16 国王の秘密
国王の怒りは限界に達しようとしており、すぐにでも公爵とランスロに厳しい処分を下そうとした。ただ、わずかに残っていた理性が、自分の判断が正しいかどうか満場の観衆に確認させようとした。
「王女の許嫁になることは、私が臣下に与えることのできる最高の栄誉である。ところがこの2人は、公爵の爵位や騎士の最高位であるナイト・グランドクロスを捨ててまで、栄誉を受けることを拒む。これは、国王に対する臣従を拒否する反逆行為であると思う。だが、この満場の観衆の誰でも良い、異議のある者は申し出よ。」
異議を申し出る者などいないと、謁見の間にいた誰もが考えた。
ところが、国王の言葉が終わった瞬間、凜とした良く通る声が響いた。
「異議を申し出ることをお許しください。」
満場の観衆が一斉に、声が聞こえた方向に注目した。
謁見の間の隅の空間に1人の娘が立っていた。多くの従者が控えていた空間だったが、注目を浴びたことで近くにいた者達は逃げてしまい、彼女だけがそこに立っていた。
王女マギーが言った。
「お父様。たかが従者、身分の低い娘の言うことです。取り合う必要は全くありません。」
自分と反対の意見を退けて、決心しようと思っていた国王は言った。
「マギーよ。私は『この満場の観衆の誰でも良い、異議のある者は申し出よ。』と言ったのだ。あの娘の言い分を一応聞くことにしよう。誰か、あの娘を私の前に連れてくるのだ。」
衛兵が手を引っ張ろうとしたが、娘が言った。
「自分で歩いてまいります。」
強い意思を感じる一言で、衛兵は手を引っ込めた。
それから娘は一歩、一歩、国王の前に、公爵とランスロがいる所に歩いて行った。満場の観衆は通路を開けたが、やがてほとんどの人が気づいた。
「御前試合の時、騎士ランスロに杖を渡した聖女だ。」
「なんて美しい姿だ、その尊さはまるで本物の王女のようだ。」
やがてグネビアは国王の前にたどり着き。公爵とランスロの後ろにひざまずいた。
国王が口を開いた。
「娘よ直答を許す。異議を申してみよ。」
グネビアは顔を上げて国王を見た。そして話し始めた。
「公爵様は国王様の臣下として。軍務だけではなく、この国の政務全てにわたって国王様のため、また臣民のために身を粉にして働き続けてこられました。まわりの数か国が連合して、この国を滅亡させようと攻めて来た国難も、兵士を鼓舞し続け、見事な軍略で戦いに勝利しました。このような公爵様の国王と臣民に対する普遍的な忠義を、今、反逆者という一言だけで否定していいのでしょうか。」
グネビアは続けた。
「ランスロ様は死と隣合わせだった辺境デザートで我が軍の先頭に立ち、魔王軍の大軍を一瞬でせん滅させ、辺境デザートの臣民に平和と永遠の繁栄を約束されました。既に世界最強の騎士になっていらっしょいますが、国王様の臣下としてその剣となり、臣民のためだけに剣を振るうことを強く決意されておられます。このようなランスロ様の国王と臣民に対する普遍的な忠義を、今、反逆者という一言だけで否定していいのでしょうか。」
グネビアの言葉は、相手を言い負かすというものではなく、真実を思い出すことを心から懇切しているものだった。
自分を見上げるグネビアの顔を見て国王は思った。
(そうだな。この娘の言うとおりだ。この娘、青くて美しい瞳は‥‥ 似ている ‥‥ )
そして次の瞬間、
グネビアが胸に着けていたブローチに目が止まった。
(あのブローチは!!!)
マギー王女が言った。
「そこの平民の娘。これまでの公爵とランスロの功績など全く重要ではない。私を許嫁にするというお父様の命に従わないことが反逆なのだ。」
「失礼ながら、王女様の許嫁にならないことがなぜ反逆なのですか。許嫁の約束とは、ふたりが将来結婚して一緒になるということです。愛し合うふたりでなければ幸せになることはできません。国王様といえども一方的に押しつけていいものではありません。」
そこで一旦グネビアは下を向き、言葉が止まった。そして次に顔を上げて話し始めた時は、美しい青い瞳に涙があふれてそうになっていた。
しかし、グネビアは泣き出したいのを必死にこらえて言葉を振りしぼった。
「たとえ限られた時間で死がふたりを分かつとしても、愛し合うふたりが一緒にいられる時間はとても大切です。」
誰も気づくことのできない、ほんのわずかな時間だったが、グネビアとランスロの視線が合った。
大勢の観衆は、グネビアの言葉に大変心を打たれた。
国王が優しい声で言った。
「平民の娘よ、名前はなんというのだ。」
「グネビアと申します。」
「母上の名前も知りたいが。」
「エリザベスと申します。」
「元気で過ごしているか。」
「はい。」
謁見の間にいた大勢の観衆が、国王の変わりように驚いた。国王はしばらく黙って考えた後話し始めた。もう、すっかり冷静になっていた。
「公爵、ランスロ。私は心の底から謝罪する。もう少しで、この国にとって大切な宝であるそなたたちを捨ててしまうところだった。許嫁の話はなかったことにしてくれ。今ままでどおり、私と我が臣民のために尽くしてくれ。」
公爵とランスロは応えた。
「御意のままに。」
王女マギーだけは、怒りの気持ちを押さえることができなかった。
「お父様、どうしてそうなるのですか。この小娘の小芝居に惑わされてしまったのですか。」
国王は王女をさとすように話した。
「マギーよ、今のグネビアの言葉に心を動かされない者はおるまい。」
国王が王子の時、侍女としてお世話係をしていたのがグネビアの母親のエリザベスだった。年の近い2人は直ぐ恋に落ちたが、周囲が引き離しにかかり、2人にはわずかな時間しか残されていなかった。
エリザベスは暇をとらされ、実家に帰らなければならなかった。最後の別離の時に、王子にできることはもう一つだけだった。
「エリザベス、お別れをしなくてはなりませんが、私の永遠の気持ちとして、このブローチを受け取ってください。」
そのブローチには王家の紋章の一つであるクリスマスローズがかたどられていた。それには、私を忘れないでほしいという思いが託されていた。




