に叱られる未来が確定されたことに少々不満を持ちつつ、冬夜は軽く咳払いをする。
「……ごめんね。もうすぐ朝礼の時間になっちゃうから、そろそろ校舎入らないといけないんだ。それに、約束してた友達も来たし」
「えぇぇ……。折角ここに来たのに、サインの1つぐらい欲しい……!」
「私も私も!」
「お願いヨル!」
「1つだけでいいの! どうかお願いします!」
彼女達は引き下がる様子を見せず喰らいつく。
そんなファンたちの勢いの強さに冷や汗を流しつつ、冬夜は怯まず、優しい口調で問う。
「……折角ここまで来てもらったのに申し訳ないけど、君達にだって学校があるだろ? オレも、学業に穴を開けないためにも、これ以上学校側に迷惑をかけるわけにはいかないんだよ。それにほら、オレ達のせいでこの先を通れないで困ってる生徒も大勢いるだろ?」
と、冬夜は彼女達に周りへの意識を向けさせる。
現に彼の言う通りで、校門前でのこの騒ぎによって近づけない生徒は多数いる。気にせず通る生徒も当然いるが、周りに迷惑をかけてしまっていることは紛れもない事実だ。
冬夜が視線を彼女達から逸らした方へ向けると、自然と彼女達も、視界外へ意識を誘導させられる。
「…………ぁ」
最前列に居た1人の女子がシャットダウンしていた周りへと意識を向ければ、校門を通れずに困る生徒達の姿が目に入った。
「……ご、ごめんなさい。あたし、ヨル君やこの学校に通ってる人に迷惑をかけてたことに気づいてなくて……」
「わ、私もです……」
「ご、ごめんなさい……!」
集団心理。――集団を作る人間の中で形成される思考や感情、意志などの総称。個人の考えが多数の人にも同調することで合理的な思考力や判断力が構築されるが、極端な話、その同調に僅かな歪みが生じれば意識を変えることだってできる。
今回の場合、意識している『標的』を自分から周りへと視線誘導することで、意識を一瞬でも阻害し、周囲へと意識を向けさせる。極端な行動だからこそ引き起こせることだ。
「……ん。ちゃんと反省してくれてるようならそれで良し。さ、オレ達は学校に戻るから、君達も自分の学校へとすぐさま向かうように」
「「「はーーい!」」」
冬夜の解散を合図に、女子高生の集団はすぐさま最寄り駅の方へと流れていった。
すっと肩の力を貫く彼に歩み寄る。
「ああいう解散方法ができるなら、すぐに実行しとけよ」
「いや、お前が来なかったら『待ち合わせしてる友人が来た』って話ができなかった。説得するにも材料は足りねぇ、納得してもらうにも理由のパーツが不十分。そうなる未来しか思い浮かばなかったよ。それに、マネージャー無しであんな人数対応することもそれなりに緊張するんだぜ? ……まぁどっちにしろ、お前が来なかったらできなかったよ。サンキューな!」
地面に置いたままとなっていたらしい通学用鞄を背負う冬夜。
タレント歴がそこそこ長そうに思えても、こいつ自身、一人暮らしに必要な食費等を稼ぐためにモデルの仕事をしている。モテたいという思春期男子の欲望がこいつの中に無い以上――ああいった女性の対応にも慣れていないのは納得ではある。
おそらく、冬夜の中にある恋情は全て彼女にしか向いていないだろうから。




