愚痴
「そんじゃ俺らのシンボルエリア童貞卒業を祝ってー!」
「「「「乾杯!」」」」
カキン、とジョッキがぶつかり合い小気味良い音を奏でる。
「かー!!今日はいつもに増してウメェ!!」
「そうだな。…それにしても“不登の山”高尾山、あんな緊張するとは思わなかったな」
「ソレな。ホント疲れた!最低ランクなのシンジらんねー。しかもこの疲労で滞在時間2時間経ってねぇんだろ?精神疲労エグいわ」
巻尾嵐、笹野銀河、熊谷市鳴矢の順に心底疲れたように愚痴をこぼす。
「ははは、お疲れ様。慣れないと精神疲労は肉体に積み重なるからな。それまでは入ってもすぐ出たほうがいいぞ?何事も経験は必要だしね」
「さっすが、魔石狩りの資格持ち様の言うことは重みが違うわ」
嵐が茶化すように言うが、その実ありがたい金言だと心に留めていた。
「陽太はジッサイどんくらいで切り上げてた?」
「高尾山の時は1時間少しくらいじゃないか?エリアキングに追い出されたしね」
「それはサンコーになんねぇな。それ以降は?」
「んーそれこそ参考にならないかも。恭介と一緒だったから最初から2時間超えて潜ったし」
「マジかよ。シンジらんねー」
鳴矢が大袈裟に驚く仕草をした。
が、心では負けてられねーと闘志を燃やす。
「でもいい経験だったな?霧島ゼミに入って良かった特典の一つだよな?」
「ゼミの4年生は全員資格持ちだからね。ランクEのエリアなら新人についていても問題ないって言われるくらい優秀だもんなぁ」
しみじみ言う陽太に、銀河はお前もだけどな?と心の中で突っ込んだ。
それこそ4年生の先輩達はめちゃくちゃ陽太をライバル視しているのだが、陽太は陽太で尊敬の目を向けるから対応に困っている、なんて話すら聞いたことがあった。
「で、どうだったんだよ。小鬼とか毒蛙とかと戦ったのか?」
「まぁな。先輩方が一体ずつ釣ってきてくれたから戦ったよ。俺はぶっちゃけビビってたけど、サスケが頼もしくてよ」
「きゅ!」
嵐の頭の上で相棒のムササビが胸を張るように鳴いた。
その手には大好物の翆色の魔石を持ち、美味しそうに少しずつ齧っている。
「そンなの、俺もだぜ?本物の武器を持った小鬼とか、フツーに怖かったわ。盾で受けたら確かに余裕なんだけどサ。らいまるに喝入れて貰うまで足フルえてた」
「じゃあ?」
頬が膨らむほど魔石を口に頬張った相棒のイモリが、何?とばかりに首を捻る。ジャリジャリと口の中で音が鳴り、苦しそうにも見えるが、表情を見る限り至福の時のようだ。
「銀河が一番冷静だったからちょっと悔しいぜ」
「そりゃ俺が一番最後だったからな?2人の見た後だったから落ち着いて対処したけど、内心は心臓が破裂しそうだったからな?」
魔石を一つずつ味わいながら、相棒のゴーレムが大袈裟に激しく頷く。
無機物種のクレスは発声器官がないため喋ることが出来ない。代わりにボディランゲージが激しく、物言わぬ割にわかりやすい種族だ。
「全員無事倒せ…殺せたのなら1つ壁を超えたって感じだね」
「おいおい、ブッソーな言い方…いやそれが正しい表現か。実際にオレらは殺したんだし」
「そうだな。俺たち、命を奪ったんだよな…」
「ぶっちゃけよぉ、陽太が殺すの躊躇ったって話聞いてちょっとだけ優越感に浸ってたんだよな俺。俺だったらそんなことに絶対なんねーって」
「へー。それで実際のご感想は?」
「震えたよ。覚悟が甘かった」
嵐が自分の手のひらを見つめる。
「そうなんだよ。相手は敵でも生き物なんだよ。なんで俺ぁそこまで考えてなかったんだろうな」
「みんな通る道だよ。俺もそうだったし、恭介だってそうだった。これから俺たちの同級生も少しずつシンボルエリアに挑んで行くけど、1回目で殺せる人の方が珍しいんだってさ」
「まぁ聞く話だけどな?俺も自分は違うと思ってたんだよな。瀕死の敵に対して武器を振り下ろすことの残酷さといったら、経験したことのない感情だったな…」
しんみりとした、というよりも深くどんよりとした空気の中、空気を読まず空気を読んだ鳴矢が言う。
「そんなことよりさっきナンパした女の子なんだけど見て見て。めちゃんこ胸デカいの」
ニコニコとそんなことを言いながら写真を送ってくる。
「お前はほんっと」
「はぁ。お前には救われてるよな」
「わーったよ!この話は終わり!辛気臭いのはこれまでにってマジでクソデケェじゃん」
ファイルを開いた嵐は画像を見ているのか視線が中空に漂う。
「あー、オマエの彼女は小柄だしムネ小さいもんな」
「おい、アイツの悪口言うならゆるさねぇぞ」
「でもデカいのモんでみたいだろ?」
「…俺ぁアイツ一筋だ!胸がどーこーどうでもいいわ!」
「はーい。言葉に詰まりましたー。ドーガ撮ってまーす。ミキちゃんに送っていい?」
「よしわかった。望みを言え」
「来週のバイト代わってくんね?そのコとデートしてくるわ」
「理由も要求も最低だな!わかったよ!!だから消せよそれ!あいつマジで傷つくんだから!」
「さっすが嵐!やっさしー!俺が代わりにモミしだいて来るからな!!」
「悔しくない悔しくない俺は全然悔しくない」
念仏のように呟く嵐の隣でヤッホーいと鳴矢は返信をしているらしく、指を中空にて操作する動きをしてみせる。NWで返信をしているのだろう。
「まったく、お前は変わんないな?陽太もそう思うよな?」
「羨ましくない羨ましくない俺は全然羨ましくない」
「…お前も変わらないな」
鳴矢を睨みながらブツブツと呟く陽太に若干引いた銀河だった。
♦︎♢♦︎♢
「はい、送信シューリョーっと!んで?陽太はどうだったんだよ?」
「何が?」
「陽太もつい最近行ったんだろ?高尾山」
「耳が早いな。そうだね、一週間前も経ってないよ」
「そういや陽太も一年前の同じ時期だったな?」
「合わせたつもりはないんだけどさ。去年の6月17日だ」
「覚えてんのかよ。…いや、そりゃ覚えるか。ある意味“記念日”だもんな。俺も忘れらんねぇだろうし」
今日の今日起きたことだ。
鮮烈な経験だったのか、銀河と嵐は視線を上に向ける。
なんとも言えない顔の理由は思い出したからだろう。
またもしんみりとした空気に、鳴矢が一石を投じる。
「どうだったんだよ!あのコ!一条沙雪ちゃんは!キズ1つつけてねぇだろーな?あの白くて滑らかな柔肌は無事なんだろうな!?」
「ねぇ、聞かせて。なんでこいつモテるの?俺許せないんだけど」
「顔とコミュ力はあるぜコイツは。あと、数打ちゃ当たる理論だからな。実は陽太の思ってる倍以上の弾撃って、そんで外してんだよ」
「陽太も撃てば当たるんだから、一発に時間かけ過ぎだな?もっと早く撃たないと狙い所は消えていくな?」
「流れ弾の威力でっか」
陽太は苦しむように胸を抑えた。
“赤子モード”で陽太の膝に陣取っていたクロがくぃんと心配そうに鳴く。
「今は陽太が童貞のハナシはどーでもいいんだよ!」
「カッフ」
「あーあ。トドメ刺したな鳴矢」
「この流れでその仕打ちはあまりにも無体だな。お口チャックな?」
「あばばばばば」
陽太は白目を剥いてテーブルに突っ伏し、鳴矢は首を絞められて失神した。
それを見て陽太の椅子の淵に掴まっていたシロが、やれやれと羽をすくめる。
そして掌サイズの水を生成し陽太の顔に落とした。
「ぶはっ」
鼻に入ったのか、ゲホゲホと咽せる陽太。
「うっわ。シロ容赦ねー」
「哀れ過ぎて涙が出てきそうだな」
目を覚ました陽太は憐れみの視線を感じて我に返る。コホンと咳払いをすると居住まいを正して
「話を戻そう」
「どこにだよ!?そのびしょびしょの状態で仕切り直すのか?無理だって陽太。俺ぁもう見てらんねーよ」
「まぁまぁ嵐、聞こうな?なんせ自分から話を戻してくれるなんて強気だよな?陽太が彼女を作らない理由を教えてくれるんだよな?」
「ん?おー!確かに!戻そう戻そう!!聞かせろや、陽太」
そう言ってハハハと楽しそうに笑う2人に陽太はいいのか?と問いかける。
「今日奢らないぞ?」
「さて、話を戻すぞ銀河」
「あぁ。陽太が高尾山に行った話しだったよな?」
真顔で続きを促す2人に現金な奴らだと鼻を鳴らす。
「そーそー!ソレだよ!ソレ!!一条さんどーだったんだよ!?」
銀河によって意識をシャットダウンさせた鳴矢が、女の名前を聞いて再起動した。
「まぁ、別に、なんの問題もないよ」
どこか機嫌悪そうな、煮え切らない陽太の言動を不審に思った銀河が問いかける。
「…珍しく歯切れが悪いな?何かあったってわけじゃないんだよな?」
「ケガがあったんならもっと深刻だろうから、そこまでではナイんだろ?」
「水くせーな陽太。話せよ。もちろん彼女のプライベートなことなら踏み込まねーけどよ」
俯き加減の陽太に、3人は相談に乗る体裁をとる。鳴矢もさっきまでのテンションはどこに行ったのか、神妙な面持ちで陽太の肩を叩く。
「あぁ、悪い。気を使わせたな。一条さんは大丈夫。というかめちゃくちゃ優秀だったよ。一年前の俺なんかよりも覚悟が決まってたし」
しかしその顔には覇気がない。
3人は顔を見合わせて陽太を促す。
「で?」
「…言われたんだよ」
「なんて?」
「……」
「言った方が楽になるぜ?」
「……って言われたんだ」
「聞き取れないな?もう一度頼むな?」
陽太はジョッキを一気に飲み干すと
「女性の誘い方がなってないって言われたんだよ!!」
ジョッキを叩きつけながら言った。
3人は顔を見合わせて
「「「事実じゃん」」」
「はぁ!?事実じゃねぇし!!デートくらいしたことあるし!!」
「あんだよ、心配して損した。肉食うぞーにくー」
「本当だよな?それじゃあ俺はカルビ焼いていくな?」
「オイオイ、最初はシオ系からだろ?タン塩からいこうや」
陽太の赤面の告白を蔑ろにして、3人は焼肉を始めた。これには陽太も激おこである。
「お前らが言わせたんだろ!?愚痴にくらい付き合ってくれよ!」
「えー。だってそんな薄いナイヨウだなんて思わなかったからさぁ」
「それにぶっちゃけ、事実じゃん?」
「これは恭介のやり方を引き継いだんだよ!」
「いや、異性なんだから対応を変えるのは当然だよな?」
「真っ当な意見なんて聞きたくない!」
「子供の癇癪かよ」
呆れた3人を他所目に、追加で頼んだ酒を半分ほど胃に流し込むと陽太は吠える。
「何が見た目のわりに女性経験少ないんですね、だ!」
「事実だけどな?それにしても見る目ある子だな?」
「あぁ。陽太が童貞なんて普通見抜けねえよ」
「オレは見抜いたケドな?」
「お前らなー!もっと頷いてくれよ!?」
「頷くことが一つもねぇよ。そんな阿呆みたいな愚痴付き合うのもだるい」
「お前らが俺の隠してた本音を暴いたんだろ!?責任取れよ!」
「イヤ、そんな情けない童貞の言い訳隠してるとは思わないじゃん?」
「逆に謝って欲しいな?心配して損したよな?」
「なんて薄情な奴らだ…。クロ、シロ慰めてくれよぉ」
クロはヨシヨシと撫でて、シロは甘えるなと言わんばかりに指を強めに噛んだ。
♦︎♢♦︎♢
「すーすー」
結局愚痴を垂れ流しに流した結果、陽太は酷く満足そうにテーブルに突っ伏して寝ていた。
「もはやこれ接待だな?」
「それな。オゴってくれてなかった途中でカエってたわ」
やっと騒がしい奴が静かになったと、締めの冷麺を食べながら鳴矢と銀河が頷き合った。
「でもよぉ。初めてじゃね?コイツがこんなに誰かの愚痴言うのって」
ラーメンを啜りながら嵐が言う。
「そりゃあ陽太はカンタンに他人を懐に入れないからだろ」
「コミュ力は高いけど、親密になるのには時間かかるタイプだからな」
「つーか信用するのに時間かかるって感じ?」
「それだな。人懐っこいようで実は人を信用していないのが陽太だもんな」
「2体持ちだしムカシなんかあったんだろ?わざわざ掘り返して聞きはしないケド」
「そういう意味でいうと、一条沙雪はもう陽太の懐に入ったってことか」
「愚痴を言うのも遠慮のない証ってことだよな」
締めの麺をずるずると啜りながら3人は笑い合った。
「はっ。案外良いチームになるんじゃねぇの?」
「陽太にはあれくらい刺激の強い子の方が合ってるのかもな」
「ざけんな。一条さんはオレも狙ってるからユズらねぇよ?」
「「お前は諦めろ」」
そんな他愛無い話を咲かせた後、お会計にと陽太を起こそうとするも起きる気配がなかった。
仕方なしに無理やり目を開かせてNWで支払らいしようとしたのを犯罪だと疑われ、陽太が起きるまで危うく警察の御厄介になるところだったのだが、それはまた別のお話。
シロの叱責
少し腑抜けたのではないか、と陽太はある時シロに説教を受けた。
精神の成長をこれからしていくべきだ、というシロの持論に陽太は確かに、と頷く。
そこで陽太は自分が弱気になったら頭から水をかけてくれ、とシロに頼んだ。
シロは任せろと深く頷き、陽太のメンタルトレーニングが始まった。
最初の頃、シロは適切なタイミングで水球を落とし、陽太もその都度切り替えた。
しかしその行動は次第に欠伸をしたら水球、ため息を吐いたら水球、じゃんけんに負けたら水球とエスカレートしていく。
これに頭に来た陽太は、シロも同じことをしろと要求。なんらかのミスをする度に、グルーミングタイム(お風呂後に陽太に羽を整えてもらうシロの至福の時間)の1分の短縮が決まった。
ふふん、と鼻高々に俺を手本にしろとほくそ笑んだシロは、次の日だけで一週間分のグルーミングタイムを失ってしまい、陽太に下座ることになる。
以降適切なタイミングのみになり、陽太は満足そうにしていた。
しかしクロがシロを羨ましがり、シロが水を頭にかけた瞬間に自分も同じようにと言わんばかりに頭に火を吹くという事件が発生。
髪がチリチリになりかけた陽太は、この提案を断念した。




