覚醒
足掻き、思考を重ね、この状況をなんとかしようともがいてきた恭介はとうとう限界を感じ始めていた。
視界が黒く染まり手足の感覚が麻痺して来た。
苦しさすら感じなくなってきた。
――あぁ、死ぬ。
冷静にそんなことを思う。
陽太の叫びが、何十枚もフィルターをかけたような音で鼓膜に届く。
上下の感覚も曖昧で、今自分が宙吊りされているのか、地面についているのかすらも感じ取れない。
脳裏に陽太とついさっき交わしたした約束が思い浮かぶ。
それから連想するように、シンラと初めてあった時のことや、華の笑顔、先生に叱られたこと、孤児院の思い出が駆け巡る。
――これが走馬灯か。
思い出を巡ると、なんだかんだ悪くない人生だったんじゃないかと思う。
果たせなかった約束は多々あるし、取り戻せない過ちもあった。
でも幸せな思い出だって沢山あった。
それなりの成果もあげた。
――だから、もう、いいかな、洸さん。
黒く染まっていく視界の先に、英雄の姿を幻視する。
眩いその背中に手を伸ばす。
しかし、あろうことかその手は英雄の手によって振り払われた。
まるで幻想が実体化したかのように。
『かー、ったく』
呆れたように、ため息をつきながら振り向いて英雄は言う。
『相変わらずの甘ちゃんだな、テメェは』
英雄は輝いて消えると背後に移動して
『オラァ、立て!』
背中を思いっきりどつかれた。
すると同時に胸元から電撃が全身を駆け巡った。
『んで、勝てよ。恭介』
一方的にそれだけ言うと幻影はスッと姿を消した。
あぁ、そうだ。
恭介は思い出した。
自分の英雄は。
自分の憧れた男は。
手を差し伸べてくれる優しい英雄ではなく、弱っている時に無理やり立たせて背中を蹴っ飛ばすような乱暴な暴君だった――!
「は、ははっ」
恭介は笑う。
笑みが溢れる。
今際の際に笑った恭介に、レイドボスは狂ったか?と首を傾げる。
――バチンッ。
そしてそれは胎動する。
あの日からずっと眠ったままだった、洸の遺品。
目を覚ますことがなく、しかし食事だけはするので恭介が甲斐甲斐しく世話をずっと続けていた。
いつ帰って来てもいいように、洸と同じように髑髏のネックレスに入れてずっと持ち続けていた。
やっと目覚めたそれは、急かすように胸元でバチバチと脈動している。
首を絞められたまま、恭介は言う。
「だから、言った、だろうが、怪物」
苦しくて途切れ途切れだが、精一杯余裕な笑みを浮かべて。
「切り札ってのは、隠しておくもんだぜ?」
レイドボスは、はぁ?という表情を浮かべた。
その返答に恭介は飛びっきり不敵に笑って言い放つ。
「起きろっ!雷刃――!!」
瞬間、光が爆ぜて雷が落ちた。
轟音が辺りに鳴り響く。
痺れと熱さを感じたレイドボスは、身の危険を感じ恭介の首から離れた。
落ちた雷の砂塵が晴れると、身の丈もある大剣を担いだ恭介がそこにはいた。
♦︎♢♦︎♢
――知らない、何だこれは。
レイドボスは驚愕の後、怒りが込み上げてきた。
全ての技を見て、全ての思考パターンを分析して記憶し、全てを理解してから手に入れる。
こらが“蒐集家”としての矜持だった。
今日、彼は初めてピンチに陥った。
そして今まで見たことのない技を使った。鎧の変化という特殊技能。
――素晴らしい!自分が集めるに足る才能だ!
レイドボスは己の審美眼が正しかったことに喜んだ。
彼に目を付けて正解だったと。
ついでにエリアキングも手に入った。こんなものなかなか手に入るものではない!
レイドボスにとって、今日は今まで生きて来た中で最良の日だった。
喜びに満ち溢れていた。
しかしそれは、打ち崩された。
そんな剣を持っているなんて知らない。
あとほんの少しで死ぬはずだったのに、こんな切り札を隠している理由がない。
こんなどんでん返しがあってたまるか!ふざけるな!
レイドボスは癇癪を起こす。
エリアキングも逃したし、さらに土壇場に来て別の能力などふざけている。
こんなこと今まで一度もなかった。
多くの人間が絶望感で打ちのめされて死んで行ったのに。
コイツだってついさっきまだ死に体だったのに。
――何故お前はそんなに目を輝かせている?
死に体だったはずの男は剣を振り上げる。
大剣はバチバチと音を鳴らして放電を始めた。
即座に、これはくらってはいけない判断した。
この場から離脱することに目標を切り替えた。
このレイドボスには誇りなどはない。
あるのは“収集欲”だけだ。
――ここは一旦逃げるが、いずれ必ず自分のコレクションに加えてやる。逃しはしない。
そして“|来るもの通さず去るもの逃さず《ボス部屋》”の解除を開始をする。
人類は未だ知らぬことだが、“|来るもの通さず去るもの逃さず《ボス部屋》”を展開しているうちはレイドボスも転移出来ない。
とりあえずコレクションを呼び出してこの場を凌ごうと画策したところで、凄まじい痛みにその計画が頭から飛ぶ。
下を見ると灰色の猫が自分に噛みつき、さらに身体中の毛を逆立てその身を剣山の様にしてレイドボス刺していた。
完全に虚をついた一撃。
そして何よりその眼。
小さな身体に不似合いな迫力に、ボスともあろう存在が気圧された。
その強い瞳は“絶対に護る”と言っていた。
恭介以上に死に体だった猫が、万に一つも動くはずもないという油断。
矮小で、路傍の石にしか過ぎなかった存在に気圧されたというボスとして矜持が、思考を真っ白に染め上げる。
それが勝負の明暗を分けた。
未来に一筋の光が差し込んだ。
♦︎♢♦︎♢
酸欠で震える身体を駆使して、恭介は振り上げた大剣に宣言する。
この剣と、英雄の必殺技を。
「この閃光は――」
大剣が光を放ち、辺り一帯を光に染め上げた。
恭介の周りでバチバチと雷電が弾け、それが剣に吸収されていく。
幾重も雷が弾ける。
幾千もの雷が鳴る。
そして恭介は振り下ろす。
英雄の剣を。
恭介は叫ぶ。
英雄の名を。
「――我が英雄の名の如く!!」
眩い閃光と轟音が、エリアを超えて市街地にまで響き渡る。
かつて世に響いた名が、今一度世界に轟いた。
光が消えた時、そこには身体を真っ二つにされ、少しずつ身体が崩れて塵となって消えていくレイドボスの姿があった。
同時に現れたものがある。
それは虹色の魔石と、拳大の種。
その2つは、レイドボス討伐の証だった。
♦︎♢♦︎♢
ポーン。
場違いな電子音が鳴る。
『おめでとうございます!“蒐集家”を司るレイドボスが打倒されました!討伐報酬をお受け取りください!』
魔石生物のアプリがレイドボスを倒したことを証明する。
「っしゃあぁぁぁあ!!」
勝負の行く末を見ていた陽太は吠えた。
両腕を振り上げて喜びを表現する。
「勝った!勝ったぞ!!」
「ほうほう!!」
シロも戻ってきて嬉しそうに陽太胸元に飛び込んで来た。
「よーし!シロ!よくやったなぁ!頑張ったな!」
モフモフと触り心地の良い羽を撫でる。
「ほうほーう!!」
もっと褒めろ!と身体を膨らませて言うシロを陽太はわしわしと撫でる。
「よーしよし!今日はシロのお気に入りの櫛で羽繕いしてやるからな…ってそんな場合じゃない!!」
レイドボスを倒したのは良いが、恭介もシンラも瀕死に近い。
すぐにでも応急処置が必要だ。
「クロ!走れ!」
陽太はテンションの上げた思考を切り替えて、恭介達の救助に向かう。
鞄の中身の回復薬は果たしてどれが効くのか、状態を陽太が見て考えなければならない。
ネットに通じているなら医師に相談も出来るのだが、と思考を巡らせて、そこまでしてようやく気付く。
クロが一向に走り出さない。
一歩も足を進めない。
「どうかしたか?クロ?」
「ほう?」
クロの背中から降りて顔を覗き込む。
クロは首をあちらこちらに向けて警戒しては、首を傾げている。
陽太はやっと気付く。
喜びの瞬間など、そういう時シロよりも先に陽太に飛びついてくるのはクロのはずだ。
しかしさっき一切その素振りすら見せなかった。
「グルルルル」
表情は険しく、困惑しているのか何度も首を捻る。
その顔はまだ終わっていないことを告げていた。
盾
地球上には存在しない物質で作られた盾。
“魔石狩り”には必須のアイテムで、アーマー種がパートナーであれば不要だが、そうでないのなら所持をしていないとエリアへ入ることは禁止されている。
そのくらい必要不可欠なアイテムだ。
『アルミより軽く、チタンより硬い』
よくCMで見る売り文句だが、過剰表現ではなくただの事実だ。
新技術により、盾はアプリを起動すれば盾は透明に見える。透明ではあるが、ガラスのように透けるだけなので、盾の広さを感覚で間違うことはない。
サイズはしっかり防ぎたい人用の両手タイプや、受け流すことを主体とした、片手タイプ。
大きく分けてこの二つだが、自分にあった盾を選び、活用することが何よりも大事だ。
己の命を守るため、そこには一切の妥協をせずに自分のパートナーとの役割を考えてしっかり熟考すること。
例え値段が高くても、妥協はするな。
その値段が、君の命の値段だ。
参考文献
その盾で守る己の命(図解付き)
番外編〜盾の選び方〜




