その瞳は何かを映したい
「鎌倉のエリアキングは人類の味方っていうのは実感で知ってるけれど、このエリアキングもそうなったってこと?」
時は戻って“千年樹海”横浜。
一条は緑を撒くものを差しながら言う。
「そうなりつつあるし、そこが目指すべき場所だと僕は思ってる。エリアキングが敵対しないっていうのは快挙だ。討伐と同じ価値を持つと言っても過言じゃない。だからこそ陽太はこのエリアにおいて英雄なんだよ」
「それで警察が先輩を敬っていたわけね」
「僕は確かにレイドボスを倒したけど、エリアキングを救ったのは陽太だ。僕にも感謝はしてくれたけど陽太ほど懐いてくれてはない」
「ほんと世間に回る情報って都合のいい部分しか回らないのね」
「得する人間にお金とかのメリットはないから勘弁して欲しいな。あ、一条さんは後で必ず箝口令の同意書に署名してね。誰にも言わないでくれよ。魔石狩りにも学校にも、友人にもというか誰にも」
陽太は苦い顔で言う。この話になると神経質になる陽太だ。
それも陽太にとっては仕方のないことで、こんな情報世に出たら勝手に顔が売れてしまう。
他人の要らぬやっかみを買うのは陽太にとってストレス以外の何ものではなかった。
無駄な名声とは陽太にとって重荷でしかない。
陽太には死活問題だった。
「念を押されなくてもわかってるわよ。既にこれだけの警官達が知ってるのに、とは思わなくもないけれど」
「意外と陽太の情報出回らないからね。まぁ例えそうなったとしてもこの件においては淡墨恭介の置き土産として世に出ることになるから安心しなよ」
「偽情報ってこと?そんなに上手くいくのかしら」
「これが意外と上手くいくんだよ。実績があっても問題のある人間ならそうはならないけど。その実績によって沢山の人間が救われている場合は政治家やメディアの皆さんは協力的だ。実際に僕もそれにあやかったことがあるしね」
「悪いね、恭介。世話になるよ」
「なに、これくらいなんともないさ。少しくらい恩返しさせてくれよ」
少し照れ臭そうにする恭介に陽太は笑顔で返した。
「で?話を戻すけど私をここに連れて来た目的は?」
「あれ?まだわからない?」
恭介があっけらかんというので、一条の目つきは冷ややかに冷気を纏い始める。
「悪いけどこれ以上説明する気はないよ。一条さん、新米ながらこれでも一応僕も教師だから言わせてもらうけれど、君に足りないものの一つが人の機微に疎いところだ。相手の考えを読んで察してみてくれ」
「……」
真面目に恭介が言うと、一条顎に手を当てて思案顔をする。
もう一回噛み付くくらいすると思っていた陽太は驚いた。
「意外と素直じゃないか」
小声で言ってくる恭介に、陽太も小声で返す。
「そりゃ、恭介はレイドボスを倒した英雄だからね」
「それだけじゃないだろ」
含みのある笑顔で恭介は言うと
「それじゃあ僕は実の回収を手伝ってくるよ。陽太はエリアキングと遊んでてくれ」
「はいはい」
恭介は手をひらひらとさせながら去っていく。
陽太はそれを見送りながら一条に目線を向ける。
一条はいつの間にか移動していて、相棒を胸にギュッと抱きながら巨木に背中を預けている。
その眼はどこを見ているわけでもないが、しっかり恭介から言われた言葉を考えているのだろう。考えに耽っているように見える。
邪魔するのも悪いなと思い、陽太はシロとクロと戯れているエリアキングの元へと足を伸ばした。
♦︎♢♦︎♢
一条沙雪の目線の先では黒河陽太がエリアキングと戦っている。
戦っているというか、あれは模擬戦だろう。
陽太は刀と盾を構えて襲いくる茎の鞭を捌いている。
刀はしっかりと峰打ちにしていてエリアキングが傷つかないように配慮している。
思わずため息が出る。
その優しさに。
その思い遣りに。
誰も彼もに優しい人ではないが、基本的に人の思いを汲んでくれる人ではある。
だからこそ身につまされる。
淡墨恭介が言いたかったことはもう見当はついている。
答えなんてとっくに知ってる。
頭では理解している。
納得もしているし、何でもないフリをしているけれど焦燥感だってある。
――陽太は自分の人に見聞きさせてはいけない情報を君に開示した。君はどうなんだ?
淡墨恭介は暗にそう言っている。
一条沙雪に答えをせがんでいる。
――君はいつになったら、陽太にもう一体の相棒を見せるんだ?
淡墨恭介は遠回しに言っている。
一条沙雪に心を開けと促している。
わかっている。
そんなことはとっくにわかっている。
引っ込みがつかなくなったなんて、そんな浅い言い訳じゃない。
そんな理由ならどんなに良かったことか。
でもならばなぜ、私はあの人にまだあの子を見せていないのだろう。
なぜ。
どうして。
一条沙雪は一条沙雪を問い詰める。
自分との対話を進めていく。
見たくなかったもの。
大事なモノ、思い出したくなかったモノを、記憶から掘り返していく。
♦︎♢♦︎♢
綺麗だけど少し厳しいお母さん。
頼りない雰囲気だけどとても優しいお父さん。
その頃の記憶は暖かい。
陽だまりの中にいるかのようで、当時の私はよく笑っていた。
一昔前は大臣を出したこともある家柄だったらしく、私の家はいわゆる良い家柄の家系だった。
衣食住に不自由は一切なかったが、幼い頃から礼儀、マナーをお母さんより厳しいお婆ちゃんに叩き込められ家柄相応の学校に入学した。
習い事はたくさんさせられたけど、ピアノの才能がピカイチだったらしく自然とピアノだけになっていった。
ピアノのレッスンは厳しかったけど、発表会で弾き終えたあと真っ先にお母さんが大きな拍手をしてくれた。
お父さんがすごいすごいと私を抱き上げてくれた。
普段厳しいお婆ちゃんが周りに私のことを自慢気に吹聴していた。
パートナーが2体持ちだったこともそうだ。
「あんまり自慢しちゃダメよ」
お母さんが強く言ってきたのでシュンとしてしまった私だったが
「あなたはもしかしたら特別な子なのかもね」
と小さな声で耳打ちしてくれた。
人差し指を唇に当ててウィンクしてきたお母さんはとびっきり綺麗で、私の憧れだった。
一見頼りないお父さんは研究者だったみたいで、いつか世界から病を無くしたいと言っていた。相棒の魔石生物も医療分野に秀でた能力を持っていて、お父さんは夢に着実に近づいていると確信して語っていた。
その時のお父さんは格好良くて、私の初恋だった。
お母さんに負けないようにと化粧をしてお披露目した時、普段あまり笑わない祖母を膝を折らせて笑わせたのもこの時だったか。
そんな穏やかな日々は突如として終わった。
それは事故だった。
海外の研究チームに招聘され、お父さん1人では海外では頼りないと張り切ったお母さんがついていくことになった。
普段あまり我儘を言わなかった私だが、泣いて駄々を捏ねた。普段はお母さんの味方の祖母が私の味方をしてくれた。
お母さんと祖母の言い合いは初めて見た。
何なら殴り合いになりそうな所をお父さんが上手い具合に着地させた。
行きはお金を積んで比較的安全だが、かなり遠回りになるルート。さらに帰りは大金を積んで絶対安全なルートで帰ることで祖母は渋々頷くことになった。
それでもと駄々を捏ねた私に、お母さんは簪をくれた。
「お父さんから初めて貰ったプレゼントだからあげないわよ。ちゃんと帰ってきたら返してね」
貸すだけだからね、そう言って念を何度も押してきたが、私はもう貰う気満々だった。
結果笑顔で見送ることになった。
ここで止められていれば、
出発の時間が遅れていなければ、
私がもっと本気で駄々を捏ねていれば、
レイドボスが気まぐれを起こさなければ、
2人はまだ、私の隣に居たはずなのに。
『一条さんって2体持ちなのにもう1体ってアレなのヤバいよね』
『アレなら1体で良いよねー』
『疫病神って云われもあるし。私なら捨てちゃうかも』
『だからご両親も亡くなったんじゃない?』
『『『あははははは』』』
同級生達の嘲笑が記憶から蘇ってくる。
2体持ちへの嫉妬。
私の秀でた容姿に対しての怨嗟。
そんな私が落ち込んでいることへの優越感からか、その声は酷く弾んでいた。
両親を亡くしたすぐの私に、その言葉は重く響いた。
それを子供の戯言と論じるほど、私の心は強くなかった。
今だって思い出したら腑が煮えたぎる思いだ。
苦しくて。
苛ついて。
悲しくて。
私が泣き出してしまったからあの子は――。
不要と切り捨てた記憶は心の奥に根を張っていたようで、ジクジクと痛み出す。
そうだ。
私は――
お父さんとお母さんが居なくなったことが嫌で。
この心の痛みが嫌で。
誰もあの子を受け入れてくれないのが世の中が嫌で。
そうして、世界に失望したんだった。
何にも期待しなければ、心は痛まない。
何にも期待しなければ、私は傷つかない。
こうして、私は冷たくなった。
世界は色を失った。
♦︎♢♦︎♢
あの日から私は訓練を始めた。
大好きだったピアノも辞めた。
魔物が憎かった。
魔石狩りになって多くの魔物も屠り、いつかレイドボスを殺す。
それが私の目標になった。
祖母はすっかり小さくなり、私に何かを言うことはなくなった。
これを機と思い、私は修練に勤しんだ。
他人の嘲笑は罵倒で返した。
激昂してきた相手はたまもの能力でひれ伏せさせた。
恐れ慄いたのか、私を見ると逃げるようになった。
なるほど、人間関係はこうすれば楽になるのかと私は学んだ。
もうその頃には何も感じなくなっていた。
誰に何を言われようが、心底どうでもよかった。
体の芯まで凍てついた私はそこでようやく、心の平穏を手に入れた。
あと欲しいのは魔石狩りの資格だ。
そう思い鍛錬を重ねていると
「沙雪。高校を卒業したら結婚しなさい」
小さくなった祖母がそんなことを言った。
「魔石狩りになるのは認めません。一条家の血を絶やしてはなりません」
昔の祖母を彷彿とさせる物言いだった。
しかし私は、何も感じなかった。
ならば家を出て行こう。
それくらいにしか思っていなかった。
私にとって祖母はすでにそういう存在だった。
しかし
「ちがう、違います。あぁ、私はなんと愚かなのか。また同じ過ちを……本音を、本音を言います」
祖母は急にオロオロとしだして、そして一筋の涙を流した。
「あなたまでいなくならないで、さゆちゃん」
堰を切ったように泣き出した祖母は、本当に小さくなっていた。
気づかなかった。
私の方がもうとっくに背が高くなっていたことになんて。
いつからだろう。
まともな会話がなくなったのは。
もうずっとずっと、事務的な会話しかしてこなかった気がする。
抱き抱えた祖母は――お婆ちゃんは脆くてすぐに崩れそうなガラス細工のようだった。
まるで子供のように泣き出したお婆ちゃんの背中を、私は優しく撫で続けるしかなかった。
そうして私達は久々に家族の会話をした。
お婆ちゃんはずっと私に魔石狩りになるのを止めて欲しかったそうで、でも言えなかったらしい。
両親を亡くした私の生きる糧になるのであればという気持ちがあったそうだ。
私の努力を長く見てきたということもあって、何と言って止めて良いのかわからなくなってしまい今の今まで来てしまったらしい。
そうしてなんとか絞り出して出てきたのがさっきの言葉だったそうだ。
娘夫婦を亡くし、孫まで亡くしたらそれこそお婆ちゃんは生きる意味をなくしてしまうだろう。
その気持ちは痛いほどわかったけれど、私にも重ねてきた努力と意地があった。
最終的にどこかの学校の特待生として受かることが出来たのであれば、納得するとお婆ちゃんは言ってくれた。
それくらいの才能がなければ送り出せないと。
だからあの日あの時、霧島教授が私に手を差し伸ばしてくれなければ私の道は大きく変わっていただろう。
♦︎♢♦︎♢
「こん」
たまもの鳴き声で私は我に帰る。
腕の中でたまもが大丈夫?と言いたそうだ。
「えぇ。大丈夫よ。苦しかった?」
たまもはふるふると首を振った。
そう。と言って私はたまもの首筋を撫でる。
嬉しそうに鳴くたまもを見て、私の頬が緩む。
答えは出た。
いやずっと知っていたけれど、見ないふりをしてきた。
それにそろそろ終止符を打たなければならない時が来たのかもしれない。
そんなことを考えていると
「一条さん!」
先輩が私を呼ぶ。
呼ぶ方を見ると、手に持った雷刃が抗議するようにピカピカと光り何かを言いたそうだ。
「一条さん、雷刃がまたお腹減ったっていうからあのエリア行かない?」
さっきまでの思考は一旦捨てて、私は今まで通りの一条沙雪の顔を被る。
「また?最近あそこばかりじゃない。あのエリアで私に得るもの特にないのだけど」
「そしたら1人で行って」
「はぁ?行かないとは言ってないでしょ。得がないって言っただけよ。先走らないで」
「おっかな」
「全力で引っ叩くわよ?」
「たまもにバフかけせようとするな!わかったわかった!何が望み?」
「あら心外ね。それだと私が何かを求めてるみたいじゃない」
「あなたのために俺に何かできることはありませんか」
「下手くそな文言と棒読みなのは頂けないけれど、まぁいいでしょう。聞き流してあげる」
「……」
「なぁに?不満そうな顔ね?」
「いや?寛大な心に感謝に堪えない謝意を表しているつもりだよ」
「演技力がないって言わなかったかしら?」
「口撃力が高いって話ししなかったっけ?」
しばし笑顔で睨み合い、
「まぁ良いわ。今回は貸しにしてあげる」
「それ後が怖いから要求をして欲しいな」
頭をポリポリとかきながらうへぇと唸る陽太を他所に、私は目を瞑り祈る。
――もう少しだけ心の準備の時間をください、と。
あなたのことを信じてはいる。
でもあと一歩踏み出す勇気が私にはない。
最近また、世界が色彩鮮やかになっていくのを感じる。
それは喜びに似た感情も生むけれど、私はそれよりも失うことの方が怖い。
震える足はなかなか一歩目を踏み出してくれない。
だから。
あと少しだけ。
私は先輩の背中を目で追う。
その優しさに甘えることを許して欲しいと願いながら。
魔石輸出大国日本②
周囲を海に囲まれた島国の日本は孤立していた。
しかし他国から支援するのは富国の義務と、多くの国から援助を求められた。
全ての国に平等の支援は無理だと発言すると、見殺しにする気かと怒号が日本に集まった。
しかし当時の政府は若い世代が急に引き継いだのにも関わらず、堂々と毅然とした態度をとった。
経済制裁は当然のように行われたが、日本は他国よりも復旧が圧倒的に早く、他国の補助を必要としなくなった。
まるで戦後の日本だ!と戦争の知らない世代が揶揄する中、追い詰められていた国々はとうとう日本への渡航を決める。
それは命懸けの断行であった。
“血の十日間”以降、強い力を持った魔物がシンボルエリアを作り、その他の魔物もその中で暮らすようになった。
ではレイドボスは?
シンボルエリアに行かなかった魔物は?
答えは“国の外”だ。
今世界で国と呼ばれる国土以外の海、空はレイドボスが闊歩している。
一応ゲームからレイドボスは国の中には現れないと言明しているが、逆に言えば国以外ならばどこにでも現れるということを暗に示している。
あるレイドボスは空に巣を作り、あるレイドボス海上に島を作るなどやりたい放題だ。
地球は今魔物に侵されていると言っても過言ではない。
当然、国外の海上や空路を行くのであれば命懸けだ。
レイドボスは基本的に気まぐれだが、人間への殺意は高い。
バレないように行けば無事たどり着けるが、バレた場合は皆殺しだ。
レイドボスは人間に容赦しない。
しかし魔石はパートナーにとって貴重な食糧。
多くの人間は家族を見殺しにすることはできなかった。
そうして人類は“血の十日間”以降さらに多くの犠牲者を出すことになる。
世界各地の魔石輸入者たちを“カミカゼ”と比喩するのは、輸出を独自で行わない日本への鬱憤を晴らすためなのだろうが個人的にはいただけない話だ。
世界中で知恵を搾りあい、海路、空路や宇宙からの道筋も考えてきたが全てはレイドボスの気まぐれによって封殺された。
絶望が世界を包む中、光が生まれる。
それが世界でも現状10本の指に満たない超貴重な魔石生物、跳躍種の誕生。
通称ワープ種だ。
そうして世界に物流革命が起きる。我々人類はまた魔石生物によって救われることになったのだった。
参考文献
日本が世界的な地位を確立した背景




