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信じる勇気を心に秘めて

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 ガチャリと扉が開き、淡墨恭介がクロと一緒に入ってきた。クロは一目散に陽太の元に向かい、偉かったでしょ撫でて撫でて!と言わんばかりに飛びついて尻尾を振る。


「陽太いるんならクロ放置してどっかいくなよ?特待生といえどルールは守らないと……って、どうした?そんな勝ったけど負けたみたいな複雑な顔してるけど」

「人の顔色当てるの的確過ぎるだろ。見てたのかと疑うくらいだ」

「まぁ最後にシロに指示したんだから勝ったとは言えないんじゃない?陽太の負けだと僕は思うけど」

「本当に見てたのかよ!今メンタルギリギリなんだから俺で遊ぶな!!」


 霧島の研究室を開けて早々に、恭介は陽太をからかう。


「陽太を煽ったのは僕だし放置は出来ないさ。たまたま僕の手空きの時間だからこっそり見てたんだよ」


 威嚇する陽太に、恭介は何も悪気のないように言う。

 そして落ち込んでいる陽太に追い打ちをかけた。


「気持ちはわかるけど、1番メンタルやられてるのはあの子でしょ?陽太が凹んでるのはお門違いじゃない?」

「辛辣過ぎない?慰めるっていう選択肢はないの?俺にトドメを刺しに来たの?」


 本当にその通りなのだが、陽太は心から傷ついた顔で恭介を睨む。


「んにゃ」


 すると、いつの間にか陽太の頭に乗った恭介の相棒(パートナー)のシンラが甘えるな、と猫パンチを繰り出してきた。


 お前がそんなんでどうする、言いたそうだ。


「痛い痛い!!嘘、シンラまで?そんな追い詰めなくても良くない?俺そんなに悪事働いた?」

「「女の子を泣かした」」

「罪犯してたわ」


 霧島と恭介がハモって陽太の悪事を目の前に突きつけると、陽太は膝を抱えて唸る。


「まぁ陽太くんをい…責めるのはここまでにして」

「先生悪意を隠せてないです」

「実際、僕は陽太くんは間違っていなかったと思うよ」


 何事もなかったかのように霧島は続ける。


「沙雪くんには負けること…いや独りではシンボルエリアに挑むことは出来ないということを知るためには必要な経験だったと僕は思う」

「そのつもりで俺はやりました。……けど薬も過ぎれば毒になると言います」

「薬というには副作用がキツかっただろうね。毒というのも言い得て妙だ。それでも僕は必要な毒だったと陽太くんのやり方を支持するよ」

「それは彼女が最悪の場合死ぬかもしれないからですか?」

「変わらずソロで潜るつもりならば、僕が陽太くんと同じことをいずれしていただろう。彼女の心をどれだけ傷つけたとしても」


 冷たく厳しい言葉だが、それは血の通った優しい判断である。


「理想に殉じて死ぬよりも生きることが大事、ですよね」

理想なんて(そんなもの)命と比べるものではない。生きてさえいれば、生きてさえいればやり直しはどうとでもなるんだから」


 視線を落として言う霧島の言葉は、重く陽太に響いた。“死の十日間”で家族を亡くした霧島にとって、生きるとは何より重要なことなのだろう。


「しかし先生、僕は彼女の言い分も分かりますよ」


 恭介は言う。


「命よりも大事なことも時にはあります」


 それもまた、恭介が言うと説得力があった。

 去年まで自分の命を二の次でシンボルエリアに潜り続けてきた恭介は、自分を助けて死んで行った英雄(千野洸)の意志を継いで、英雄的活躍をし続けてきた。


 結果引退する身となったが、魔石狩りとして活動し始めて改めて恭介の異常さと偉業を理解した陽太である。


 シンボルエリアの解明、解析を1人で10年分稼いだと言われているのは伊達ではない。


「恭介くんのは結果論に過ぎない。いつ死んでもおかしくなかったんだよ?」

「えぇ、わかっています。それでも譲れないものというものはあるんですよ」


 この話になると毎回のようにピリピリとひりつく2人を見て、陽太は慌てて話題を変える。


「そんなことより恭介、一条さんは大丈夫そうだった?クロと一緒に来たってことは最後まで見守ってたんでしょう?」


 恭介は、あぁそのことを伝えに来たんだったと話し始めた。


「クロに泣きついて10分くらいしてから立ち上がったよ」

「様子はどうでした?」

「遠くからだったからなんとも言えない。というより泣いている女の子の顔を見るなんて悪趣味だろう?クロに感謝をして去って行ったよ。僕よりクロの方が詳しいんじゃないかな?」

「どうだった?クロ」


 陽太は撫で続けているクロに目線を向ける。


「ガル、ガルル」

 彼女は大丈夫だよ、とクロは言う。


 クロが言うのであれば説得力はある。

 しかし、心配なものは心配だ。

 

 未だ返事は返ってこないし……と考えたところでそりゃ返すはずもないかと思い直す。


 立ち上がることは出来てもそんな精神状態にはしばらくならないだろう。


「嫌われても良いから人のために、っていうのは陽太の十八番(おはこ)だけどさ」

「俺はそんな聖人君子じゃないですよ」

「そりゃそうだ。陽太はそんな心清らかな人間じゃないだろ。勘違いするな」

「勘違いするなってツンデレが使う言葉だと思ってたんですけど、本当に間違いの訂正で使われることってあるんだ。泣きそう」

「訂正しよう。図に乗るな」

「泣いた」


 陽太はクロに抱きついてシクシクと肩を震わせた。それを見て恭介は楽しそうに笑った。


 2人の遠慮のない掛け合いは、仲の良さの証でもある。


「そういう意味じゃなくて、人のために嫌われ役を進んで演じるところが君にはあるだろう」


 僕の時のように、と恭介は言葉を続ける。


 確かに、恭介のトラウマをなんとか乗り越えてもらうために偽悪を演じたことのある陽太である。

 

「そして、陽太。君は致命的に演技が下手くそだ」

「衝撃の事実」

「上手いつもりでいたのか?ならばズバリと言ってやろう。君は傷つけたくない相手に嘘をつくとき、表情が引き攣っているよ」

「嘘だろ死にたい」


 陽太は頭を掻きむしりながら苦しげに言う。


「グルルルル」

 

 喉を鳴らして威嚇するクロに睨まれた恭介だが、事実だろ?と問い返すとクロはそっぽを向いた。どうやらクロも心当たりがあるらしい。

 

「恥を承知で聞くけど、今回もそんな感じだった?」

「うん。どころか若干声が震えてたね」

「いっそ殺してくれ!」


 陽太はソファから転げ落ちて身体中を掻きむしり始めた。中学の頃に書いたポエムを朗読されたような、恥ずかしくてむず痒い、なんともいえない感覚が身体中を駆け巡っている。


「だから彼女も気づいてるはずだよ」

「それが一番恥ずかしいんじゃん!現実を直視させないでくれ!!」


 もはや駄々っ子のように地団駄を踏む陽太を見て思わず笑ってしまった恭介だが、優しい笑みを浮かべる。


「その不器用な親切はきっと彼女にも届いてるよ」


 恨めし気に陽太は恭介を睨む。


「普通、そんな回りくどいことすんなって思うでしょ」

「まぁ、普通ならね。だから今回は特例だ」


 陽太と恭介のやり取りを微笑ましく見ていた霧島は、ようやくここで口を開く。

 

「真っ直ぐな言葉は彼女には届かない。というより、基本的には人間という生き物は反対意見に耳を貸さない。自分が正しいと思いたいからね」


 若ければ尚のことだと、霧島はお茶を啜りながら言う。


「沙雪くんは才能があった。そして努力家でもあった。だからこそ自分の実力を信じていた」


 霧島はふうと息を吐き

 

「そういう人間に他人の言葉は届かない」


 教育者らしい実感の籠もった言葉だった。


「結果で教えるしかない。自分が井の中の蛙だということを、その身で知ってもらうしかない。だから僕は陽太くんのやり方を支持したんだよ。言ってわからない人は、それを知った時手遅れになることが多いからね」


 そうやって己の我を突き通して亡くなる人間は少なからずいる。実際この大学にもいて、行方不明になりその消息は今も途絶えたままだ。


「自分の理想に殉じて満足できるのは自分だけだよ」


 それは恭介への言葉か。

 果たして過去の自分への言葉なのか。


 霧島の表情からはそれを読み取ることは出来なかった。


「耳の痛い言葉です」


 恭介は苦い顔をして言う。


「あはは。恭介くんを改めて攻めるつもりはないよ。でも、止められるのならなんとしても止める。これは教育者として保たなければいけない矜持だと思う。大した覚悟もなく死地に赴くこと僕は良しとしたくない」


 おっと話が逸れたね、と霧島は話の筋を元に戻す。


「だからね、陽太くん。仮にこのまま沙雪くんが大学を辞めたとしても、それは君の責ではない」


 霧島は太鼓判を押すように言う。


「この程度で辞めるならばそれまでのことだというだけの話だ。きっと彼女に魔石狩りとしての未来はなかった。引導を渡してあげたのは優しさでしかない」

「なんだかんだ言ったけど、元々背中を押したのは僕だ。陽太だけのせいではないよ」


 なんだかんだと優しくフォローしてくれる2人に、陽太はクスリと笑う。


「2人には悪いけれど、これは俺の責任です。取らないでください」


 陽太の台詞に、2人は目を合わせて少し笑う。相変わらず責任感が強い男だと。


「そうかい。ならば僕から言えることはないな。人事は尽くしたんだろう?」

「出来る限りは」

「ならば天命を待とう」


 そこで霧島は自信有り気に言う。


「僕も人を見る目はあるつもりだよ。彼女はきっと立ち上がるさ」



 ♦︎♢♦︎♢



「先生、3日経ちましたが連絡来ないんですけど」

「さて、僕はこれから講義の時間だから先に出るよ?鍵はかけておいてね」

「逃げるんですか?…3日前あんなに自信満々にドヤ顔してたのに」

「え?そんなだった?」

「先生、陽太は構って欲しいだけですよ。放っておいて授業行きましょう」


 恭介は霧島を急かす。

 今日は初めての恭介が霧島の補佐に入るらしく気合が入っている。


「陽太も管巻いてないで早く行けよ。待たせて帰ってしまったなんて結果だったら笑えないぞ」

「わかってますよ。…でも、気が重いんですよ」


 結局3日間、待てど暮らせど返事が来ることはなかった。悶々とした3日間を過ごした陽太だが、いざ結果が出るとなると怖気付き、期待と不安が入り混じっていた。


 受験の合格発表前の感覚だった。

 早く結果が知りたくて、でも結果は知りたくない。


 ここのところメンタル不安定な陽太は、クロの背中に抱きつき、間にシロを抱き枕にして寝る贅沢な日々を送っていた。


 クロは大歓迎だが、シロは情緒不安定な陽太がようやく通常運転に戻ると思いホッとしている。

 

「はいはい。じゃ鍵は閉めろよ。クロ、シロ、時間過ぎそうなら引き摺ってでも連れて行くんだぞ」

「がる」

「ほほう!」


 そして扉は閉まり、部屋に静けさが訪れた。


「酷いなぁ、全然励ましの言葉くれないじゃん」


 陽太は泣き言を溢す。


「ほ!ほほほほ!!」

 ほら!シャキッとしろ!

 と怒るシロ。


「がるらる?がるるーら」

 背中乗る?送っていくよ。

 と甘々なクロ。


 いつまでもそんな無為な時間を過ごしていたかったが、さすがにもう時間がギリギリだ。


 最低でも5分、いや10分以上前には待っていなければ。

 時間を指定した側としては余裕を持って行動をしないといけない。


 恭介の言う通り待たせて帰ってしまったのであれば洒落にならない。


 陽太は重い腰を上げて


「よし、行こうか」


 と自分に言い聞かせて、クロとシロと共に扉を開けた。



♦︎♢♦︎♢


 


 待ち合わせの場所は、第二体育館b室。


 この大学はとにかく広い。

 移動だけで一苦労だ。

 自転車や、相棒に乗っての移動も許可されているくらいだし、なんなら定期便の4足バスもある。


 この大学での体育館とは人間の運動場ではなく、魔石生物との模擬戦や練習場だ。


 ここの学校だけで体育館は合計5つあるのだから、最初は驚いた陽太だ。


 授業や生徒への貸し出しでいつも満室に近い。その一つに、陽太は向かっていく。


 歩き出せば足は勝手に進むもので、陽太の気持ちを置いて行くように先へ先へと陽太のことを運んでいく。


 あっという間に部屋に着くと、時刻は集合時間15分前。少し早く来過ぎたかと扉を開けると、そこには一条沙雪が仁王立ちでこちらを見ていた。


 来ていることにまず驚き、集合よりも15分も前にいたという事実にさらに仰天した陽太は呆気に取られ、目も口も開いて固まっていた。


()()待たせるなんて酷い男ね。待たせた方が格好良いと思っているのかしら?」


 そんな陽太に、一条はいつもの口調で何事もなかったかのように振る舞う。

 この悶々とした三日間はなんだったのかと、イラッときた陽太はそのまま流れで返す。


「待たせるもなにも時間よりはるかに早いんだけどね。勝手に早く来て待っていたのは君だろう?」

「なんだ。貴方、男としては三流なのね。そういうの、器のある男ならサラッと流せるものよ?」

「ガッハ」


 その的を射た言葉は陽太に会心の一撃を与え、胸を抑えて膝を折った。致命傷である。


 が、これ以上みっともない所を見せるかと踏み止まり、陽太は無理やり笑顔を作る。


「ははは。これは痛い所を突かれたね。まぁなんにせよ、来てくれてありがとう」

「無駄なお礼や謝罪は不要よ」

「ならこれは適切な感謝だ。俺は君が来ない可能性も考慮していた。だから素直に嬉しいんだ、来てくれたことが」


 それは嘘偽りのない本音だった。


「…そ。メンタルも意外と弱いのね」

「残念ながら格好良い所だけを見せる自信は元々ないよ。そんな大きな人間ではないしね。俺はただの君の一つ上の年齢の、たまたま相棒(パートナー)が3体いる運の良い男さ」


 頭を掻きながら恥ずかしげに言う陽太は、確かに年齢通りの青年になりかけた少年の顔をしていた。


 そんな殊勝な言葉を本気で思っている目の前の男を見て、一条沙雪は一つ大きく深呼吸をする。


「その程度の男に、私は負けたつもりはないわ」


 一条は軽く唇を噛んでから言う。


「貴方の言う通り、私には甘い部分があった。シロ単体でも勝てないのにソロで挑むのは無謀な判断だった」


 冷静に、自分の当時の分析を一条は言う。


「先に言っておくと、驕っていたつもりは本当になかった。努力はこれでもしてきたつもりだから」

「それに関してはこちらの侮りだ。一条さんがあんなに高いレベルで能力を使い分けられるとは思っていなかった」

「貴方の言う通り、時間をかけて作戦を練っていれば勝てた可能性はある。もっと考えるべきだったことは受け入れましょう」

「それを言うのであれば、俺は反則負けだけど」

「ふざけないで。そんな勝ち方認めるほどプライドは捨てているつもりはないわ」


 悔しそうに陽太を睨んだ一条は、腕を組んで高らかに宣言した。


「負けを認めましょう。貴方の勝ちよ、黒河先輩」


 明らかに勝者の態度なのだが、陽太はグッと堪えた。器のデカい所を見せるべきだと踏ん張った。


「そうか。ならこれからは俺の話をちゃんと聞いてくれるか?」

「その言うことに、価値があるのなら」


 陽太は拳を強く握りしめた。

 大人の余裕を見せるべきだと踏み止まった。


「それじゃあ改めるのも何度目かわからないけれど、今度こそ正式な自己紹介だ。君の指導を担当する黒河陽太だ。よろしく」


 そうして陽太は握手をしようと手を出した。


 一条はしばし迷った後

 

「貴方の指導を受ける一条沙雪よ。しっかり頼むわよ、先輩。薫陶(くんとう)(たまわ)れることを期待してあげるわ」


 勝ち気に笑う一条に、陽太も凄んで見せる。


「全力でついて来い、後輩」

「そちらこそ。追い抜かれないで下さいね先輩」


 硬く握手を交わした2人だが、顔は微塵も笑っていなかった。


 前途多難な道先が目に浮かびクロとシロは目を合わせて重いため息を吐いた。


――そして物語は冒頭に戻る。

淡墨恭介の相棒、シンラ


アーマー種らしく小型。

薄い灰色の毛色をしており、光の見え方によっては銀色に見える。

モノクロ系統なので属性能力はない。後天的に属性能力をつけたクロとシロが異例。が、シンラも異例と言わざるを得ない。


アーマー種が形を変えることはある。特に進化や、特殊能力としては前例がある。シンラの特異性は防御力を全て捨て去ったスピードにある。

その特殊能力は主人を守る姿勢をやめたことに他ならず、アーマー種としてはまずあり得ない。守ることに誇りを持っている種族が、それを捨てたという矛盾。


そんなことよりも大事なことが、シンラとそして恭介にはあったのではないかと考える。

その特殊能力は、自由自在に変えられることや、アーマー種として異彩を放つ進化を遂げたことから考えられるのは、シンラは“唯一種”としての進化をした、ということ。


シンラは後天的な唯一種なのではないかと仮定し考えると、進化は代償を払えば可能性が無限にある。


今後も情報収集を続け、自分の研究テーマの1つにしたいと考えています。


陽太のレポート課題

進化の多様性とそれに伴う代償

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