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心の壁

「早速呼び出すなんて、不躾な男なのね」


 もはや(けな)すのはデフォルトなのか、一条沙雪は会って早々に陽太を非難する。


「俺も少し予想外だったよ。しっかり時間通りに指定した格好で来てくれるなんて。意外と律儀なんだね、一条さん」


 いきなりの辛口なコメントに、陽太もちょっと棘のある返答をした。


 意外だったというのは本音でもある。


 1時間くらい平気で遅刻しそうだし、動きやすい服装でとお願いとしたが、しっかりとジャージ姿で目の前に来た時、え?本当にちゃんと来たの?と心の中では驚いていた。


 しっかり約束を守るタイプだと分かったのは暁光(ぎょうこう)だが、舐められてばかりでは教導役としては少し困る。


 陽太としても昨日から言われっぱなしだったので、ちょっとした意趣返しがしたかったと言うのは隠せない本音だ。


 しかしそんな陽太の反応に、彼女は予想外にも冷たく笑った。


 してやったと言わんばかりの顔だった。


「わざわざ呼び出して非難するなんて随分と時間に余裕があるみたいで羨ましいわ。魔石狩りの資格を持ったら学業なんてどうでもいいのね。そんな立派な先輩に教えを請えるなんて、私はとても運がいいわ」

「……」

「無視するなんて酷い男。そんな人間に教わることはあるのかしら」

「…いや、返答に戸惑っただけだよ」

「なら直ぐに答えてくださる?レスポンスの悪い人間と一緒にいるのは疲れるから」

「…ちょっと冷た過ぎないか?霜焼けになりそうだよ」

「凍傷になれば感覚もなくなるわよ」


 それ壊死(えし)してんじゃねぇか!


 心でツッコミを入れてなんとか苛つきを誤魔化す陽太に、一条の反応は変わらず冷めたものだった。


 表情はほんの少し冷笑を浮かべている程度で、声色は平坦で抑揚もない。


 その癖目は射抜くように真っ直ぐ陽太を見ているのだから気が抜けない。


 あまりの冷たい言葉の雨に、陽太は今にも凍えそうだった。それこそ凍傷になりそうなくらい。


 というか、彼女は会ってから今の今まで陽太を非難することしかしていない。


 どうやって話をすれば良いのか頭を抱えそうになった時、陽太の胸のペンダントが唐突に輝きだした。


「ほーほほ、ほほほう!」

 

 シロは真っ直ぐ一条の元に飛ぶと、彼女の目の前でホバリングして叱りつけるように何か言う。


 おそらく、いいから話を聞け!と言ってくれているのだろう。


 差し出された彼女の腕に乗り、羽をワサワサと振り上げ熱弁してくれている。


 一条は陽太というか人間には冷たいが、魔石生物には優しいらしい。昨日のシロとクロを見た時も少し興奮気味に見えた。


 冷たい彼女もうちのシロとクロにはメロメロなのかと思うと、陽太はふふんと自慢げに鼻を鳴らす。


 実際一条はシロの話をコクリと頷きながら聞き


「わかった。話を聞くから、す、少しだけ撫でさせてくれないかしら」

「ほ?ほうほほう」


 少し高揚した表情を見せ、声は上擦り、少し早口になりながら一条はシロにお願いする。

 

 シロはまぁ良いだろうと、身体を膨らませて羽を畳む。


 一条は先ずは頭を軽く撫で、そして頭、首と身体中を撫で回し始める。

 

 目は輝き、顔は二ヘラと歪んでいる。


 さっきまで陽太を冷たく切り捨てた相手とは思えない程の弛みっぷりだ。


「へへへ、すごい。フカフカフワフワ…!」

「ほほほほ」


 シロも自慢の羽を褒められて悪い気分ではないのか、嬉しそうに喉を鳴らす。



 


「……そろそろ、いいかな?」


 たっぷり5分経って、陽太は控えめにそう切り出す。

 

 終わる雰囲気がなく、いつまで経っても続きそうだったので突っ込まざるを得なかった。


「あ」


 陽太が声をかけると、シロは翻って陽太の元に飛び出すと一条は少し哀しげな声を出した。


「ほ!ほほ!」


 陽太の肩に止まると、シロはどうだ?感謝しろよ?と言いだけなドヤ顔を見せる。


「…いや、うん。ありがとう、シロ」


 感謝はしているんだけど、無駄な時間があり過ぎたことで陽太は少し腑に落ちないながらも感謝を述べた。


 至福の時間を遮られたせいか、彼女はさっきよりも目を細めて陽太を睨みつけている。


 いや、なんならさっきよりも悪化してないか?とは思いながらも陽太はなんとか口を開く。


「シロのおかげでやっと話を聞いてくれそうだね」

「ええ、あなたパートナーはあなたよりよっぽど賢いようね」


 蔑むように言われるが、陽太は逆に嬉しさを感じていた。


 実際、シロは自分より頭が良いと本当に思っているからだ。

 

 基本的にはバカ、という注釈をつけることにはなるが。

 

「良い目をしてるね。その通りシロは俺よりもよっぽど頭がいいよ」

「あら、パートナーより頭が悪いなんて恥ずかしいことを平気で言うのね。もう少し勉学に励んだらどう?」

「恥ずかしい?頼もしいとは思っても恥ずかしいなんて思うことは一度もないな。君はパートナーの出来が悪いと恥ずかしいと思うのか?」

「……」

 

 物凄い形相で一条は陽太を睨みつける。


 怨嗟でも篭っているかの様な視線に陽太は少したじろぐが、逆に睨み返すように言う。

 

「そんな顔されても撤回はするつもりはないよ。自分だけならまだしも、家族をネタにされるのならば俺は黙るつもりはない」

「……そうね。今のは私に非があると認めましょう」

「……謝罪はないんだ?」

「?非は認めると言ったはずよ?」

 

 本当に不思議そうに一条は言った。

 

 どうやら彼女の辞書にはごめんなさいと言う言葉はないらしい。


「……うん、いいや。話しを進めよう」



 彼女から謝罪を引き出すのは、鳴矢に女を口説くのは止めろ説くのと同じくらい難易度が高いと判断し、陽太は断念することにした。

 

「俺からは君に紹介したけど、一条さんからは聞いてないからね。パートナーを紹介して欲しいんだ」


 陽太はシロとクロ、そして雷刃を出して改めて顔合わせをしたいと申し出た。


 前回会ったのは狐の魔石生物だったが、彼女は2体持ちだ。もう1体パートナーがいる。


 その子と挨拶をしたいというのが陽太が彼女を読んだ理由だった。


()()()から話を聞いていないの?」

「聞いていないよ。自分の目で判断したいからね、伝聞や他人の評価を俺は鵜呑みにしない」


 あの人とは霧島のことだろうと当たりをつけ、陽太は素直に答えた。

 

 レッテル張りや、悪意ある吹聴で苦労してきた陽太だからこその価値観だ。基本的に誰かの噂話はスルーして自分の目で見定めることにしている。


「ふーん、そう。ご立派な価値観ね。まぁいいでしょう」


 そういうと


「たまも」


 優しく語りかけるように言うと、金色の光が簪から落ちて狐の形を(かたど)っていく。


「こん」


 一条に寄り添う様に座った狐は、陽太を見据える。


 陽太という人間をつぶさに観察している。


 信頼に足る人間なのか。

 それとも主人に害なす人間なのか。


 その目はひどく真剣だった。


「こんにちは、たまも。俺の名前は黒河陽太。よろしくね」


 膝立ちになり、目線の高さをしっかりと合わせてから陽太は言う。


 しばらく陽太達は見つめ合った後、たまもは耳をピクピクと動かしながら会釈をしてくれた。


 どうやら主人より愛想がいいらしく、コンと一鳴きすると陽太の手をペロリと舐めた。


 人懐っこいたまもに陽太は思わず笑顔になり、そのフワフワの毛に触ろうとする。


「ダメよ!!」


 触れようとした所で一条が抱き上げインターセプトする。


「許可なく気安く触れようとするなんて、下劣な男ね。淑女への扱いがなっていないわ。さすが昨日の男と友人なだけあるわね」

「…確かに、確認しなかったことは失礼だったと反省するけど、アイツと同類扱いは心の底から遺憾だな」


 人懐っこくて思わず撫でてしまおうとした陽太にも問題はあるが、待って欲しいとばかりに陽太は反論する。


「でもその子の可愛さとフワフワの毛質を前に撫でるなというのは少々無理があるとは思わないか?思わず触れてしまう程、たまもは魅力があり過ぎる。金色の美しい毛色に、モフモフの尻尾。特に喉元あたりのフカフカな毛には絶対に触りたいところだ」


 陽太は一言で、そして早口に言い切る。

 それは好きな物を語る時のオタクに似ていた。


 パートナーであるクロの毛質も最高だが、クロの毛質はスベスベしている。シルクのような触感は手に楽しいが、フカフカの毛質も大好きな陽太である。


 というか、基本的に陽太は魔石生物(どうぶつ)好きだ。


 既に同学年のパートナー達は撫でまわし尽くしている陽太は、裏で|魔石生物には誰彼構わず手を出す男《マジクリ専門ナンパ師》と呼ばれていたりするのだが、もちろん当人は知る由もない。


 パートナーを褒められて気をよくしたのか、一条は少しだけ口角を上げて言う。

 

「えぇ、そうでしょうそうでしょう。たまもは美しいもの。まぁ?たまもが許すというのなら、私は構わないわよ」


 身内を褒められて嬉しいのか、冷笑ではなく嬉しそうにニヤつく少女を見て陽太は安心した。


 ただ冷たいだけの人間ではなく、優しい心も持っているのだ。


 たまもは陽太に撫でられると気持ち良さそうに目を細め、二本ある尻尾をフリフリと揺らす。


 金色の毛は柔らかくフカフカで、クロやシロとは違うなんとも言えぬ気持ちよさである。


「かわいいなぁ。尻尾も触って良い?」

「コン!」


 良いよ!という元気のいい返答に、陽太は顔をだらしなく歪ませて身体中を撫でていた。


 しかしその幸福は急に奪われる。

 

「いい加減にして頂戴!いつまでやっているつもりなの!?」

「あ」

 

 一条にたまもを横取りされて、思わず陽太は悲しい声を出した。


 思わず恨みがましく一条を睨むと


「もう5分は経っているのだけど?」

「え?うそ?」


 陽太も時刻を確認すると、確かに5分の時が流れている。


「グルルルル」


 クロはまた他の子に手を出して!と陽太を唸って非難している。


「弁明の機会は必要かしら?」

「いや、ごめん。完全にこちらが悪かった」


 さっきそっちも同じことしてたけどな!という言葉はなんとかグッと堪えて飲み込んだ。


 喧嘩腰では進む話も進まない。


 しかし、陽太にとっては朗報でしかない。


 一条沙雪という少女は気難しい一面が一見して多く見られるが、その実、心がないわけではない。


 優しい心を確かに持っている。


 コミュニケーションの糸口を見つけたことに陽太はホッとした。


 パートナーを通して仲良くなることが出来るだろうと、肩の荷が軽くなったのを感じた。


「たまもは綺麗で人懐こいね。それじゃあもう一体のパートナーもいいかな?」


 陽太は柔らかい笑顔で言う。


「この子は…」

 

 一条は簪についた魔石を軽く触る。

 

 そして下を向いた。


 首を傾げて見守っていた陽太は、一条が顔を上げた時にその目に冷たさが戻っていたことに驚く。

 

「見せないわ」


 一条は冷たく、陽太の願いを一蹴する。


「あなたに、他人にこの子を見せるつもりはないわ」


 ただ無感動に、一条沙雪は陽太を突き放す。


 心の距離が近づいたと思ったのは陽太の希望的な観測だったようで、初めて彼女を見た時のような伽藍堂な瞳をしていた。


 真っ暗で、真っ黒で。

 

 分厚い氷のように、彼女の心は他人を寄せ付けることはない。

モノクロ系


モノクロ系は基本的に属性能力がない。

代わりに頭が良かったり、身体能力が異常に高かったりする。

後天的に属性能力を付けることはあるが、食わず嫌いか、異常に熱い場所や寒い場所などで育ったなどの外的環境によって進化するかの2択。

どちらにしても特例である。

何らかの特殊能力か、秀でている部分がさらに特化して進化する場合が多く、進化先は予想ができない。


属性ありの方が良い!

モノクロで特殊能力の方が良い!


などと人気は2分されているが、7対3くらいの割合で属性能力持ちの方が圧倒的に多いのが現実である。


参考文献

みんな違ってみんな良い

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