そのシンボルエリアの現在の姿
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「いやぁ、それにしてもいい散歩日和だね」
「そうだな」
「……ねぇ」
明るく溌剌な恭介は軽く伸びをしつつそんなことを言う。そんな恭介に陽太は浮かない顔で適当に相槌を打っていた。
「最近篭りっぱなしだったから、気分転換にも運動不足解消にもちょうどいいや」
「そうだな」
「にゃう」
「…ねぇ」
身体をほぐしながら歩く恭介の隣を相棒であるシンラも機嫌良さそうに歩く。
「暑いけど木陰は涼しそうだし、何よりも風が心地いい」
「そうだな」
「……ッ!!」
とうとう頭に来たのか、のんびり散歩するように歩く恭介の前に出た一条は大声で怒鳴る。
「ねぇって聞いてるんだけど!?」
腰に手を当て、眉は吊り上がっている。
私怒ってますアピールがわかりやすく、恭介は自然と笑ってしまう。
さらに眉が吊り上がっていくのだが、どうにも堪えることはできなかった。
3ヶ月前はあんなに冷たい表情をしていたというのに、こんなにも表情豊かになったということに想いを馳せると関わりが薄かった恭介をして感慨深いものがあった。
たった3ヶ月。
その期間で、陽太は彼女の心を解かしたのだ。
解かされた経験のある恭介は、本当に凄い男だと心の底から敬意を表す。
さすが、人たらし。
さすが、コミュ力お化け。
少し誇らしげにチラリと陽太を見ると、当の本人の表情筋が死んでいるかのように真顔だった。これから先のことを思うと憂鬱なのだろう。
どうやら助け舟を出すどころか、自分のことで精一杯らしい。お得意のコミュ力には期待できなさそうだ。
彼女の対処は自分でするしかないらしいと理解して、恭介は柔らかい笑みを浮かべて問いかける。
「聞いてないって、何が?」
「何がじゃないわよ!ここどこだと思ってるのよ」
「え?シンボルエリアだけど?」
見てわからない?と言った感じに肩をすくめた恭介に対して、こいつじゃ埒があかないと感じたのか、標的を陽太にロックオンした。
あ、ラッキーと恭介は思った。
薄情な師匠がそこにはいた。
「貴方の先輩どうなってるのよ!?」
「俺に来るの?…まぁでも恭介は割とこんな感じだよ」
陽太は諦めているように枯れた反応をする。しかしニヤニヤしてる恭介を見ていると腹は立つもので、陽太は恭介にぶつくさと言う。
「別に一条さんは無理に連れてこなくても良かっただろ」
「隠し事はしない方がいいだろ?彼女は嘘や誤魔化しに敏感だろうからね」
コソコソと耳打ちをして話している2人に、一条の目は釣り上がっていく。
「なにコソコソ話しているのよ。説明くらいちゃんとしなさいっ」
ギロリと睨む瞳には怒りの炎が浮かんでいる。
冷徹な瞳も怖いが、感情の乗った瞳もまたそれは怖い。まぁまぁと煽てながら恭介は言う。
「まぁそれじゃあ説明しようか」
「いや俺も思うけど、恭介のその説明しない癖治した方がいいよ?教師としては致命的欠陥だぞ?」
「グハッ」
恭介は胸を押さえて倒れた。
陽太はニヤリと口角を上げた。意趣返しに成功したのが少し嬉しかったからだ。
師匠をまるで敬わない弟子がそこにはいた。
「いや先輩、貴方もかなり似ているわよ。貴方も私を教導する立場なのだから自覚しなさい」
「カッフ」
陽太は胸を押さえて倒れた。
それを見て一条はしかし何も感じなかった。
弟子の弟子は師匠を師匠と思って見ていなかった。
そんな所に
「すいませーん!お迎え遅くなって申し訳……」
シンボルエリアの門番であり、責任者の警備部長が顔を出した。
「…どういう状況ですか?」
「それ、私が聞きたいんだけど」
警備部長は首を傾げ、一条は不満そうに2人は顔を見合わせた。
♦︎♢♦︎♢
「敬礼ー!!」
その掛け声と共に、約100人を超える警察官が右手を顔の前に出して敬礼のポーズを取る。
その様は圧巻で、訓練の行き届いた兵隊のように一部の乱れもなく統一されていた。
このシンボルエリアで世間的に因縁が強いのは恭介だ。
このシンボルエリアを守った英雄への敬礼だろうと思い、一条は特に疑問を持っていなかった。
随分と盛大な歓迎だなとは思った。
ここに連れてきたのは淡墨恭介が権力でも見せたかったのかと邪推したが、彼は陽太と同じくそういうタイプではない。
ではなんだろうと考えながら歩いていると、視線は恭介にも向いているがどちらかといえば陽太の方が多い。
一矢乱れぬ敬意の姿勢だが、表情は豊かだ。
真面目な顔つきも多いが、中には優しそうに微笑んでいたり、目を輝かせていたりした顔がちらほらいる。
一条の疑念が頭の中で加速していく中、陽太も陽太で大変複雑な心境だった。
なるべく笑みを浮かべているつもりだが、自分でも引き攣っているのがわかる。
なにが嫌だって、これが嫌なのだ。この状況が、心の底から嫌で仕方なかった。
陽太の肩の上で、シロが誇らしそうに胸を張って膨らんでいるが、その神経が非常に羨ましい。クロは特に気にもしていないのか、陽太の隣をいつも寄り添って通り歩いている。
この2人の神経の太さが羨ましい。
陽太は心でそんなことを思った。
なんせこの人達は陽太達を、より正確に言うのであれば陽太を迎える為にこうして集まっているのだから。
何故ならこのシンボルエリアにおいて、陽太は英雄だった。
恭介と同じく、いやそれ以上に。
♦︎♢♦︎♢
かつてこのエリアで起きた不正があった。
悪人と警官が欲に溺れて起きた事件。
警察の威信は失墜し、今も未だその事件の余波は収まっていない。
最悪の結果だ。
最低の結末だった。
というのが世間の感想だ。
この結果は底ではなかった。
地獄はまだ深く続いていた。
それはエリアキングによるシンボルエリアの拡張だ。
もしこれが現実になっていたのであれば、警察は信頼を失ったではすまない。世界を巻き込んで日本中がひっくり返って大騒ぎになっていただろう。
しかしそれを防いだのが恭介であり、なにより陽太だった。
恭介は警察の不正というセンセーショナルなニュースを、レイドボス討伐という明るいニュースで打ち消した。
マスコミが警察への追及がぬるかったのはこれが1つの大きな要因だ。
陽太はエリアキングのエリア侵食を止めただけでなく、犯罪者達が求めた若返りの果実の強奪を阻止した。
そして何よりの成果が、この果実の価値を最低値に落としたことにある。
エリアキングが安定して供給することを決めたおかげで、わざわざ危険を犯す必要がなくなったというのが一つ。
そして供給先は陽太という1人の人間だったのが一つ。
そして最後の一つがこの実を公にして、研究機関に寄付することを発表したことにある。
以上3つの理由で、この実を狙う価値は無くなった。
個人所有は難しくなったが、若返りの効果の研究は格段に進んでいる。日本だけでなく世界中にその成果が届く日はそう遠くないだろう。
かつて“千年樹海”横浜が価値のあるシンボルエリアだったのは裏の世界では共通認識だった。
しかし今それは表の世界の常識と置き換わり、裏の世界では著しく価値を無くし悪人達の興味はこのエリアにはなくなった。
それは平和を意味することに他ならない。
陽太が英雄と呼ばれるのはこれにある。
平和をもたらした者を、英雄と呼ぶのは当然の帰結だった。
当の本人が納得していないという事実はあるのだが、それはさて置き、となるが。
「ねぇ、貴方何したのよ?」
まだ現状を把握しきれてない一条がムッスリと聞いてくる。
「何であの男だけでなく先輩も歓迎されているの?」
「よく気付いたね。歓迎されているのが恭介だけならどれだけ良かったことか」
「目立つのが嫌いって最早嘘なんじゃないかって疑うんだけれど?」
「そんな嘘つくか。今嬉しそうな顔してるか?この目立つ状況が嫌で嫌で仕方がないよ俺は」
毎度毎度、このシンボルエリアを訪れると盛大な歓迎をされるので陽太は辟易していた。
一度目で辞めてくれと懇願したのだが、逆に懇願されてしまった。
それは警察内部の士気向上にある。
警察の不正によって起きたこの事件は、今もなお警察内部を揺らしている。
士気は下がりっぱなしで、離職者も増えた。
そんな中、警察内部で実しやかに囁かれ始めた噂があった。
2人の少年が警察の不正を暴き、そして守ったと言う噂。
実際それに似たようなことを内閣総理大臣が仄めかしていたことにより、この噂は信憑性を高めた。
そしてこの地に|レイドボスを撃退した英雄《淡墨恭介》と少年が現れた。
最初はある程度上級職員を集めただけの歓迎だった。
しかしその後、あり得ない光景を目にした職員たちは恭介よりも陽太を持ち上げ始めた。
次に来た時に全職員からの歓待を受けたことで、陽太は必死に頼み込んだのだが、逆に土下座をされて嘆願されてしまった。
「頼む立場ではないのは重々承知なのですが、どうか職員の士気向上にお力添え下さい!!」
大の大人の必死の土下座に、陽太は譲歩せざるを得なかった。
この人はあの時警察内で自分達のことを必死に救おうとしてくれた数少ない善人だぞ、と恭介に耳打ちされたのが決め手となったのは間違いなかった。
思い返すと、何故譲歩してしまったのかと陽太はあの時の判断を悔いてため息を吐く。
「そうは言うけれど、この人達ほとんど先輩目当てじゃないの?」
「ノーコメント」
「へぇ、誤魔化すのね。やっぱり目立ちたくないとか言いながらオレ目立っちゃうんだよなーとか思ってるのかしら」
「やめろ。俺をやれやれ系の主人公扱いするな」
「だって私と会った時も一番目立つタイミングで割って入ってきたじゃない」
「あれは不可抗力だろ」
「狙い済ませたタイミングとしか思えないけど?」
「わかったわかった、そんなに責めないでくれ。ちゃんと説明するから。でも一から説明すると内容が込み入ってるし、一部機密保持もあるから喋れないんだよ。恭介も本当は説明が面倒だからしなかった訳じゃないんだよ」
どんどん吊り上がっていく一条の眉を前に、陽太は頼むからこれ以上は騒ぎ立てないでくれと手を合わせる。
「君も機密保持の署名をしてもらうことになるけどいいね?」
「えぇ。それくらいで動じる私じゃないわ」
「なら説明はしっかり後でするから」
陽太は肺の中の空気をふうっと吐き出して心を入れ替える。
「黙って着いてきてくれ。見れば分かる」
♦︎♢♦︎♢
そして一条は目撃する。
最近緩みつつはある鉄面皮の表情だが、一条は呆けた姿を見せたことはない。
それは油断の代物に他ならず、一条としてはそんな顔を他人に見せるつもりはなかった。
そんな一条が、驚愕して目と口を見開いて驚愕していた。
すぐに口を押さえて間抜けの表情を晒すのを食い止めたが、張り裂けんばかりの心臓の音は隠せない。
「そんな…嘘でしょう?」
思わず心根が吐露する。
「先輩まさか、エリアキングをテイムしたというの…!?」
「そんなわけあるかぁ!!」
『ゲキョゲキョ!』
陽太は根っこに絡まれて持ち上げられ、エリアキングに嬉しそうに頬擦りされながら叫んだ。
飛行機は空を飛ぶ
山を1つ2つ越える程度ならば、2足タクシーで空を飛ぶ方が圧倒的に早い。
2足タクシーは非常に便利で、気軽に利用できる現在の最速の移動手段の1つだ。
しかし、例えば東京から大阪まで行くのであれば話は別だ。2足タクシーを何個も経由しても昔走っていた新幹線には敵わない。
たがそれも叶わない。線路は所々シンボルエリア内に侵入しているので走ることは出来なくなった。
だからこそ、現代の長距離で最速の移動手段は飛行機だ。
新幹線よりも早く移動が出来て、そして昔と比べて非常に安価になった。
逆にヘリコプターなどの少人数しか乗れない乗り物は、2足タクシーにそのお株を奪われてしまった。
本州限定ではあるが、飛行機は未だ空を飛んでいる。
そのことを、元パイロットとして嬉しく思う。
当然、海を挟んだ九州や四国、北海道には飛ぶことが出来ないのであしからず。
参考文献
“血の十日間”以降の乗り物の変異と衰退




