|付与種《バッファー》
「それはどうして?」
努めて冷静に、陽太は一条に問う。
「理由が必要かしら?」
「一応俺はこれから君を教える立場の人間だからね。君のパートナー達や能力を知っておくのは当然だろう?」
「正論ね。でもだからと言って私がそれに応える必要はある?」
「質問を変えよう。もう一体の子を僕に今明かす気がないのか。それとも今後もそのつもりはないのか」
「現状、教えるつもりはないわ。今後も含めてね」
「そうか」
一条の自分勝手な物言いに、しかし陽太は物分かり良く頷いた。
なにせ、かつて陽太もそうだったからだ。
大学入学当初、シロとクロは進化していなかった。
今ほどの強さを彼らは持っていなかった。
だから学友達に自分が特待生であるということを明かせなかった。
それは一時期、陽太が学校で孤立する状態を作ってしまった要因の一つだ。
当時のことを思い返しても、改めて陽太はシロ達が進化していることを明かすことは難しいことだったと思う。
素直に答えても結果は同じように排斥されていたのではないだろうかと、陽太は当時のことを分析している。
もし彼女もそうなのであればそれを追求する権利は陽太にはない。
「なら今はそれでいい。続けて質問をするけど、たまもと2人で戦うつもり?」
「そのつもりだけど」
「少なくともしばらくは俺と組んでシンボルエリアに潜ることを目指してもらうけど、将来の展望はどう考えている?」
「いずれはソロで潜るつもりよ。他人といるのはストレスが溜まるもの」
「俺の前では見させられないもう1体と、たまもと3人で?」
「そうよ、しつこいわね。それくらい察せないの?わざわざ問うほどのこと?」
苛つきを隠さない一条に、陽太は語気を少し荒げて
「…それは舐め過ぎだろ」
陽太の声に感情が乗る。
「1人と2体で潜れるほどシンボルエリアは甘くない」
「私の実力を知りもしないくせに、言ってくれるわね」
「アーマー種でもない限り基本ソロは認められない。自殺志願者に資格を与えるほどこの国は馬鹿じゃない」
「へぇ。3体持ちともなると随分高みからの説教を垂れるのね。己の傲慢さを隠せていないわよ」
一条は腕を組んで言う。
指をトントンと叩くリズムが速くなっているのが、彼女の怒りを如実に表している。
対して陽太は冷静だった。
冷徹とも思えるほど、冷たい正論を彼女に叩きつける。
「さて。傲慢はどっちかな?3体持ちの俺ですら未だソロで潜ったことはない。それを2体持ちの新人がソロで潜るなんてこと出来ると思っているのか?」
「ねじ伏せるわよ。実力でね」
「実力が足らないって言っているのが伝わらない?」
「…その安い挑発、買ってあげるわよ」
睨みつけてくる一条に、本筋は色々と外れたがようやく本題に入れそうだと陽太は心で思う。
本日の目的は顔合わせもあるが、メインはそれではない。
互いを知り、これからを語り合うことも目的としてあった。しかしそれが易々と出来るのなら、昨日の時点でそれは叶っていたはずだ。
いや、実際にある程度は叶った。
彼女は人を視界にすら入れない。
けれど陽太は視界に入ることを認められた。
それはおそらく彼女の中では異例の存在なのだということは、陽太もなんとなくは察している。
きっと自分は彼女の中では上澄みの人間なのだと。
しかし、それだけだ。
彼女の反応は未だ冷たく、良好な関係とはちっとも言えない。
一筋縄ではいかない相手に、陽太はどう対応すれば良いのかこれまでの人生経験でよく知っている。
実際、敵対または気に食わない相手を認めるというのは精神的ストレスだ。
だから普通の人間は排除する。
認めないと突っぱねる。
学校という狭いコミュニティでは勉強やスポーツなど、ある程度何かが秀でていれば認められる。
だからこそ、陽太は認められるために努力してきた。
しかし今回のように対人同士で認めてくれない場合、どうすればいいのか。
一定以上の評価を得た上で、さらにその上の評価を無理やり獲得するにはどうするのか。
それは単純で、強引な手法。
「勝負しようか、一条さん」
即ち白黒をはっきりつけること。
「君が勝てば俺は余計な口出しをやめよう。君の思い描く未来に行きやすいように裏方に徹して手を貸そう。しかし君が負けたのならば、俺のやり方に従ってもらう」
相手に勝利して、自分が敗者だと認めさせること。
「――受けるかい?一条沙雪」
「上等よ…!吠え面をかく準備をしておくといいわ!」
♦︎♢♦︎♢
「本当に、舐めているのかしら?」
一条は今日何度目かわからない苛立ちを陽太にぶつける。
「いや?妥当な判断だよ」
陽太はクロのフカフカの喉元を撫でながら言う。
「ぐるるるる」
クロは嬉しそうに喉を鳴らしている。
「どう考えても舐めてるでしょうが!!」
遂にここに来て、今まで言葉尻を荒げても怒鳴ることのなかった一条が声のあらんばかりに叫ぶ。
それも仕方のないことで、睨まれた当の陽太はというとクロの大きな体を枕に寝転がっていたからだ。
「いやこれは一応は俺は何も手を出さないよ、っていうアピールなんだけど?」
「手を出さないことが舐めてるって言うのがわからないのかしら!低脳なのも程々にしなさい!」
叫び怒る一条に、ぴょんぴょんと跳んで近づき
「ほ、ほほほほほう」
ま、落ち着けよお嬢ちゃん、と声をかけたのは対戦相手であるシロだ。
「あのねぇ!こちらは2人で挑むのにそっちはシロだけで戦うっていうのは戦闘放棄じゃない!それとも負ける言い訳がそんなに欲しいわけ!?」
思った以上に怒っている一条に、表向きはダラっとした姿を見せている陽太の内心は冷や汗ものだった。
怒るのはもちろん想定内なのだが、声を荒げる程とは想像できていなかった。
冷たい印象の彼女が感情的になっていることに陽太は驚いていた。
挑発は思った以上の効力を発揮したようで、彼女は本気で憤っているように見える。
どうやら思った以上に彼女の逆鱗に触れたらしい。
「そちらこそ、シロを舐めないで欲しいな」
背中に冷や汗をかきつつ、陽太はそれを悟られないように澄まし顔で一条の怒りを受ける。
「シロは賢いし、何より水系の能力では最上位の能力を持っている」
「最上位?」
「気体、液体、固体。水の形態変化の全てを自在に操ることが出来る」
ハッと目を開き、一条はシロを見る。
シロは羽をバサっと広げ、ドヤ顔を決めて見せた。
その顔はウザいが、ドヤ顔するのも当然なくらい凄まじい能力ではある。
霧島を言わせて、水系では稀な能力だと断言させたのだ。
一転して一条はシロを黙って見やる。
対戦相手として見定めているのかもしれない。
「シロ」
陽太はシロに呼びかける。
「ホウ」
シロは陽太の言いたいことを読み取り、任せろと言わんばかりに頷いた。
シロが羽ばたくと青く羽が輝き、掌サイズの氷塊が出現した。それはゆっくり溶けて水になり、さらにゆっくりと水は粒子となり少しずつ揮発するように消えていった。
「…そう。本当だったのね」
半信半疑だった一条が驚きながらもその現実を認めた。
デモンストレーションは成功したようで、一条は歯噛みしているようにすら見える。
あの水の量ならば自由自在にシロは扱える。
自由というところがミソだ。
シロは未だ気体への変化が苦手だし、氷の能力を多用すれば体が冷たくなりすぐに動けなくなる。
その癖一番得意なのは氷なのだから笑ってしまう。
シロらしさを物語っている能力構成だなと思う陽太であった。
優秀ではあるが万能ではない。
それがシロの現在の評価だ。
シロの方がクロよりも万能に見えるが、実際はクロの方が評価は高い。
火力、俊敏性、体力、賢さそのどれもが標準以上の数値を出すし、何よりも評価されているのが“危機察知能力”。
淡墨にまるで未来予知だ、と感心させたクロの直感の凄さは陽太自身が良く知っている。
クロがいなければあの日、淡墨とその相棒のシンラは救えていなかっただろう。
レイドボスは撃退できても、その後に何が起きているかも分からず、2人が踠き苦しみ死んでいく姿を見させられていたかも知れない。
その遺体を前に絶望する自分を想像するだけで、陽太は震えが止まらない。
心の底からクロが居て良かった。そう思う。
2体とも魔石狩りの相棒として既に高い評価を得ているが、陽太としてはどちらが優秀でどちらが劣っているかなんていうのはどうでも良い問題だった。
陽太にとって大事な家族で、頼りになる相棒。それだけがなによりも大事なことだ。
最速蹂躙の特攻隊長のクロ。
攻守安定の遊撃部隊のシロ。
そして、超高火力の一撃必殺の雷刃。
これが陽太の現在のパーティメンバーである。
「シロの能力は凄いだろう?改めて言うよ。シロを舐めたままなら一瞬で負けるよ」
「えぇ、認めるわ。別にあなたが舐めているわけではないということわね」
含みのある言い方をする一条だが、シロを敵と認識したようでスッと目を細める。
シロはシロでやっとやる気になったか、と満足気にホウと鳴いた。
陽太は立ち上がると口を開く。
「では勝負のルールを説明する。一条さんの勝利条件はシロを捕まえることだ」
一瞬ギョロっと一条がこちらを睨んだが、舌打ちをしてソッポを向いた。
ほんと怖いなこの子、と陽太は震えつつ説明を続ける。
「ルールは全部で3つ。1つ、シロを傷付ける行為は禁止。2つ、武器の使用は自由。3つ、制限時間は3分。そして最後に開始時間は1時間後とする。以上だけど質問はある?」
「ルール1と2が矛盾してるじゃない。傷つけたら失格なら2つ目のルールの意味がわからないわ。しかも1時間後ですって?」
「シロを拘束するつもりで使う攻撃ならば武器として使うのは有りだ。故意に傷つけて動けなくさせて捕まえるというのは禁止。開始時間に関して時間を取ったのは、君を思ってのことだよ。急な勝負なんだ、準備や作戦が必要だろう?」
「なるほど公平性の為、ね。けれど私には必要ないわ」
一条は自信たっぷりに言う。
「私のパートナーは“付与種”。味方に力を与えて相手の能力を引き下げる。2対3でも私に勝つのは難しいのに、それをさらに下げるなんて」
一条は本当に苛立たしいのか、陽太を憎々しげに睨む。
「今なら前言を撤回させてあげる。あなたも参加しなさい。勝つのを分かっている勝負を受けるほど、私も公平性に欠けているわけではないわよ?」
一条の勝ちを確信した物言いに、陽太はあえてこれ見よがしにため息をついた。
「前言は撤回しない。逆に舐めているのは君だよ一条さん。俺は君にちゃんと勝たせる余地がある条件を考えて作ったんだ。俺が言ったルールをもう一度反芻して欲しい。君こそ前言を撤回し、準備と作戦に時間を取るべきだ」
陽太の言い分に、その目の冷たさは絶対零度にまでに達しているようで、睨まれるだけで身動きができなくなりそうだ。
しかしそれでも。
陽太は言う。
本当に公平な勝負にしたいが為に、陽太は一条沙雪に圧倒的に上の立場から物を申す。
「そうすれば低くても、君にも勝つ可能性はあるのだから」
一条はしばらく無言で陽太を睨んだ後、心底ガッカリしたように肩を落とした。
出会った時の伽藍堂な瞳になんとか映り込んだ陽太だが、どうやら彼女の視界から外れたらしい。
その目は光を失い、顔も鉄面皮のような無表情に戻る。
彼女を傷つけたように感じ心が痛むが、今後に必要な疵だと心に言い聞かせる。
「あなた、もういいわ。さっさと勝負を終わらせましょう。今後は私の踏み台として存在することを許すわ」
今日会った時よりも、感情ない平坦な声で一条は言う。
とんでもない言われようだが、陽太は仕方ないと割り切る。
今後彼女とチームとして組むのであれば、上下関係は必須だ。
シンボルエリアで命令を無視されても、危険になるのは自分であり、彼女なのだから。
陽太は心によし、と喝を入れる。
「シロ」
「ほう?」
シロに呼びかけて陽太は言う。
「遠慮するな。全力でやれ」
「ほほう」
了承した、とシロが頷く。
陽太も立ち上がり、2人から距離を取る。
「一条さん、準備は良いんだね?」
「……」
何も反応しない一条に、たっぷり3秒間待ってから陽太は宣言する。
「ならば勝負、始め!!」
付与種
人や魔石生物に限定的に自分の限界を超えた能力を授ける魔石生物を総称して“付与種”と呼ぶ。
ゲームでいうバフ、バッファーのことだ。
人に付与すれば100mを3秒で走りぬけたり、30mの跳躍を可能にする。
連続で使用すれば人体に支障をきたすので、基本的に人にかけるのは推奨されない。
何よりも付与された時の全能感は脳内麻薬を多量に分泌させていることもわかっているため、使用には十分な注意が必要だ。
依存性のある多幸感や中毒性もあるわけではないので、人にかけることは禁止されているわけではない。
チーム内に付与種がいると安定するのは間違いがなく、常に人気のある種族だ。
付与種のそのほとんどは小動物の生物であることが多い。
参考文献
見た目でわかる種族の特徴




