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道化は笑ってほしい

 目の前の淡墨を見て、いつかした霧島との会話を思い出した。

 

 霧島の要求はただ一つ。

 

――淡墨君を説き伏せて欲しい。

 

 それだけだった。

 

 霧島が言うには、陽太ならばいずれ淡墨と対等なチーム関係を作れると断言した。

 

 そう遠くない未来に背中を預けて戦える仲になると。


 そしてそんな対等の仲間の進言なら聞くはずだと、霧島は考えているようだった。

 

 仲間が無謀に単独行動でシンボルエリアに潜っていたら、それは止めるのは当然だし、それを聞き入れないのは理に合わない。

 

 だから聞き入れてくれると、霧島は言った。

 

 しかし陽太にはそんな日が来るのか半信半疑だった。

 

 嵐達3人を相手取って完封した時、その背中の遥か遠さを見て不安しかなかった。

 

 この人を説得出来るのか。

 

 この人と対等な存在になり得るのか。

 

 背中を任せる日など来るのだろうかと、霧島の期待を重く感じていた。

 

 しかし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 陽太は脳に閃いた筋書きはそんのものを問わない。

 

 淡墨を止められれば良いのだから、手段などなんでも良い。

 

 だがそれにはとても重要なモノを賭けなければならない。

 

 それは命だ。

 

 自分の命と、そしてクロとシロの命。

 

 自分だけではない。2体の命も賭ける必要があった。


 視線をクロに向けると、無言で頷いた。シロはやれやれと首を横に振ってしょうがないなぁとでも言いたげだ。


 何も言わずに、陽太の言いたいことが伝わっていた。


 命を賭ける重々しい決断を、軽々しく受け入れてくれた。


 それが嬉しい。

 

 クロもシロも、自分の半身だ。

 

 彼らが居なければ、陽太は明日は要らないし、彼らがいるから明日を生きる。

 

 それが全員共通の認識なんだと改めてわかって、陽太は微笑む。

 

 そう思うと急に景色が変わって見えてくる。

 

 焦燥に駆られていたのが嘘のように落ち着きを取り戻していき、狭かった視界が広がり色彩を帯びていく。

 

 世界が美しく見える。

 

 鬱蒼と見えた森は緑が鮮やかに見えたし、呼吸すれば緑と土の匂い、どこからか潮の香りも感じる。

 

 さっきまで絶望に押し潰されそうになっていたと到底は思えない。

 

――そうか。これが“覚悟”か。

 

 陽太は息を吸う。

 

 今、自分は生きている。しかし数秒後にはその命を失っているかもしれない。

 

 陽太は息を吐く。

 

 今、自分は思考している。しかし数秒後にはただの肉塊になっているかもしれない。

 

――だが、それでも良い。

 

――それを受け入れる。

 

 その覚悟がようやく定まった。

 

 自分の内に確固たる決意を秘める。

 

 震えは止まり、目に光が宿る。

 

 それではまず、目の前の男には生きてもらうとしよう。


 霧島の元に、華の元に、必ずこの男を帰す。

 

 いや、違う。一緒に帰る。

 

 しかしそれには、この男に()()()()()()()()()()()

 

 なんせ陽太は今から、淡墨の心の傷に塩を塗る。

 

 人の押し入ってはならない空間に土足で入り、尊厳を踏み躙る。

 

 嫌われて当然だ。

 

 しかしその必要がある。

 

 ならば喜んで嫌われよう。

 

 彼が霧島の元へ帰るのなら。

 

 喜んで憎まれよう。

 

 彼が華の元へ帰るなら。

 

 その為ならば、命くらい賭けてやろう。

 

 それくらいのものを、陽太は3人から貰ってきた。心の底からそう思っている。


 ようやくやっと、恩返しの時だ。

 

 さぁ、憎まれ役を演じよう。


 道化となろう。

 

 幸いな事に陽太はそんな人間をたくさん見て来た。

 子憎たらしく、煩わしく、嫌味を言って見せよう。

 

 ここが黒河陽太、一世一代の大一番。

 

――多いに憎んでくれよ、淡墨さん。

 

 顔を上げてニッコリと陽太は笑って見せる。

 

――あんたを悪夢から叩き起こしてやる。

 

「その仮面の下、笑ってんるんじゃないのか?」

 

 きょとんと、淡墨は言う。

 

「…は?」

「わかんないの?ようやく英雄の真似事が出来るって、笑ってんじゃないのかって言ってるんだよ」

 

 嘲るように陽太はニヤリと笑った。


♦︎♢♦︎♢


「…華か先生からなんか言われたか」

 

 途端に声が硬くなった淡墨に、吹き出したように笑って陽太は続ける。

 

「なんだ、少し図星突かれたくらいで簡単に余裕無くすんですね?成りたかったんですよね、英雄に。自分を救ってくれた人のように。あなたが無駄にシンボルエリアに馬鹿みたいに潜ってたのはどうせレイドボスに会いたかったからでしょ」

 

 霧島の予想は的中らしい。先程怒声を上げていた様子とは比べ物にならない怒りを感じる。

 

 (プレッシャー)を放って来る。

 

 しかし、それでいい。

 

「恩師と妻の制止を振り切ってすることがそれですか。そんなことですか」

「…うるさい」

 

 静かに、しかしはっきりと淡墨は言う。

 

 陽太は嘲笑する。

 

「あなたを救ってくれた人も報われませんね。せっかく拾った命をドブに捨てようとしてるんだから」

「うるさい!!」

 

 今度ははっきりと陽太に激昂する。

 

 それを待っていたと言わんばかりに、陽太は戯けて言う。

 

「これくらいのこと言う権利俺にはあるはずでしょ?なんせあなたの私怨に()()()()()()()()

 

 自分は被害者だぞ、と陽太はここぞとばかりに主張する。

 

「そ、それは」

 

 そして予測通り言葉に詰まる。

 

 こんなこと言って来るやつにはそれがどうした、とでも言い返せば良いのに。


 本当、人が良い。だからこそ救いたいんだ。あなたを。


 あえて、陽太は言いたくない台詞を言う。

 

 人の心を傷つける言葉を。

 

 そして恐らく彼が無意識に求めていたであろうものを、容赦なく言い当てる。

 

「死に場所を探していたんでしょう?」

「――」

 

 今度こそ淡墨は動きを止めた。

 

「そうですよねぇ?先生の“後継者”を自分のせいで殺しちゃったんだし?世界で唯一の人間の、その上“ナナシ”の後継者を失うなんて日本の、世界の損失ですもんね?」

「――」

 

 陽太は必死で笑顔を取り繕う。


 強張った笑みで、淡墨を罵る。

 

――心が痛い。だけど、言わなければ。

 

「どうせ罪悪感で死にたくて死にたくて、でも救われた命だから投げ出すことも出来ない!それにそんなことすれば先生は嘆いて、華さんなんか下手すれば後を追うかも知れませんね?」

「――!!」

 

――だから頼む。

 

「だからレイドボスとの遭遇を待ち望んでたんでしょ?エリアキングは逃げられるけど、レイドボスからは運が悪けりゃ逃げられないから言い訳が出来る。それに倒せばあなたは新たな英雄だ!()()()()()()()と証明できる!そして死んだら仕方ないって割り切ってくれるかも知れない、そうでしょう?」

 

 正確に、鋭角に、陽太は淡墨の傷を抉っていく。

 

 心の闇を暴いていく。

 

「――さい」

 

――あなたの本音を聞かせてくれ。

 

「体の良い自殺ですよ、じ・さ・つ。いや、シンラを巻き込んでるからこれは心中かな?」

「うるさいうるさいうるさい!!お前に何がわかる!?」


 淡墨が遠慮なく力一杯胸ぐらを掴んで叫ぶ。

 

「何にも知らない奴がっ!勝手なこと抜かすな!!」

 

 陽太はその腕を掴んで言う。

 

「…あぁ、そうだよ。わかんないよ」

 

 睨みつけて口を開く。

 

「わかんないから教えてくれよ!!きついならきついって言ってくれよ!!」

 

 陽太は叫ぶ。

 

「心が痛いなら華さんに泣きつけよ!!重いなら先生を頼れよ!!1人で抱えるなよ!!」

 

 悲しくて、叫ぶ。

 

「それに!ここであんたを見捨てて死んでしまったら俺は生涯この日のことを後悔する!あんたと同じように!そんな悲しい連鎖ここで終わらせるべきだろ!?」

 

 陽太の痛ましく叫ぶ声に、淡墨は俯いて首を振る。陽太の声は届かない。

 

 一歩足りない。

 

 しかしそこで淡墨の身体が光り、鎧化が解除された。

 

「……シンラ?」

 

 泣きそうで、でも泣くのを我慢してる表情をした淡墨が、呆然と相棒の名を呼ぶ。

 

 淡墨の足元からポンと跳び、陽太の足元に来た。

 

「にゃう」

 

 シンラは淡墨を沈痛な目で見て、そして()()

 

「シンラの気持ちも、汲み取ってくださいよ。いつもあなたを守ってきた守護者が、()()()()()()()()()

 

 淡墨は髪をかきむしり、ついには膝から崩れ落ちた。

 

「わかってる…!わかってるんだよ!!僕が間違ってることなんか僕がずっとわかってる!!」

 

 とうとう決壊した涙を拭おうともせず、淡墨は泣き叫ぶ。

 

「でも消えないんだ!最期に笑っていたあの人の顔が消えてくれないんだッ!!だって僕のせいであのは……!」

 

――今でも思い出す。


 ケンカっ早くて、女好きで、自信家だったあの男を。

 

「僕のせいで死んでしまったんだ!!」

 

 いつまでも追いかけていたかったあの背中を。

勇ましき者


自己犠牲心。

聞こえは良いが果たして自分の命が脅かされた時それを発揮できる人間がどれほどいるだろう。

命の危機に、恐怖に心を囚われ、手足が震えた状態で、しかしなおも仲間のために立ち上がる者。

そんな人間を勇者と呼んで何の差支えがあろうか。

レイドボスを前に立ち向かった勇者は、沢山いる。

そして生き残ったのは極小数だ。

ほとんどは死んでいる。

通称“ボス部屋”はレイドボスから離れていれば1人だけでも飲み込もうとする。

最も勇敢なる物を選ぶ。

そう言った人間の絶望を見たいからだ。

拙作読んだのであれば、彼らをどうか“生贄”などと呼ばないでくれ。

彼らは仲間を守る為に奮い立った、まごうことなき勇者である。

その逞しい背中は今もなお私の瞳に焼き付いている。


参考文献

右目、左手両足と引き換えに5体のレイドボスと42のエリアを解き放った世界の英雄リアム・パーカー

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