VSレイドボス②
キンキンと盾が小気味いい音を奏でる。
予測通り攻撃は大した威力がなく、また命中力も乏しい。
「しっ」
陽太は気合を入れながら防ぐ。
目の前には巨大なエリアキング。
その頭上には幾つもの茎がうねり、その出番を待っている。
待機中の鞭が無数にあるせいで、盾アプリはアラートを鳴らし、逃走を進言してくるので早々に強制終了させた。
しかし大量にある待機中の茎の鞭の割に、攻撃の手数は少ない。
あの量が一斉に襲って来たら陽太にはなす術もない。
それがないのはエリアキングが意を為さぬ攻撃に反抗しているからだろう。
時々苦しげに、「げきょげきょ」とどこにあるかもわからない声帯を震わせて言っている。
抗っている。
彼も戦っている。
そのおかげもあって攻撃は手緩い。
しかし手緩いと言っても相手はエリアキング。
そんな手緩い攻撃にも陽太は必死も必死だった。
「はっ!!」
痛烈な攻撃を弾く。
基本緩やかな攻撃が多いが、たまに大振りの攻撃が来るので油断は出来ない。
右に左に上に斜めにと迫り来る攻撃を、防いだり弾いたりと息をつく余裕すらもない。
まだわずかも経っていないのに全身から汗が噴き上げる。
飛んだり跳ねたり転がったりと、大忙しだ。
防げない攻撃があった場合は、かする程度ならばあえて受ける。
かすり傷など取るに足らぬ些事だ。
甘んじてその攻撃をその身に受けた。
パンパンと立て続けに茎の鞭が陽太を、追い攻める。
弾く。
躱す。
跳ぶ。
アクロバットに陽太は動き続ける。
これが大道芸であれば拍手喝采だっただろう。
予断なく迫り来る攻撃に、陽太の目はギラついていた。
何一つ逃さないと、目だけでなく五感全てを駆使して立ち向かう。
そこまでしても、不可避の攻撃は来る。
3本の鞭がほぼ同時に陽太に襲いかかる。
瞬時に防ぎきれぬと判断し左に跳んでそれを躱そうとするが、それを待っていたかのように真上から鞭が迫ってきていた。
何十本もある茎の鞭に対して陽太は1人。
攻防を繰り返し続ければいずれ訪れる当然の結果だ。
が、その不可避の攻撃に対して、陽太はあえて無視をして後続の攻撃に備える。
陽太の頭上近くまで迫った鞭は、氷の礫に防がれた。
頼もしい相棒からの援護射撃だ。
そしてその後続の攻撃をいなし、避け、守る。
流石にクロ達の様子を見てる余裕はないが、陽太は確信する。
シロの援護射撃があれば、1人でも時間は稼げると。
クロの準備期間は自分が稼ぐのだと躍起になっていた。
――そんな主人が目の前で戦っているのに、自分は助けになれない。
護るのは、戦うのは自分の役目なのに。
クロは己の役目をまっとう出来ないことに苛立ちを隠せなかった。
口内で貯めた炎は己にはまだ早いと言うように舌を焼く。
身体は煮えたぎるように熱を持っている。
兄弟が身体を冷やしてくれていなければ爆発してしまうのではないかと錯覚する程、身体は熱い。
しかしそれでも、自分を信じて戦う主人の為に。
クロは急くように己の身体を叱咤する。
今すぐ駆け出したい気持ちを抑え、一刻も早く今自分の出来る最高の能力を発揮する為に。
「グルルルル…」
クロは静かに戦いを続ける。
♦︎♢♦︎♢
レイドボスは、恭介が変形していく様を変わらずの笑顔で見届けていた。
鎧の目がカッと輝き、鎧が流体の金属のように蠢き姿を変容させていく。
先程はまでその姿は正しく鎧と呼ばれる姿であった。
甲冑や、プレートアーマーと呼ぶに相応しいアーマー種らしい鎧の形だった。
しかし今の姿は鎧の装甲を薄くして、貼り付けたような感覚。
鎧のようながっしりとした重厚感がなく、身軽さのある軽い変形だった。
恭介は膝をグッと曲げた。
その様は飛び上がる前の猫を想像させる。
そして気づいた時には恭介の姿は消え、レイドボスの頬から血が流れていた。
「ギ?」
首を傾げてレイトボスは思わず声を出した。
「遅いな。鈍間」
そして背後からさらに傷つけられて、いつの間にかまた真正面にいた。
鉤爪についた血を払い、恭介は皮肉気に言う。
「なんだ、こんなもんかよ。レイドボスってのは」
がっかりだぜ、と肩をすかす。
「ギギ」
痛々しい傷がついているのにも関わらず、その表情は曇ることはなく薄く笑っている。
なんならどんな能力なのかと、恭介に聞いているようにすら思える。
目の前の存在の不気味さが増し、さらに妖しく見える。ゾクっと背筋が凍る。
しかしあの男ならばこんな奴に怯みもしないだろうと、恭介は理想を忠実に再現する。
「気持ち悪ぃ奴だな、お前。教えてやるわけないだろ」
強いて言うならと、レイドボスを指差して言う。
「この能力はお前のような化け物を倒す為に目覚めた能力だ」
あの日、あの時。
間に合うことが出来なかった。
間に合わせることが出来なかったシンラの悔恨の思い、そして怒りの感情による負荷で開花した特殊能力だ。
どんな場面においても、遅かったと悔やませない為に。
どんな状況においても、必ず間に合わせる為に。
その為に目覚めた新たな能力である。
主人を勝利に導く為に実ったその特殊能力は、しかし逆に主人を守る防御としての役割を捨て、全てをスピードに特化させた。
「悪いけど待ってる人がいるんだ。瞬殺させて貰う」
そしてそのスピードは、主人を蝕む諸刃の剣でもあった。
あまりにも早すぎるこの能力は、人の身体では耐えきれない。
多用すれば確実に耐え切れずに身体が壊れるだろう。
本当に切り札であり、最終手段。
既に本日2度この能力を使用していることもあり、恭介は身体の隅々までに鈍い痛みを感じている。
限界は近い。
シンラも滅多に使わせない能力だ。
本来護る役割であることを捨て、主人を傷つけてでも攻撃に転用するというアーマー種として矛盾した能力。
しかしそれでも、とシンラは思う。
間に合わない、助けられないというのは何にも変え耐え難い苦痛だと知っているから。
「行くぞ、シンラ!」
『にゃ!』
この能力に目覚めて、主人の助けになれていると信じている。
そんな思いを嘲笑するように、レイドボスはニヤリと笑っていた。
傷だらけの身体でなおも崩さぬその余裕は、ボスを名乗るに相応しい風格だった。
♦︎♢♦︎♢
陽太冷静に攻撃を捌き続けていた。
迫り来る鞭の群れは、陽太を逃さんと襲い続ける。
しかし。
盾で防いでも、ドラゴンの攻撃のように手が痺れるほどの威力はない。
跳んで躱しても、シンラのように素早い動きで追ってこない。
3人のように連携の取れたチームワークで追い詰めて来ることもない。
そして勝利条件は時間を稼ぐこと。
――勝てる。
冷静に、客観的に、自分の勝利の道標が見える。
油断はなく、慢心はない。
故に確信に変わる。
思い上がりはしない。
今日それで何度も痛い目を見た。
勝手な憶測で、何度も失態を犯した。
息は上がり、身体はスタミナをどんどん消費していく。
しかしそれにつれて、自分の神経が研ぎ澄まされていくのを陽太は感じていた。
だからこそ。
それに気付けた。
グリードプラントが、顔がなく表情の見えない生物が、嗤ったように見えた。
「ゲキョ!!」
「ウォン!!」
クロとグリードプラントが同時に慌てたように声を出した。
違和感を元々感じていた陽太は瞬時に、それこそ無意識に後ろへ跳んだ。
直後そこから土が弾けて何本も根が生えていた。
陽太は舌打ちをした。
己の甘さに。
今日一度も“根”による攻撃がなかったせいで、出来ないと勝手な判断をしていた。
さらにもう一歩後方に跳ぼうとした瞬間、地面が弾けて複数の根が陽太に殺到する。
氷の礫がその根に押し返すが、その内の一本が陽太に届く。
「しっ!!」
陽太は盾で弾き飛ばす。
が。
根の目的は陽太自身ではなく、盾だった。
弾かれながらも根は盾に巻きつき、グイッと陽太から引き剥がそうとする。
根は陽太の腕と同じくらいの腕の太さだったが、何倍もの力で軽々と陽太ごと持ち上げようとしていた。
負けるかとばかりに体重をかけようとするが、
――折られる。
盾を奪うついでに腕を折ってやろうとする根の動きを咄嗟に悟り、陽太は躊躇なく盾から手を離した。
陽太唯一の防具だった盾は、軽々と空の彼方に放り投げられた。
そして、この時を待っていたとばかりに今までの何倍もの茎が陽太に襲いかからんと降り注いだ。
それでも陽太の目は死んでいなかった。
降り注ぐ鞭をなんとか避けようと足に力を入れた瞬間、背中に衝撃を受けた。
「がっ」
そのまま尻餅を突いて、服を掴まれたままザザーと地面を引き摺られた。
しまった、と思う暇すらなく引き摺られる。
しかし、その方向はグリードプラントとは逆方向だったことに気付き陽太は抗うのをやめた。
かなり距離を取ったところで、陽太はやっと解放される。
引き摺られた事でヒリヒリとする尻を撫でつつ、寝そべったまま陽太は下手人に見上げる。
「グルルルル」
低く唸るクロは、明らかに怒っていた。
そして陽太の隣でカンッと音が鳴ったかと思うと、盾がそこにはあった。
それを持ってきてくれたであろうシロは、そのままバサバサと羽ばたき仰向けに寝転がっている陽太の胸に止まった。
ムッスリと目を細めて、ほうほうと鳴いている。
怒っていることを如実に語っている。
そんな2人が、頼もしくて、嬉しくて。助かったことに安堵して、思わず笑って
「はは!愛してるぜ!クロ!シロ!」
「ヴォウ!」
「ホウ!」
真面目にやれ!と怒られた。
NW②
視覚はもちろん、嗅覚聴覚にも働きかけることの出来る最新鋭で、世紀の大発明と呼ばれる。
特殊な電波を通して脳に働きかけているが、その繊細な技術は秘匿技術であるため、公開されていない。
また、何故魔石生物というアプリにおいて触覚があるのかは、企業自身ですらもうわかっておらず、研究されているが解明される気配は一向にない。
参考文献
NW革命とは




