18 最強騎士の弱点2
グネビアはその場に倒れ込んでしまった。それを見て、驚いた露天商が大きな声を出した。
「おじょうさん、だいじょうぶかね。誰か、この娘さんを知っている人はいないか。」
多くの人が取り囲み、人だかりができた。
「みなさん、通していただけませんか。」
背の高いたいそう高齢な老人が、荷車を引いてきた。
「この娘さんは私の知人です。私が母親の家までお運びします。」
そういうと、老人は軽々とグネビアをかかえて荷車に乗せた。
ノックを聞いて家に居た母親のエリザベスが外に出ると、背の高いたいそう高齢な老人が立っていた。そばの荷車にはグネビアが横たわっていた。
「グネビア!!!、どうしたの。」
老人が説明した。
「お母様、グネビア様は今眠られています。ただし、大変特殊な眠り方をされています。急いでベッドにお運びしてよろしいですか。」
「どうぞお願いします。」
エリザベスが老人と会ったのは初めてだったが、直感で信用できる人だと思った。加えて不思議な雰囲気があることも感じていたが、そのうちに、あることを想い出した。
「グネビアから前に聞いたことがあります。御前試合の朝、祈っていたグネビアに不思議な杖を渡していただいて、ランスロ様の戦いを助けていただいた方がいると聞きました。本に絵画が描かれていた大魔法使いクレスト様の肖像画にそっくりの方だったそうです。あなた様でしょうか。」
「うそはつけません。それは私です。」
「大魔法使いクレスト様ですか。」
「だいたい合っていますが、少し違っています。今見られているのはクレストではなく、クレストがこの世に残した残留思念です。」
「クレスト様、さきほどグネビアが、大変特殊な眠り方をしているとおっしゃっていましたが。」
「お母様、驚かないでください。グネビア様は市場で「死眠り虫」という魔界の虫が入り込んだりんごをかじってしまいました。その結果、その虫の魔力で、死んだと等しい永遠の眠りに落ちています。」
「死んだと等しい永遠の眠りですか、もう目覚めることはできないのですか!!!」
大魔法使いクレストの残留思念は、生きていると見間違うくらい真剣な険しい表情をして言った。
「グネビア様が目覚めるための唯一の方法があります。全ての闇、魔、災いを切ることができる宝剣プライラスの光を浴びることができれば、体内の「死眠り虫」を消滅させ、魔力を断つことができます。」
「ランスロ様が使われる宝剣プライラスの光ですか。」
「ただし問題は、ランスロ様が宝剣プライラスを振るのは、魔物と戦い魔物を殺すためです。その時、宝剣プライラスの聖なる光りが発せられます。ただし、人間に、愛するグネビア様に向かって、宝剣プライラスを振ることができるかどうか。」
軍事演習が終わり帰還する途中、ランスロは馬上で大魔法使いクレストの声を聞いた。
「ランスロ様、グネビア様の身に大変なことが起きています。いそいで御帰還ください。」
「レディの身に大変なことが!!!」
それを聞いて、ランスロは急いで馬を走らせた。走らせている途中で、大魔法使いクレストの声は詳しい事情を説明した。
グネビアの家に着くと、エリザベスは急いでランスロをグネビアの部屋まで案内した。ベッドの上ではグネビアが眠っていた。
ランスロが言った。
「寝顔を見ていると、死んだと等しい永遠の眠りだとはとても思えません。今にも起きて、快活で健康的な笑顔で私に話しかけてきそうです。」
そして、とても苦しそうな表情で言った。
「レディを起こすための唯一の方法が、レディに向かって宝剣プライラスを振ることとは………」
少しの沈黙の後、ランスロは言った。
「お母様、レディに向かって宝剣プライラスを振っても、命を奪ったり傷つけることはないという確証が得られない限り、私はほんの少しでも振ることはできません。」
それからランスロは、とても暗く、打ちひしがれた様子で帰った。
帰った後、母親のエリザベスは思った。
(ランスロ様、勇気を出してグネビアを救ってください。)
死眠り虫にグネビアが眠らされた時から数日後、王都イスタンから近い位置に開けている平野に、突如として魔王軍が現われた。辺境デザートでランスロが一瞬で殲滅した魔物の数よりはかなり少なく、国王他みんなが勝利することを楽観視していた。
国王は直ぐに討伐軍を編成し、謁見の間でランスロを司令官に任命した。
「ランスロ、ナイト・グランドクロスよ、今回の魔王軍の侵攻箇所は王都イスタンにかなり近く、多くの臣民の命や暮らしが危ない状況にある。辺境イスタンでの活躍のように、速やかに魔王軍を殲滅するのだ。」
「国王陛下の仰せのままに。」
宮殿の前からランスロが軍を率いて出現しようとする時、見送りをしていた父の公爵が馬上のランスロに向かって言った。
「ランスロ、あまり元気がないようだか、愛するレディのことが心配か。」
既に公爵も、領内の町で起こった騒ぎのことを知っていた。公爵は続けた。
「そのような精神状態では、今回の戦いは負けるかもしれない。父ではなく、騎士のマスターとしてアドバイスする。騎士の忍耐として、どんなに泥臭くても格好が悪くてもいいから、次の機会を待つために帰還し、最終的な勝利を目指すのだ。臣民のため、愛するレディのため。」
「ありがとうございます。父上。」
王都イスタン近郊の平野で、ランスロは軍の先頭に立ち魔王軍と対峙していた。副官が言った。
「騎士様が思う存分、宝剣プライラスを振るうため、私達は1マイル後退します。」
「いや、少し後退していただくだけでいいです。そばにいてください。」
「伝令、百ヤード後退を告げよ。」
ランスロはその場に1人残り、宝剣プライラスを鞘から抜いた。
しかし、魔物達がランスロを目がけて襲いかかった瞬間、宝剣プライスラスが振り下ろされることはなかった。
「‥‥だめだ。どうしても気持ちが乱れてしまう。 」
ランスロの心は乱れていた。
(「グロリーブルーアイ。」、自分を励まし自分の勝利を確信できる言葉を、思い切り叫ぶことができない。愛する人があのような状態で、永遠に。)
ランスロは突撃してくる魔物の一匹一匹を、普通の剣戟で退けるしかなかった。ただ、大勢の魔物に押され気味で苦戦した。その様子を見ていた自軍もランスロを助けるため突撃したが、戦況は徐々に悪くなっていった。
魔王城で戦況を見ていた魔王ゲールが参謀ラモンに言った。
「人間は愛する人のために、こんなに弱くなる。馬鹿げた存在だな。」




