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救いの手を

「先輩、アレは――あの子は魔物じゃない、わよね」


 目に見えて狼狽えている一条を陽太は嫌々ながら肯定する。


 その事実を認めたくはなかった。

 

「おそらく」

「もしかして……」

「たぶん、捨てられた魔石生物(パートナー)、だと思う」

「なんてことを……!」


 一条も陽太も怒りを隠せなかった。


 一条は今まで見たことがないくらい怒気を露わにしていた。


 現代人にとって魔石生物(パートナー)は家族であり、友人であり、自分の将来を左右する存在だ。


 だからこそ、子供は期待する。


 強い相棒が欲しい。

 格好良い、可愛い相棒が欲しい。

 アーマー種の相棒じゃなければ嫌だ。

 唯一種じゃないと認めない。


 なんて子供は多い。


 無邪気な悪意は相手を傷つけることを知らない。


 最近ではパートナーを召喚する前の事前教育が行われているくらいだ。


「性格の不一致というのはある。あるけど…これはありえないだろ」


 陽太は強く拳を握る。


 一昔前、飼えなくなった愛玩動物(ペット)を捨てる人間が少なからずいた。


 自分の気分で飼おうとして、思ったより大変だったから捨てる。そんな唾棄すべき人間が実際にいた。


 当時でもそれは問題になっていたし、その行為は命への冒涜だ。


 現代人にとって魔石生物を捨てるという行為は、()()()()()()と同義である。


「許せない…!」


 唇を血が滲むほど深く噛んだ一条が憎々しげに、悔しそうに声を震わせる。


「門番に通報する」


 陽太は即決し行動に移した。


 シンボルエリアに潜っている魔石狩りからの連絡は|シンボルエリア管理及び監視警察官《門番》にとって最重要任務の一つだ。それもあってコール音もそこそこに通話相手が応対した。


「怪我ですか逃走ですか?」


 相手は名乗ることもせず、落ち着いた声だが素早くそう言う。


 門番への電話は大体この2択に絞られるからだ。


「そのどちらでもありません。しかし緊急案件です」

「…伺います」

「おそらくですが捨てられた魔石生物がいます。至急保護をお願いします」

「あぁ…もしかして狸の魔石生物ですか?」

「ご存知なんですか?」

「はい」

「……何故保護しないのですか?」


 陽太は努めて冷静に言葉を使う。


「誤解しないので欲しいのですが、私達も黙認しているわけではありません。保護は何度も試みています」

「では何故?――いやそうか」


 陽太は答えに気付き、その救われなさに思わず天を仰いだ。


「逃げてしまうんですね?」

「はい」

「……」


 陽太は言葉に詰まってしまった。


「我々が()初めてを確認したのはもう一年以上も前のことになります」


 陽太が息を呑んだのを見て門番は続ける。


「今まで保護を22度試みましたが全て逃げられるか、見失っています。憶測ですが隠れるのに特化したもしくは逃げることに特化した能力なのでしょう。だから――」


 門番はその先の言葉を言わなかった。


 しかしそれでも言いたいことは陽太には嫌でも伝わった。


――たいした能力ではないから捨てられたんだろう。


 そんな言葉を門番は飲み込んだ。


「犯人は直ぐに見つかりました」


 言いたくなかった言葉を埋めるように、その話の続きを喋り出した。


「25歳の無職の男性でした。魔石狩りになるべく専門学校に通い、そして断念した男でした」

「…逃げる、もしくは隠れるようなことしか出来ない相棒だから捨てたということですか?相棒の能力が優れていないから諦めることになった…?」

「そんなこと捨てて良い理由にならない!!」


 通話共有をして聞いていた一条は悲鳴のように叫んだ。

 

「こちらも細かい事情は正直わかりません。その男は逃亡を重ね最終的にシンボルエリアに逃げ込み――」


 淡々と事実だけが陽太の鼓膜に響く。


「――死亡を確認しています」


 なんと救われない結末だと、陽太は掌で顔を覆い隠した。


「…了解です」


 陽太はその言葉を搾り出すだけで精一杯だった。


 理解が出来なかった。


 陽太にとって魔石生物(パートナー)とは、兄弟であり、子供でもあり、友人であり、自分の半身だ。


 陽太はクロとシロが居なくなることを想像するだけでも足元が揺らぐ。


 想像するだけで吐き気を感じる。


「これはお願い出来る立場ではないので聞き流して頂いて構わないのですが」


 門番は丁寧に前置きをして言う。


「その子を保護が可能ならばお頼みしたい」


 その頼みは緊急時に魔石狩りが頼る門番の役目ではなかった。お門違いだと袖にされるのは至極当然の話だ。


「お受けします」


 それを陽太は即答で快諾した。


「……ありがとうございます」


 少しの沈黙の後、門番は心からの謝意を陽太に送る。


「今、あなたにこちらで把握しているその子の情報を送りました。どうかよろしくお願い致します」


 通話越しに深々と頭を下げているのが伝わるくらい、誠意に籠った願いだった。


「やれる限りのことはします」


 陽太はそう言って通話を切った。


「と、言うわけだ」


 陽太は通話を共有していた一条に言う。


「勝手に決めて申し訳ないけど、一旦訓練は中止だ」

「当然の判断よ、先輩。断っていても私が勝手にやっていたもの」


 陽太の即断に一条は満足気のようで、うっすら微笑みすら浮かべている。


 クロやシロに微笑むことはあっても自分に対しては滅多になかったことなので、陽太は思わずその綻んだ微笑みにうっとりと見惚れそうになった。


 改めて彼女の容姿の良さを再認識しながらも、陽太は己を叱咤して思考を切り替えて狸の魔石生物を見やる。


 もうこちらには関心がないのか、狸は丸まって欠伸をしている。


「さて、どうするか」


 陽太は送られてきたデータを確認しながら熟考を開始する。


 今回クロは活躍出来ないのは明白だ。

 いや、炎で周囲を囲んで逃がさないようにするというのはありか?それはあまりに敵対的だ。保護もあったものではない。データにも強制的に捉えようと試みたことがあったみたいだが、それ以降は門番を見るだけで逃げられるようになったようだ。

 

 ならばこれは悪手だ。

 

 じゃあシロで氷で逃がさないようにするか?それも好戦的に見えるだろう。

 これも却下。同様に水もだ。敵対的には見えにくいが万が一魔物がポップした時に水があるとないとでは雲泥の差がある。自分達もあの狸を危険になるのでは意味がない。


 一条の圧倒的スピードで捉えるか?

 ダメだ。これも同じだ。


 データには友好的関係を築こうと試みて魔石をあげたり、なんらかのおもちゃをあげたりするような結果が残っているがどれも興味を引けた様子ない。


――思ったよりも難題だ、コレは。


 陽太は思わず眉間に皺を寄せてしまう。

 門番が手こずるのも頷ける話だ。なんなら下手な魔物をテイムするよりも難易度が高い。


 うーんと唸りながら思考を重ねていると、同じようにデータを見ていた一条が顔をあげて言う。


「先輩」


 なんとも言えない声の硬さに、陽太は思考を取りやめて一条を見た。


 少し緊張した面持ちで、何度も瞬きを繰り返し所在なさげに髪の毛をいじっている。


「どうした?」


 努めて優しく陽太は言う。


 一条は胸に手を置いて大きく息を吐いて


「先輩、協力して」


 意を決して言う。


「私、あの子をテイムしたい」


♦︎♢♦︎♢


「またずいぶん難題を抱えたものだね、陽太くん」


 霧島が楽しそうに笑うのを見て陽太は顔を顰める。


「あんな真剣な顔で頼まれて断れるほど、俺は薄情じゃないんですよ。それが無理難題でもね。だから手始めに先生と恭介から話を聞いてるんです」

「さすが陽太。頼り甲斐があるね。僕からは贈れるのはNOと言える勇気、という言葉くらいかな」

「そんな誰でも出来る解答しか出来ないなら講師向いてないですよ。助教授辞めた方が生徒の為じゃない?」

「返球が強くない?でも本気だというなら背中は押すつもりだけど」


 恭介は腕の中にいる恭介の相棒(シンラ)の喉元を撫でながら言う。


「僕等に聞くのは見当違いだよ」


 背中を押すと言うにはあまりに冷たい言葉だったが、陽太は納得していた。


「…ですよね。だからどちらかと言うとお二人にはその辺りに詳しい書籍だったり、その筋に精通している人を紹介してくれればと思って」

「ははは。陽太くんそれ以上は止めよう。霧島の相棒(レグ)が君のことを睨み始めたよ?」


 そうしてチラリと霧島の腕の中にいる赤子形態のドラゴンを見ると、目を細めて陽太を敵視していた。


「ち、違うぞレグ!先生に紹介して欲しいのは俺だから!先生がテイムしようとしてる訳じゃ…イッタ!ってシンラ!?爪立てないで!噛まないで!うわっ!レグもこっち来ないで!!」


 そうして逃げ回る陽太を霧島と恭介は苦笑して眺める。


「独占欲の強いアーマー種相手にテイムの話は禁句だって言ったことあるはずなんだけどな」

「テイムの話題を出すだけで機嫌悪くなるからね。恭介のもう1体の相棒(かぐやくん)がいるから油断したかな?」

「かぐやは特別ですよ。“願いの石”で出来た相棒で、さらにシンラと僕の命の恩人ですし」

『ぷるるん』


 宙に浮いたクラゲが嬉しそうに震える。


 恭介が手を出すと、触手を絡めて遊び出した。恭介は微笑むとかぐやを撫でる。


「だからこそもう1体なんて話をしたら、例え僕等に関係ない話でも余計に気分を害すんですよね」

「本当そうだね。迂闊なこと言うとこうなるのは自明の理だ。ただそれを忘れてしまうくらい真剣ってことでもあり、藁にもすがる気持ちなんだろう。|陽太が注意を引いている間《今のうち》に出来る範囲で資料くらい揃えておこうか」

「そうしたいのは山々なんですけど、当たり障りのないものしか僕は持ってませんよ?その方向の(つて)もありません。あろうもんならシンラに引っ掻かれますし」

「僕も似たようなものだね。とりあえず出来ることはこの学校のテイム関係に詳しい講師の紹介状くらいかな」


 大人2人が唸り合い、ドラゴンと猫が陽太を追いかけ回し、シロとクロが肩を寄せ合い眠っているカオスな空間がそこには出来上がっていた。


 そこに。


「うーす。陽太いる?飯行かね?」


 巻尾嵐が現れて全員の目が嵐に集中する。


 嵐は3度瞬きをして状況を飲み込み、


「扉閉めて逃げるな!助けろ!!」


 扉を閉めた嵐に陽太は怒りの声を上げた。


♦︎♢♦︎♢


「まーた変なことに顔突っ込んでんだな、陽太」

「なんか俺への評価が厳しいんだけど」

「はっ。日頃の行いだろ」


 嵐が来たことで霧島と恭介が止めに入り、2人は今絶賛ご機嫌取り中だ。


「んで?捨てられた魔石生物ってだけでも問題なのに、その子を再度テイムする、だって?」

「まとめるとそういうことになるな」

「変なことに顔突っ込んでる自覚は?」

「…多少」

「自覚があるなら結構だが、毎度お人好しが過ぎるぜ陽太」

「そうは言うけどな。俺は今まで色んな人の助けてここまで生きてきたんだ。なら助けられる範囲で手を伸ばすのは当たり前のことだろ」


 ムッスリしながら堂々と心根を恥ずかしげもなく言う陽太に、嵐は嘆息する。

 

「ったく。これだから優等生は」


 嵐は憎々しげに言うものの、穏やかな表情をしていた。


「まぁ良い。で?オレに出来ることってあるか?あるんなら手ェ貸すけど」

「嵐達はテイム関係の授業取ってただろ?」

「あぁ。後期にはグループ組んで実際にシンボルエリアに潜る予定だぜ」

「講師の方には霧島先生から紹介して貰えるから後ほど話聞きに行くけど、嵐達も色々自分達で調べてるんだろ?なんかない?」

「まーな。オレ達も誰か1人でもいいからもう1体相棒探して4体にしたいって考えてるし。誰かもう1人追加でチーム組むのもありだけど」

「最初怖がられてたもんな。その間に同学年の皆はチーム組んでたし」

「うるせぇ。耳の痛い話をすんな。実際の売れ残りはお前1人だってことを忘れんなよ」

「うるさい。胸の痛い話はするな」

「売れ残った理由が3体持ちなんだから悪いことじゃねえだろ?それに一応今は後輩とはチーム組めてるんだしな。んで、なんだっけ?狸の魔石生物で隠れるか逃げることが得意だっけか」

「そう。貰った情報によると、見つけることはそんなに難しくないらしい。大体同じ場所にいるみたいだから。ただ捕まえるのは非常に難しい」

「んー、まずテイムは大きく3つに分類される。打倒、餌付け、対話だ」


 嵐は指を一本ずつ立てながら説明する。


「1つは相手より強い事を魅せること。好戦的な魔物をテイムするなら、まず自分より強いこと証明しなきゃなんねぇ」

「今回その手は的外れだな」

「二つめは餌付け。大体の魔物に効く手段だな。普段シンボルエリアでは見かけないような純度の高い色の魔石を持って同じ魔物に何度も与え続ける。現時点のテイムという技術で一番効果的で、一番有効な手段だな。ただその分そこそこの金と膨大な時間がかかる」

「どのくらいかかるんだ?」

「早ければ数ヶ月らしいけど、数年かけるのは当たり前らしいぜ?当人同士の波長もあるだろうしそう簡単には上手くいかねぇさ」

「うぐ。最悪これに頼るのか……」

「いや?毛色は茶色だろ?ってことは土系の能力の可能性が高い。狸で茶色ってことはノーマル色だから特殊能力の可能性もあるけど、基本の食事が黄色の魔石で1年以上経つんだろ?」

「好き嫌いなし、か」

「それか食事に興味がないか、だな。オレはこっちを推すな。じゃなきゃエリアを移動するだろ?あのエリアが住みやすいってのは頷けるけどな」

「あー。確かにそうか」

「んで最後に対話。これはそもそも厳選の必要がある。自分の住むシンボルエリアに不満を持っている、好きな魔石の色が違う、そもそも穏やかな性格で人間を見ても逃げない、とか色々な」

「どれもが特殊な例じゃん」

「そりゃそうだ。そんな奴沢山いたらテイムが難しいなんて話しはおきねぇ。ただ一番容易にテイムが可能だ。会う確率を除けばになるけどな」

「3つのどれも該当しないじゃん」

「だから変なことに顔突っ込んだ、って言ってんだよ」


 うーと頭を抱えている陽太に嵐は言う。


「とりあえず短期決戦は諦めな。んで陽太も後期の授業でテイム取りゃいいじゃん。陽太の経歴ならいきなりでも実地訓練も問題ないだろうし」

「あ!バカ!」


 なんでもないようにテイムの授業を進めると、陽太は慌てて嵐の口を塞いだ。嵐はいきなりの暴挙に睨みつけるが、陽太はそれどころではなかった。


 聞かれていないかと恐る恐る陽太は()()を見ると、バッチリ目の開いた真紅の瞳が陽太を見ていた。


「グルルルルルルルル!!!!」


 赤子形態から通常形態に移行したクロは約3メートルある巨大で陽太にのしかかった。


「ええぇぇ!?」


 驚き飛び退いた嵐は、床に倒れている陽太にクロがお腹に頭をブンブンと擦り付ける光景を目の当たりにする。まるでイヤイヤと駄々を捏ねているように見える。


 ダメだダメだと陽太を押し留めているように。


「あ、そういやそっか」

 

 そうして得心する。


「クロって陽太大好きっ子だったっけ。アーマー種と同じくテイムなんかさせてくれる訳もないか」


 納得と言わんばかりに頷いている嵐に


「見でないでだすげで!!」


 と巨大にのしかかられて苦しそうな陽太は助けを求めて叫んだ。


 色々と前途多難であった

魔石生物を捨てるなど言語道断


愛し合った夫婦でも別れは来る。

幼い頃から一緒だった子でもソリは合わなくなる。


愛情は無料ではない。

与えるだけのものではない。

心の貯金はいつか尽きる。

補填が必要なのが愛だ。


それは日々の対話であったり、ちょっとした気遣い。

それだけで貯金は増えるし、それをしないだけで目減りしていく。


相棒においてもそれは言える。

魔石生物は非常に賢いが、彼らの貯金額は非常に多い。愛に溢れている。

日々触れ合う時間を作れば貯金は生涯尽きることはないといっても過言ではない程に。


しかし毎日のように喧嘩し、一方的に怒鳴りつけ、暴力などを振るえば貯金は一年も持たず枯れてしまう。


それはDVだ。

現行法としてきっちり処罰され、実刑は免れない。

禁固刑も長く最低でも8年。

無期懲役もあり得る。

相棒を大切に出来ない人間が、人間を大切に出来るわけもない。

そんな犯罪者を野放しにすることを、私は許容出来ない。

キッチリと法整備を整えることを私は誓う。


参考文献

筧誠のマニフェスト

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