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たとえ嫌われたとしても

「やぁ!随分上手くやっているようだね、陽太くん」

「シロ、凍える風(フリーザー)

「ほ、ほほほう」

「寒い寒い寒い寒い!!!あれ!?熱いお茶が冷たくなった!?」


 霧島の研究室を訪れた陽太は、満面の笑みで迎えた霧島を急襲する形で攻撃した。


 霧島は湯呑みに入ったお茶が冷たくなったことに目を見開いて驚いている。


 陽太はそんな霧島を無視してそのまま前に出て音を立てて座ると

 

「話が違う!!」


 陽太はキレた。


「先生の言ってたことまるで違うじゃないですか!!」

「そうかい?何も間違ったことは言っていないと思うのだけど」


 すぐに落ち着いた霧島は、なんなら楽しそうに陽太の話を促して来た。


「先生、あれは“問題児”ではありません!性格に問題のある人間です!恭介と一緒の括りでは断じてありません!」

「んー、僕は恭介君と同じく問題児ではあるけど、全然違うタイプだって言ったと思うけど?」

「…あれ?」


 そういえばそんな気がしてきた、と陽太は怒りがふっと冷めて、そしてまた沸騰する。


「まぁそれは置いといて。なんなんですか!あの態度!人を小馬鹿にしているのにも程があるでしょう!なんであんな子を特待生に選んだんですか!?」

「それはもちろん、陽太くんなら上手くやってくれるだろうと確信しているからさ」


 ニコリと優しく笑った霧島に、陽太は言葉に詰まる。


 そんなに信頼MAXな笑顔を向けられると、嬉しくて怒りが冷めてしまいそうだ。


「それに、美人だという情報だけ聞いて何も聞かなくなったのは陽太くんじゃなかったっけ?」

「……」


 冷めるどころか青褪(あおざ)める陽太だった。

 そういえばそうだったと陽太は己の失態を思い出した。


 陽太のそんな反応に少し笑う霧島だが、ふと憂いを帯びた表情になり、勝手なことをした自覚はあるんだけどね、と前置きして話し出した。

 

「陽太くんなら彼女を救ってくれるんじゃないかと思ったんだよ」


 霧島は一条と会った日を思い出す。



♦︎♢♦︎♢


 大学の特待生というのは成績や内申点はもちろん、相棒(パートナー)の能力、形態に左右される。


 魔石狩は人気の職業だ。

 スポーツ選手、動画配信者などの人気職業とも引けを取らない。

 なんならそれを凌駕している程の人気の職業だ。


 子供の頃からその夢を追いかける人間は多い。


 だから特待生に選出されるだけでも将来を有望視されている証拠である。


 もちろん、お金があれば普通に入れば良いのだが、裕福ではない家庭もある。


 それこそ陽太のように。


 しかし箔がつくからと受ける人間は多くいる。〇〇大学で特待生でした、という名乗りは自分が優秀であるという証明に他ならない。


 その日の試験会場は例年にない盛り上がりを見せていた。

 

 多くの大学の教授や生徒が熱心に勧誘したりアピールしている中、霧島は壁の隅にいる少女に気が付いた。

 

 沢山の人間と魔石生物がいる中、少女は所在なくどこを見るわけでもなく、ただ下を向いている。


 無表情に見えるその顔は、よく見ると唇を噛んでいた。


 その光景に既視感があった。


 去年、全く同じ光景を見たことを霧島は思い出す。


 受かるわけないだろうと下を向き、しかし一縷の望みを抱いているようなそんな表情。


 期待と歯痒さが入り混じった複雑な感情。


 去年の特待生である黒河陽太が奇しくも同じ場所で、同じような顔をしていたのを霧島は思い出した。


 去年はなんでそんな顔をしているのかと不思議に思って陽太のことを調べたが、今回はなんらかの縁を彼女から感じNW(端末)で彼女の情報を調べてさらに驚く。


 同じではないが、彼女は陽太と似たような経歴だった。


 2体持ちであること。

 片方のパートナーが未だ進化していないこと。


 これは陽太と大きく違う点だが、その片方の相棒がちょっとした事件を起こしていること。


 なるほど、と霧島は思う。


 この経歴を見て興味を持つ者はいないだろう。


 しかし壁の花と化した少女は、美しいその容姿で周囲を魅了する。


 例年より盛り上がっているのは、美しい少女によく見られたい男子生徒が声高になっているのと、それに当てられた相棒達が張り切っているからのようだ。


 教師らしい人間が話しかけると、彼女はハッと顔を上げるが男の顔を見て落胆したように顔を下げる。


 そのあとは何を話しかけられても無視。


 そうして怒った教師は霧島の横をドタドタと大きな足音をたてながら去っていった。


 それもそうだろう、と霧島は少女に同情する。


 50を超えたおじさんにあんな下卑た視線を向けられれば、少女も気持ちが悪いし、何より見られているのは容姿だけだ。


――欲しいのはそんないやらしい視線と、言葉ではないだろうに。


 霧島はそうならないようにと心を引き締めて彼女の元へ向かう。


「こんにちは。一条沙雪さんであっているかな?」

「……」


 無言で顔を上げた少女を見て、霧島は心で感嘆の息を漏らす。


 さっきの男を笑えないくらい、霧島もその少女に見惚れてしまったからだ。


 少女から大人の女性へと羽化しようとする間際の、幼さと蠱惑的魅力を内包した女性。


 周りの男の子達が舞い上がってしまうのもわかると、霧島は心で苦笑いする。


「その(かんざし)についているのは魔石だよね?金色と、透明だね。よければみせてくれないかい?」


 そんな雰囲気を微塵も出さずに、霧島は少女に言う。


 そんなことはどうやら今日初めて言われたのか、彼女は目を丸くしてしばらく目をシパシパとさせた。


 年相応の可愛らしい仕草に、霧島は微笑む。


 どんなに気を張ろうとも、嬉しさを隠せていないのが(うかが)える。年齢通りの女の子だと霧島はそう少女を認識した。


「…えぇ。良いでしょう。不躾に人の名前を呼んだのは許してあげましょう」


 今度は霧島が目をシパシパさせる番だった。


「こっちの金色の子はたまも。付与種よ。私はたまもの付与(バフ)を十全に扱うことができるわ。たまもは相手にあらゆる能力低下(デバフ)もかけることも可能よ。証拠を見せてあげましょう。でもここだと狭いから場所を変えられるかしら?」


 無表情ながらも少し声は上擦り、嬉しさの隠せていない少女に、ちょっとだけ傷ついていた霧島は復活する。

 微笑ましくすらあった。


 

「あぁ、構わないよ。でも先にパートナーを見せてもらってもいいかな?」

「それもそうね。来なさい、たまも」

「コン!」


 金色の狐が霧島の前に現れる。


 思わず

 

「おお!美しい!」


 と口走りたまものそばに駆け寄ると


「やめなさい!加齢臭が移ったらどうするのよ!?」

「ゴッハ」


 たまもを抱き上げて避ける少女に、あまりのショックで血反吐を吐いた霧島はその場に倒れた。


「え……?わ、私?私のせい??」


 混乱した少女を他所に、静まり返った会場に

 

「霧島先生がまた倒れたぞー!!」

「またか!?誰か慰種のパートナーの子はいないか!?」


 そんな声が鳴り響き、一時試験は中止となったのであった。

 


♦︎♢♦︎♢


 そこまで思い出して、恥ずかしさに頭を抱えた霧島はため息を吐いてしょげる。


「先生?なんでそんなに急に悲しそうに肩を落とすんですか?」

「あぁ、すまない。いやちょっと嫌なことを思い出してね」


 頬をポリポリとかいて恥ずかしそうにする霧島はどこか哀愁があり、ありし日の家族の思い出がフラッシュバックしたのかと思った陽太は申し訳なさそうに口を閉じた。


 勘違いしているな、とすぐに察した霧島だが、ここは陽太の申し訳なさそうにしている隙になし崩しにして乗り切ろうと口を開く。


 霧島も霧島で、やり手である。


 伊達に数多くの孤児院の子ども達の相手をしてきたわけではない。


 ある程度の小狡さがなければ、数多くの子供の相手なんて出来やしない。


 コホンと1つ仕切り直しの堰を吐き、

 

「改めて思い返して欲しいのだけど、僕は今回陽太くんを騙すつもりは一切なかったよ」

「それはそうかもしれませんが、ちょっと度が過ぎるというか、ネジが外れているというか」

「陽太くん、もう一度思い出して欲しい。たぶん、特待生の子は美人だよということと、問題のある子だよという情報以外僕は言っていない」

「……」


 陽太はそっぽを向いた。

 事実を言葉で伝えられたが、正面から受け止めるほど陽太は強くなかった。


「果たして悪かったのは情報を伝えきれなかった僕かな?それとも何も言わずに飛び出した陽太くんかな?」

「……」


 さらに追い討ちをかけられ、陽太は頭をがくりと落とし敗北を認めた。


「お茶、新しいの淹れてくれるかな?」

「はい喜んで!!」


 まるで召使のように、陽太は頭を下げた。


♦︎♢♦︎♢

 

 熱いお茶をズルズルと美味しそうに啜る霧島の横で、陽太は苦虫を噛み潰した顔をしている。


「陽太くんも飲みなさい。春先ではあるけど、今日は寒いからね。温まるよ」

「えぇ、頂いてますよ」


 ズルっとお茶を飲む陽太だが、その不満は隠しきれていない。


「まだ何かあるのかい?言いたいことがあるなら遠慮なく良いよ?」

「いや。うまいこと丸め込まれた感があるな、と」

「それじゃあもう一度議論しようか?」

「やめて下さい!俺が話聞いていないのは間違いないんでその議論に勝てる気がしないです」


 言葉では敗北を認めている陽太だが、ムスッとした顔が心の声を代弁していた。


 ふふふと霧島は笑うと


「まぁ僕もあえて情報を伏せた所があるからね」

「やっぱりそうじゃないですか!」

「でも、陽太くんはきっと聞かなかったんじゃないかい?自分の目で見て判断すると君は言うだろう」


 霧島は陽太という人間を知っている。


 黒河陽太という人間は、他人から又聞きの情報を信用しない。というよりは話半分に聞いているというのが正しい。


 そうだろう?と霧島はまるで同意を求めるように聞いてくる。

 

「まぁ、それは確かにそうなんですけど。あそこまで大変な子なら一言欲しかったですよ」

「それも含めて、陽太くんには良い経験になると思ってね。実際、滅多にない経験ができただろう?」

「しなくてもいい経験っていうのはこの世にあると思いますけど」

「ではこの二日間の経験は君になんの成長にも繋がらなかったと?」

「……ほんと、先生って弁論が強いですよね」


 両手を挙げて敗北をまた認めた陽太に、霧島はニコニコと笑う。


「めちゃくちゃ大変な思いをしましたけど、色々考えて当たって砕けろの思いでやってみましたよ。それこそ恭介にも相談しましたし」

「途中報告までは受けたけど、いきなり勝負事に持って行くのは陽太くんらしくないと思っていたんだ。なるほど、恭介くんからの案か」

「正直、遅かれ早かれ俺も同じ結論を出していたのは明白でした。恭介は背中を押してくれた感じですね。自分から喧嘩売りに行ったのってなかなかない経験だったので緊張しましたよ」

「それで、結果はどうだったんだい?」


 ニヤニヤと聞く霧島は、まるで結果を知っているかのように言う。


「そりゃ、勝ちましたよ。これでも資格持ちの魔石狩りなのでね」


 勝った割には嬉しそうではない様子の陽太に、霧島は問う。

 

「その割には嬉しそうではないね。陽太くんの立てた計画通りに事が運んだわけではないのかい?」

「概ね予定通りでした。予想外だったこともありますけど」

「強かっただろう?沙雪くんは」

「ええ、正直焦りました。強さも思考も決断力もありました。――ただ」


 陽太はそこで顔を曇らせる。


「このままでは沙雪くんは命を落とす」

「!!」


 考えていた思考を読んでいるかのように、霧島は陽太の心の声を読み上げた。


「僕も同感だよ。沙雪くんは強い。強いが…シンボルエリアでは通用しない」

「そうなんです」

 

「「ソロでやろうとしているのなら」」


 2人の声が重なる。

 考えていることはどうやら一緒らしい。


「だからこそ陽太くん」


 霧島は真っ直ぐ陽太を見て言う。


「君なら彼女を救えると僕は思うんだ

魔石の色と能力


赤は炎。

青は水。

黄色は雷。

緑は植物。

茶色は岩。


なんて簡単に済めば良いが、そんな簡単ではない。

赤は炎だけではなく、熱やマグマ。

緑は風。茶色は大地そのものを操ることもある。


色の深さや透明度で能力が変わる。

深ければ能力の力が強い。

薄ければ能力の使用範囲が広い。


それを魔石生物それぞれの個性に合わせてカッティングしてくれる()()は、果たして人類の敵なのか。味方なのか。

まぁ人間には理解出来ない事が多いので、基本的には彼女に頼ることしか出来ないのだが。


『血の十日間』を経験した大人達は大体毛嫌いされている。世界各地で彼女を襲撃していると言う事件は枚挙に暇がない。


しかし、それで滅んだ国もあるのだから我ら日本人はしっかりと冷静さを保つべきだ。


人呼んで“龍の寝床の卵”(らんこ)ちゃん。

眠れる龍を起こしてはならない。


使えるものは使うべきだと私は思う。

敵であろうが、味方であろうが。


参考文献

人類の敵を知れ!

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