真の敵とは
衝撃の緊急会見が終わった後、陽太は震えていた。
「筧誠!俺の名前言うところだったぞ!危なッ!!」
怒りと恐怖に打ち震えていた。
「しかも未来の為にとかなんか格好良いこと言われたことにされてる!なんも言ってないし!とんでもない巨額の金と引き換えに全世界に顔を晒すか選べって言われて悩みに悩んで決めさせられたのに!!」
そんな陽太をどうどうと慰めている3人の隣で、恭介も頭を抱えていた。
「くっ!来年から講師になるからこんな悪目立ちはしたくなかった…!」
「あー!恭ちゃん凄いよ!もう名前トレンド入りしてる」
「全然凄くないよ華!先生!これは一体どう言うことですか!」
恭介は問いただそうと霧島を探すと、霧島のまさかの土下座が視界に映った。
「すまない、2人とも。僕もまさかこんなことになるとは…」
「恩師に土下座されるとか居心地が悪いってレベルじゃないです!」
「そうです!やった自分が言うのはなんですが、めちゃくちゃ心痛いです!止めてくれないなら俺も封印された土下座を解禁しますよ!?」
土下座をするしないの応酬が始まり、わちゃわちゃしている3人を見ながら嵐はため息混じりに言った。
「この人達さぁ。1人残らず凄い人なのにたまに死ぬほどバカだよな」
「ソレ、わかる」
鳴矢が半笑いで同調し
「いや、観戦してる場合じゃないな!?」
真面目で面倒見の良い銀河が3人の仲裁に割って入っていった。
♦︎♢♦︎♢
「誠くんは本当に嘘つきだよね、名は体を表さない日本代表に襲名して欲しいよ。きっと彼のことだから恭介くんは弟子と言わなかったのだから感謝してくれとでもいいそうだ」
ようやく土下座の応酬が済んだ後、霧島がぼやくようぶつぶつと言う。
どうやら思った以上に親交は深いらしい。
「先生、もしかして筧誠って孤児院にいたんですか?」
「うん、彼は初めて入院した子達の1人でもあるんだ」
「その割には感謝が足りないな?」
「あぁ、先生に対する敬意を感じねぇ」
「成り上がりだろ?感謝を忘れてチョーシ乗ってんじゃね?」
親を馬鹿にされていると感じた3人は口々に筧を悪く言う。
しかし、それを止めたのは当の本人だった。
「彼は未だに僕に恩義を感じてくれていると思う。今回の件も僕からお願いして喜んで引き受けてくれた」
「じゃあ、何で俺はこんな目に合わされてるんですかねぇ」
未だ自分の名前がえらい形で公表される!?
されそう…?
されなかった!!
の三段活用で感情に振り回されっぱなしで収まらない陽太は、クロとシロを抱きしめて顔を埋めて精神の均衡を保っていた。
相棒達の羽毛もモフモフによって陽太のささくれた心は落ち着きを見せている。
「それに関しては申し開きもない。彼も一筋縄では行かない世界にいるから何らの考えがあったのは間違いないけど」
陽太を宥めつつ霧島は続ける。
「一つ言えるのは、彼が命を賭けて日本の、ひいては世界の平穏を願っていることは間違いがない」
それを出されると陽太も何も言えない。
自分の名前が世間に広められる危ういことをされたとは言え、陽太も筧誠のファンである。
彼の政治手腕は日本はおろか海外からも評価されている。
経済を安定させ、魔石生物への犯罪対策、虐待への対応など彼が主導で行なってきた政治はほとんどが多くの民衆から指示を受けている。
憧れていたからこそ、無体な仕打ちを受けたことがショックだったというのが陽太の本音だ。
「僕は彼が孤児院を卒業するときに言った言葉が忘れられない」
『先生、バランの能力があればもっと世界を良くできるかな?』
そう言って快活に笑っていた少年だった頃の筧を、霧島は覚えている。
魑魅魍魎が蔓延る政治の世界で、少年のような青臭い夢物語は直ぐに折られてしまう。
そんな世界で今も理想を語っているのは、彼が変わっていない何よりの証だ。
きっと本質は今も変わっていない。
「それは俺をダシに使って上手いこと民衆を先導していた男と同一人物ですか?」
……はずだ。
「まぁ、今回の一件はこれで落着となったわけだけども」
「先生、それは苦しいです」
「なったわけだ、なぁレグ?」
「グルァ!」
お前ら文句あんのか!
と凄むドラゴンに、陽太達は渋々頷いた。
鶴の一声ならぬ、龍の一鳴きである。
なるほど、霧島の狡いところはしっかりと筧に受け継がれているようだ。
「と。冗談はこのくらいにして、真面目な話をしようか。今回の一件はこれでお終いだ。裏で手を引いていた人間達は漏れなく誠くんがねじ伏せた。たった今連絡が来たよ」
霧島が居住まいを正した。
「さっきの話の続きをしよう。信念の話だ。例えば誠くんの信念は公表している通り『不安からの脱却』だ。皆も知っていると思うが、“死の十日間”は地獄だった。平和だった世界が急に地獄に変わる恐怖。命がゴミ屑のように散り、死体が溢れ、街は破壊され住む場所もなかったあの時代」
霧島の目がその日を思い出したのか鋭くなっていく。
「十日間を超えた後、何故か魔物達がシンボルエリア内にしか出没しなくなった。未だ不透明な理由で人類は存続している。当時を知っている人間達は恐れている。また、あんな悲劇が起こるんじゃないか、シンボルエリアから魔物達が溢れかえって来るんじゃないかと足がすくんでいる」
当時まだ産まれていなかった陽太達はその恐怖を体験していない。
情報で、映像で見聞きしてはいるが、当時を知っている人達とはきっと比べるのも烏滸がましい意識の違いがあるだろう。
「誠くんはその恐怖からの脱却を目指している。人類が不安を抱かない世界を目指している」
「先生は違うんですか?」
華が不思議そうに聞く。
陽太も同意見だった。“ナナシの英雄”と呼ばれた男も同じものを目指していたのではないかと。
「僕かい?…残念だけどそんな立派な人間ではない。とても利己的な人間なんだ、僕は」
自重気味に笑って言った霧島は続ける。
「あの日、あの時」
当時のことがフラッシュバックしたのか、目を見開いた霧島は唇を噛み締め、拳を強く握る。
瞳孔も開き、足が震えていた。
「何故、自分達がこんな目に合わなければならなかったのか。何故、こんなにも無情に沢山の命が散っていくのか僕にはちっとも理解できなかった」
霧島の怒りを感じたレグが、子供状態で霧島の膝に乗りその左胸に頭を擦り付けた。
ハッと我に返った霧島は穏やかに左胸に手を当てて、そのまま優しくレグを撫でた。
「魔物達が何故エリアを作りそこに住むようになったのか。何故、圧倒的優位を捨ててそんなことをしたのかは解明されていない」
霧島は顔を全員を見渡してから言う。
「それを解き明かすのが僕の信念だ。あの日起こった唐突な理不尽を、僕は知りたい」
「僕も微力ながらお手伝いします」
霧島の目標を知っていたのか、恭介は頷きながら言う。
「ありがとう、恭介くん」
「魔石狩りとしては協力出来なくなってしまいましたがね。先生は原因の追及には魔石狩りが1番の近道だと思いますか?」
「一番簡単でかつ有効なアプローチではあると思う。シンボルエリアを開放すればゲームは攻略されていくからね。魔石狩りという危険な職業がなくならい1番の要因はそれだ。次点で“間引き”。またいつかあんなことが起こるのではないかという恐怖が人類を動かしている」
「ですが国によっては魔石狩り、魔物を殺すことを禁じ、シンボルエリア内の魔石を採取することで成り立っている国もありますよね?」
怠慢だと各国から叩かれても拒否する国もある。
その癖魔石を他国から輸入するのだからタチが悪いと、恭介は鼻白らむ。
「宗教上の理由だね。彼らは魔石生物こそが待ち侘びた救世主なのではないかと信じている」
「バカげてんな」
反吐を吐くように言った嵐に霧島は首を振る。
「そう馬鹿にもしていられない。既に魔石生物は信仰の対象になりつつある。魔石生物の世界三大貢献はこの前授業でやっただろう?」
「戦争を無くシた」
「飢餓、水問題も解決したな?」
「世界的な資源枯渇問題の解決、ですね」
鳴矢、銀河、陽太が順に答えた。
「そうだ。人類同士で争っている場合ではなくなり、手を取り合った。飢餓や水問題で苦しんでいた国は魔石生物の恩恵で解決に向かっている。砂漠化問題にも着手し始め、既に成果を上げた。資源を取り合う必要も少しづつなくなっていき、人類は争う理由を減少させていっている」
霧島が仕方がないというように言う。
「救世主として祭り上げられるのは十分な理由だろう。魔石生物による禍福は計り知れない」
「先生はそれが敵の狙いだと?」
恭介が腑に落ちたように言う。
「十分有り得るだろうね。それに敵、敵ね。一体敵は誰なんだろう?魔物か?エリアキングか?レイドボスだろうか?」
「諸悪の根源でいうと魔石生物のアプリの開発者じゃないんでしょうか?」
華が控えめに聞く。
霧島は頷き
「敵、と想定するだけで人類にはいくつもの敵が存在する。その敵に対して僕たちは無知だ。そんな存在がいるかもわからない。知覚出来ていないんだ。そんな超常の力を持つものを人は昔から“神”と崇めてきた」
「先生は、敵は神だと…?」
冗談ですよね、と陽太は笑顔を作ろうとして上手く出来なかった。
魔石は何故落ちているのか
それは魔石生物の食糧の為だと言われている。
一応ゲームの設定では、シンボルエリアにおいて魔力の濃い所で発生すると言う設定だ。
その設定の説明によると、魔石とは魔力の塊の結晶体だと説明されている。
そしてそれは魔石生物のおいて食糧であるため、それを奪いにくる人間はただの敵でしかない。
そのため人間は見つけ次第攻撃されるし、そのパートナーの魔石生物も侵入者として迎撃される。
つまり、我ら人間は彼らから見れば密猟者であり、殺して当然なのかもしれない。
“魔石狩り”になるに当たって、彼らから命を、食糧を奪う者であると言う認識は必要だと私は思う。
参考文献
食糧としての魔石、命の魔石




