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シロVS一条沙雪

「“この身は風のように(ビバーチェ)”!」

「コン!!」

 

 戦闘開始の宣言をした途端、一条はたまもに宣言した。それを待っていましたとばかりに、たまもも即座に能力を発動する。


 途端に一条の身体は金色の光に包まれる。

 一時的な身体能力向上(バフ)を受けた一条は、シロとの距離を目算する。


 距離は約20m。


 3秒もかからず辿り着く距離だ。

 

 その距離を疾風の如く駆けようとして、足に力を込めて身体を屈めていると


「ホーウ!!」


 シロの前に現れた分厚い氷に、一条は目を見開いた。


 シロは自分を中心に半球形の丸い氷で自分を覆ってみせた。

 氷の分厚さは50cm以上はありそうで、一条の細腕では傷一つつけられない頑強な壁だ。


 瞬きの間に作られた半球形の氷は、シロを護る堅牢な要塞と化した。


 上下左右、氷に囲まれた完璧な布陣。

 

 一瞬で形成された氷に、一条も驚きとそして自分の認識の甘さを感じさせた。


 一条自身、シロを舐めていたつもりはない。


 本心で勝てるつもりだったし、今も勝つつもりなのは変わらない。


 しかし想定を超えていたのは事実だった。


 陽太の“準備をしろ”という言葉が脳裏をよぎる。


 一条は唇を固く結んでその言葉を脳内から追い出した。

 

 慢心はしているつもりはない。


 これはそれを証明するための戦いなのだから。


 氷の中のシロがこちらを見ている。


 分厚い氷だが、美しく透明に澄んでいてシロの姿がよく見えた。


 澄んだ氷は屈折し、鏡の中にいるかのように何体もシロがいるかのように錯覚させる。

  

 氷の中、シロは羽根を畳み一条をただ真っ直ぐ見ている。


 何も言わぬシロだが、この程度破れないなら諦めろ、そう言っている気がした。


 一条は不敵に笑う。


 それはそうだ。

 この程度で音を上げるようでは魔石狩りなんてなれはしない。


――ソロなんかで潜れる訳がない!


 一条は更なる付与(バフ)をたまもに要求する。


「“重なり奏でる(デュオ)”」

「コン!」


 たまもの毛が逆立ち、金色の色味が深くなる。


 朝日のような黄金(こがね)色から、金属の黄金(おうごん)のような鈍く美しい光に変化していく。


「“この両手は岩のように(グラーベ)”」


 全身が黄金色に輝いている一条だが、両腕だけが鈍い黄金の色を纏う。


「シッ」


 深く屈み、浅く息を吐いた一条は風のようにあっという間に氷の壁に辿り着き


「ハァッ!!」


 その細い右手を大きく振りかぶって躊躇なく殴った。


――バキン!!

 

 大きな音と共に、たった一度の衝撃で半分近く氷の壁を抉ってみせた。

 

 スピードに乗った勢い繰り出された拳は、まるで硝子のように軽々と氷の壁を破壊した。


 氷の破片が中空を舞い、カラカラと音を立てて地面に落ちていく。


 一条は大きく後ろに後退し、屈んでから再度穴の空いた氷の壁を狙って飛び出した。


 大きく削れた氷がまた空を舞った。


「マジか」


 思わず、溢れるように陽太は呟いた。


 バフの重ねがけを目の当たりにして度肝を抜かれた。


 ゲームならば、バフの重ねがけなんて当たり前のことだろう。スピードを上げて、パワーを上げる。


 そして高火力の一撃でボスから大量のHP(ヒットポイント)を奪い取る。


 ボス戦では重宝する手段の一つだ。


 ゲームであれば。


 だが、この現実はそうはいかない。

 そんな簡単に出来る仕様ではない。


 繊細に能力を発揮しなければ重ねがけは出来ないし、かと言って繊細さに振りきり過ぎれば効果は薄くなる。


 能力の二重発動というのはそういうことだ。


 シロでいうのなら、水と氷の能力を併用して使っているようなものだ。シロも器用なタイプだが、成功したことは一度もない。


 バフをかける側も、かけられる側も相当な努力と修練が必要だ。


 信頼もなくてはならない。

 あんな巨大な氷の壁、もし能力が少しでも上手くいっていなければ砕けていたのは一条の拳の方だったはずだ。


 互いに信頼しているからこその一撃。


 何年も何年も積み上げてきた経験、重ねてきた実直までの努力の成果。


 陽太の目の前で起きたのは、血の努力の結晶の証拠でしかない。

 

「舐めていたのはこちらの方か」


 陽太は視線を少し落とす。


 彼女の努力を侮っていた。


 態度や言動で、陽太は知らず知らずのうちに見下していたのかも知れない。


 彼女の傲慢さは、裏打ちされた努力による自信だった。

 

 慢心でも自惚れでもなく、自分を信じるだけの努力を重ねてきた。それだけのことだった。


 反省は後回しにしようと、陽太は目線を向ける。

 目に入ったのはとうとうシロの頑強な城が破られた瞬間だった。


 羽を畳んで待っていたシロは

 

「ほう」

 見事だ、とそう評価した。


「そんなこと余裕ぶってる場合かしら!?」

 

 あくまでも上から目線のシロに、一条はそのスピードを保ったまま身体ごとぶつかって捕まえようとする。

 

 しかし、唐突に何かにぶつかり阻まれてしまう。


「ゴバッ」


 その正体は大量の水。


 急に息ができなくなり、一条は焦る。

 だが冷静になればどうということはない。


 一旦後ろに大きくジャンプをして退(しりぞ)くと、目の前の光景が一変していたことに驚愕した。


 シロを守っていた半球形の氷は全て水になっていた。


 そしてその水は集まり、巨大な水球を形作っていく。


 その隣に、シロはいた。


 羽を青く輝かせこちらを見ている。


 すぐに踏み込もうと前足を出すと


「ホホウ!!」


 水球から小さな水の玉の群れが一条に向かって放出される。


 しかし一条は、冷静に対応した。

 弾丸のような雨を拳で叩く、叩く、叩く。


 大した威力もない水の玉は、叩く度に弾けて消えて行く。


 一条は一歩一歩(ある)きながら水の玉の対処を進めて行く。


「ほうほう」

 ならば次だ、とシロの羽が青白く輝く。


「――チッ!」

 一条は舌打ちして足を止めた。


 水の玉のサイズが大きくなり、一つ一つのサイズがバスケットボールくらいになる。

 拳で殴るとかなりの質量を感じる。


 今はなんとか弾けて消せているが、防戦を余儀なくされていることに一条は苛立ちを感じていた。


「――ッ!!」


 そんなことを考えていたせいか、一つの水球を左足に受けてしまった。

 痛みはほとんどない。

 しかし足を取られてしまい、体勢が崩れた。

 

「ほう!!」


 それを好機と見られたか、水の玉は豪雨の様に多量に一条に()()()降り注ぎ、顔の前に両手を出してその猛攻を防御する。


 しかし数秒経っても止まない滝のような雨に、一条は悔しそうに顔を歪ませる。


――防御なんてしてる場合じゃない!!


 自分に言い聞かせると、すぐに両手をとき、シロの姿を探そうとして


「…クッ!!」


 目に入る多量の水に、視界は鈍くなり、目に激痛が走る。


 目を瞑り、また両手を前に出して守る羽目になってしまった。


――たかが水程度で!

 

 一条は、イライラしていた。


――こんなのゴーグルでもしていれば…!!


 そしてふと、一条は陽太の準備をしろという言葉を思い出す。


 胸がズキンと痛んだ気がした。


「うるさい」

 痛んだ胸に、一条は悪態をつく。


「ハァ!!!」


 胸の痛みを忘れるように、一条は突貫する。


 水が来る方に飛んで行けばいい。

 遮二無二、一条は目を瞑ったまま跳んだ。


 水の勢いに負けることのないスピードだったが、途中から雨が鉄砲水のようになり、勢いを押し返され一条は床に背を向けて倒れた。


「ケホッ、ゴホッ」


 水が口から鼻から入り、呼吸困難な一条は床に膝をついた。


 しかし負けるかと目を乱暴に擦り、水で歪んだ視界を立て直す。


 立て直して、


「……」


 一条は口を開いて呆けてしまった。


 大量の水を消費したはずの巨大な水球は、ほとんど変わらずそこにあった。


 シロが羽ばたく度に、水球は大きさを徐々に増していく。


――勝てない。

 そう思わされた。


 さっきまであんなに小さくて可愛かったシロが、今は大きくてそして恐ろしくすら見える。


 青く輝く羽が、水でまだ歪んだ視界で見ると恐ろしさを演出する。


――強い。

 そう理解させられた。


「ホウ?」

 シロが空から、終わりか?と一条に尋ねる。


 シロは強い。

 陽太の言うことは間違いではなかった。

 準備をするべきだったし、もっと本気でやるべきだった。

 

 「“一時中断(フェルマータ)”」


 一条は能力の中断を宣言する。


 金色の光は消え、一時的な超人的な力は失われた。


 ことここに来て、

 自分に非があったのは認めよう。

 自分が慢心していたことも肯定しよう。


――でも、負けてなんかやるものか!!


 歯を剥き出しにして、一条は凄惨(せいさん)に笑う。


 

「“|その身に降りかかるのは重き呪い《ラルゴ》”!!」

「コーン!!」


 たまもが一際重々しく鳴くと、たまもは妖しい闇を(まと)う。


 たまもは前足を祈るように突き出し、目線の先のシロを睨む。


 シロに闇が降り注ぐと、シロは急に重くなった羽をバタつかせる。

 

「ほ!!ほひゃ!?」

 この距離で!?と驚きながらシロは羽をうまく動かせず地に落ちていく。


「待ってたわこの時を!“この身は風のように(ビバーチェ)”!!」


 風を纏うように走り出す一条を見て


「すげぇな」


 と陽太はまたも呟く。


 あの距離(20m以上)から呪い(デバフ)をかけるのはシロと陽太の想定を超えていた。

  

 だからこそ、シロはずっと距離を近付けなかった。

 たまもを警戒していたからだ。


「もう一つの自信は、たまもの能力範囲の広さか」


 改めて、彼女が自信を持っていたことの理由がわかった。

 最初から呪いをかけられる距離にいたにも関わらず、あえて使わなかったのか。


 シロの油断を誘い、勝ちを確信するその時まで。


 それを証拠に目でわかるほどにシロは動揺していた。

 頭の良いシロだが、想定外に弱い。

 計画していないことが起こるとわかりやすく取り乱すのが、シロの可愛いところであり弱点だ。

 

 陽太は驚きながらも、しかしシロが負けそうなのに笑っていた。


「なかなかクレバーじゃないか、一条さん」


 勝つ為に策を弄す。

 そのやり方は嫌いじゃない。


 ならばこちらも禁忌の手段を取ろう。

 指示をしないという、ルールを陽太は破る。


 陽太の想定を超えて強かった一条に、勝ちを譲る。


 陽太は反則負けをすることになる。


 しかし、ただで負ける訳ではない。


 試合に負けて勝負に勝つ、そこが今回の落とし所だろう。


「シロ!もう一度言うぞ!遠慮するな!!」

「!!」

 

 遠くからの陽太の声にシロはハッと我に返った。


 勢いよく近づいて来る一条に、シロは冷静さを取り戻し、水の能力を使って上手く着地する。

 すぐに羽を深い碧色に輝かせ、重い羽を一度羽ばたかせた。


「クッ!?」


 水球が目の前に現れ、勢いを殺されてしまう。


 しかしシロは目の前だ。

 なんとか足を踏ん張って――


「え?」


 そこで一条は思わず声が出る。


 一条が触れた水球は衝撃を受けたことで半壊していたが、その水はなすすべなく落ちていくのではなくどんどんと凍っていく。


 衝撃を受けてどんどんと凍っていく過冷却水のように。


 指先ほどの水滴が落ちながらも目にわかるスピードで凍っていき、落ちる頃には氷になって地面をコロンと転がった。


「ケホッ」


 肺に入った空気があまりにも冷たくて、思わず咳が出る。


 エンジンのかかっていた身体も頭も強制的に冷やされて、一条は現実を直視させられた。

 

 踏ん張ろうとした足はもうすでに凍漬けにされているし、なんとか振り払おうとした右腕も凍りに囚われた。


 視界の全てが氷の景色になり、水で濡れていた服も凍っていた。


 圧倒的な能力の差を、これでもかと見せつけられた気分だった。

 今まで努力していたことが無駄だと嘲笑われている気がした。


 そして無常にもその時にタイマーがなる。

 3分が経ってしまった。


「ホウ!」


 シロはすぐに一条に張り付いた氷を水に変える。


 身体は自由になったが、力はまるで入らず膝から崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。


 身体は冷え切って震えていた。


 でも魂は煮えたぎるように熱かった。

 全身に何かが駆け巡るように、全身が心臓のように脈動していた。


 怒りなのか。

 悲しみなのか。

 悔しさなのか。


 それらが全部ないまぜになった感情が、声にならない胸の内が、そっと一筋の涙として一条の目尻から溢れ伝う。


「こーん!!」


 駆け寄ってきたたまもが心配そうに一条の膝に乗る。


 ごめんねも、ありがとうも、何も言えずに一条はただ抱きしめるしかなかった。


 その様子を見て、陽太は改めて何も言えなくなった。


 ここで陽太が敗北宣言などしたら、それこそ彼女は傷つくだろう。

 慰めにもなりはしない。

 むしろ恥の上塗りだ。


 馬鹿にしていると思われても仕方がない。

 敗北は努力の否定ではないと陽太は考えているが、彼女がそう考えてあるとは限らない。


 懸命に努力した結果が実らないなんて良くある話だ。


 でもそれを傷ついて泣いている少女に出来るほど、陽太は図太い人間ではない。

 

 なんと声をかけようか答えを出せずにいる陽太に、クロが陽太の腕の裾を軽く噛んだ。

 

「がる」


 任せて、というように鳴いたクロはのっしりと歩いて一条の方に歩いていく。


「ほう」

「がるら」


 途中シロとすれ違い、一言声を交わして今度はシロが陽太の元に飛んでくる。


 陽太はシロをギュッと抱きしめた。


「お疲れ様、シロ」

「ほほう」


 なんでもないように振る舞っているが、シロの身体はすっかり冷たくなって震えていた。


 シロは氷の能力を限界値近くまで使っていた。

 いや、使わされた。


 一条は本当に強かった。

 陽太が指示をしないなんて制約を破らなければ、そのまま素直に負けていたかもしれない。


 シロの身体を温めるように揺すっていると、クロが一条の元に辿りついた。


 クロは何も言わずに大きな身体を彼女のすぐそばで丸まって寝転び、能力を発動させた。


 クロの毛が優しいオレンジ色に光ると、周囲を温め始める。


 クロは能力を発動させる際、毛の色が赤くなり熱くなる。それはとてもじゃないが素手では触らない温度だ。

 

 しかし能力の訓練をしていたクロは、熱くない炎を身体に纏うことが出来るようになっていた。


 クロはその優しい熱で、一条を温める。

 何か言うわけでなく、ただ寄り添うように。

 

 寒さで震えていた身体に、折れそうでギリギリの精神に、その無言の優しさは心に沁みた。


「――ッ」


 どうやら限界が来たのか、一条はクロを抱きしめるようにその身を預ける。


 背中越しにもわかるほどに、身体は波を打つように時折震えている。


 もう、本当に陽太がかける言葉はない。


『3日後、同じ時間に今日の試合の結果の話をしよう。待っています』

 

 とりあえずボイスチャットだけ送り、この場はクロに任せて去ることにした。


「やっぱり、こういう役目俺には向いてないや」

「ほ、ほほう」


 気を落とした陽太に、しかしシロは優し気に、自慢そうに鳴いた。

能力範囲


魔石生物によって能力範囲は異なる。

それはもはや個性だ。

非常に広い範囲の有効射程を持っているが、代わりに火力がない。

一撃で仕留める火力を出せるけど、効果範囲は1mもないなど。

わかりやすい例でいうと、治癒種は超近距離もしくは触れていないとでないと発動できない魔石生物がほとんどだ。


雷を遠くから落としたり、目の見える範囲内ならどこでも火を起こせたり、逆に見えない場所でも空間把握能力が高い個体なら予測地点に能力を発動することもできる。


得手不得手はあれど、どれもに共通することは努力である。近距離しか出せなかった能力が、5年10年の月日を経て、射程範囲20m超えたという有名な配信者がいるのはご存知の方が多いだろう。


魔石生物も人間も、不断の努力というものの重要性をわかりやすく教えてくれる。


参考文献

みんな違ってみんな良い

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