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桁違いの才能

本日より不定期で更新再開します。

 黒河陽太は腕を組み、とある光景を見守っていた。

 

 隣にはパートナーである大きな狼のクロが座っていて、その頭の上にはもう一体のパートナー、梟のシロがちょこんと鎮座している。


 場所はシンボルエリアの不登の山“高尾山”。


 空気はどんよりとしていて、木々は死んで朽ちている。


 代わりに毒々しい草花やきのこが、死んだ木々に生えていた。


 毒の沼が点在し、コポコポと怪しげな音を立てていた。


 空を見上げれば薄っすら紫色をした霞が空を覆っている。

 

 何度来ても気持ちのいい場所ではないな、と陽太は心で愚痴る。


 約一年前、毒に侵されたこの山で陽太はとある試験をした。


 初めて“魔物”と相対し、そして初めて命を奪った。


 魔石狩りになる決意を改めて固めた場所だ。


 陽太にとって思い出深い土地でもある。


 たった1年前ではあるが、ずいぶん昔のことのように思う。


 当時は、初めて立ったシンボルエリアに足がすくんで膝が笑っていた。


 若き日の自分というには時間が経っていないが、それでもあの日に思いを馳せると、恥ずかしい気持ちと同時に魔石狩りになることを改めて決めた自分を思い出し、気が引き締まる。


 陽太にとって苦くもあり、誇らしい大事な記憶だ。


 陽太は今日そんな場所で、師匠であった淡墨恭介の立場でこの場にいた。


 あの日、淡墨が見守ってくれていたように、今は陽太が()()の姿を見守っている。


 表情には出さないが、陽太は()()()()その戦いを見ていた。


 ()()()と同じように、敵の魔物の種族は小鬼。


 魔物はシロに誘き寄せて貰った。


 課題は恭介と同じように、30分間攻撃を凌ぎ、その後に殺すこと。


 陽太は恭介と同じ試験を後輩に提示した。


 あの試験は陽太にとって難関ではあったが、そして必須科目だったと今では確信を持っている。


 あの日の経験は、確実に今の自分を作っている。

 

 しかし。


 陽太は唇を噛む。


 この後輩には、彼女には、この試験は必要だったのだろうか――?


 陽太は目の前の光景を見てそう思わざるを得なかった。



 

 後輩は最初こそ動きが固かった。

 挙動が辿々しく、酷く動揺しているのが目に見えてわかる。

 

 しかし、覚悟を決めたように何度か深呼吸を繰り返すと、その動きは変わった。


 そこから始まったのは蹂躙だ。


 攻撃を逸らすのではなく吹き飛ばす。


 ギリギリのところまで惹きつけて華麗に避ける。


 後輩の戦う姿はまるで(まい)でも舞うかのように美しかった。


 だが行動は苛烈に過ぎた。


 華奢で色白な双腕は細く、盾を振り回すことなど出来ないのではないと思わさせる。


 しかし実際には、彼女は軽々と盾を振り回している。

 盾の大きさは陽太よりも一回り大きいのにも関わらずに、だ。


 まるで自分の体一部かのように悠々と盾を使いこなしている。

 

 しかも盾で防ぐのではなく、相手の攻撃に合わせて弾き飛ばす。


 小鬼は攻撃をする度に武器を跳ね返されている。


 まるで反射する金属の壁を殴っているかの如く。


 陽太ですらそんなことは出来ないだろう。


 陽太にそんな膂力はない。


 華奢で小柄な体格に反して不釣り合いのパワーを少女は持っていた。


 ――キィン

 

 一際甲高い音が響く。 

 握力が無くなってきたのか、攻撃をした小鬼の手から武器が飛んで行ってしまった。

 

 小鬼は素手で殴るのか武器を取りに行くのか迷っていたが、少女はあろうことが顎をしゃくり武器を取りに行けと行動で示す。


 小鬼は後退りしながら少女から目を離さず、ゆっくりと武器の所まで進み、武器を掴み取ると


「ゲゲキャー!!」


 と威嚇し、声のあらん限り叫ぶ。


 陽太にはそれが

 

「舐めるなよクソガキ!!」

 

 そう言っているように聞こえた。


 殺気は本物で、ピリピリとした殺意が場を満たす。


 にも関わらず、少女は腰に手をつき盾を持つ手をダランとさせる。


 ちょっと小休憩を取っているようで、緊張感は見られない。

 

 小鬼程度の殺気など、少女には効果はない。

 歯牙にもかけない。


 少女は待ちの姿勢をガンとして崩さず、圧倒的に強者の風格を漂わせている。


――そんなことより早く来てくれないかしら?


 少女は態度で語っている。


 ここに来てようやく、小鬼は少女に恐怖を覚えた。


 猪突猛進な小鬼という種族は、思考がブレるという事が稀だ。


 怒ったらその感情に支配され、怒りが晴れるまで暴れ続ける。相手を殺すか、自分が死ぬまで。


 その先が崖だとしても、崖の先に敵がいるのであれば小鬼は感情を優先して崖を目掛けて走り続ける。


 本能で、反射で行動が確定する。


 それが基本的な小鬼の生態だった。


 雑魚などと別称で呼ばれたりもするが、賢くないわけではない。悪知恵は働く。


 理性よりも本能が圧倒的に勝るのが小鬼という種族特性だ。

 

 しかし小鬼は今、恐怖を思い出した。

  

 圧倒的な強者を前にひれ伏しそうな自分が、反射的にある行動を取らせた。


 小鬼は脇目も振らずクルッと反転し駆け出した。


 一目散になりふり構わず逃げた小鬼に、少女は面倒くさそうにため息を吐く。


 そして。


 グッと屈んで、跳躍した。


 小鬼との距離は10メートル以上。


 人間には到底無理な距離だ。


 しかし少女は5メートル以上の高さを難なく跳躍し、小鬼のすぐ目の前にストッと着地した。


 軽々とまるで空を飛んだのかのように。


「ギェ!?」


 驚いた小鬼はその場で尻餅をつき、そんな小鬼の姿を見た少女は鼻で笑った。


 嘲笑した。


 嘲笑われた小鬼の頭は怒りを思い出し、またその感情に支配される。


 斧を力任せに振り回す。


 しかし寸前で避けられる。


 胴を割く様に横に振るう。


 アクロバティックに空中で一回転して避けられる。


 毒霧を吐く。


 霧が晴れた頃には少女は何メートルも先にいて、吸い込むどころか触れてすらいないようでピンピンしていた。


 どんな攻撃も、どんな手段も、全て対応された。


 小鬼は少女の掌の上で踊っているだけだった。


 少女は視線を右上に上げ時間を確認した。


「はぁ。やっと終わり?無駄な時間だったわ。これで何の技能が試されたというのかしら」


 面倒くさそうに言った少女の声は乱れてもおらず、凛とその場に響く。


 そして少女は腰元にぶら下がっていた刀を抜く。


 陽太が貸与したものだ。


「それじゃあお疲れ様。それと、さようなら」


 少女は一瞬で小鬼の目の前に現れ、瞬きの間にその首を刎ねた。


 飛び散る血を華麗に避けて、少女は小鬼から落ちた魔石を拾う。


 顔は無表情。


 達成感は特にないようで、微塵も嬉しそうではない。


 生命を奪ったことに関してもなんら感慨はないようで悲しんでもいない。


 少女は無言で陽太の元に歩いて来る。


 恐ろしいと、陽太は素直に思った。


 彼女の心のあり方が。


 同時に羨ましいとも思った。


 彼女の桁違いな才能を。


 “魔石狩り”として既に卓越された精神性(メンタル)、と技能。


 自分の一つ下という事が信じられない程の鍛え上げられた才能。


 一年前の自分など遥かに凌駕している。


 なんなら今の自分よりも彼女は強いかもしれない。


 少女は陽太の前まで来ると口を開く。


 冷たい顔で、真っ暗な瞳で。


「終わりました。これで満足ですか?先輩」


 無表情で冷たく言い放つ後輩に、陽太は愛想笑いを浮かべた。


「あぁ。命を奪う忌避感、それに命を奪われる恐怖を実際に感じて欲しかったんだが、君には要らぬ試験だったかな」

「はぁ?当たり前でしょう?そんな覚悟もせず魔石狩りになんて成ろうとするの阿呆のすることよ、先輩」


――それとも私のこと馬鹿にしているのかしら?


 ただでさえ冷たく鋭い目を細めさらに鋭利にし、その目は今にも陽太を切らんばかりだ。


 背中に嫌な汗をかきつつも陽太は平静を装う。

 

 この後輩の前でみっともなく取り乱しでもしたら、きっと先輩とすら呼んでくれなくなるだろう確信があるからだ。


「さて、ね。判断は君に任せるよ。それも含めての試験だからね」


 それらしいことを言って陽太はうっすら笑って見せる。


 少女はしばらく陽太を睨んだ後、


「まぁ良いでしょう。今回はあなたを立てて不問にして差し上げます」


 少女は仕方なそうに、まるで自分が上の人間であるかのような発言をする。

 

 後輩の言う台詞ではないのだが、陽太はもう既に慣れっこだった。


「そうかい。君の度量の深さに感謝するよ」


 陽太はニッコリ笑って少女の傲慢な失言をさらりとかわした。


 陽太の反応が期待通りではなかったのか、少女は小さく舌を鳴らす。


 売り言葉に買い言葉を返していたらキリが無い。


 この後輩はそれを狙っている節があり、陽太は彼女の挑発に一度も乗ったことはない。

 

 陽太を馬鹿にされクロはグルルと唸る。


 主人をバカにされて黙っていられるほど、クロは懐が深くない。


 しかしその唸り声が聞こえる前に、ピョンとずっと彼女の後ろに控えていた魔石生物が彼女の胸に飛び込む。


 慣れたものなのか、唐突な行為に彼女は魔石生物を胸に抱える。


 全体の体長は約90cm。

 その内の30cmは尻尾で、二股に分かれている。

 フワフワの体毛は金色で、太陽光に反射して美しく輝いている。


「コン!」

「あら、タマモ。お疲れ様」


 ふふふ、と彼女は柔らかく愛おしそうに笑い、撫でる。


 陽太に向けた氷点下の無表情と正反対で、春の木漏れ日のような暖かくて、優しい愛のある表情だった。


 見惚れるほど美しいワンシーンだ。


 画家であれば絵を描かずにいられない。

 写真家であればシャッターを押さずにはいられない。


 陽太はバレないようにフウっとため息をつく。


 彼女に少し見惚れていたからだ。


 そして同時に思う。

 この表情をもっと他人に向けてくれていたら、と。


 彼女は辛辣で、傍若(ぼうじゃく)だ。


 何度彼女から悪態をつかれ、嘲笑されてきたかわからない。


 陽太の恩師である霧島滝たっての頼みでなければ、この後輩の面倒を見ることなんてとっとと放棄していた。


 “問題児”という言葉が彼女ほど似合う人間も珍しい。


 大学を歩けば問題を起こし、街を歩けば問題を起こす。


 何度彼女の為に駆け回ったのか数え切れない。


 その癖、彼女は陽太に感謝すらしないどころか、邪魔をするなというのだから匙も投げたくなるのは当然の感情だろう。


 それでも、陽太が彼女を見捨てないのは()()だ。


 彼女はパートナーである魔石生物を愛している。

 パートナーである魔石生物も、彼女を愛している。


 人間味がまるでない彼女だが、パートナーには人間らしい所を見せる。


 つまる話、陽太は見捨てられないのだ。

 この問題児を。


 人間性も何もかも違うが、どこか似ている元問題児であり師匠でもある淡墨恭介と重ねてしまう。


 自分が見捨てたらこの子がどうなるのかなんて余りにも簡単に想像出来てしまい、その手を放すのは陽太には出来なかった。


 我ながら生き辛い性格をしているなと心の中で空笑いしていると


「で、試験は終わりですか?終わったのであればさっさと帰らせてくれませんか。まったく、女性を急に呼び出して黙ってこんな所に連れてくるなんて酷い男。性格の悪さが透けて見えますよ?」


 後輩はいきなり悪態をついてきた。

 しかし、真実なだけに陽太は何もいえなかった。


 一応理由があるのだが、反論してもより切れ味の鋭い言葉が返ってくる気がして陽太は黙った。


 何も言い返してこない陽太に、ここぞとばかりに後輩は仕掛けてきた。


「あぁそれと、女性の誘い方がまるでなってないですよ?いきなり今日空いてるか?なんて非常識です。お誘いなら前もってしてもらわないと。もしかしてそういうのあんまりしたことないんですか?見た目の割に女性経験ないんですね、先輩」


 さっきの慈愛ある微笑みから一転、冷たく嘲笑う冷笑を浮かべ陽太に(まく)し立てる。


 ビキビキビキ、と陽太の額に青筋が走る。


――コイツ黙ってれば良い気になりやがって……!!


 心で陽太はブチギレるが、なんとか平静を保ちつつ、


――なんでこんなことやってるハメになったんだっけ?

 

 陽太は彼女と初めて会った始業式のことを思い出す。

シンボルエリア内で魔物達はどう過ごすのか


敵性魔石生物は、例え死んでも一定数以上は“ポップ”する。発生する。

そしてそれ以上増えることはないのでは無いかと言うのが昨今の研究結果だ。

増え過ぎれば落ちている魔石が無くなる。結果食糧難になる。そうなれば始まるのは生存競争、つまり殺し合いだ。

しかし、“シンボルエリア”内で争う敵性魔石生物は少なくとも過去一度も発見されたことはない。

(エリアキング、レイドボスは除く)

じゃれ合う程度のことはするが、奪い合い、殺し合う姿は一度も報告されていない。

つまりこれの意味をなすことは、敵性魔石生物は互いに自滅することはなく、エリアボスを倒さない限り、永遠と敵は増え続けると言うことだ。

実際には未だ入れないエリアもあり、そこでは魔物たちが増え続けているのではないかという疑惑はぬぐえない。

そしていつか溢れ出すのではないかという恐怖が、魔石狩りの職業がなくならない理由の1つだ。


参考文献

魔石生物の食物連鎖

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