紡がれていくもの
「可愛げがない」
「今まさに魔物の群れを相手取って来た後輩に対してあんまりじゃないですか?労いの言葉くらいかけても良いんですよ?」
先程まで大立ち回りをしていた自分に対して、なんと愛の無い言葉なのかと陽太は不満気に言う。
「これでも優秀な後輩の鼻が高くならないように気を配っているんだよ」
それでも減らず口の減らぬ恭介に、陽太は口を尖らせる。
「まぁ合格は間違いないだろうし、先におめでとうとでも言っておこうかな」
「いやいや、それこそ気が早いですよ」
つい先程まで、陽太は魔石狩りの資格試験を受けていた。
魔物の群れを相手していたのもそれが理由である。
「落ちる理由がないよ。あれだけの魔物相手に1人と2体で対応出来たんだ。落としたのであれば試験官の目が節穴だね」
「急に煽てないで下さい。鼻が高くなりますよ」
「もしくは土下座入学だと言うことがバレたか」
「伸びる前に折ってどうするんですか。俺の感情振り回して楽しいですか?」
ジト目を向けると、恭介は破顔した。
「まぁなんにせよ、お疲れ様。陽太、クロ、シロ」
自然に2人と2体はハイタッチを交わす。
「こちらこそ付き合ってもらってありがとうございます」
「この程度なんとも無いさ。むしろこの程度しかしてないのが心苦しい。この間は結局僕ばかり色んなものを貰ってしまって申し訳ないばかりだよ」
「何言ってるんですか、元々恭介の手柄でしょ。俺が何かを貰う方がおかしいですよ」
言われた陽太は手を横に振って否定する。
「魔石狩りの資格を先んじて受けられただけで十分の報酬ですよ」
「謙虚だねぇ、陽太は」
大手柄をあげた後輩は、しかし自分の手柄じゃないと自分の権利をほとんど放棄した。
全く出来た後輩だと、恭介は笑顔でため息をついた。
「それに、なんかとんでもないものは俺のもの扱いになってますし」
疲れたように言う陽太に、恭介は笑う。
本来、明治神宮で行われたの式典は2人で行われる予定だった。
しかし陽太はそれを頑なに拒否。
断固として頷くことはなく、手柄はなし崩しに恭介が受け取ることとなった。
だからこそそれだけは確実に陽太の手柄だからと、恭介も断固として受け取らなかった。
なんともまぁ頑固者同士だと2人は笑いあった。
「あの式典に関しては矢面に立ってもらってるから感謝してるくらいですけどね」
目立つことの嫌いな陽太としては、本気で人前に立つのが嫌だった。
メディアに晒されるなど、背筋がゾッとするどころではない。
恭介が1人で報酬を受け取るというのも当然だと思っていたし、陽太としても是非そうして欲しかった。
「それでも“魔石の種”も“願いの石”も僕が独り占めするっていうのは流石に後ろめたい。というか陽太の割に合わない」
何度もした会話を蒸し返す辺り本当に後ろめたいのだろうが、陽太はそれでも同じ言葉を返す。
「何度でも言いますけどね、レイドボス討伐に関して俺は結局何もしてないんですよ。フォローしたとすらも言いにくい。精々今回の一件の俺の活躍なんて脇役ですよ」
「こっちからしたら陽太がいなければ間違いなく僕は死んでいたから、最低でも最優秀助演賞なんだけれど」
「残念ながらエキストラ出演です。ノミネートすらされてませんよ。見解の相違ですね」
「結局着地点はそこか。わかった。もうこれに関してはこれ以上言わないよ」
「そうしてくれると助かります」
陽太はホッとするように言う。
本気で目立つのが嫌だった陽太は、式典に参加していない。
人がいない明治神宮をここぞとばかりに参拝はしたが、カメラからは逃げるようにしていたので歴史的瞬間を生で見ることは出来なかった。
「式典では洸さんの奥さんとも仲直りも出来たんですよね?」
「あぁ。引っ叩かれたけどね」
頬を抑えて言った恭介に、陽太は笑って茶化す。
「それでチャラにしてくれたなら儲けものじゃないですか」
そうだね、と恭介は笑いそして口を真横に結ぶ。
早いもので、あのレイドボス討伐からもう2ヶ月以上が経つ。
すっかりと秋となった今、冷たくなった風が辺りに吹く。
木々の緑は少しずつ色を変え、鮮やかに染まる。
または枯れて地に落ちて、土へと帰る。
季節は流れ、日々は移ろい行く。
止まっていた恭介と違って、時間は足を止めることはない。
足を止めていても、未来はやってくる。
実際に子供も出来た。
ならばもう、立ち上がるのは当然で、歩み出すのは必然だ。
そして
「なぁ、陽太」
「なんですか?」
「僕は――魔石狩りを辞める」
背負ったものを降ろす時が来た。
「――はい」
「驚かないか。やっぱり気付いてた?」
「なんとなくそんな気がしてただけですよ」
「そうか」
少しの沈黙の後、陽太から切り出す。
「身体、悪いんですか?」
「相変わらず鋭いね、陽太は。隠し事は出来ない。――おいで、かぐや」
指輪に嵌った魔石から、海月の魔石生物が現れた。
“願いの石”で産まれた魔石生物で、名前はかぐやと名付けられた。
「この子が身体の毒を浄化してくれる。けど完全には消すことは出来ないというのがこの2ヶ月ではっきりした」
かぐやの頭の部分をぽよんぽよんと撫でながら恭介は続ける。
「魔石生物であるシンラには毒は完全に残っていない。でも人間の僕には少し強すぎるらしくてね。毎日浄化して貰わなければいけないし、長時間の運動や緊張状態と緩和を続けると、体温の上昇と血流の増減により毒が活性化することもわかった。だから」
秋晴れの空を眺めて恭介は改めて言う。
「魔石狩りは続けられない」
「……」
「自分で言うのはなんだけど、元々僕は魔石狩りに向いていなかったんだ。先生に憧れ、近くにいた兄貴分の背中を追いかけてきた。僕の魔石狩りとしての成したいことはほとんど誰かの受け売りだった。億万長者になりたいわけでも無く、有名人となり称賛が欲しかったわけでもない。ただ、凄いな、こんな人になってみたいなって、そんな憧憬だけを抱いて走って来た。自分の憧れていた格好良い人間になってみたかっただけなんだ」
「今やあなたもそんな背中を見せている1人です。その背中に魅せられた1人が俺なんですから」
「……そうか。そうなれたのであれば本当に本望だ。それこそ続けてきた甲斐があったよ」
肩の荷が降りたように、心底嬉しそうに優しく笑う。
「はい。…お疲れ様でした」
陽太は頭を深く下げる。
「怒らないのかい?」
「怒る?」
「勝手にチームを解散するって言っているんだし、怒る権利はあると思うけど」
「怒るはずないでしょう。あなたは人類史に刻まれる英雄ですよ?称賛こそをすれ怒る理由などどこにもありません」
自分を卑下するなと陽太が言う。続けて
「でもこれからどうするんですか?魔石樹、寄付しちゃったんですよね?」
恭介は魔石樹を寄付した。
巨万の富を産む種を恭介は寄付し、献花として彼の地に捧げた。
売れば人生10周分の莫大な金が手に入ると言われ、魔石狩りの最大の目標の一つだ。
「まぁね。あんなもの売ったら大騒ぎだし、寄付した方が気が楽だよ。僕には荷が重い」
恭介は嫌そうに首を振る。
「実は先生に助教授にならないかって誘われててね。国からも今回の件で辞めるなら指導者として是非って言われてたから渡りに船ってやつだね」
照れ臭そうに恭介は続ける。
「分不相応に名誉教授の称号を貰ったよ」
「いい就職先じゃないですか。実際恭介の魔石狩りとしての貢献度もそうだけど、場数を踏んだ知識は研究者でもそうはいないでしょう。胸張ってください」
「陽太がそう言ってくれるなら、もう心残りはないよ。それじゃあ現時点を持って」
恭介は拳を突き出して言う。
「僕らのチームは解散だ」
「はい。ありがとうございました」
陽太は拳を突き合わせる。
「君と組めたことを、僕は誇りに思う」
「俺も、あなたに師事できたことを誇りに思います」
互いに真顔で言い合った後、ニヤッと笑いあう。
「そしてこれは餞別だ」
何か渡して来るのだと察して陽太が手を開くと、恭介の拳が開いてそれは手に乗る。
受け継がれる。
「さぁ、君の新しい主人だ。起きろ、雷刃」
掌がカッと輝くと、そこには大剣が握られていた。
あまりに重く、陽太はすぐに両手に持ち変える。
「こ、これって…」
「“願いの石”は僕が貰ってしまったから、その補填というわけではないけどね。もう戦いに赴かない僕には手に余るものだ」
「でも!これは」
「ゆりさん――洸さんの奥さんにも許可をもらってきた。そしてもちろん、雷刃も君と共に行くことに同意している」
雷刃はチカチカと輝き、よろしくと言っているように見える。
「雷刃の攻撃力は高い、例えまともに武器を振るったことがなくても必ず役に立つよ。今後君の助けになるはずだ。受け取ってくれるかい?」
「こんなの……俺には重いですよ」
陽太はギュッと柄を握りしめる。
その重量もさる事ながら、その受け継がれし想いを知っている陽太からすれば簡単に背負えるものではなかった。
それを察して恭介は否定する。
「背負う必要はない。ただ武器を手に入れたと思ってくれればそれで良い。雷刃は洸さんに似ていてね、暴れるのが好きなんだ。だから気にせずその剣を振るって言ってくれ」
僕の分まで。
そう言われてしまえば、否と唱えることは難しい。
「――はい」
覚悟を決めて陽太は返事をする。
「これからよろしく、雷刃」
おう、と返事をするようにピカッと雷刃は輝くと、魔石の状態に戻った。
淡く光を放っているかのような黄色い魔石の美しさに、陽太は思わず息を漏らす。
ビー玉程のサイズのその石の形は菱形で、手の中で太陽の光に乱反射して輝いている。
思わず魅入っているところに恭介が
「あ、ネックレスも一緒にいる?髑髏のネック」
「要りません」
恭介からの提案を陽太は食い気味に断る。
あんなダサ…もとい、あんな趣味の悪…もとい、あんな人を選ぶアクセサリーは自分には似合わない。
「おい、全部言葉に出てるぞ後輩。これも受け継げ」
「残念ながら俺には似合いません。いや、金髪にでも染めれば似合いますかねぇ」
イラッとしたように言う恭介に、陽太ニヤニヤと意地悪なことを言う。
そんな態度に恭介は頬を引き攣らせるが、しかしその後口元をニンマリと上げる。
「な、なんですか」
その妖しい笑顔に、陽太は思わず慄いて聞く。
「いやいや、僕としたことが言い忘れていたよ」
まるで舞台役者のように大きく身じろぎをしながら恭介はもったいぶって、陽太を散々焦らした後仕返しと言わんばかりに満点の笑顔で言った。
「実は雷刃ってクロとシロと一緒で食わず嫌いなんだよね」
「はぁ!?」
「しかも大喰らいだから能力を使った日の食費は凄いぞぉ!」
「ふざけんな!返品します!」
「残念ながら当商品の返品は一品ものにつきご遠慮頂いております。またのご来店をお待ちしております」
「詐欺だ!説明をこちらは受けていない!」
「はっはっは。何も聞かなかったのはそっちだろう?こちらに不備はないね」
「っく!……ははは、大人気ないなぁ。居るんですね、こんな器の小さい英雄って」
「おいおい、君が大人を問うのかい?土下座キメて入学した君が?大人の弱みにつけ込んだ君が?」
「そうですね俺が間違ってました。似非二重人格英雄様に大人を説いても詮ない話ですね。器の大きさだけは受け継げられなかったんですもんね?」
ははは、と笑い合いながら互いに青筋を額に走らせた所で、言い合いどころか罵り合いが始まり、それは取っ組み合いに発展した。
クロとシロ、そしてシンラとかぐやはお互い見つめ合って、やれやれしょうがない奴らだな、と呆れたようにため息をつく。
そしてクロは身をかがめ、シロ、シンラ、かぐやはその上に乗る。
『いつ終わるかなぁ』
『とりあえずお疲れさん』
『おう、お前らもがんばれ』
『魔石持ってるけど食べる?』
などと話をしながら、魔石生物達は主人を見守る。
ステゴロで喧嘩する2人を見て、シンラはふと思う。
そう言えば少し前はこんな光景を毎日のように見たな、と。
それを思い出し、目の前のやり取りを改めて見やる。
すると、いつもキリッとしたシンラとしては珍しく、目を細め、口の端を上げて心底嬉しそうに「にゃん」とないた。
1人の青年が重い肩の荷を降ろした。それを受け継ぎ、少年は立ち上がった。
例えチームが解散しても、ここで繋がった縁はきっと――。
レイドボス“蒐集家”
相手に寄生し、操る能力を持っていたと推察する。
条件を満たした相手に寄生し、その身体を乗っ取る特殊能力を持っていた。
相手の行動、思考、能力を収集し完全に理解したあとに殺すという惨忍な行動理念。
殺す事が、誰にも奪われなくなる事が、彼にとっての収集だった。
レイドボスと冠している割には肉体的には非常に弱い。
代わりに隠密性に優れていて、巨体にも関わらず身を隠した場合その気配に気付ける者は少ない。
その姿は巨大で、のっぺりとした顔を持っていたが、ハリガネムシという寄生虫によく似ていた。
参考文献
レイドボスの私見による考察
(淡墨恭介著)




