憧れたその背中②
「最近どうしたんですか?」
訓練場にて心ここに在らずの洸を見て淡墨は言う。
最近彼らしくない行動が多い。
父親になった自覚か、それとも不安か。
遠くを見つめることが多くなった。
「なぁ恭介」
「はい?」
闇雲に洸は言う。
「親になるってどういうことだ?」
「哲学的ですね。残念ながら親ではない僕にはまだわかりません。それにもうすぐあなたはなりますよ」
「そういうことじゃねぇよ」
むくりと起き上がって洸は言う。
「俺の血の繋がった親は犯罪者だろ?」
「――」
何の気なしに言った洸の言葉に淡墨は口籠もる。
「もう気にしてねーよ。確かに昔はそれをいじって来るやつは全員ぶちのめしてきたけどな」
孤児院でも、学校でも、そんな悪意ある情報が悪意ある形で巡り、洸はわかりやすくグレた。
誰も彼もに喧嘩を売り、傷つけて来た。
恭介もどう彼に接触すれば良いか分からず距離を置いていた時期だ。
そしてそれを止めたのが、彼の相棒達と霧島であり、ゆりだった。
「せんせーを俺は本当のオヤジだと思ってんのよ」
「僕ももう一人の父親だと思ってますよ」
霧島は週に一度は孤児院を訪れてくれた。
週に一度帰ってくるお父さんのような存在で、その日を待ち侘びている子供は多い。
孤児院にはアーマー種持ちが3人もいて、洸と淡墨含め3人はよく相談に乗ってもらっていた。
世間ではあまり知られていないが、鎧化と言うのは簡単なことではない。
何年も何年もかけてようやく出来る技術だ。
人も、魔石生物も心が繋がってなければならない。一心同体でなければ鎧化は難しい。
その関係で色々とアドバイスしてくれる霧島は、淡墨達とは親交が深かった。
「だよなぁ。んで、この前本物のオヤジに会って来たのよ」
「――」
一生会わないと、そう豪語していた洸がそんなことをしていたとは淡墨は心底意外だった。
「ま、やっぱりクソでさ。“ナナシ”の後継者とか言われてんなら金あるだろ!保釈金払うなり司法取引なんなりして俺をここから出せ!とかさ。あぁ、俺はこんなクソな人間と血が繋がってんのかとかすげえ考えんのよ」
「らしくないですよ。めでたいことなんですからそれで良いじゃないですか」
「俺ももうすぐ親だぜ?色々考えるんだよなぁ」
再び寝そべって洸は頭上を見上げる。
「初めて言うけどよぉ、ガキの頃犯罪者扱いされたの死ぬほどきつかったんだわ」
「そうでしょうね」
「約束された英雄とか勝手に言われてさぁ。それに妬んだバカどもが囃し立ててウザくて仕方なかった。……お前にもきつく当たったよな」
「僕は何も出来ませんでしたよ」
「あぁ、お前の怯えた表情見て、俺も怖くなった。本当に犯罪者になった気分になって怖くてさ。わけわかんなくて暴れ回った」
その声に感情はなく、淡々と洸は言う。
「レオとは毎日殴り合いでよぉ。雷刃とゆりはなんも言わずに黙って側に居てくれた。せんせーは真っ直ぐダメだって止めてくれたよ。本当に犯罪になるぞって、初めて声を荒げたせんせー見たよ」
思い返して少し懐かしそうに笑う。
初めて聞く話に淡墨は黙って耳を傾ける。
「そんで真っ当になろうって思ってよ。魔石狩りになる決意した。色んな人に謝ってさ」
「洸さんの頭を丸めた姿は、結構に話題になりましたね」
「“ポーズ”って大事だって気づいたよ。なんかやってますアピールってダセェと思ってたけど、意外と禿げた頭で頭下げまくったら見る目少しは変わったからな」
カカカと楽しそうに笑う。
「で、本題はなんですか?」
洸の話に付き合っていたが、そろそろ痺れを切らした淡墨が切り込む。
気分屋な洸は喋っている間にやっぱりいいやとなりがちだからだ。
「――誇れる父親になりたい」
淡墨の切り込みに、洸は真っ直ぐ返す。
「俺は良い人間じゃねぇ。ただ、自分のガキにあんな思いはさせたくねぇ。お父さんって格好いいねって周りから言わせてやりてぇ」
思ったよりも未来のことを考えている洸に、淡墨は驚く。
「だから名誉が欲しい」
「つまり?」
「エリアキングかレイドボスを打倒?」
「正気で言ってるなら僕があなたを打倒しますよ?」
「おーおー、少しは自信がついてきたじゃねぇか。ま、そりゃきついな。そんなこと俺でもわかる。だから代替案よ」
寝転がった姿勢から、アクロバットに跳ね起きる。
「国からの指名依頼、受けようと思うんだ」
「それも正気とは言えないですよ」
「これは正気だな。別にエリアキングに挑むつもりはねぇ。今回の依頼は情報を持ち帰ることだ」
洸は腕組みする。
「重力エリアは日本でも数ヶ所。しかし、六道山は一番重力が強い。常人なら立ってられないくらいな」
「世界でもそうある場所ではないですね」
「なんだよ調べたのかよ。そうだ、そしてそのほとんどが手付かず状態だ。どんな魔物がいて、どんなエリアキングなのかわかりもしない」
「他国で有名なアーマー種のチームが潜りましたけど、帰らぬ人となりました」
「知ってるよ。しかしだからこそ、その情報の価値は高い。各国にその情報っていう恩を売れるし、日本も喜び、俺は一躍ヒーローだ。一石三鳥、お得だぜ?」
ふっふっふ、とほくそ笑む洸。
「――そうすりゃ、俺は犯罪者の子供扱いはされねぇだろ?俺の子供も安泰だろ」
「なるほど、そういうことですか」
淡墨は理解した。
思ったより彼は父親になることに真正面から向き合っていた。
「だからちょっくら行ってくる。…だから」
「もしものことは頼まれませんよ。僕は華で精一杯なので」
マジかよコイツ、みたいな目で見てくる洸に、淡墨は薄く笑う。
「だから一緒に行きます、そんな死亡フラグ立てまくりの人が行ったら本当に死にそうなので」
「へっ!素直じゃねぇな!ま、お前が居てくれると助かる」
拳を淡墨の胸に当てて言う。
「先ずは3ヶ月ちょっと訓練だ。重力に慣れる環境もお国様が用意してくれるってよ」
「いや先ずは先生の説得でしょ?」
「それは、あれだ。お前から上手く言ってくれ」
「ははは、先生は僕と違って手強いですよ?」
頭を抱えた洸に、淡墨は決意する。
――この男を死なせはしない、と。
そしてその強い思いが、彼を殺すことになるなんて、その時の淡墨は思いもしなかった。
♦︎♢♦︎♢
六道山は東京にある大きな都立公園だ。
都内では珍しい大自然に触れられる場所であり、ピクニックやアスレチックなども豊富で多くの子供達に親しまれた場所だった。
しかし。
そこにいたすべての生物は圧死した。
そこにいたすべての自然は倒れ朽ちた。
そこにあったすべての構造物は瓦解した。
ありとあらゆるものは、その重力に耐えきれず押し潰された。
そこは人類の生きる場所ではない。
活動できる場所ではない。
世界でも屈指の重力地帯、“活動限界区域”六道山。
そこには民間の立ち入りを管理する門番すらいない。
何故なら、普通の人間なら入ってすぐに理解されるからだ。
たちまち逃げ出して悟る。
ここは人間の生きる場所ではないと。
立ち入ってはいけない場所だと。
そんなシンボルエリアを前に、淡墨は立っていた。
薄黒い靄がエリア全体を覆っていて、見通しが悪い。
衛星カメラからも、そのエリアの全貌を見てとることは出来ない。
重力エリアにはよく見られる黒い靄は、それがなんらかの科学的現象なのか、それともエリアの特徴なのか。
はたまたエリアキングの特殊能力なのか、何もわかっていない。
情報がまったくない。
無人機を投入したこともあったが、その重力に耐え切れず1分も経たずに押し潰された。どんな強度で作ろうともなんの情報も得ることもなくペシャンコになった。
そんな前人未踏のエリアを前に、その男は笑っていた。
「カッカッカ!とうとう来たぜ!六道山!」
腕を組んで、偉そうに。
歯を剥き出しにして、目の前の獲物に舌舐めずりをしている。
そこにはなんの不安も見当たらなかった。
一方で淡墨は足が震えていた。
それをなんとか武者震いだと己に言い聞かせる。
何ヶ月もかけて訓練をしてきた。
貴重な重力を使える魔石生物と時間をかけて訓練してきた。
少なくとも重力には慣れた。走ることも出来るし、なんだったら跳ねることも可能になった。
行ける、そう自分でも確信を持てる程には自信がついた。
しかし本番は違う。
隣にいる男が桁違いなだけだ。心臓が鋼で出来ていて、さらに毛むくじゃらなだけだ。
「かー!お前なんで震えてんの?喜べよ!これは国から指名されての出陣だぜ?楽しめよ!楽しんで金が貰えるんだぜ!?」
「ほんと馬鹿は気楽で良いですよね」
ため息を吐いて言った淡墨に洸は言う。
「悲観的にしか考えない方が馬鹿なんだよ。もうちょっと力抜けや」
遠慮なく力強く淡墨の肩を叩く。
「テメェの隣には最強の男が居るんだぜ?安心出来ない理由は何一つないだろ?」
親指を自分に向けて獰猛に笑って見せる。
その笑顔は頼もしさすらあった。
「頼りになりますよ、そこまで言ってもらえると」
「皮肉の一つもねぇとからしくねぇな?お前緊張してんの?」
「当たり前でしょ!俺はあんたみたいに心臓でかくないんだ!」
「は?心臓の大きさは一緒だろ?緊張してそこまでわかんなくなっちまったのか?」
「オッケーありがとう。苛立ちで緊張がどっか消えました」
「いいってことよ!」
「無敵かよコイツ……!」
そんな適当な話で肩の力は少しずつ抜けていく。
「じゃ、行きますか」
軽く伸びをして洸は前に進む。そこにはなんの気負いもなく、むしろワクワクしている。
この男は未知のエリアに冒険心が疼いているだけだ。
そんな姿にようやく淡墨も力が抜ける。
それまで沈黙していた肩に乗ったシンラが、ぺろっと頬を舐める。
「うん、大丈夫だ。行こう、シンラ」
「にゃう」
よし、とシンラがこくりと頷く。
洸も頼りになるが、シンラも同じ以上に頼りになる。
目の前の燻んだ風景を睨み付けて、挑むように足を踏み出す。
「あ、まずはエリア入って身体慣らしからですからね!いきなり突撃しないでくださいよ?」
「わーてるよ!うっせぇな小姑」
「出来の悪い旦那には常々言って聞かせてあげないといけないでしょ」
「お、調子が戻ったじゃねぇか。それで良い、そう来なくっちゃな」
「ガル!」
洸の相棒のレオもそんな姿にやっとホッとしたのか、うむ!と頷くように鳴いた。
「おう!いくぜレオ!」
「行こう、シンラ」
「「鎧化!」」
同時に鎧化し、2人は拳を突き出し合う。
ガィン、と鈍い音が鳴り響いた。
「行くぞ!」
「はい」
その歩みに迷いはなかった。
アポカリプス孤児
ポストアポカリプスで多くの命が散りました。
大人は子供を守ろうと戦いそして、沢山の子供が親を失くしました。
赤子から青年に至るまで。
特に人口密集地の地域では、あまりにも悲惨な光景でした。
シンボルエリアに敵性魔石生物が移動しなければ、私たちは滅亡していたでしょう。
しかし、共に戦い、食糧を、治療を、安全を守ってくれたのも魔石生物です。
お父さんやお母さんがいなくなったことを、パートナーのせいにしてはいけません。
守ろうとしてくれたでしょう。
共に生き抜いてくれたでしょう。
隣にいるのは、あなたの家族です。
新しい家族と手を取って生きていきましょう。
そしていま、こうして生を共有できるのも、多くの大人たちが守ってくれたからです。
謝罪ではなく、感謝を。
後悔ではなく、未来を。
生きていきましょう。
新しい世界で。
孤児院『皆んなの家』より
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