EP29
来店すると同時に店内に広がる香りが呼吸と共に自然と体に馴染むように肺に入ってきて
一瞬で心を掴まれた。
実はコーヒー好きなのにスナバに通ったことが無かったのには店に入りづらいとい理由の他に、
ネットで見た事前評価に「スナバはコーヒーを飲みに行く店ではない」という意見があったからだ。
そのネットで得た偏見のせいで心の中でわざわざ行く必要もないかと位置付けていたが、
店内の匂いと棚に並ぶコーヒー豆たち、そしてガラスを挟んで並ぶ美味しそうな料理やスイーツを
見て、そのまま心捕まれた。
が、その心も前の客の姿を見て折られてしまった。
「え~と、じゃあ~。キャラメルフラペチーノのトールで
ソイミルクチョコチップマシマシ、キャラメルソースナイアガラ、ホイップメテオ盛ペラペラ・・・」
スナバ初めての俺には聞きなれない単語たちが目の前の女子高生から放たれ威圧される。
というか、あの子。
「それとペラペラ~・・・」まだカスタマイズの注文続けてるぞ。
それに肺活量もとんでもないな。
「あ、やっぱりチョコチップマシマシからマンモス盛に変更で」
後、さっきから気になってたけどメテオ盛だとかマンモス盛ってなんだよ。
この店の空間は白亜紀か?このまま行くとティラノ盛とか出てきそうだな。
「チョコソースプテラノドンで!」
・・・そう来たか。
前の客の注文が終わりやっとのことで俺達の番になった。
目の前に居た女子高生の注文を参考にし注文をしようと思っていたが、
彼女の口から出てきた単語のせいで、
今の俺の頭の中は完全に白亜紀へとタイムスリップしてしまった。
「そういえば、圭吾初めてでしょう?このお店サイズの呼称がややこしかったりして、
注文大変だから貴方の要望通りのモノを代わりに注文してあげるわ」
困っていた俺に差し伸べられた救いの手(天使だけに)に俺は全体重を預けた。
結局俺が頼んだモノはチョコフラペチーノにチョコチップ増量増量しただけのものだったが、
元々トッピングされているホイップクリームやチョコソースが甘かったので、
それだけでもかなり満足のいく仕上がりだった。
(というか俺は別に、ミカエルと違って甘いモノ好きというわけでもない)
だが、決して冗談でもそんなことを言葉にはしない。なぜなら、
「ん~♪」
そんな俺の横では、かなりの甘さであろうキャラメルフラペチーノ(魔改造)を
幸せそうに口いっぱいに頬張り、普段の姿とは似ても似つかないわんぱくな顔で
口元にホイップクリームを付けながらウットリと悦に浸っているミカエルが居るから。
普段から確かに完璧美少女のミカエルだが。
今のミカエルからはその中にある棘や冷たさが消え完璧じゃなくなり、
コイツが人間を種として見下していて、
攻撃的な奴だと分かっていても惚れてしまいそうな美少女に見えた。
今のミカエルを見ていると綺麗すぎたり整いすぎてる存在よりも凸凹で、
どこか尖っている方が魅力的に見えるのだろうなと思えてくる。
そんなことをボーっと考えながらミカエルの横顔を見つめていると。
いい加減黙っている俺を不思議に思ったのかストローを「ちゅうちゅう」と吸う唇の、
艶めかしい動きを止めた。
「・・・なに?」
「え」
いざ、そう聞かれると返事に困るのは男の子だからだろうか。
「甘いモノを食べているミカエルがいつもより魅力的に見えてきてしまいつい観察してしまった」
別に貶しているわけでも犯罪を犯しているワケでもないのに素直に言えない。
「もしかして気になってるの?コレ」
「気になってるの?」まで言われた時その対象がミカエルかと思いドキッとしたがすぐに
ミカエルが手元のキャラメルフラペチーノを持ち上げたことで平常心を保つことが出来た。
「そうそう、初めだからチョコも美味しいけど。
美味しそうに飲んでるのを近くで見てるとキャラメルも気になってきちゃって」
「じゃあさ・・・シェアする?」
(フラペチーノをシェアかぁ・・・)
固形の食べ物ならともかく液状のドリンクをどうやってと思ったが
提案をしてくる以上何かしらの考えがミカエルにはあるのだろう。
断ってしまうのも無粋なので取り合えず言葉に甘えさせてもらうことにした。
「あぁ、頼む・・・ッンぐ!」
その時は一瞬何が起きたのか分からなかったが、
その時ミカエルとしたキスが俺のファーストキスだったので、
その後の生涯で忘れることはなかった。
俺が頼んだと同時にミカエルは手元のキャラメルフラペチーノを口に含むと
俺の顔に自分の顔を近づけそのまま唇を介してキャラメルフラペチーノを舌で押し込んできたのだ。




