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その瞳は何も映さない


 そこはかつて、人間が足を踏み入れることが困難なシンボルエリアだった。


 バケツをひっくり返したような豪雨は一時(いっとき)のことではなく、毎日毎時のように降り注ぐ。

 大粒の雨で視界は非常に悪く、目を開くのも困難だ。


 至る所で冠水し、毎日のように続く大雨で大地はぬかるみ歩き辛い。

 

 水が腰まで浸る所もあり移動もままならない。

 

 止んだかと思えば今度は空が至る所で光だし、雷が大地に轟音と共に降り注ぐ。


 雨、雷とくれば風だ。


 まるで常に台風に襲われているかのように風が吹き荒れている。

 

 悪天候を前に人間はあまりにも無力だった。


 分厚く暗い雲はシンボルエリアを常に覆い隠し、日中でも常に薄暗い。


 ずぶ濡れで済めばラッキー。

 悪ければ落雷死。


 このシンボルエリアはそういうエリアだった。


 毎日怪しく光り、轟音を轟かせる。

 毎日ダムは欠壊し、水害はもはやいつものことだった。

 風は吹き荒れて、周囲への被害は計り知れない。


 当然、シンボルエリア外の周囲は人が住める環境ではなかった。

 氾濫に豪雷に風害。

 人が住むにはあまりにも威圧的なエリアだった。

 

 このシンボルエリアが凶悪なのは環境だけではない。


 エリア内には魚の姿をした魔物が多く存在する。


 そしてその魚達は()()()()()()能力を持っていた。


 これがこのエリアにおいて悪辣にマッチしていた。


 空を飛ぶ鳥や虫達よりも、その動きは自由自在だった。


 まるで水の中にいるかのように悠々と空を泳ぐその様は、まるで自分が水中にいるかのような錯覚に陥れさせる。


 中には電気属性を持った魔物もいて、電撃を放ってくる。

 

 水と電気の相性は抜群で、どこにいても電撃を気にしなければいけないし、魚を見つけて倒そうとしても空高く泳いで逃げられる。


 飛行型のパートナーがいたとしても、この雨風の中では活躍することは難しい。仮に飛べたとしても電撃によって地面に落とされてしまうだろう。


 そして極みつけはこのエリアキング。


 “雷雨呼ぶ暴君(ストームメーカー)”だ。


 見た目はアメフラシやウミウシに似た軟体生物で、推定8m以上の高さを持つ超巨大生物。

 推定なのは基本的に水の中にいるので確実な体高を視認できたことがないせいだ。

 

 10m以上の体高があっても不思議ではないと、専門家は語る。


 このエリアにおいて、エリアキングは王と呼ぶよりも支配者(ドミネーター)と呼ぶ方が正しい。


 基本的に多くのエリアキングは王ではあるが、自分のエリアに住む魔物に対して統治もしなければ圧政も敷かない。


 しかし()は少なからず存在する。


 基本的に魔物は自由に活動し、好き勝手に生きている。鎌倉のエリアキングならば神社仏閣、横浜のエリアキングなら植物、のような逆鱗に触れなければ問題はない。


 エリアに生きる魔物達は少ない()を守り自由に生きている。


 が、このエリアキングは別だ。


 圧政を魔物()に敷いている。


 一つは(魔石)の徴収である。


 魔石を魔物に集めさせて、食事の手伝いもさせている。


 果たしてそれはエリアに住み着く権利(住民税)なのか、|落ちている魔石を食べること《消費税》なのかは定かではない。


 さらに言えば魔物達に集めさせた魔石に電撃を放たせて、帯電させた魔石を食べるという美食家(グルメ)気取りのキングだった。


 働かない魔物にはキング自ら手を下すこともあり、恐怖からか魔物達は粛々と王の指示に従って動いている。


 まるで戦国時代のお手本のような主従関係だが、人類からしたら攻略難度の高いシンボルエリアとして名を馳せている。


 そんな恐怖政治はいつからかある法令を魔物達に遵守させるようになった。


 それが徴兵だ。


 このエリアキングは、魔物を兵隊のように使う。


 エリアキングに挑もうとすれば、エリア全体の魔物達が敵となって襲いかかってくる。


 魔物達は雨の中で非常に優れた能力を発揮して、来訪した魔石狩りを軽々と翻弄する。


 逃げることすら安易にはいかない。


 故にこのエリアのランクはB。


 鎌倉のエリアキングのように個体として最強なのではなく、軍隊を率いる王とその軍勢の魚群は強烈で強大だ。


“魚軍降注”宮ヶ瀬ダム。


 人類がこのエリアを攻略するには強力な防護服や攻撃手段のある相棒(パートナー)を持った魔石狩りが最低でも100人はいなければ無理だ、というのが魔石狩りの共通認識で結論だった。



 ()()()()()()


 

「いやー、良い天気だねぇ」


 陽太はそのシンボルエリアで鞄いっぱいの魔石を拾いながら()()を拝んでいた。


♦︎♢♦︎♢

 

 あくせくと陽太は無言で夢中で魔石を集めている。


 その夢中の背中に一言物申したい気持ちを抑えつつ、一条は同じように魔石を拾っていく。


 時にピチピチと跳ねる、もう干上がってしまった陸の上にリスポーンしてしまった魚型の魔物を狩りながら。


 今にもスキップでもしそうな陽太は拾った魔石を太陽にすかせてその綺麗さにうっとり見惚れている。


「このエリア、最っ高!」


 陽太はにやけ顔で黄色い魔石を拾っていく。


 だらしなく笑った顔に一条は苦言を呈す。


「しまりのない顔ね、先輩」

「俺にとってこのエリアは最高の場所だからね。頬も自然と緩むさ」

「黄色と青の魔石の落ちているシンボルエリア。シロと雷刃がいる先輩にとっては最高でしょう」

「これで赤の魔石も落ちてたら言うことないんだけど」

「強欲ね」

「それで言うともう少し大きな魔石が欲しいんだよね。このくらいの大きさだと雷刃すぐ食べきっちゃうし」

「貪欲ね」

「もう一つ言うならシロは深めの青が好きだからここの魔石の青色は少し薄いんだ。深めの青もドロップして欲しい」

「あさましいわね」

「さらに言えば雨の日のこのエリアは侵入禁止なのがきつい。この前の梅雨の時期はここ頼れなくてキツかったなー」

無慙無愧(むざんむき)ね」

「むざんむき?どういう意味?」

「悪いことをしているのにそれを恥ずかしいと思わないこと」

「悪いことしてないけど!?あと恥ずかしいって何?俺のことそんな目で見てたの?」

「騒がしいわよ先輩。()()ここもシンボルエリアなのだから警戒はしなさい」


 呆れた一条にそんなことを言われてようやく我に帰る陽太である。


「それは仰るとおりだ。ちょっと言いたいことがあったけどグッと堪えるよ」

「漏れてるわよ心の声」


 ギロリと睨まれた視線を陽太スッと外した。


「それにしても張り合いのないエリアね」

「雨の日は別だよ?変わらず空から魚群の軍勢が降り注いでくるから」

「エリアキングはいないのに?」

「いや、狙って襲ってくることがいることの証明だよ。基本的にエリア内の魔物は索敵なんかしない。偶然会ったら襲ってくるのが普通だ。でもこのエリアの魔物は積極的に魔石狩りを探してる。それは命令されている証だろう」

「でももう何年も姿を見せていないのでしょう?死んでいるんじゃないの?」

「その可能性はもちろんあるけど。実際エリアキングはいないのに解放されないシンボルエリアもあるし」

「江ノ山ね」

「そう。例外は他にもあるけど、このエリアは最初からエリアキングが確認されているから姿を隠しているだけだろうって霧島先生は思ってるみたい」

「当時は攻略不可能って言われていたようね。今はその面影もないけれど」


 一条は辺りを見回す。


 長く人の手が入っていないからか草は好き勝手に伸び、木々は水にさらされ続けて枯れたものも多いが、また新たに芽を出している。


 ちょっとした自然公園のようにすら見える。


()()()って意外と偉大なのね」

「そりゃそうだ。()()()()()でエリアキングに重傷を負わせてこのエリアを平和に導いた英雄だよ」

「それ以来エリアキングは姿を見せていないの?」

「隠れているのか、動けないほどの重症なのか、本当に死んでいるのか未だ不明。定かではないから現状も調査中だって」

「もう何年も経ってるのに成果出せないなんて職務怠慢じゃない?」

「一応判明している事実もあるよ。ダムの方は魔物達の生息区域だからいるのならそこで間違いない、とかね」

「絞れているなら追求すればいいのに」

「伊達にランクBのエリアじゃないってことだよ。水棲生物系の魔物に水の中で人間は無力だよ。魔石生物(パートナー)がそうだったとしても、何千もいる魚群には多勢に無勢だよ」


 そんな会話をしていると、陽太のピアスが輝いて実体を成していく。


 慣れた手つきで輝いている柄の部分を掴むと雷刃は陽太の腕の中で実体化した。


 何か言いたそうに雷刃はピカピカと光る。


 陽太がわからずに首を捻っていると、「あ」と声を出した一条が何かに気付いた。


「あなたも千野洸と戦ったんだもんね」

「そっか。倒した成果は千野洸だけのものじゃないもんな」

『ピカピカ』


 アイツだけの成果じゃないと言わんばかりに雷刃は光って抗議する。むしろ俺のおかげだとすら言いたそうだ。


「難攻不落のこのエリアに千野洸が挑んだのは雷刃の能力があったからこそだもんな」

「雷刃の能力?」

「雷刃は魔石(食事)でエネルギーを補給してそれを雷として放出するタイプなのはわかるよね?」

「えぇ。クロもそうよね?体内で炎のエネルギーに変換する。逆にシロは大気に含まれてる水を利用しているからコスパがいいのでしょう?」

「シロは青の魔石でも選り好みして食べたりするから赤の魔石ならなんでも食べるクロよりも嵩むことはあるんだけど…というのは置いておいて概ね正解」

「ホホ!!」


 失礼だぞ!とシロが陽太の耳に噛みついた。


「痛ッ!!事実だろまったく。ほらさっき拾った魔石だ。結構シロ好みだろ?」


 ビー玉サイズの青い魔石は澄んだ青空のように美しく、シロは思わずため息をついた。深みは足りないが美しさには非の打ち所がない。


 シロは嘴でつまむとシロは固まり、陽太の肩で動かなくなった。


「また味わってるの?」


 クスクスと可笑しそうにシロを見て一条は微笑む。


 自分の好みの魔石を嘴で挟み、飴のように舐めるのがシロの癖だった。


 しかし目を細めて美味しそうにしている顔は、こちらも思わず微笑むほどの愛らしさがある。


 2人でうっとりと見守っていると


「ガウ!!」


 クロが吠える。


 思考を切り替えクロの吠えた先に目線を向けると、魔石が宙に()()()()()


 それは徐々に光を放っていく。


 魔物の誕生の瞬間である。


発生(ポップ)か」

「私初めて見るわ」

「魚系だからどうせ動けないだろうけど警戒は怠らないように」


 頷いた一条から目線を外し、これから()()であろう魔物を注視する。


 光は徐々に魚の形を成していき、魔物は姿を現した。


 宙に浮いている魔物はナマズに似ていて陽太達を視認した瞬間に光輝き、電撃を一条に向けて放った。


「!?」


 驚く一条はなんとか避ける動作をするが、光の速さに叶うわけもない。


 電撃は残酷なまでに一条に向かい――そして直角に曲がった。


「え?」


 呆気に取られた一条が電撃が曲がった先を見ると、陽太の手に持つ雷刃に吸い込まれていった。


「シッ」


 陽太は魔物元に駆け寄り雷刃を振り下ろす。


 真っ二つになったナマズはなす術もなく地面に落ちて消えていく。


「ふぅ。ちょっとびっくりしたね」

「え、ええ。助かったわ」


 陽太はナマズから落ちた魔石を拾うと手に持ち軽く黙祷する。


 陽太が目を開くのを待って一条は尋ねる。


「今のは…なに?」

「あぁ。これがさっきまで話してた雷刃の能力。雷刃は電気ならなんでも“吸収”することが出来るんだ」

「あんな磁石みたいに引き寄せることが出来るの?」

「雷刃の“吸収”の能力は電気属性に関してかなり強い。実は千野洸がこのエリアを鎮められた理由もこれ。落ちてくる雷を全て吸収して魚群を薙ぎ払い、エリアキングの直接の落雷も全て吸収して倍にして返した」

「それでエリアキングは致命傷を負った?」

「そう。エリアキングは自分の放った雷で自分を追い詰めたんだ」

「雷のエリアキングが雷で討たれるなんて皮肉が効いてるわね」


『ピカピカ』

 えっへんと言わんばかりの雷刃の刀身を陽太はよしよしと撫でる。

 

「刃がいたからどうにでもなると思って近くにいたけど、基本的に発生(ポップ)する敵がいたら近寄ってはいけないよ。今みたいになにが起こるかわからないからね」

「身に染みて実感したわよ。次見つけたら必ず距離を取るわ」


 陽太は頷くと、50mくらい先に浮いた魔石があるのに気付く。


「またか。連チャンで会うのは珍しいな」

「このくらい距離があれば問題ないでしょう?」

「特にこのエリアは大丈夫だね。他のエリアだと大型の魔物が出る場合もあるから50から100mは欲しいかな」


 さっき危ない目にあったせいか、一条は身体を落として動ける体勢をつくっている。


 いい反応だと陽太が心で頷いていると


「え?」


 一条が目を丸くして驚いている。


 視線を戻した先には、宙に浮いた魔石に飛び付いた生物がいた。


「は?」


 陽太も陽太で訳もわからず疑問が口から吐露してしまう。


 その生物はそも魔石をガリガリと噛むと飲み込んでその場に丸くなった。


「先輩、あれは?」

「わからない。このエリアは魚や水に対応した生物しか現れないはずだけど、アレは陸上生物だ。しかもこれからポップする魔物を食べた…?」


 一条の疑問に陽太は応えられず自分の疑問を口にするだけしかなかった。


「一条さん、ゆっくり近づこう。念の為バフもかけておいて。クロ、シロ」

「ホウ」

「ガル」


 陽太は慎重に雷刃と盾を構える。


 クロの背に乗りゆっくりと円を描くように標的に近づいていく。シロは上空から警戒体勢をとる。


 焦茶色の体毛は、緑に覆われたこの地では浮いていて姿がハッキリ見える。


 丸まっているが大きさは1m弱だろう。


 大きくはない。


 陽太達が近づいているのは気づいているはずだが、こちらに目をくれる様子はない。


 敵対心がないのか、陽太は疑問になりながらさらに近づいていく。


 およそ15mまで近づいた時、その生物は耳をピコンと立てて顔を上げる。


 その生物は狸だった。


 警戒しているのかと思ったが、唸るわけでもなく、毛を逆立てて威嚇することもなくただ無感情にこちらを見ていた。


 陽太はその目に見覚えがあった。


 真っ暗で真っ黒なその目に。


 その目は何も映していない。

 陽太を見ているのに、陽太を見ていない。

 世界に何の期待しておらず、何も見る気がない。


 出会った頃の一条沙雪にその目はそっくりだった。


 陽太はそれを見て察した。


 そして心の底から苦々しく、苛つきを隠さずに言う。


捨てられた魔石生物(野良)…か」

無機物種、武器型


無機物種には総じて発声器官が存在しない。

そのため、声で感情を読み取ることが出来ない。

しかし、彼らは代わりにボディランゲージが激しい。

伝えたいことは身体で伝えてくれるから、逆に隠し事がなく確執も起きない。

いきなり踊り出したり、机を叩いたりするので、感情的でテンションの高い種族だと思われがちだが、単純に身体で嬉しさや悲しみを表現しているだけだ。

頭が良いというのもこの種族の特徴で、中には文字が書ける個体もいる。

武器型も同じで、体全体で表現したり、能力を発動して言いたいことを伝えてくるが、苛烈なことが多い。


現在、無機物種の主人は他者への機微が聡い人が多いことがデータで明らかになっている。


参考文献

みんな違ってみんないい

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