11 ローブを編む代償
魔女のすみかの扉を開けると、グネビアは自分の家の前に立っていた。母親を心配させないよう、明るく元気な顔で中に入った。
「母様。ただいま帰りました。」
けれど、母親のエリザベスには、グネビアのほんとうの気持ちがわかった。
「グネビア、そんなに思い詰めた顔をして、大変なことを決めてきたのね。さあ、こっちに来て。」
母親はグネビアを、食事をする椅子に座らせた。テーブルの上には質素だが、とてもおいしそうなケーキが置かれていた。
「えっ。これは。」
「忘れているでしょう。グネビア、今日はあなたの14歳の誕生日だわ。」
18歳の心で2回目の時を歩んでいるグネビアには、全く気が付かないことだったが、母親の気持ちがほんとうにうれしかった。
「母様、ありがとう。今、少し苦しんでいることがあるけど、もう私も大人だからがんばりぬくわ。」
「大人って、まだ14歳だと思うけど。いいわ、母親として、あなたをしっかりと支えるわ。
その時グネビアは、はっと思った。
(運命の時まで、残り4年間しかないんだ。)
その日の深夜、母親が寝てしまったことを確認して、グネビアは魔女にもらった鏡を持って家を出て森に向かった。お気に入りの花々が咲いている場所は、木々に囲まれているが空が開かれており、満天の星と満月ではないが月の光が花々を照らしていた。
(この鏡を使って、月の光を反射させればいいのね。)
グネビアは鏡をちょうどいい角度にして、月の光を反射させた。
すると、一匹の白い蜘蛛が天空から降りてきて、反射させて映し出された月の光道に銀の糸を吐いて巣を作り始めた。気が付くと白い蜘蛛は銀色に変わっていた。
(きれい。)
グネビアはその美しさに見とれていた。銀色の蜘蛛は巣を作り終えると、また天空に昇っていった。
(あの蜘蛛がアラクネね。糸をとらなくちゃ。)
グネビアは空間に張られて蜘蛛の糸を手で巻き始めた。巻き終えて思った。
(ローブを編むには、とても少ないわ。毎日糸を集めなくては。あの魔女様に代償として、ランスロとの間の運命の糸をとられてしまうけど、私達の運命の糸は絶対に無くならないから大丈夫。)
王女マギーは長い間気分が優れず、毎日、侍女や回りの人に当たり散らしていた。
(あの平民の小娘、グネビア。御前試合からもう半年が経つのに、国中の臣民から、美しい『聖女』と慕われているわ。私が大嫌いなランスロも、勇気がある高潔な騎士として、敬わない臣民はいないわ。)
こういう時、王女はいつも宮殿の花畑に行き、魔物の蝶から調子の良い話を聞き、気分を変えるのが常だった。
王女が蝶に言った。
「おまえがお父様に、御前試合で変な褒美を出すことを吹き込んだおかげで、グネビアとランスロの2人は大人気になってしまったじゃない。お似合いのカップルだと言う人が多いわ。」
蝶が言った
「王女様、今こそがあの2人をとことん苦しめることができる、最大のチャンスです。」
「変なことを言わないで、2人は幸せの絶頂じゃないの。」
「公爵である領主の息子と領民の娘で、いつも近い所で生活しているから、お互いの気持ちを確認することができるのです。2人を容赦なく引きはがし、遠い距離を作ってしまえば、相手を思う気持ちはだんだん減って、最後は無くなってしまうでしょう。」
「どのくらい引き離せばいいの。」
「2人が絶望するくらいです。」
それを聞くと王女マギーは心の底から笑った。
「そうね、いいことを考えてくれてありがとう。」
やがて、この国の遥か辺境デザート、王都イスタンから遠く遠く離れた地方に、多くの魔物が出現するようになった。国王はその地方の臣民を守るため城を築き、強い騎士を領主として赴任させようと考えた。
宮殿で国の要職についている多くの貴族が参加し、大広間で会議が開かれていた。
国王が言った。
「報告によると辺境デザートに出現するのは中級魔物以上で、時には上級魔物もいるそうだ。そのような中で、城を築き、臣民を守ることを並の騎士に任せることはできないだろう。誰か適任者を推薦せよ。」
国王の問いかけに誰も応える者はなかった。辺境デザートに命を落としに行く騎士を推薦することになるからだった。
その時、出席者が黙り込んでいた大広間の扉が開けられ、王女マギーが入ってきた。それを見た国王はたしなめた。
「マギーよ、ここでは、我が国の要職者が集まり、我が国にとって最も大切なことを決めている。関係のない者が入ってはいけないよ。」
「お父様、申し上げます。古いにしえより、王女が最強の騎士を選ぶ例が数多くあります。私は関係ない者ではありません。」
王女の言い分を聞いた貴族の1人が言った。
「王女様のお考えにも一理あるな。」
このことに他の貴族達も同意の意思を示した。王女が誰を選ぶのか、うすうすわかっていたからだった。
満場の意見が一致したことを確認して、国王は言った。
「そうかわかった。それではマギー、王女として、辺境の領主にふさわしい最強の騎士は誰と考えるか。」
「公爵家の御子息、ランスロ様です。」
グネビアはその夜も鏡を使い、森の中でアラクネの糸を集め、家に向かって歩いていた。
(もう、1か月集め続けて、ようやく手袋を編めるくらいの量になったわ。)
家が近づくと、ランスロが立っていることがわかった。
(ランスロだ。)
グネビアには不吉な予感がしたが、ランスロの話を聞くと、それが現実のものとなった。
「レディ、夜遅くほんとうにすいません。今度、少し遠い所の領主になるよう、国王から御命令がありました。」
「少し遠い所とはどこですか。」
「辺境デザートです。」
見つめ合った2人には、お互いの同じ気持ちがわかった。
グネビアの心にはいろいろな思いが駆け巡り、気を失いそうになるのを必死にこらえていた。




