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「それでは改めまして、陽太くん魔石狩りの資格試験合格おめでとう!!」

 

 霧島が音頭を取ると、人数にしては盛大な拍手が起こる。

 

「ちっくしょう!先行きやがって!待ってろ!?来年は俺らも受かってやらぁ!」

「まぁショージキ妥当な結果だよな。レイドボスと対峙して生き残ってるどころか勝って帰ってきてんだから」

「だな?そんな人材遊ばせるなんてもったいないな?」

 

 嵐、鳴矢、銀河が称賛の言葉をくれる。

 

「3人も霧島ゼミ合格おめでとう」

 

 陽太は返礼とばかりに拍手を返す。

 

 霧島のゼミは学校で1番の人気だ。

 

 その為成績上位者であることは最低条件で、実力だけでなく胆力もテストされる。


 実際に試験会場はシンボルエリアだったようで、大多数の人間はそこで落とされたようだ。

 

 命を奪う。

 命を奪われる。

 

 言葉で聞いても、訓練での体験しても、現実に体感しなければ見えないものはある。

 

 それを肌感で体験した生徒達の多くは、足がすくんだようだ。

 

 自分もそうだったけどなぁ、と陽太は思い返す。


 彼ら3人の方がよっぽど自分より魔石狩りに向いているのだろう。


 今たまたま一歩先を行っているが、彼らが追いつくのはそう先のことではないだろう。

 

「へ!いつまでも背中追ってるわけにはいかねぇからよ!」

「オレらもそんなカルい気持ちでこの学部入ってないしね」

「学年は同じだけど魔石狩りとしては先輩だからな?改めてよろしくな?」

 

 1人づつハイタッチを交わし、陽太は笑う。

 

 彼らと共に霧島先生の元で授業を受けられるのが素直に嬉しかった。


 それはそれとして、と陽太は続ける。

 

「もう流石に土下座特待生の汚名は晴れたよね?」

「いつまで言うんだそれ?ほんと悪かったからもう良いだろ」

 

 せっかくの祝いの場に水を差した陽太に、嵐が呆れて言う。

 

「え?なんで?一生言い続けるけど?」

「「「怖っ」」」

 

 ハイライトのない瞳で言い切った陽太に、3人は怯えた。

 

「お祝いの席で闇を溢れ出すなよ。光の中に帰るんだ」

 

 すかさず割って入った救世主恭介の登場に、3人は顔を輝かせた。

 

「いや恭介、一応これには理由があるんです」

「それじゃあ聞こうか」

「喉元過ぎれば熱さを忘れると言う通り、人間には優れた忘却という機能が備わっています。だからこそ俺は心を鬼にして、彼らの罪悪感を忘却の海に沈めないためにこうしてたまに顔を出すんです。“貴様らの罪を忘れるな”、と」

「いつのまにかホラーな話しに変わっている?ほら、あんまり脅かすようなことを言うものではないよ。震えてるじゃないか3人が」

 

 はぁとため息をつきながら、額を抑えて恭介は項垂れた後

 

「じゃ、僕はこれで」

「「「おいおいおい」」」

 

 3人息のあったツッコミをした後、3人はブーブーと文句を言う。

 

「そりゃねぇぜ恭介さん!」

「救世主として来たならカツヤクしてくれないと!」

「大人としてそれはないな?」

「格好悪い英雄がいたもんだ!」

「はいはい、わかったわかった。あと、お前がそっち側に回るのは許さん陽太」

 

 地味に混ざり込んだ陽太を睨みつつ恭介は言う。

 

「言っとくけど、陽太は恨み辛みは忘れないタイプだよ?気長に待とう。人間に備わった優秀な機能が早く働くことをね」

 

 恐ろしい事実をこともなげに言う恭介の隣で、陽太はニコニコと笑っていた。

 

 どうやら人間としては優秀な陽太にとって、忘却は劣等生らしい。

 

 3人は頭を抱えて、今後一生言われることを覚悟したが

 

「それじゃあそんな陽太くんが優秀な機能を保持していることを証明して、皆に希望を取り戻そうか」

 

 霧島が楽しそうにふふふと笑いながら話しに加わる。


 胸の内ポケットから何かを取り出すと、陽太に差し出す。

 

「はい、陽太くん」

「なんですか、コレ?…手紙?」

 

 こんな時代にわざわざ手紙とは物好きなものだと、陽太は驚きつつそれを手にした。

 

 宛名は陽太だったが、差出人は知らない人だった。

 

 名前を脳内で検索し、さらにNWの自分の登録している友人達を検索してもその名は出てこなかった。

 

「すみません、この人どなたですか?」

 

 人の顔と名前を覚えるのが得意な陽太は、訝しげに思いながら尋ねる。


 そんな陽太に、霧島は嬉しそうに言う。

 

「君が手を伸ばした成果の答えだよ」

 

 霧島が答えをはぐらかすので、諦めて陽太は手紙を開封する。

 

「――あ」

 

 サーっと目を通して、陽太は小さく声を上げた。

 

「思い出したかい?君がシンボルエリアで助けた男の子だよ」

 

 そう言えばと、陽太は思い出す。

 

 あの日はあまりに多くのことが起こり過ぎて、陽太自身もすぐに病院に搬送されたり、事情聴取を受けたり、家族や地元の友人達が押しかけたりと忙殺されていたせいですっかり忘れてしまっていた。

 

「陽太君のおかげで助かった彼は、今少年院にいる。仲間が見捨てて行く中、敵対した陽太君が助けてくれたことが彼の中では衝撃的な経験だったようだ。甘言(かんげん)につられ取り返しのつかない過ちをしてしまったことを今は悔いているよ。罪を償って出所したら真っ当に生きたいと、勉強を頑張っているそうだ」

 

 手紙を夢中で読んでいる陽太に代わって、霧島がことのあらましを代弁した。


 陽太はまだ15歳にも満たない少年の罪の懺悔と、そして感謝の手紙を読んで顔を上げた。

 

「陽太君、君はしたことは無駄ではない。1人の人間を救ったんだ。教師として、人として、君の行動に称賛を贈ろう」

 

 2度目の拍手は、さっきよりも大きく陽太の胸を打った。


 

 自分の行動が間違っていなかったと知って、陽太は胸の内が熱くなるのを感じた。


♦︎♢♦︎♢


「どう?陽太くん。美味しい?」

 

 華がニコニコと話しかけてくる。

 

「はい!相変わらず華さんは料理上手ですね」

 

 するとえへへーと華は表情を崩す。

 

 今日の祝賀会の料理のほとんどは華が作っていて、嵐や鳴矢はうまいうまいと舌鼓を打ち、銀河などは黙々と食い進めている。

 

「またお家おいでよ。陽太くんならいつでも大歓迎なんだから!」

「いやいや、そう何度もお世話になるわけには」

 

 あの事件以降、華は陽太のことをしょっちゅう自宅に招いてくれて、よく晩御飯をご馳走になっていた。


 こんなことでしか恩返しが出来ないから、などと華は言うが陽太には過分な評価だった。

 

「遠慮しなくていいのに」

 

 プクーっと頬を膨らませる華さん。


 そう何度も妊婦の方に手間をかけさせるわけにも行かないと、最近の陽太は遠慮がちだった。


 それが不満なようで、華はますます頬を膨らませていく。

 

「さ、最近体調はどうなんですか?つわりとかってきついって聞きますけど」

 

 その攻撃を話を逸らすことで陽太は回避する。

 

「むー、すぐ話逸らすんだから。でも気遣いしてくれてるんだもんね、それはありがとう。うん、体調は大丈夫よ。私そういうのあんまりないみたい」

 

 あっけらかんと言う華は、本当に調子が悪いということはなさそうだ。

 

「恭ちゃんが心配性だから、何かとお世話してくれるから大丈夫よ」

 

 そうですか、と陽太は相槌を打つ。

 

 最近、華は本当に幸せそうだ。


 よく笑い、表情をころころと変える。


 当初会った時もそう思っていたが、思い返せばあれは無理に笑顔を作っていたのだろう。


 今の笑顔は影はなく、大輪の花のように美しい。

 

 恭介も毒を受けた身体だが、日常生活にはなんの支障もないらしく、なんなら軽い運動ということで陽太の訓練相手をよく買って出てくれていた。

 

 たまに付き添いでシンボルエリアに潜りに行ったりもしている。

 

 2人が幸福でいることは陽太の心を温かくする。

 

 自然と笑顔が溢れる。

 

「それもこれも全部、陽太くんのおかげよ。感謝してもしきれないわ」

 

 陽太の内心を読んでとったか、華はそんなことを言う。

 

「そんなことありませんよ。僕はきっかけに過ぎません。先生や華さん、色んな人が恭介を助けようとしてくれたから今があるんです」

「ふふ、本当に謙虚なんだから」

 

 優しく笑ったあと、さらに深く笑って華は言う。

 

 耳を貸せと言わんばかりに口に手を当てて小さい声で言う。

 

「実はね、恭ちゃんが男の子だったら自分が名前を付けたいって言ってるの」

「え?ネーミングセンスが爆死してる恭介が?」

 

 陽太は正気か?と言わんばかりに聞く。


 恭介には名前を付けるセンスが欠如しているというか、崩壊していた。

 

 現にかぐやの名前を決めたのは華だ。

 

 恭介がつけようとしていた名前の候補は、

 

 プルルンプップ

 ふよふよん

 テカツルル


 などで、ネタで言っている訳ではなく本気でそれが良いと思っているのだから始末に置けない。

 

 語感が気持ち悪い、呼びにくい、シンプルにキモいのトリプル役満である。

 

 初め聞いた時は、頭イカれてるのかなと、陽太は割と本気で思ったものだ。

 

 何を隠そうシンラの名前を決めたのも華だというのだから、天は彼からネーミングセンスという才能を根っこから引き抜いた上に除草剤を撒いてコンクリートで塗り固めたのだろう。

 

 だからこそ、陽太は正気かと本気で思っていた。


 今すぐに中止すべきだと。


 しかし華はにこやかに笑って続ける。


 

「そうなの。それでね、その名前は――洸太」


 

 嬉しそうに、楽しそうに華は言う。

 

「自分を救ってくれた2()()の英雄から名前から取ったんだって。1人は洸さん、もう1人は――誰のことだろうね?」

 

 口元を抑えて優しげに笑う華を、陽太は直視出来ずに視線を外した。

 

「誰のことですかねぇ」

 

 言いながら顔を隠すように額をポリポリとかいた。

 

 赤くなった顔を見られないように。

 

♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 

 3人が肩を組み最近流行りの歌を熱唱している。

 

 それぞれの相棒達は、それを見て楽しそうに笑い踊る。


 珍しく恭介が顔が赤くなるほど酔っ払い、華の膝の上で酔いを覚ましている。

 

 陽太はそれを見て羨まし過ぎて血の涙を流す。

 

 そんな陽太を見て、3人は大爆笑し、陽太との言い合いが始まった。

 

 霧島も思わず笑う。

 

 笑顔があり、喧嘩がある。

 

 愛があり、嫉妬がある。

 

 彼らは知っている。


 自分たちの道が、険しい道であることを。


 だからこそ楽しむ時は全力で楽しむ。

 

 素晴らしい生徒だと、胸を張って言える。

 

 そう思っていると、霧島にNWにメッセージが届く。


 

『予定通りに始めます』


 

 そのメッセージを見て、霧島は視線を落とし嘆息する。


 しかし顔を上げ、2度手を叩いた。


 小気味良い音が場に響き、全員の注目が集まる。


「さて、宴もたけなわだが少し僕から話をして良いかい?」

 

 誰もが頷き、霧島は笑みを作って頷く。

 

「では改めてお祝いを言わせて欲しい。まずは華くん、ご懐妊おめでとう」

 

 華は笑顔で会釈する。

 

「続いて恭介くん。君の成果は世界に轟き、今後語られていくだろう。魔石狩りという厳しい職務を(まっと)うしたことを僕は讃えたい。お疲れ様でした。これからは同じ指導者として共に励もう」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

「そして僕のゼミに所属の決まった、陽太くん、嵐くん、鳴矢くん、銀河くん、おめでとう。僕のゼミは自慢じゃないが倍率が高い。その中で勝ち残った君たちは勤勉であり、優秀である証左だ。歓迎します」

 

 パチパチと拍手する霧島。

 

「「「「ありがとうございます!」」」」

 

 笑顔で受け取る4人。

 

「そしてそんな君たちに、僕は今から嫌な話をする」

 

 その笑顔に霧島は水をかける。

 

「と言うのも今回の恭介くん達の活躍の話だ。一見素晴らしい英雄譚だが、その実は違う。人間の腐敗と、悪意が彼らを地獄に落とし、その中で見事生き切ったからこそ称賛されることになった。成果として取り上げられた。もし、何かボタンが掛け違っていたら、誰かが死んでいた」


 誰もが言わなかったことを事もなく言った霧島は続ける。

 

「魔石狩りは高級取りだ。大金が動く、それは欲望が動くということと同義だ。今回程の規模ではないが、シンボルエリア所属の警察と犯罪者の癒着というのはこれが初めてではないし、きっとこれからも起こるだろう。君たちにもいつか、魔石やシンボルエリア内でしか取れない貴重物の横流しを要求されることがきっと来る。驚くほど甘い言葉が君たちを揺さぶるだろう」

 

 陽太は唇を噛む。

 

 なんせ陽太の魔石狩りとしての基本目標はお金だからだ。

 他人事ではない。

 

「だから僕は問う。君たちは何故魔石狩りになる?命を賭して何を得る?」

 

 鋭い霧島の言葉に口を閉じる。

 

 しかし、陽太は決まっていた。


 応対しようと口を開けようとすると、霧島が微笑んでいるのが見えた。

 

「決まっているのならそれで良い。決まっていないのなら、卒業までに決めなさい。初志貫徹。その志はきっと君達の為になる。ちなみに僕の信念は――と」

 

 霧島は何かを操作する仕草をする。

 

 メッセージの返信をしているのだろう。

 

「その前に先ず、今回の事件の顛末を見届けよう」

 

 霧島が陽太達にとあるサイトへのリンクを送って来た。


「先生これは?」

 

 陽太がリンクを踏みながら聞く。

 

「僕は今回、あらゆるコネを使って色んなところに働きかけた」

 

 リンク先は動画で、政府の緊急生放送と名したライブ映像だった。


 多くのマイクや、カメラに囲まれた映像に1人の男が映る。

 

 その所作には威厳があり、堂々とした佇まいだった。

 

 霧島はその映像を見ながら言う。

 

「その答えを彼が今から語ってくれるよ」

 

 陽太達は開いた口が塞がらなかった。

 

 それもそのはず。


 

 彼の名前は“筧誠(かけいまこと)”。


 

 現在、内閣総理大臣を務めている日本の首相だった。


筧誠



筧誠は現在、過去類を見ないほどの支持率を維持し続けている内閣総理大臣だ。

人気の秘訣は優れた容姿に、カリスマ性、マニフェスト達成率7割越えの傑物であるのはもはや前提条件だ。

彼を駆け足で内閣総理大臣までに登り詰めたのは相棒の能力に他ならない。

唯一種の魔石生物。

名前はバラン。

パートナーの特殊能力は“嘘を見抜く”ことと、”誓ったことを違わせない”というチート能力を持っている。

彼はその特殊能力を存分に使い成り上がった。

一部に異常に嫌われているのはその辺りが原因だろう。


彼のパートナーは誓わせたことを絶対に行使させる。

指切りげんまん嘘ついたら針千本飲まーす。

なんて約束を彼の前でしてしまったら最後。

約束を破れば針千本飲まさせる。

比喩抜きで。


彼が片目なのは、公約時に


「私はこの目を一度封印します。再びこの目が開く時は我が念願の成就する時のみです。まぁただの願掛けですよ」


そう言って和かにパートナーに目を閉ざさせた筧は、圧倒的な支持のもと総理大臣となった。


彼の戦いは未だ続いている。


参考文献

我が日本の誇り

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