第16話 元恋人同士の、両片想い
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時折、テレビに映る名の知れた有名人を見て思うことがある。
長年に渡り、幅広い層から支持される芸能人やタレントもいれば、何年経ってもその名が認知されることが無く支持率が低い芸能人やタレントだって当然いる。
ただ、どれだけの格差が生まれようとも。
一度その道を歩むことを決めた『覚悟』のある人ならば、どれだけ高い壁が前に立ち塞がろうと必ず乗り越えられるのだろうと。そう思うことは決して少なくない。あいつと友人となった日から、無縁だと思っていた世界の情報を耳にすることが増えた気がするのだ。
……そう、あのときだってそうだ。
家から徒歩5分以内にあるコンビニにて。
不足していたシャーペンの芯と、何故か妹におつかいを頼まれたアイスを買いに行ったときのこと。
「――ねぇねぇ! 今月の『BLOOM』もう読んだ!?」
「当ったり前じゃない! だって今月のピックアップは『ヨル』と『シズ』の最新カップルコーデだよ!? こんなのチェックしないわけないじゃん!!」
目的の文房具棚を漁っていたとき、ふと後ろの雑誌コーナーで話をする女子高生組の話が耳に入った。部活帰りか塾帰りかは定かではないが、どうやら学生向けのファッション誌の話をしているようだというのは理解できた。
『BLOOM』――大手の有名ファッション雑誌と比べると設立されたのはつい最近だと言われるが、主に中学生から大学生をターゲットとした学生向けのファッションを中心に、様々なテーマのファッションが掲載されているらしい。実のところ、妹もこの雑誌のファンだしな。
また、この雑誌のモデルをしている多くが高校生や大学生といった学生が、実に全体の7割を占めているようで、よりリアリティのある写真が撮れるのだと、厄介な友人から教わった。
「やっぱりこの2人はいつ見てもセット! って感じがするよね~。勿論ピンでの写真も好きだけど、より青春してる感が伝わってくるというかさ……」
「めちゃくちゃわかる! いつだったっけ……学生服っぽいコーデで学校の中歩き回ってたり、屋上でのんびり談笑してる姿とかめっちゃ好きだった! それにこの2人、お互い以外の男女とは一切撮らないんだよね」
「そう! そこも好きっ! ウチらと同い年っていうのも妙にリアルだし、やっぱり2人の空気感は特別なものがあるのよねぇ……付き合ってるのかな」
「どうだろうね。インタビュー記事とかが出れば少しハッキリするかもしれないけど」
「いつか出てくれないかな~、2人の対談レポみたいなの――」
暫くの雑談を終えた女子高生2人は、手に取っていた雑誌を棚へと戻してコンビニを後にしていった。……最後まで耳を傾けるつもりは無かったが、どうにも知り合いの話となると自然と耳に入って来てしまう。人間の性だな。
「…………」
ショーケースから目当てのシャーペンの芯が入った箱を手に取り、そのまま真後ろにある雑誌棚の方へと身体を向ける。
ファッション雑誌の他にも、今月発売の週刊号や最近発売されたであろう漫画の最新刊、有名会社へのインタビュー雑誌など様々な雑誌が並ぶ中、最前列に並ぶひと際目立つファッション誌を手に取った。
その表紙には、今年の最新春コーデという見出しと、床に足を伸ばした状態で座る身長が高い男子と、女の子座りをした小柄な女子が、やたら近い距離で映った写真が載っている。更に雑誌を開いていけば、2人が手を繋いで海沿いの街を歩く写真や、眼鏡合わせコーデをしている2人の写真など。
毎度紹介されるコーデが違うのもスゴいが、なによりも惹きつけられるのは自然体すぎる被写体だ。まるで、本物の恋人同士のように見えるような仕草や表情。
この季節に合うファッションを紹介することが主だろうが、被写体2人が自然に、ありのままの姿を見せているような写真や構図の方に目を奪われがちになってしまう。
(……なるほどな。道理で美結もハマるわけだ)
美結が好きなのは、まるで少女漫画のような世界観。
主人公とイケメン男子が偶然にも出会い、恋をし、様々な苦難を乗り越えて一生の愛を誓い合う。――ありふれた、けれど、一度は考えてしまう甘酸っぱい恋物語。
この2人が見せる景色も、まさにそれ。
ありふれた青春模様の中、素を曝し合う2人の表情も、ちょっとした仕草さえなにも変わらない。俺が良く知る2人と寸分違わず同じ――これは、2人が送りたかった青春模様だ。
「……こうやってみると、本当にこれ以上ないお似合いなカップルだと思うんだけどな」
ボソッと、独り言が零れてしまう。
この雑誌の中に映る2人の姿は、本来あったかもしれない未来なのだとすぐに悟った。
ヨル――こと、大槻冬夜は『月ノ宮学院高等学校』に通う2年生。実家が様々な事業を成功させている名誉ある実業家『大槻グループ』であり、彼はそこの子息、そして次期当主だ。否、次期当主だったの間違いだろうか。
詳しい事情は定かではないが、冬夜は会社を継ぐ意志など無いようで父親ともめたらしい。
そしてシズ――こと、紅内静華さんは、普段から物腰が柔らかく、冬夜とは小さい頃からの知り合いだそうで、言うならば2人は『幼馴染』と呼べる関係だ。
「……あ、やべ。急いで戻んないと」
ふと妹からのおつかいもあったことを思い出し、手に取った雑誌を元あった場所へと戻す。
雑誌の中ではこれほどまでに笑顔を見せる紅内さん。
そして、そんな彼女を見守るように後ろから着いていく冬夜。
そんな甘酸っぱい両片想いのような構図を見せる彼らは――元恋人同士である。




