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憧れたその背中

「恭介ー、淡墨恭介くーんやーい?」

 

 声をかけられて目を覚ました。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 仁王立ちで見下ろす男を淡墨は見た。

 

 逆立った髪は脱色だけした適当な金髪で、耳には派手なピアス。

 

 胸には大きなドクロのネックレスしていて、派手な服を着ている。


 肩に身の丈程も大剣を担ぎ不敵に笑っていた。

 

 ヤンキー、アウトロー、不良。

 

 そのどれもが似合う男だった。

 

 ただ、浅黒の肌は鍛え抜かれていて背丈も高く、何より挑発的な顔は威圧感があった。

 

 そんな男を、淡墨は瞬きを何度もしてパチクリと見る。

 

「あんだよ、寝ぼけてんのか?ったく、いつまでも世話の焼けるやつだ。仕方ねぇなお前は」

 

 ホラよ、と手を差し出される。

 

 恐る恐るその手を握り、力強く引っ張り上げられた。

 そして淡墨は、

 

「ふざけんな、バーカ!!」

 

 そのままの勢いで右ストレートを放った。

 

「あだ!!」

 

 突然の淡墨の凶行に、男はモロにウケる。

 

「テメェ恭介!!俺様がこんなに親切にしてやったってのにどういうつもりだ!?謀反か?」

「どうしたもこうしたもない!あんた手加減ってもんを知らないのか!?訓練でそんな大技使うな!!シンラが目を回してるじゃないか!ついでにあんたに仕えた覚えは一度もない」

 

 淡墨は目を回して倒れているシンラを抱え上げる。

 

「はにゃーう」

 

 シンラはクラクラと首を回して時折り痙攣している。

 

「もう!何やってるの!!」

 

 そこに華とそのパートナーの兎のアリスが現れて、シンラの治療を始めた。

 

「シンラに謝れよ」

 

 イライラしながら言う淡墨に、男はヘラヘラと笑う。

 

「アホか。アーマー種はそんなにやわじゃねぇよ。逆にシンラなめんな、その程度でどうにかなんなら俺の相手なんか務まんねーよ。現にお前には傷一つねぇじゃねぇか」


 カカカ、と楽しげに笑う。

 

「それに俺に“雷刃”を出させたんだ。誇れよ恭介、テメェをとうとう一人前と認めてやろう」

 

 肩をバシンバシンと叩きながら男は嬉しそうに笑う。

 

 その姿を見て淡墨は嘆息する。

 

――これだから、この男は憎めないのだ。

 

 淡墨にとって、ある意味霧島と同じくらい尊敬している男であった。

 

 強く、揺るがない自分を持っている目の前の男は格好良かった。


 自信をいまいち持てない淡墨にとって憧れの存在だった。

 

 だから、認められたことがすごく嬉しかった。

 

「んじゃシンボルエリアに連れてってやるか!まずはどこが良い?いきなりCいや、Bランクでも行って見るか?」

「阿呆言わないでください。無難にFランクでお願いしますよ」

「かーー!!つまんねー!!本当、つまんねー男だよ!テメェは」

 

 舌を出し唾を吐いて下劣に淡墨をなじる男はしかし、目線を下げてふむーと唸る。

 

「むー。E、か。いやFか?」

 

 謎の言葉を呟き出した男のその目線を追うと、華の胸を凝視していた。

 

 思わず蹴り飛ばそうとするが、後ろに目でもついているのか右肘で防がれる。

 

「良い加減、僕の彼女をエロい目で見んのやめろ!!」

「は!違うなそれは!エロい身体をしてる女を見ないのは逆に失礼だ!!」

「ゆりさんに言いつけてやるからな!!」

「馬鹿野郎!アイツは貧乳なんだぞ!失礼だと思わないのか!?」

「あんたが失礼って言葉知らないのはわかったよ!」

「ったく、お前は学がねぇな。お前に良い言葉を教えてやろう」

 

 腕を組んで堂々と言う。

 

「大は小を兼ねる!!」

「だからどうした!?…頼むから小学生からやり直してきてくれ。とくに道徳の授業多めで」

「はっはっは!いつになく絡んでくるじゃねぇか恭介ぇ。そんなに元気なら稽古の続きを始めてやるよ!!」

「は!?いやちょっ、待って!!」

「待つかバーカ!」

 

 そこからステゴロの殴り合いが始まる。

 

 必死に避ける恭介と、楽しそうに殴りかかる男。

 

「あーまた始まっちゃった。・・・でも、認められて良かったね、恭ちゃん。―あら、レオ」

「ガルル」

 

 そこに男の相棒、()()()が現れる。

 

 1mくらいの小さな虎は、心配そうにシンラを覗き込む。

 

「シンラなら大丈夫よ。アリスが治してくれるわ」

 

 華はそう言いながらレオの茶褐色(ちゃかっしょく)の毛並みを撫でる。

 

「ガル」

 

 ならば良し、と頷いてレオンはシンラの隣に寝そべる。

 

 まるで兄弟の様な2体に華は笑顔を溢す。次いで目線を上げて同じく兄弟の様に取っ組み合う2人を見る。

 

 その殴り合いを、いつも通りの喧嘩を、華は呆れたように見つめた後に微笑む。

 

 いつもよりテンションの高い淡墨が、認められて喜んでいるのがよくわかるからだ。

 

 いつだって本気で、いつだってふざけているこの男を、淡墨は兄のように慕っていた。

 

 問題児でしょっちゅう喧嘩はするし、目立ちだがり屋で、女好きでもある。


 頻繁に問題を起こすからトラブルメーカーとすら呼ばれているこの男を。

 

 敵も多くて、同時に味方も多い。そいう複雑な魅力を持っている男。

 

 その男の名は千野洸と言った。

 

♦︎♢♦︎♢


「可愛げがねぇ」

 

 ムッスリと千野洸は言う。

 

「必死に魔物の群れを倒して来た後輩にかける言葉じゃないでしょ」

 

 シンボルエリアにて大勢を1人で相手取った淡墨は、何も手を出さなかった洸に対してイラッとして言う。

 

「初めて魔物殺した時のお前はどこ行った?半日位かけて半べそかいてやっと殺した時のお前は」

「その恥ずかしい話すんのやめろって言ったでしょ。てか、その話華にしたでしょ?なんか優しいフォローの言葉かけられてめちゃくちゃ嫌な汗かいたんですけど」

「ちゃんと先生とゆりと、後は華とその他大勢ぐらいにしか言ってねぇよ」

「通りで最近やけに微笑ましい目で見られてると思ったよ!なんで黙ってられないの?バカなの?」

「お前こそゆりに俺が貧乳だって言ったのバラしたろ?」

「僕はちゃんと言うって言ったし」

「俺も言わないとは言ってない」

「学食1週間奢ってくれたら言わないって言った!なんなら10日間奢らされたぞ!!」

「小せぇ男だなー。だから華を視姦した程度で腹を立てるんだ。華の胸の大きさを見習え」

「ぶち殺すぞテメェ」

「バーカ。せっかく良い女が隣にいるんだ。堂々としてろ。自信の無さ、それがお前に足りないところだ」

「不意打ちに心臓鷲掴みにしてくるのやめて下さい。心臓がキュッてなる」

「いつも言ってんだろ、自信を持て。お前にはそれが足りねぇ。もっと格好をつけろ」

「あんたにはそれしかないでしょ」

「実力もあるし、たくさん女もいるけど?」

「この前他の女に手を出してゆりさんに思いっきりビンタ喰らって凹んでた癖に?すっごい格好悪かったけど?」

「別に凹んでねぇし!たまには格好悪いところ見せないと取っ付きにくいだろうが!それにあんな貧乳こっちから願い下げだ!」

「今動画撮ってるけど、なんか他に言いたいことあります?ゆりさん見たらなんて言うかなー」

「お前がそこまで言うなら謝ってやるよ、すんませんでしたー、はい!謝ったー!動画消せ!」

「小学生か」

「うるせぇ!その動画消せ!でなけりゃその目玉NWごとほじくり出してやる!」

「待て待て!殴って来んな!ここシンボルエリアだぞ!洒落にならない!」

 

 そうしてシンボルエリアでガチ鬼ごっこをして、霧島先生に割と本気の説教されて2人して凹んだ。

 

 そんな毎日だった。

 

 飽きもせず喧嘩して、懲りもせずその背中について行った。

 

 そんな騒がしい日々だった。

 


♦︎♢♦︎♢


「正気かい?洸くん」

 

 淡墨が研究室に入ると困り顔の霧島と、自信満々で応対する洸がいた。

 

「おぉ、恭介。ちょうど良いところに来た。見ろ」

 

 上機嫌な洸が淡墨に情報を送って来る。

 

 転送されたデータを起動して読むと

 

「マジすか」

 

 淡墨は思わず声を出す。

 

「国から俺に指名依頼だぜ!誰もが入れぬ重力地帯“活動限界”六道山の情報収集だとよ!」

「すごいですねー、がんばってきてください」

「いやお前も行くんだよ!」

「行かないよ!?まだ資格取って一年も経ってないペーペーにこんな危ない場所行かせようとしないでください!」

「そうだよ洸くん。恭介くんは優秀だがまだ経験不足だ。僕から正式に断るからね」

「いやいやいや!そいつはつまんねーよ先生!せっかく危険なエリアに合法で入れんだぜ!?こちとらワクワクが止まんねーよ!」

 

 子供の様に目を輝かせる洸に、霧島は額に手を当ててため息を吐く。

 

「君1人ならまだしも、恭介くんはダメだ。まだ早い」

「もっとスリルを楽しもーぜ!?命をかけてるから楽しいんだろうが!?」

「戦鬪狂ですね、僕を巻き込まないでください。僕はほどほどで良いんです、華と後は()()が少しの贅沢を分を稼げれば」

「夢がねぇー!!つまんねぇー!!男ならもっと欲を抱け!金が欲しい!名誉が欲しい!女が欲しい!これがお前には足りねー!」

「はいはい、僕はそれで良いんです」

「じゃあなんでお前魔石狩りになった!?」

「…パートナーがアーマー種なんでね。選ぶ道が他にはなかっただけですよ」

 

 淡墨は目の前の強い男の様になりたいとは、口が裂けても言うつもりはなかった。

 

「で、そのセリフもう一度言ってくれます?」

 

 淡墨はドアをゆっくりと開けていく。

 

 怪訝の表情を浮かべた洸は、扉が開いていくごとに顔を青くし、目をバタフライの如く泳がした。

 

「もう一回、言ってみなさいよ。私の前で」

 

 誰あろう洸の恋人である、ゆりその人である。

 

「女が欲しい、ねぇ。浮気性がいつまで経っても治らないなら……去勢する??」

 

 美しい相貌は笑っているのだが、目は蛇の如く睨んでいる。

 

「恭介、騙したな!?」

「せめて騙した記憶をください。勝手に転んで蛇の巣穴に転げ落ちたのはあなたですよ」

「あんたって男は懲りないわね!本当っ!!あと恭介、誰が蛇だ?」

「ひぃ」

「はいはい!ゆりさん落ち着いて!今日はそんなこと言う日じゃないでしょう?」

 

 怒り出そうとしたゆりを、後ろにいた華が止める。

 

「もう嫌よ!こんな男知らない!!」

「素直になりましょうよ、ゆりさん。お身体に触りますし、ね?」

 

 そう言って華は洸の方をじっと見てゆっくりと()()()()()

 

 それを見て察せない程、洸はバカではなかった。

 

 目を丸くして、ゆりに近づく。

 

 そっぽを向いて止まっているゆりの肩を掴み、

 

「できたの、か?」

 

 珍しく震えた声で言う。

 

 コクン、とそっぽを向いたまま、頷いたゆりの目の前で洸は叫ぶ。

 

「いやったぁぁぁあ!!子供が出来たぞ!ゆりありがとな!!」

 

 珍しく慎重に優しく抱きしめて来て、その後先生に嬉しそうに報告し、淡墨とハイタッチしている。

 

 そんな子供のようにはしゃぐ洸を見てゆりは、やれやれと首を振る。

 

「バーカ」

 

 そう言いながらも、ゆりの笑った顔は優しかった。


 

 そのあとしっかりとお叱りを受け、今後二度と浮気しないことを誓約書に書かせたのはご愛嬌だ。

 


 これはナナシの英雄の後継者などと呼ばれて世間に期待された漢の、まだ彼が英霊となる少し前の話。


 

 偉業を成し遂げた英雄の、同時に英雄らしく悲劇で終わる物語。

千野洸


日本人で知らぬ英雄といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、そしてその名を残すことなくしかし、その偉業だけは確かに残した英雄“ナナシ”と言ったところか。

そして此度また1人英雄が生まれた。

潜ることすら命に関わる日本でも数えるほどしかないランクAのエリア“活動限界”六道山にて、そのエリアキング“一犀合犀踏み潰す(スキッシュライノ)”と“嫉妬”を司るレイドボスをたった1人で倒した漢だ。

その命を燃やし、燃やし尽くして、命と引き換えに多大なる功績を残した新たな英雄だ。

初期ガチャでアーマー種と武器型の2体持ちの豪運だった彼は未来を約束されていたヒーローだった。しかしヒーローたる悲運か、彼はシンボルエリアでボスとキングの2体を相手取る。

そして相打ちとなってしまった。

若干25歳というあまりに短いその人生に、幕を下ろしてしまった。

新しき英雄の名は“千野洸”。

読み終わったのなら、喝采を。


そしてどうか、感謝と合掌を。

 


参考文献

“ナナシ”の後継者と呼ばれた漢、千野洸

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