“荒廃都市”新宿
そこはかつて、日本の中心だった。
乗降者数は世界一とも言われ、あらゆる場所の中継地点でもあり、その場所も立派な歓楽街を有していた。
歌舞伎町といえば眠らない街として知られ、映画、カラオケはもちろんのこと、飲み屋、キャバクラ、ホストクラブ果ては風俗店と遊ぶ場所には事欠かない日本でも有数の場所だった。
かと思えば反対側に行くと高層ビルの立ち並ぶオフィス街もあるのが新宿でもある。閑静な住宅街もあり、全く違う顔を見せる。
そして東京都の象徴、都庁があるのもここだ。
日本の顔とも呼べる新宿は、遊ぶ場所と共にビジネス街も立ち並ぶ世界に誇る日本の中心だった。
――しかし、今そこは寂れ錆びれてしまった。
高いビル群の窓は割れ、建物に罅がはいりボロボロになりながらも、しかし倒れずに今もなお健在だ。
ただ雨風により外観は古びていき、徐々に風化が始まっている。
“千年樹海”横浜のように人がいなくなって千年も経ったような状態ではないが、廃れ始めている。
言うなればこちらは人がいなくなって数十年放置されたような状態といえば想像しやすいだろうか。
朽ちてはいるが、今もなお頑強で当面の心配はないと言われているのは日本の建造技術の優秀さを物語っている。
退廃的で、どこか寒々しい印象を抱かせる。
廃墟マニアならば垂涎ものの光景だろう。
攻略難易度はD。
シンボルエリア特有の現象もなく、魔物は虫や小型、中型の動物が多い。魔石狩り初心者にも比較的潜りやすいエリアとして有名だ。
そしてここはエリアキングが特殊だということもあり、色んな色の魔石が落ちているエリアだ。
たまに純度の高いレアな魔石が落ちていることもあり、毎日のように魔石狩りが訪れる人気のあるエリアだ。
陽太達はそこに来ていた。
現在の陽太にとっては大した緊張感もなく訪れられる難易度の低いエリアだが、陽太は非常に渋い顔をしていた。
なにせ隣で、氷のように冷たいのに炎のように熱い目つきで睨む一条がいるからだ。
どうやら他に野良がいることを黙っていたことが大変お冠のようで、一条の激しい質問の嵐に「行けばわかる」とだけ答え、その間ひたすら睨まれ続けたのだからこの顔になるのも頷ける話だった。
ムッスリとした一条は確かに恐ろしいが、出会った頃のただただ冷たいだけの一条よりははるかにマシだ。
そう考えると、随分と感情的になってくれたものだと感慨深くもある。
「……」
「ひっ」
ちらっと表情を伺うと、睨むどころか視線で刺されそうな勢いで陽太を凝視している。思わず怯えた声が漏れるのは仕方のないことだろう。
整った顔立ちだからこそ、より迫力がある。視線だけで殺傷能力を有していそうだ。
話しかけるわけにもいかず、話してくれそうにもない。
地獄のような空気をひたすら耐え続けた陽太はそろそろ限界を迎えつつあった。
実際陽太は、口で語るよりも目で見てもらった方が本当によくわかると思ってそう言ったのだが、全然信じてもらえていなかった。
さらに言えば、野良の狸を見た後だと絶対に信じてもらえないと思って言葉を尽くすのをやめたのだけど、選択を誤っただろうかと陽太が云々頭の中で考えていると
「黒河さん、こんにちは。思ったより早く着きましたね」
連絡を入れていた新宿のエリアの門番が陽太に話しかけてきた。
「あぁどうも!すいません突然連絡してしまって!」
会話に飢えていた陽太が異常なくらい笑顔を浮かべていたため少し面食らった門番だが、流してくれたのか気にせず会話が続く。
「お気になさらず。今日はあの子に会いに来たとのことですが?」
「はい、ちょっと顔を見に。今日は誰にもついて行ってないですか?」
「はい、今日はもう午前中に行ったみたいです。もう家にいますので安心して行ってください」
「ありがとうございます」
一条はこの不思議の会話にさらに眉を顰めることになった。
――なんの話をしているの?
思わず質問攻めをしたくなったがそこはグッと堪える。
腕に抱いた狐の相棒の毛に顔を埋めてストレスケアをする。猫吸いならぬ狐吸いだ。
「こん」
くすぐったそうに声を上げるたまもに申し訳ないと思いつつも、顔をぐりぐりと押し付けることはやめられない。
だって、許せなかったのだ。
野良がいることを放置していることも、それを黙っていたことも。
心の中がぐちゃぐちゃで整理がつかず、もう一条の出来ること言ったら睨むことで沈黙の抗議をするしかなかった。
「それじゃあ行こう、一条さん」
陽太はやっとこの空気から解放されると確信しているようで、表情を緩めていた。
「行ったらわかってくれると思うよ。言葉で説明するの難しかったってこと」
♦︎♢♦︎♢
そこには家があった。
プレハブ小屋のような簡素な家だが、その重厚感は要塞と言っても過言ではない。
鋼を思わせる壁は実際に鋼などの金属を使った合金で出来てきて、どんな魔物がこのエリアにいたとしたも壊すことは困難だと容易に想像出来る。
家の前にはたくさんの魔石や飲料の入ったペットボトルや缶が置いてあり、まるで捧げ物でもしているかの様相を呈している。
何某かのお社なのかと疑問に思うが、地蔵や御神体があるようには思えない。
黒く硬い岩のような石が家のすぐ隣に鎮座していて、そちらには緑系の魔石生物が能力を発動したのだろう。草や花々が美しく墓石の周りを彩っている。
このエリアの慰霊碑だろうか。
シンボルエリア内に慰霊碑があることはあるが、エリア内の魔物に壊されてしまうことも多いため質素なことが多い。
しかしそこには捧げ物が置かれている形跡はない。
普通置くのであれば家の前ではなくそっちに置くのではないだろうか。
――いや、よそう。
一条はかぶりを振って現実を見直す。
正式にはその家ではなく、その隣。
人だかりができているその部分を。
「はやては可愛いなぁ!!」
「はやて!こっち見てこっち見て!!」
「おい!いい加減変われよ!次俺の番!」
「はやて魔石食べる?アーンしてあげる!」
もみくちゃにされながらも、短い尻尾をブンブンと振って喜びを示しているその犬を。
「うぉーん♪」
満面の笑みで撫でられまくって、嬉しそうなその犬を。
「先輩、あの、あれは?」
目を何度もしぱしぱさせて、一条は困惑気味に陽太に尋ねる。
「ははは。全然違うだろ?だから説明しづらかったんだ」
陽太はやっと説明が出来ると言わんばかりに嘆息しながら言う。
「あの子が件の野良の魔石生物。名前をはやてくんと言います」
少し意地の悪そうに笑った陽太に、一条は意味がわからず首を傾げた。
どちらも野良なのにこの違いは一体なんだと、一条は頭の中が真っ白になった。
?で頭がいっぱいになった所に
「ごめんなさいねー、うるさくして。あなた達もはやてに会いに来たの?」
「お気になさらず。はやては可愛いんで仕方ないです」
犬に魔石をあげていた女性が陽太達の所に来た。
「あなた達もはやてに助けられた口?」
「はい。友人の紹介で初めてここに来た時、ビビってた俺の不安をはやてが解いてくれました」
「さっすがはやて!…私達もはやてに会ったのは初めてここに潜った時だったの。窮地を助けて貰ったわ。あの子がいなかったら私達全員死んでいたかも。本当、当時は何にも考えてないクソガキだったから」
憂を帯びた表情で女性は言う。
「最近会いに来れなかったからもうちょっと時間もらっていい?本当は一日中でもいたいくらいなのだけど」
「もちろん構いませんよ。はやてはここのアイドルみたいなものなので」
ありがと、と言うと女性は輪の中に帰って行った。
「先輩、あの子はどういう存在なの?」
一条が改めて陽太に聞く。
「あの家、あれははやての家なんだ」
陽太は金属で出来た家を指す。
「外見は寒々しいけど、家の中は空調もあって夏は熱さが籠ることもないし、冬も底冷えすることはないくらい快適に作ってある。お風呂だってあるよ。あの家はやてが助けた人が、はやての為に建てた家なんだ」
さらに家の前の物資を指差していう。
「あの水とか魔石もそう。はやてのための食糧。全部はやてが助けた人がお礼に持ってきてるんだ。あんな風に家に入りきらなくて表に置いてあることもある」
「あんなにたくさん」
「それだけはやてが沢山の人を救って来た証だよ。それだけじゃなくて、初心者とかには積極的に同行して助けてくれる」
「…私の時、来なかったけど?」
「ははは。それは仕方ないよ。はやては大人気だからね。いろんな人が今日一緒に魔石狩り行かないかって勧誘してるから。むしろ今日みたいに昼間は家に居ない時の方が多いんだ。本当は俺も紹介しようと思ってたけど、その時は他の人に同行してたんだよ」
陽太は苦笑して言う。
「はやてはこのエリアの守り神みたいなものさ。そして危ない時に駆けつけて助けてくれるヒーローでもある。アイドルっていうのは結構的確な表現だと思ってる。皆はやてのことが大好きなんだ」
「ならなんで、保護してあげないの?」
「それは――」
陽太は難しい顔をして口を閉じた。
煮えきらない陽太の態度に、一条は悔しそうに唇を噛んで言う。
「なんであの子は危ないシンボルエリアに居るの?家なんか建ててないで保護すれば良いじゃないっ」
「……」
口籠る陽太に
「おーい!次どうぞー!!」
はやての所いたグループが声をかけて来た。
「あ、ありがとうございます!行こう、一条さん」
陽太はこれ幸いとそれに応え、はやての元に向かう。
まだ感情の整理が出来ていない一条は複雑な顔で陽太の後ろを着いていく。思いの外交代が早かったこともあり、言いたいこともまとまっていない。
考えながら歩いている途中さっきの女性とすれ違い、軽く会釈をすると肩をポンと叩かれる。
顔を向けるとその女性はなんとも表現し難い表情をしていた。
嬉しそうで、寂しそうで、怒っているようで。
いろんなことを瞬く間に考えて、出て来た言葉は
「はやてのこと、説得してね」
懇願のような願いが零れ落ちた。
♦︎♢♦︎♢
「がるる!」
「わうーん!」
クロとはやてが仲良さげに抱擁をしている。
クロの方が圧倒的に体格が良いから、おんぶのようになっているのが少し滑稽で可愛らしい。
そこにシロも加わり談話が始まった。
一条は改めてはやての姿を確認する。
犬型で日本固有種の柴犬にそっくりな外見だ。
薄ら緑がかっている毛色は、本来焦茶色の柴犬とかけ離れているが、自然な緑色で違和感はあまりない。
色の薄さからおそらく風系の能力だろう。
丸まった短い尻尾をふりふりと振って喜びを表している。
次は陽太の腕の中に飛びむと、わしゃわしゃと嬉しそうに緩んだ顔で陽太ははやてを撫でる。
「はやてー!元気そうだなぁ。変わりはないか?」
「わん!!」
頷くように吠えると、はやては一条の方に顔を向ける。
「わう?わうう?」
始めまして?で合ってる?
と首を傾げながら言うはやて。あまりに可愛くて、ここがシンボルエリアであることを思わず忘れてしまいそうになる。
「こんにちは、はやて。私は一条沙雪って言うの。よろしくね」
はやては伸ばされた手をくんくんと嗅ぐと、次はぺろぺろと舐め始めた。
「わん!」
人懐っこいのか初めての一条にも心を許しているようで、お腹を見せて撫でてと言っている。
――可愛すぎるッ!!
思わず涎が出るほどの可愛さに我を失いかける一条だが、なんとか3分くらいで我に帰ることに成功した。
「一条さん、一応ここは外れとはいえシンボルエリア内だからね?油断しすぎ」
腕を組んだ陽太にお小言を言われてしまったが、これは仕方のないことだと一条は自分のミスから目を背けた。
こんなに人懐っこさであれば余裕ではないか。
一条は肩の力を抜く。
何をみんな躊躇しているのか。
あの女性もテイムするならすればいいのに。
もちろんあんな顔して言うのだからなんらかの理由があるのだろうけれど、これだけ人に心を許しているのだ。それを理解する賢さもこの子にはある。
時間をかければきっと理解してくれるだろう。
一条はそう思い、頭を撫でながら言う。
「ねぇはやて。外に出たくはない?」
「わう?」
「外にははやてのことが好きな人がいっぱい居るの。それでいてとっても安全よ。こんな危険な場所に居続ける必要はないわ。一緒に行こう?」
するとはやては優しい顔のまま間髪入れずに首を横に振った。
「私について来てってことじゃないわ。さっきの人達みたいにはやてのことを気にかけてくれる人がいっぱいいるの。外で安全に楽しく暮らしましょう?」
「わう」
少し寂しそうに、はやては謝るように頭を下げる。一条沙雪は慌てて
「も、もちろん、無理にとは言わないわ。時間をかけて考えてくれればいいの」
それでもはやては頑なに首を横に振る。
一条の目を真っ直ぐと見ている。
揺らぐことのない真っ直ぐな瞳は、その決意を、覚悟の決まり方を雄弁に語っている。
梃子でも動かない鉄のような意志を感じ、一条は思わず疑問を口にする。
「どうして?」
その言葉に応えるように、はやてはとことこと歩き出す。
そして家の隣の岩の前に座ると「わん」と吠えた。
一条もつられて岩の前にしゃがむ。
やっぱり慰霊碑なのか?と手を合わせて黙祷して目を開くと、はやてが少しだけ微笑むように一条を見つめていた。
「あ」
それでなぜかようやく、一条は気付いた。
「そういうこと、なの」
一条は目を伏せて、はやての首元を撫でながら言う。
「ここはあなたの主人のお墓なのね」
はやては寂しそうに小さく頷いた。
怪奇横浜に咲く黒と白の花
言わずと知れた緑に覆われた横浜。
まるで千年もの間放置された都市のような退廃的な美しさがあり、“千年樹海”横浜と名付けられた。
魔石狩りが朽ちた観覧車や、草花に覆われたビルなどの写真をアップしたことで、えも言われぬ風景は人々を何とも言えない気持ちに誘う。
この風景を生で見たいがために魔石狩りになった人間もいるくらいだ。
昨年、このエリアでは若返りの実がエリアキングから採取出来ることが話題になり世界を席巻した。
注目が依然集まるこのエリアだが、最近さらに妙な事が起こるという。
それは1、2か月に1回、入り口付近(魔石狩りの出入り口)に白と黒とそして灰色の花が咲くようになったことだ。
あっという間に咲いて1日も経たずにすぐに枯れてしまうらしく、実際の光景は押さえられていない。
警察に阻まれて著者も今も未だ写真には収められていない。その時期の警察は非常にピリついていて、100人規模の警官を導入しているほどだ。
写真を撮らせてくれないことから、また何かを隠しているんではないかと問い詰めると警官はあっさりと答えを吐いた。
「あれは若返りの実の採取が出来る合図だ」
ということらしい。
そんなにも綿密にエリアキングがコミュニケーションが取れることにも驚きだ。
シンボルエリア開放に繋がるのではないかと問い詰めても、この件に関しては口を一文字にして何も喋らない。
箝口令が敷かれていることは間違いがないだろう。
この件に関しては今後も諦めず調査を続けていく所存だ。
一旦諦めて考えを改めてみると疑問なのが、なぜその花の色が珍しいモノクロの色なのかという部分だ。
なぜ花なのかという疑問は一度置いておく。
花といえば色鮮やかなイメージだ。それをあえてモノクロの花にしているというのは意味があるのではないかと筆者が問い詰めると
「エリアキングが好きな色なのだろう」
と、本当に色のない返事が返って来た。
また続報があればすぐにアップする予定なので、引き続き購読お願いします。
次回は幻のシンボルエリア、“秘境幻界”出雲大社について新情報を入手しましたのでご期待下さい!
参考文献
シンボルエリアの秘密を探れ!




